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結婚するまでのお話 <大谷視点>
5.穏やかじゃありません。
しおりを挟む「ええと、それって……」
営業課で一番偉いのは丈さん、つまり亀田課長だ。
と、なるとその出張を許可するのは課で一番偉い人ってコトで……と言うか許可って言うより出張する人って、課長が決めるんだよね。だって丈さん本人が出張に行くんだから、随行する人は上司の彼が誰にするか選ぶと言う事で……
「丈さんが決めるんだよね、出張に一緒に行く人を」
「ああ」
何でも無いように頷く返答に、胸をギュッと掴まれた気がした。
なんだコレ。このもどかしい感情は。
いや、そうだよ。当り前の事に彼は頷いただけだし、何でも無い事だからこそ『何でも無いように』頷いたってだけで―――穿った考えを持つ方が間違っている。
短い付き合いだけど、彼の性格はかなり理解できていると思う。
世の中には好みの女の子ってだけで、仕事の能力の有無に拘わらず一緒にいる時間を増やそうって不純な動機で出張の相手を選ぶ人もいるかもしれない。いや、付き合いたいとか其処までの意図があるなし別にして。
だけど丈さんは馬鹿が付くぐらいの仕事人間なんだ、邪な考えなんてきっと露程も頭の中に存在しなくて。そう、女性だとか男性だとか関係なく容赦なく厳しく接するから、だからこそ営業課のキラキラ派遣女子のターゲットから外れている訳で。
分かっているのに……モヤモヤが足元から湧いて来る。
だって三好さんは……私よりずっと綺麗で、それでいて丈さんと同じく仕事もバリバリ出来る人で。仕事の話をしている二人の間に私はとても入り込めない。チームメイトの連帯感?―――そう言う絆を二人からは感じるんだ。
それにそれに三好さんはそんなハイスペック女子であるだけじゃなく、性格も率直でサッパリしていて。総務課の肉食系女子、川北さんが私に絡んで来た時にも前に出るみたいに庇ってくれたりするくらい女っぷりの良い人で……。
そしてそんな彼女が思わずホラーな行動をしちゃうくらい……三好さんは丈さんの事が好きだったんだ。いや、『だった』って言い切って良いのだろうか。確かめていないけど、もしかしたら今でも好きなのかもしれない……だって毎日目の前に居て、最近なんか残業続きでほぼ一日中一緒にいる状態だと思う。そんな状態で好ましいって思っている相手に対する好意が消えてしまう、なんてことは無いよね。
そんな三好さんと二人で。
二週間一緒に。
「どうした?」
「ええと……うん」
こんな事言える訳が無い。
私の下らない嫉妬を、今彼にぶつけるのはお門違いなんだから。
「ちょっと心配になっちゃってね、ホラ三好さんと二人だけって言うのが」
と言いつつ、ポロリと本音が。でもあまり言うべき事じゃないって自覚しているからか、声のトーンが重くなってしまう。ああ、もっと何でも無いように、冗談みたいに明るく言えたらまだ良かったのに。それかいっそ、可愛く拗ねたり出来れば……。
すると丈さんが首を傾げる。
「心配って何がだ?三好は最近かなりいいぞ。大きな仕事を任せても不安が無いくらい、頼りにしているし。他のサポートが無くても十分……」
「そう言う事を言っているんじゃ無くてっ」
精一杯自分を落ち着かせようと自制していただけに、彼の天然っぷりに苛立ってしまった。
思えば最近、思うように会えなかったり引っ越しとか環境の変化があったりで、知らず疲れが重なっていたのかもしれない。引越の作業をしている最中とか、かえって忙しい時は疲れなんか感じなかったと思う。だけどこういうものって、通り過ぎた時にドッと降りかかって来るものなのだろう。やっと一段落付いて新しい生活にも慣れて―――一一息ついて、早く彼とのんびり水入らずで会いたいってそれだけが頭にあって。
でもその時は。
