捕獲されました。

ねがえり太郎

文字の大きさ
128 / 375
捕まった後のお話 

38.久し振りです。 <大谷>

しおりを挟む
言い出しっぺの吉竹さんが、テキパキと予約を取ってくれたスペインバルは黄色い内壁のこじんまりとした可愛らしいお店だった。四人席に腰掛けて壁に掛かっている細長い黒板に掛かれたメニューから、スペイン産生ハム、白エビのアヒージョ、スペイン風オムレツにパエリアを注文する。

「もう一人企画課に同大出身の人がいるんだよね。後から合流したいって」

吉竹さんのフットワークの軽さに私は目を丸くするばかりだ。テーブル席の斜め向かいに座る水野君も微笑んではいるものの、呆気に取られているのではではないだろうか。急遽持ち上がったなんちゃって同窓会(?)に参加したのも、私と同じで若干流された雰囲気もあったし……嫌がっているようには見えないけど大丈夫かな。

グラスワインでとりあえず乾杯。簡単な自己紹介をし合った後、吉竹さんが身を乗り出した。

「ところで二人は何処で知り合ったの?サークルとか?」
「いいえ……じゃなくて、元はサークルの集まりだったのかな?私は友達に誘われて付いて行っただけだけど」
「うん、元はスキー部の有志のOB会だったんだ。だけど皆がそれぞれ友達を連れて来るようになって結局サークル絡み半分付き合いの人半分って感じに落ち着いたかな」
「じゃあ在学中って言うより卒業後の付き合いなんだ。へぇー。そう言うのあるよね、私と大谷さんも在学中はちょっと知ってるって感じだったけど、まさか同じ会社に働く事になるなんて思わなかったもんね」

吉竹さんがニコリと笑いかけてくれる。

「うーん同じ……と言うのは烏滸がましいような……。正社員と派遣社員は違うでしょう」
「そーかな?同じ職場で働いているんだからそれほど違うと思わないけど。と、いう事は大谷さんは正社員希望?」
「うん、出来たらそうしたいな。先行きも不安だしね……正社員の二人が羨ましいなぁ」

ポンっとたけしさんの顔が浮かんだが、付き合ったばかりの彼氏との将来なんてどうなるか分からないから、取りあえず今まで通りの希望を口にした。
でも何となく妄想してしまう。
例えば丈さんと結婚してあのマンションに一緒に住んだとしたら?派遣が終わって違う会社に移っても毎日丈さんと会えるなぁ。それならむしろ派遣の方が子供が出来た時辞めやすいし都合が良いかも。……なんちゃって。うーん、妄想癖が悪化しているかも。そのまま妄想が加速度を付けて進んでいき、数秒後にはもう頭の中ではハイハイしている子供がケージの中のうータンと鼻を突き合わせて見つめ合っていた。そして丈さんと私はそれをニマニマしながら眺めるのだ。スマホでしつこく写真を撮りまくったり……。

「えーと、大谷さん?」

はっ……白昼夢か!

我に返って赤面してしまう。私って結婚願望強かったのかなぁ、両親と離れて暮らすのが当たり前だったからそれほど結婚と言う形に夢は持っていなかった筈なのだけれど……だからこそ家族で一緒に暮らす普通の家庭に憧れてしまうのかもしれない。

「俺は派遣ってちょっと羨ましいよ。確かに将来に不安はあるかもしれないけれど、違う職場に移ってリセットできるでしょ」

そう言って笑う水野君は少し寂しそうだった。

「もしかして……お仕事大変だったりする?」
「三年働いて求められる事も多くなったしね。それより希望の部署になかなか配属されなかったりするのが気持ちとしてはしんどいかな。まあ、何処に勤めても大変さも楽しさもあるんだろうけど」
「分かるわ~……私も今の課、居心地良いから好きなんだけど、本当は企画とか営業に関わりたかったんだよね。行きたい課の人がバリバリ働ているのを見ると羨ましいと思うし、愚痴言ってると『私が代わるのに!』って思っちゃう」

おお……正社員になっても色々あるのね。そう言えば三好さんも大変そうだったな、勿論やりがいも感じているみたいだけど。でもそれでも羨ましいな……そう言う一段違った悩みを持てるのが。派遣って確かに色んな職場に行けるし、人間関係で悩んでも次にリセット出来ると思うから気楽な部分もある。でもやはり正社員の安定感は何物にも代えがたいよね。ずっと働ける保障って良いなぁ……あ、でも会社自体がつぶれたらそうも言ってられないか。でも水野君の会社もこの会社も老舗で大手、あまり潰れそうなイメージないしな。



「ところでさ……二人って本当に何も無かったの?」



唐突に思ってもみない事を聞かれて思わず喉を詰まらせる。パエリアが……っ、うっ……はぁ~~!水をガブッと飲んで何とか事無きを得た。
突然な話題転換に、せっかく打ち解け始めた水野君も固まってしまう。

