捕獲されました。

ねがえり太郎

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プロポーズの後のお話 <大谷視点>

18.険悪です。

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「お父さん……私、たけしさんと別れる気無いよ」



低い低い声が出た。
声を出した当人が驚くくらいの。

今日私を呼び出した事にこんな意図があったなんて……!ちゃんと向き合おうって、真剣に話せば分かってくれるって思っていたのは私だけだったの?結婚したいくらい好きな相手がいるって伝えたのに、その相手に失礼な態度を取って尚且つ追い出しておいて。更に違う人を不意打ちみたいに紹介するなんて、呆れて苦笑する事さえできない。

パパの中では……本当に私って高校生のままなんだね。自分で結婚相手も見極められないような。

キッと睨みつけると―――ほんのり頬の染まったパパのニヤけ顔が、パリンってそのまま瞬間冷凍したみたいに固まった。そう、私の視線が南極レベルだったからだ。



「「―――」」



ヒタリと目を合わせたまま沈黙が続いて……私の強い視線に押し出されたようにパパが顔を逸らしてバッと立ち上がった。

「パ……お父さん?!」
「……トイレ」

そう呟いてパパは視線を逸らしたまま逃げ出した。と言うか逃げ出す様に大股でこの場を立ち去ってしまった。

後に残されたのは、私と―――桑沢さん。
えっと……この場をどうしろと?!

私はソロリと視線をテーブルに戻した。恐る恐る顔を上げると―――目を細めている桑沢さんと目が合う。ああ~……パパ、どうしてくれよう……爆弾投げ込んでおいて後処理無しで立ち去るなんて。しかも私、桑沢さんにかなり失礼な態度を取っているのじゃないだろうか?桑沢さんが私と付き合いたいって申し出ている訳じゃないのに、父子おやこで勝手に桑沢さんをネタに揉め始めるって……失礼にもホドがある。

私は肩を落として謝罪した。

「スイマセン……父に無理矢理連れて来られたんですよね?それなのに気まずい状態に巻き込んでしまって―――本当に申し訳ありません」

ここに至ってはもう謝るしか術は無い。私は出来る限り誠心誠意心を込めて頭を下げた。

「いいえ、気にしていませんよ。だから頭を上げてください」

その声はフワッと柔らかくて、本当に彼が『気にしていない』だろうと言う事が伝わって来た。僅かに胸が軽くなった気がして私は息を吐き出して顔を上げた。すると目の前の桑沢さんは、垂れ目がちの瞳を緩ませてニコリと笑ってくれた。

「むしろ、いつも自慢している娘さんに会わせていただけて―――光栄です」

ひいっ!

なんか本当に申し訳なくなって来た。
この状況で褒められるのは辛過ぎる。当てつけに聞こえないから、余計……。

「す、すいません……本当に気を使っていただいて」

恐縮したまま何とか返答する。

離れて暮らしているからか……パパの目にはいまだに過剰な親馬鹿フィルターが搭載されているらしい。贔屓目で肥大しまくった自慢話はきっと実物のむすめから激しく遠ざかっているだろう。―――桑沢さん、実物がこんな普通の地味女子だなんて、思っていなかっただろうな。なのに『光栄』とまで言ってくれて……って、そう言うしかないくらいこの場の雰囲気が凍り付いていたから気を使ってくれたのだろう。何か本当に良い人だな……ますますこんな茶番に巻き込んでしまって、申し訳ない。

塩を降り掛けられたナメクジみたいにひたすら小っちゃくなって行く私に、桑沢さんは優しく笑いかけてくれた。

「部長……気まずかったんですよ、きっと」

え?思いも寄らぬ言葉に、私は再びテーブルに落ちてしまった視線をゆっくりと上げた。

「……何話して良いか分からないから、年の近い奴連れて行きたいって言ってました。いつもお土産持って行っても、暫く会えないから興味の過ぎたものしか上げられない、だからどんな場所を選んだら分からないから若い奴が好む食事場所を教えてくれっておっしゃって」
「父がそんな事を……?」

気にしていないかと思っていたけど―――パパ、私の反応気にしていたんだね。それにしちゃあ、いつもお土産ハズした感じになっちゃうけど。いや、嬉しいんだけどね?気持ちはね。
そして最初に意外だと感じたお店のチョイス。わざわざ桑沢さんに尋ねてくれたんだって聞いて何だか胸が締め付けられるように、切なくなってしまった。
するとフッと肩の力を抜いた桑沢さんが、少し寛いで椅子の背に背中を付けワインに口をつけた。ゴクリと飲み干してからクスリと笑って首をかしげる。

「―――うちの会社って海外部署多いから、別居になる夫婦や家族が多くて。かなりな割合で奥さんが鬱になっちゃうこともあるし、家族と折り合い合わなくて結局離婚に至っちゃう人も多いんですよ。でも部長と卯月さんを見ていると―――今確かに少し噛み合ってないかもしれませんが……気の置けない雰囲気が伝わって来てホッとします。上手く行ってる家庭もあるんだなって」

