捕獲されました。

ねがえり太郎

文字の大きさ
186 / 375
結婚するまでのお話 <大谷視点>

18.紹介します。

しおりを挟む
扉を背にして奥に座っているのは、眼光の鋭い堂々とした男性。その隣に桂沢部長、それから鞍馬課長。私達は彼等三人に向き合うように座っている。
これはもしかして面接か何かですか?―――何故私はこの場にいるのでしょう。三角関係の修羅場じゃないなら派遣の私がこの場にいる意味、無いような気がする。どうみても丈さんの真正面に座る威圧感のある男性、かなり地位のある人だよね……。

「亀田、そちらのお嬢さんを紹介してくれないか」

わっ、呼び捨て。やっぱりこの男性、丈さんの上司……なんだろうな。でも会社で見掛けた記憶が無い。

「大谷卯月さんです。私の婚約者の」

おぉう!『婚約者』……!改めてそうやって紹介されると照れますな。居心地悪くモジモジしていると、丈さんは私にもその男性を紹介してくれた。

「卯月、こちらは専務取締役のあずまさん、それから仙台支店の営業企画部長の桂沢さんだ」

専務さん?!ひゃあ、思っていた以上に偉い人だった……!

「初めまして!大谷卯月です、よろしくお願いします」

私は慌てて頭を下げた。

「ああ、よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

東専務が鷹揚に頷き、桂沢部長は微笑んで丁寧に頭を下げてくれた。

「挨拶も終わったし、取りあえず始めようか。大谷さん、白ワイン大丈夫?」
「あ、はい!」

鞍馬課長がニコニコと微笑みながらその場を仕切る。ボトルで運ばれて来た白のスパークリングワインをソムリエバッチを付けた給仕の男性が注いでくれて、五人で乾杯した。ちなみに桂沢部長はお酒が飲めないと言う事でオレンジジュースを貰っていた。料理はコースになっていて、先ずはアミューズの冷製スープ。枝豆?パステルグリーンが綺麗だ。

「うっ……」

一口食べて、思わず呻く。

「どうした?」
「……美味しい……」

呻いた私を心配して顔を覗き込んで来た丈さんが、ホッと息を緩めた。するとクスクスと目の前に座る桂沢部長が楽しそうに笑う。彼女の柔らかい笑顔を目にした私は、思わず恥ずかしくなって頬を染める。うう……いたたまれない。たいして話していないのに、彼女の些細な仕草やリアクションからその人柄が伝わってくる。財力だけじゃない部分でも負けが濃厚になってきた……!何だかとっても良い人そうだよ……恋敵に好意なんか持ちたくないんだけどなぁ。本当に『若さ』しかアドバンテージが無いのかもって黒魔女・川北さんの意見に同意する事になってしまう。

「昨日は悪かったな、せっかく時間を取らせたのに」
「いえ」

ん?『昨日』って?

「こちらこそ、ご馳走になって申し訳ありません」
「貴重な時間を潰させたのだから、それくらい当然だ」

東専務と丈さんの遣り取りで何となく見えて来る。もしかして……桂沢部長と丈さんが二人で会っていたのって、東専務も立ち会う予定だったって事?むしろ東専務が二人に声を掛けた……とかそう言う経緯?

「……」

アハハ、うん。そうだと思った……!いや~そんな事じゃないかと思ってはいたよ?川北さんが私のメンタルゆさゆさするような変な言い方するから、不安になったってだけで……!