「な、なにも……って。さっき言った通りよ、ただの『友達』だってば!ね!水野君?」

水野君はゆっくりと私を見た。さっきまで柔和な笑顔を浮かべていたその顔が―――僅かに緊張しているように見える真面目顔に変わってしまった。

え?え?なに、その顔……。

「うん、そうだね」

水野君が私に視線を固定したまま頷き、それからフイッと顔を逸らして吉竹さんに笑いかけた。

「大谷さんの言う通りだよ」
「ええ?何か怪しいなぁ……」
「何が『怪しい』って?」

低い声が降って来て、三人は顔を上げた。そこには体格の良い短髪の男性が立っていた。

「っ中務なかつかささん!……早かったですね」

少し焦った様子の吉竹さんに、厳つい表情のままその『中務さん』と呼ばれた男性は表情を崩さず頷いた。

「……ああ。つーか、またお前は人の事詮索してんのか」
「ええっと……」

落ち着かなさげに吉竹さんの視線が彷徨う。

「だって恋バナだったら楽しいかなって……」

吉竹さんの斜めの席、水野君の隣にその人はドカッと腰を下ろした。
よくよく聞くと三歳年上のその人は吉竹さんの彼氏らしい。吉竹さんは恋愛小説が大好きで、ちょっと気になった相手がいると過剰に恋愛話を期待してアレコレ聞きたがるそうだ。時折目に余るらしく、彼氏である中務さんはストッパーとして働く事が多いらしい。

「趣味で小説を書いていて……それで好みのシチュエーションがあると、どうしてもロマンスに結びつけたくなっちゃうの」
「それは何となく分かります。私も書きはしないけど、小説とか漫画は好きなので」

何だか叱られてシュンとしている吉竹さんが可哀想になって、私はフォローの言葉を口にした。すると冷静な中務さんは腕組みをして溜息を吐いた。

「勝手に妄想するぐらいならまだしも、ちょっとコイツの場合シツコイだろ?本当に付き合ってたって聞かれたく無い事もあるだろうし……酔うと遠慮がなくなるし」
「そうなの、欲望に忠実になっちゃうのよねー……」

なんて他人事のように言う吉竹さんに私は噴き出した。
一見シュンとしおらしくしているけど、その実彼女はあまり懲りていないようだ。しっかりした出来るお姉さんってイメージがあった吉竹さんの意外な一面を見て、何だか親近感が湧いて来てしまった。

クスクス笑う私に、吉竹さんがニコリと笑ってこう尋ねた。

「やっぱり付き合ってたんでしょう?」
「えぇ?な……違いますってば!」

本当にゴリゴリ来るな~!
私は慌てて目いっぱい否定した。水野君だってただの友達との仲を疑われたら困るだろう。あの時付き合っていたらしい(?)カワイ子ちゃんとまだ付き合っているかもしれないし。すると私の強硬さに追及を諦めた吉竹さんは、水野君の方にクルリと向き直った。

「水野君、どうなの?」
「えっと……」

グイッと正面の水野君の方へ身を乗り出す吉竹さんを、呆れたように中務さんが肩を押して押し戻した。

「シツコイ!この話終了!」
「えー……」

と不満げな声を上げたが、吉竹さんは結局それ以上蒸し返さずに漸く大人しくなったのだった。

しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 みんなと同じようにプレーできなくてもいいんじゃないですか? 先輩には、先輩だけの武器があるんですから——。  後輩マネージャーのその言葉が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  そのため、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると錯覚していたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。そこに現れたのが、香奈だった。  香奈に励まされてサッカーを続ける決意をした巧は、彼女のアドバイスのおかげもあり、だんだんとその才能を開花させていく。  一方、巧が成り行きで香奈を家に招いたのをきっかけに、二人の距離も縮み始める。  しかし、退部するどころか活躍し出した巧にフラストレーションを溜めていた武岡が、それを静観するはずもなく——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  先輩×後輩のじれったくも甘い関係が好きな方、スカッとする展開が好きな方は、ぜひこの物語をお楽しみください! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22
恋愛
弟を探す旅の途中、身分を隠して村で薬師として生きていたセラは、 ハープの音に宿る才を、名も知らぬ貴族の青年――王弟レオに見初められる。 互いの立場を知らぬまま距離を縮めていく二人。 だが、ある事件をきっかけに、セラは彼の屋敷で侍女として働くことになり、 知らず知らずのうちに国を巻き込む陰謀へと引き寄せられていく。 人の生まれは変えられない。 それでも、何を望み、何を選ぶのかは、自分で決められる。 セラが守ろうとするものは、弟か、才か、それとも―― キャラ設定・世界観などはこちら       ↓ https://kakuyomu.jp/my/news/822139840619212578

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処理中です...