そう言う事実は全く頭に浮かばなくって、自分がイライラしているなんて思っていなかったのだ。
「丈さんが女の人と二人で旅行するって言うのが、心配なの!」
キョトン、と丈さんは目を丸くして。―――それからグッと瞳を細めた。
「―――仕事だぞ?」
私も強く言い過ぎたけど、彼の声音も低かった。思えば丈さんだって毎日残業で疲れていたんだと思う。まして彼からはもともと『明日会おう』って言われていたのだ。……私が勝手に私の都合で『今日会いたい』って主張したから、無理をしてくれたのに。
でもそんな事を冷静に受け止められる状態だったら、苛立ってついあんな風にぶつかったり、そもそもしなかった。私は焦れて硬い声を出した。
「仕事って言っても、女の人とずっと一緒って気になるよ」
「三好は部下だ。部下と仕事する時に相手が『女かどうか』なんて考えた事も無い。それに仙台支社には他に社員もいるし二人切りな訳じゃない……卯月は仕事でも無いのに、アイツと昼ご飯二人で食べていただろ」
すると丈さんの口から思いも寄らない言葉が飛び出て来て、私は怪訝に眉を顰めてしまう。最初、彼が何の事を言っているか、分からなかったのだ。
「『アイツ』?」
「水野とか言う……しかも、昔付き合ってた相手だったんだろ」
え?何で今、『水野君』?
話が飛び過ぎて、驚いた。そう言えばこの間、水野君との関係について丈さんから尋ねられ、今までの経緯を伝えたばかりだった。パパが水野君のコトを『アイツに騙されて……』なんて丈さんの前で発言した事があって、丈さんにあれはどう言う意味だったのか、と改めて確認されたのだ。
結局双方色々誤解があって事実がこんがらがってしまって、パパのああいう発言に繋がったわけだけれども……誤解が解けて漸く私も事実を把握する事が出来たばかりだったのだ。だから正直に丈さんに話して、分かって貰えたのだと思ったのだけれど。
「違うよ、付き合ってなんかいないって、この間言ったでしょう?」
そりゃあ水野君から当時好きだったと言われて、吃驚したけど―――と言うか『付き合って下さい』って改めて告げられたけど、直ぐに断った。と言っても……あの時水野君が本気でそう言っていたのかどうか、怪しいと思う。そう言う事も説明したのに。だってかなり時間が経っていたし、彼もダメ元って言うか何となくあの頃後悔した事にケリをつけたかっただけなんだと感じたから。
「だから、ただの友達で……」
「俺は―――卯月がいるのに仕事以外で異性と二人で食事したりしない」
「なっ……水野君は別に……」
何でそんな極端なコトを今更。
だってあの時は、水野君が私のコトを好きだったなんて知らなくて。それに水野君だって本気で私とどうこうなんて思っていなかったと思う、なのに……。
この間水野君の話を打ち明けた時は、丈さんは余裕の態度で了解してくれたとばかり思っていた。こんな厳しい言い方は絶対しなかったのに。だから『丈さんってやっぱり大人だなぁ』って感心したし、恋愛経験値の違いを感じて少しだけ落ち込んだりもした。私の拙い恋愛モドキなんて、大人な彼の恋愛遍歴に比べたら大したことないんだろうなって。
そしてこんな厳しい遣り取りをしつつも―――丈さんの手はしっかりうータンの背を撫でている。何だかそんな些細な事にも腹が立って。
「そんな事言ったら丈さんだって」
たぶん明らかに間違った方向に爆発してしまったのだと思う。
「丈さんのバカ!天然!三好さんは丈さんの事がずっと好きだったんだよっ……だから心配だって言ってるのに……!」
あっ……!
私―――どうやら言ってはならない事を言ってしまったらしい。
そう気が付いた時にはもう遅かった。丈さんは本当に全く気が付いて無かったのだろう。ポカン……と口を開けて、言葉を失ったのだった。
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