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結婚するまでのお話 <大谷視点>
23.めでたしめでたし
しおりを挟むスイマセン!終わらせられませんでした。
……こんなタイトルなのにね。
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『亀田課長の同棲相手』の年上の女性と言うのは―――そうです。私のママ、大谷紘子五十九歳、彼女の事です。
年上も年上、九月で三十九歳となった丈さんとはちょうど二十年、年齢の開きがある。こう言うと親子に見られてもおかしくない所なのだけれど、ママは一見かなり若く見えるし、丈さんは普段押し黙っていると貫禄と言うか威圧感と言うか、若者らしさ皆無のふてぶてしさがあると言うかフレッシュ感が無いと言うか……コホン。まあ、つまり彼は実年齢よりは落ち着いて見えると思う。だから二人を見掛けた人が『同棲』なんて表現を使ったのだろう。実際は『同居』と言う方が正確なのだけれど。
仙台に引っ越すに当たって来春から二人で暮らすつもりの私は、ママに連絡を取った。ママはここ数年仙台で働いている。暮らしやすい地域とか賃貸物件の相場を教えて貰い、ついでにお勧めの不動産業者があれば紹介して貰おうと考えたのだ。
『なら、ウチに住めば良いじゃない』
とママは事も無げに言った。確かに何度か遊びに行ったママが借りているマンションは、ファミリータイプで部屋が余っている状態だった。だけど……。
「でも最初の半年は丈さんだけなんだよね。ママは気にしないかもしれないけれど丈さんはどうだろう?私が同居するならまだしも、ほとんどお互い初対面でしょ?」
それにパパが気にするかも。パパはああ見えて結構嫉妬深いと思うんだよね。丈さんとママがどうにかなるなんて心配はないと思うし、たぶんパパもそれは分かっている。だけど流石に二人暮らしは良い顔をしないんじゃないだろうか。
逆にママはそう言うの、全く気にしないタイプなんだよね。パパは知らないかもしれないけど、短期の海外留学生をホームステイさせたりすることもあったし。それに仕事ばかりで家に帰らない日も多いって言っていたしなぁ。
『実は来春から東京の大学に移る事になったのよ。だから私の借りているマンションに、そのまま卯月達二人で住んじゃえば良いかと思って』
「え!」
『半年だけ新しい部屋を借りると、敷金とか無駄になっちゃわない?それに多分ここ、会社から近い筈よ。春から二人で住むなら亀田さん、最初からここに住んだ方が良いと思うわよ』
「ママの住所って……えーと、太白区の……長町だっけ?」
あら、本当だ。確認したら仙台支店も長町だった。
「駅前にイケアスもあるから、家具とか食器とか揃えるのも楽よ」
北欧のお洒落な家具や雑貨がウリだと言うイケアスが駅の傍にあるらしい。可愛い雑貨が安く手に入るからネットで偶にチェックする事もあった。うーん、それはかなり魅力的だなぁ。確かにママの部屋をそのまま借りられるなら、こんな都合の良い事は無い。引っ越し作業もスムーズになるだろうし……。
「まだ晴明には言って無いんだけど、東京ではそっちのマンションに住むことになるだろうから、冷蔵庫とか洗濯機とかはそのまま置いて行こうと思っているのよ」
忙しいママが使っている洗濯機は大きくて乾燥まで全自動だ。冷蔵庫も何故か新しくて省エネファミリータイプ。新婚生活は色々と物入りになると思う、買わずに済むならかなり助かるなぁ。
「処分するの手間だし、勿体無いしねぇ。あ、食洗機もビルトインで使いやすいわよ」
「―――住む」
うん、もう住むしかない。お互いの利益が完全一致した。ただし問題は丈さんの同意とそれから……。
「でもパパが嫌がるかも」
「何でよ」
「丈さんとママ、半年でも二人で住むんでしょ?ヤキモチ焼かないかなぁ……」
「ああ……成程」
ママは少し考えて、それからこう言った。
「大丈夫。そこは私が晴明に言っておくから」
安請け合いするママの台詞をちょっとだけ疑ったけれど、結局ママの言う通りパパの説得は上手く行った。何でも退職したばかりの他大学の元教授が、ママに好意を寄せていて家まで付いて来たり休日に尋ねて来る事が多くなったらしい。同じ分野の研究者で学会などで顔を合わせる事はあったのだが、最近何かにつけ連絡を寄越すようになったとか。後から分かった事だが、女性が好きで大学の職員や取引先、果ては学生にも言い寄りそれが元で奥さんに愛想尽かされて現在独身だそう。無理強いまでするタイプでは無くて、大きな賞を幾つか取っているその大学にとっては大事な先生だったから、多少そういう部分に常識が無くても放置されていたらしい。退職後接触する女性が少なくなって研究者繋がりのママにターゲットを絞って来た……と言う所だろうか。