自分のチョロさが恥ずかし過ぎて思わず頬に血が昇った。何でも無い様な顔をして皆さんの会話を聞き流しながら、一人悶える。これだもん、付け込み易いって川北さんに目を付けられるわけだ……。

あーホント恥ずかしいわ……!このパターン二度目だよ。以前も彼が三好さんと二人で焼き鳥屋に入った所を目にして誤解した経験がある。結局目黒さんも一緒だったと分かって、胸を撫でおろしたんだっけ。本当、丈さんを問い詰める前に分かって良かった。って言うか、むしろ直ぐに聞けば良かったんだよね。そしたらこんなにウンウン悩んだりすることも無く、解決したんだから。

いや、でもなぁ。彼と三好さんの間には、男女の関係は無い。少なくとも丈さんの気持ちの上では潔白だった。だけど桂沢部長は、丈さんの元カノ。彼にとって過去、大切な女性だった訳で……。

「―――ね、大谷さん」

そんな事をグルグル考えていた私は不意に声を掛けられて顔を上げた。声を掛けて来たのは目の前にいる桂沢部長。何故かその場所にいる全員の視線が私に向けられている。

「え、あっはい……!」

しまった!全然周りの話を聞いていなかった……!

「貴女はどう思う?」
「えっと」

意見を求められて、どうして良いか分からない私はキョロキョロ視線を彷徨わせてから、助けを求めるように丈さんを見上げた。丈さんは困ったように僅かに眉を下げて、桂沢部長に取り成すように口を開いた。

「すみません。彼女も突然の事で戸惑っていると思います。……二人で後ほど話し合いますので」
「そうよね……その方が良いわ」

ハッとしたように桂沢部長は肩の力を抜いた。それからフッと微笑んで隣に座る東専務を見る。するとそれまでずっと、その場所の王様みたいに一番堂々としていた東専務が僅かに怯んだような気がした。

あれ?この二人……。

そんな隙を見せたのは一瞬の事で。
東専務は直ぐに自分を取り戻し、張りのあるよく通る声で私達にこう言った。

「まだ内々の話だ。だが、余程の事が無ければこのまま進むと考えて構わない。―――一週間だけ猶予をやる。断るつもりなら、それまでに連絡を寄越せ」
「その場合は誰が代わりになるんですか」
「樋口だな、それ以外無理だろう」
「―――樋口さんはお子さんが……」
「じゃあ、自ずと答えは決まって来るな」

いっそ楽し気に聞こえるくらい断定的な物言いに、丈さんは黙り込む。

何?なんのこと?!全然分からないんですけどっ……!

俯いて考えに沈むような丈さん。私は助けを求めるように今度は桂沢部長と鞍馬課長を交互に見つめる。すると桂沢部長は困ったように眉を下げ、鞍馬課長は苦笑しつつも口を開いた。

「東……言い方に気を付けろ。若いお嬢さんもいるんだぞ」

すると何故か桂沢部長が私に申し訳なさそうに謝った。

「ごめんなさいね。少しでも早く大谷さんにも伝えた方が良いと思ったのだけれど……この人の言う事はあまり気にしないで、自分達の事情だけ考えて。こちらの都合の所為で出た話だけど、悪い話では無いと思ったから―――でも、大谷さんは戸惑うわよね」

え……ええと……。

そんなに気遣われるような、どんな話が出ていたのか。
この深刻な雰囲気の中で、今更『話、聞いてません』なんて言い出せない。私は曖昧に笑って「いいえ、大丈夫です」と言って首を振った。

でも何が大丈夫なんだか、自分で言っていて全く分からないんですけど……。






そんなこんなで、取りあえず『この話はこの辺でやめとこう』と鞍馬課長がまたしてもやんわりと締めたので、その話題の核心には触れないまま、主に鞍馬課長と桂沢部長が話題を出して時折東専務や丈さんに話を振り、重い空気に耐えられない私が合の手を入れる……と言うような流れで比較的和やかにその宴席は幕を閉じた。

あれ?