その口調に、何だかピンと来てしまった。

「もしかして、付き合ってる方とか……いらっしゃいます?」
「はい、実は結婚するかどうか迷っていて。彼女の事は好きなんですが、仕事で手一杯になってしまう事も多いし会社の先輩達のゴタゴタとか見聞きするとどうしても踏み出せなくて」
「あら、まぁ……」

何となく近所のおばちゃん口調になってしまった。年下のくせにね。
他人の恋バナって耳にすると何だかソワソワしてしまう。吉竹さんみたいに根掘り葉掘り聞く気にはなれないけど。

「あのっ……いま険悪な感じですけど、私ちゃんと分かってます」

一瞬聞き入ってしまった私は、我に返って慌ててフォローの言葉を述べた。桑沢さんに結婚や家族にネガティヴなイメージを与えてしまったら、桑沢さんの彼女が可哀想な気がしたからだ。だから……恥ずかしがってないで、本心を明かそう。照れや反発心を取り除いた、私のパパに対する気持ちを。

「会えないけど……頓珍漢なコト言ったり暴走して、私の事困らせたりするけど……父が私の事、父なりに大事に思ってくれているって。私は今しがない派遣職員で責任の重い大きな仕事をしている父の十分の一も仕事の事分かっていないと思いますが、父が立派に働いているってことだけは、理解しています。……そりゃ子供の頃は寂しいと思った事は何度もあるし、他のいつも一緒にいられるお父さんを羨ましく思ったりもしましたけど……ちゃんと私に対して愛情を持ってくれているって分かってます。だから……」

私は桑沢さんを真剣に見つめて訴えた。伝わって欲しい。表面的に今、すれ違ってしまって険悪な雰囲気を醸し出してしまったけど……私はパパが大好きだし、パパだって私の事大好きなんだって。娘である私がちゃんとそれを知っているんだって大前提を。

私が口を開き始めてから、真剣な表情で見つめていた双眸をフッと緩めて―――桑沢さんは寛いでいた姿勢をピッと直して私に改めて向き合った。

「有難うございます」

シドロモドロで、話の筋もフラフラだったけど伝わったのだろうか?私の言いたいコト。桑沢さんは口元に微笑みを湛えて頷いてくれた。

「僕も彼女に言ってみようかって―――決心がつきました」
「良かった……!」

少なくとも私達父子の所為で、彼女の結婚が不意になる事態は回避されたらしい。私はホッと胸を撫でおろした。自然と笑みが零れる。



「卯月さんも……結婚を考えているお相手がいるんですね?」



私は大きく頷いた。
そう、私は結婚するんだ―――パパみたいに、大好きになった人と。
パパが反対したって、頑張って説得しよう。分かって貰うまで―――何度でも。

「まだ反対されていますけど……説得します。彼も父が納得するまで待つって言ってくれてますし」
「もうきっと……許してくれてますよ、ホラ」

悪戯っぽく桑沢さんは微笑んで、柱の影を目線で示してくれる。目線を辿って振り向くと―――パパの肩がちょっとはみ出していた。まるでお尻を隠せないヒヨコのかくれんぼみたいに。

「パ……お父さん!」

驚きで思わず大きな声が出てしまった。
するとちょっとビクッと肩を揺らしてから……暫く背を向けたままゴソゴソしていたパパが、ゆっくりと振り返った。



何だか目が朱い。
うん、突っ込むのは止めとこう。



桑沢さんと再び目を合わすと、ニッコリと頷いてくれた。流石パパのお勧め物件……!素敵な人だ、たぶん仕事も出来るんだろうなぁ……きっとこの人なら彼女と幸せにやって行けるだろう。

ぎこちない雰囲気はそれほど払拭されなかったものの、先ほどまで立ち込めていた剣呑な空気は桑沢さんが発する爽やかな風で吹き飛ばされてしまったようだ。何となく気まずい父子に桑沢さんが当り障りの無い話題を提供してくれて、美味しい物を食べて少しその場は落ち着いた。当然ここはパパの奢りで―――私達父子は彼と別れる時、しっかりと頭を下げて送り出した。心からの感謝を込めて。

その後の帰り道。パパと私の間に会話はほとんど無かったのだけれども……何となく少し打ち解けた雰囲気を維持したまま、二人家路を辿ったのだった。






**  **  **






翌朝、寝ぐせを付けたままのパパが「うっちゃん、アイツの連絡先を教えなさい」と言った。

その日は私達の会社は休日で、パパの会社は通常営業中。丈さんはイベントがあって休日返上でお仕事をしていたのだけれど―――夜、パパから呼び出されて一緒に飲みにいく事になった。……何故か私抜きで。

その日遅くに、フラフラになって丈さんに抱えられるようにしてパパは私の部屋に帰って来た。何だかすっごくご機嫌な様子で―――パパの態度の急変に私は目を丸くするしか無かった。

でもまぁ……パパが丈さんを気に入ってくれて良かった。とホッとした私にご機嫌なパパが呟いたのだ。



「八王子に行く日……いつにするんだ?」って。



喜ばしい事に。―――どうやらパパは私達の結婚を認めてくれる気になってくれたらしい。

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