あれか、大昔『不倫は文化』とか言っていた人気俳優みたいなものか?それとも男に生まれたからには女性をみたら口説かなきゃならないと考えているイタリア人モドキとか?年を取っても、そう言うタイプの人って無駄に元気なんだなぁ、と妙に感心しつつも迷惑だよなぁ……って遠い目になってしまった。実は以前から好意は示されていて適当にあしらっていたのたけど、最近あまりにシツコイので面倒臭くなって来たらしい。家に大きな若い男性がいれば、流石に寄り付かなくなるだろうと言うのがママの主張。つまりは『虫よけ』だ。
何となくそんな感じはしてたけど、ママってモテるんだね……私がママの年になった時……誰かに言い寄られるとは到底想像出来ない、ちょっとだけ羨ましい。ママ美人だしな~、私もママに似ていれば……。でも地位のある仕事仲間に言い寄られるのは確かに面倒そう。うん、私はこのくらいでちょうど良いかも。
流石に土木業界で有名な先生に、同じ業界の一サラリーマンであるパパが殴り込みに行くわけにもいかない。それに言い寄り慣れている所為か、決して高圧的にセクハラをするわけでも無く微妙に断りづらい遠回しな近寄り方をするらしい……その優秀な頭脳、もっと別の方向に使った方が……いや、そっちも使ってこっちも出来るのか。と、言う訳で面倒臭いオジさまへの牽制と言う役割を担った丈さんが、仙台の大谷邸に派遣される事となったのだ。二人とも忙しく食事も別々、掃除は元々頼んでいるハウスキーパーさんに週一でお願いしていて、洗濯などは個々人それぞれで行っているそう。だから一緒の家に暮らしているとは言っても、それほど接点が無いまま暮らしているらしいのだけれど、それでも通勤時間が重なったり、帰り道に偶然一緒になる事もあるのだとか。
たぶん会社に近いマンションだから、そんな場面を職場の人に目撃されたのだろうけど……実は吉竹さんにはまだその事を説明していない。だって絶対面白がって頭の中でストーリーを作るに決まっている。例えフィクションの世界でも、ママと丈さんのラブストーリーなんか想像されたら嫌だもの!そう言う訳で私は余裕しゃくしゃくで食堂を去る事が出来たのだ。けれども―――
「強がってるんでしょ?」
給湯室で洗い物を終えて布巾をパンっと伸ばして干した所で背中に声が掛かった。
「……」
私はハンカチで手を拭いつつ、ゆっくりと振り返った。思わず溜息を吐きたくなる。
「それとも稼ぎの良い男を繋ぎ止める為なら、少々の遊びは目を瞑るってこと?『文句を言えるのは自分だけ』なんて言っていたけど、それって何も言わない都合の良い女だってだけじゃない」
どうやらかなり根に持っているらしい。
私の反撃が余程腹に据えかねた、と言う事なのだろう。うーん、メンドクサイな。意地悪な心根が表情に出ちゃって、せっかくの入念なメイクも台無しだ。だけどそれを指摘したらますます絡まれるだろうし……うん、ヨシ。
「そうですね……私なんて地味で目立たないし、彼のような男性と結婚するならある程度我慢はしなくちゃ続かないかもしれません」
シュンと肩を落としてみる。最近反抗的で何を言っても萎れない私が、彼女の放った嫌味に怒り出すどころかしおらしい様子を見せたので川北さんは僅かに怯んだ様子を見せた。
「川北さんならどうするんですか?彼氏に女性の影があったら―――すぐに問い詰めるんですか?」
「え……まぁ、そうね」
私が何を言い出すのか分からないらしく、戸惑いつつも彼女は頷いた。
「疑わしかったら毅然と切り捨てるんですよね?羨ましいなぁ……私は彼と別れたら、次があるとは思えないし」
「ま、まぁ……二股なんて論外よね。ま、でも浮気相手とちゃんと切れるなら考え直さないでもないけれど」
「私は確かめるのも怖いです。彼、一緒にいる時はすごく優しいから、雰囲気を壊したく無くて聞けないんですよね……。例えばですね、結婚式は身内だけなんですけれど、お金が勿体ないから写真を取る時ウエディングドレス一着で良いって言ったら、もっと色々選べば良いお金は出すからって言ってくれるんですよ。そう言う事言われたらちょっと何かあっても責めづらいじゃないですか」
「へ、へぇ?もしかして後ろめたいからなのかしらね……」
「一緒にいるだけで本当に楽しいので、嫌な話とかしたくないんですよ。引っ越してから彼、もともとマメな性質じゃないんですけど忙しいのに一日一回は連絡くれるんですよね。で、最近メッセージアプリを覚えてくれたんですけど、寝落ちする前にスタンプだけでも送ってくれたり―――そういうの見ると何か可愛いなって思うんですよ、職場の彼とのギャップって言うんですか?ほっこりしちゃって、大事にしてくれるんだなぁって思えて」