結局何だったんだろう。女同士の争い―――には結局至らなかった。
むしろあの場で一番話し易かったのは、桂沢部長だったと言う……。

帰り道、並んで帰る丈さんは言葉少なで、自分の考えに沈み込んでいるように見えた。何だか不安になって彼の手に手を伸ばす。するとハッとして彼は立ち止まった。

「丈さん」
「……」
「あの私……」

『話を聞いて無くて』と続けようとして、思わず息を飲む。

私を見下ろす背の高い彼の顔が―――ものすっごく怖い。

うん、久々に見たけど真剣に悩めば悩むほどこんな風に眼光鋭くなっちゃうんだよね。最近職場で一緒じゃないから、彼の緩んだ表情しか目にしていなかったのだと気付かされる。威圧感満載なその表情が恐ろしくて、彼の事が苦手だった。本当に怖くて―――腹が立って彼の事、心の中で罵倒していた時期もあったなぁ。それが今ではその凶悪な表情でさえ、余裕を持って見つめていられるようになるなんて。

恋ってスゴイ。

そんな余計な事を考えつつなんと切り出そうか迷っている私から、彼は辛そうに視線を逸らした。

「やはり……無理だろうな」
「え?」
「樋口さんの所はやっと落ち着いたんだ。通常通り仕事が出来るようになったとは言え―――新しい環境でやって行けるとは思えない。鬼東おにあずまの思い通りになるのは癪だが、俺は申し出を受けるしかないと思う」

彼は私の両手を握り、改めて私の顔をヒタリと見つめた。
真剣な表情に思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。

「でも俺は諦める気はないから。いつ帰れるか分からないけど、待っていてくれないか」
「ええと……私、その、わっぷ」

話聞いて無かったんですけど!と言おうとして、グッと抱き寄せられた。
く、くるしい……。

「仙台はそんなに遠く無い。異動したては忙しくて東京へ通えないから、遊びに来てくれると嬉しいが……親父さんの事もあるし出来る限りで構わない。いや、でも出来るだけ来てくれると嬉しい。落ち着いたら俺も東京に通うし。新幹線なら二時間も掛からないから、それほど遠いって訳でもない」

え?仙台?

私はギュッと抱き込まれた腕の中でジタバタ暴れた。それからぷわっと顔を出して、改めて丈さんに掴みかかった。

「仙台?異動?!―――丈さん、仙台に引っ越すの?!」
「は……?」

丈さんはポカンと口を開けて、私を見下ろしている。私は慌てて説明を加えた。



「ゴメン!考え事していて皆の話、全く聞いて無かったの―――それで、どういう事?もう一回説明して!それに何で一人で行く事前提?!丈さんが仙台に行くなら私も一緒に行く!当り前じゃない……!」



彼はパチパチと瞬きをして、首を振った。そして「ああ……」と気の抜けたような返事をして安心したように力なく笑うと、改めて私を引き寄せてグッと抱き込んだのだった。


しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 みんなと同じようにプレーできなくてもいいんじゃないですか? 先輩には、先輩だけの武器があるんですから——。  後輩マネージャーのその言葉が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  そのため、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると錯覚していたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。そこに現れたのが、香奈だった。  香奈に励まされてサッカーを続ける決意をした巧は、彼女のアドバイスのおかげもあり、だんだんとその才能を開花させていく。  一方、巧が成り行きで香奈を家に招いたのをきっかけに、二人の距離も縮み始める。  しかし、退部するどころか活躍し出した巧にフラストレーションを溜めていた武岡が、それを静観するはずもなく——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  先輩×後輩のじれったくも甘い関係が好きな方、スカッとする展開が好きな方は、ぜひこの物語をお楽しみください! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22
恋愛
弟を探す旅の途中、身分を隠して村で薬師として生きていたセラは、 ハープの音に宿る才を、名も知らぬ貴族の青年――王弟レオに見初められる。 互いの立場を知らぬまま距離を縮めていく二人。 だが、ある事件をきっかけに、セラは彼の屋敷で侍女として働くことになり、 知らず知らずのうちに国を巻き込む陰謀へと引き寄せられていく。 人の生まれは変えられない。 それでも、何を望み、何を選ぶのかは、自分で決められる。 セラが守ろうとするものは、弟か、才か、それとも―― キャラ設定・世界観などはこちら       ↓ https://kakuyomu.jp/my/news/822139840619212578

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処理中です...