嫌な事を聞かせようと近付いて来た川北さん。私も言われっ放しは嫌だ。精神衛生上非常によろしくない。だけど前みたいに攻撃的に言い返したら、プライドの高い彼女の対抗心を煽るだけだと気が付いた。
だから誰にも言えない―――それこそ、うータンぐらいにしか吐き出せない惚気話を聞いてもらう事に決めたのだ!これ、吉竹さんに言ったら絶対ネタにされるし、正直バカップルの惚気なんて聞きたい人はいないと思う。だけど川北さんがグイグイ来て嫌味を言うのなら、嫌味を繰り出される前に私の中に悶々と溜め込んだ惚気話を聞かせようと思い付いたのだ。
川北さんにはかなり引かれるだろう。だけど彼女には既に嫌われているし、今後もう好かれたいとも思わない。だから惚気る相手としては、こんなちょうど良い相手はいないと思う。
「ふ、ふーん……」
「彼氏が出来るまで一人でも平気だったのに、なんでしょうねアレ。一旦彼氏が出来て一緒に過ごす楽しみを知ってしまうと、失いたくないって思うし離れているのがすっごく寂しくって。川北さんは分かりますよね?彼氏も一杯いたでしょうし。私なんか初めての彼氏で、それで付き合って間が無いのに結婚する事になって―――不安なんですよね。今すっごく大事にして貰っているって感じる度に幸せなんですけれど……冷めちゃったらどうしようって。この間やっとそう言う不安を彼に話す事が出来たんですけれど『大丈夫だ』って力強く言ってくれて……やっぱり年上の男性って頼りがいがあるなぁって思っちゃいました、アハハ」
「……」
「あれ?川北さん、どうしました?」
目の前の川北さんの焦点が合っていない。死んだ魚のような瞳で私を見ているのに、見ていない。そして無言でクルリと背中を向けた。
「川北さん?あの……?」
まだまだ聞いて貰いたい。もう少し川北さんに居て欲しい。
ノロケがこんなに気持ちの良いものだなんて、思わなかった……!今まで他人の惚気を聞く側でしか無かったから、何でこんなプライベートな話人に聞かせるんだろう?って長々自慢する人に捕まった時は不思議に思っていたけれど―――これは楽しい……!
追い縋ろうとした私を振り切って、川北さんは足早に給湯室を出て行ってしまった。すると「ぷっ……ククク!」と噴き出す声が扉の影から聞こえて来た。聞き覚えの有り過ぎる笑い声だ。うっ……よりによって一番聞かせたくない人物が、盗み聞きしていたとは思わなかった。
キィっと扉を閉めて、腕組みをする。
「吉竹さん……そこで何やってるのかな?」
口を抑えて肩を震わす吉竹さんを睨みつけた。すると堪えきれない、と言うように彼女はお腹を抱えて笑い出した。
「ひぃっ……可笑しくて、可笑しくて……スッゴイ惚気っ……いや~アハハ、大谷さん!」
片手で涙をぬぐいつつ、吉竹さんは私の肩をバンバンと叩き始めた。ちょっ……痛いんですけど。ムッとする私に向かって、漸く笑いを納めた吉竹さんが痛めた腹筋を擦りながら笑顔を作った。
「『秘儀・呪い返し』ならぬ『ノロケ返し』!決まったね!悪霊退散させちゃった……!」
上手い事言ったった……!ってドヤ顔に呆れてしまう。
『悪霊退散』……出来たのかなぁ?あんなんで。本当はまだまだノロケ足りない。もっともっと聞いて欲しかった。何なら結婚記念の写真のドレス選びに付き合って欲しいくらい。んで、結婚式の後の会食のメニュー決めに対しても意見を聞かせて欲しい。丈さんが仕事で忙しいから、なるべく結婚式の準備は私に任せて……!って宣言しちゃったし。その悩み事も相談しちゃおうかって何だか楽しくなって来たくらいなのに。
「……もっと聞いて欲しかったのにな」
「私が代わりに聞いてあげるわよ」
「吉竹さんはネタにするから、嫌」
そんな感じで遣り取りしつつ、総務課に戻った。川北さんは頑なに私の方を見ない。だけどちょっと前と行動は同じでも、雰囲気が大分違う。何だか怒っていると言うよりは嫌がられているような……?
だって私が声を掛けたら、顔を強張らせて逃げられてしまった。
チッ……残念。思う存分惚気る気持ち良さを知ってしまった私は逃げる川北さんの背中を見ながら内心舌打ちしてしまうくらい、強くなってしまったのであった。
めでたしめでたし。
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もう予告的なモノは何も言わないことにしました。
でももうちょっとで終わる筈です……たぶん。
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