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6.まさかの対戦相手
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たしかに「勝利を祈る」と言われたはずなのに、これはいったいどういうことだろう。
勇剣祭、初日。
トーナメント表を見たら、俺の初戦の対戦相手の欄だけ空白になってたから、たしかにちょっと変だなとは思ったんだ。でも、もしかしたら直前で棄権があったのかもしれないとか。そんなふうにのんきに考えていた。
それなのに俺の目の前には、なぜか白い騎士服に身を包んだエドワードが立っている。
柔らかな純白の出で立ちは、土埃の舞う殺風景な剣技場によく映えた。
シンプルなデザインのなかにも気品のある騎士服だ。初めて見たから勇剣祭に合わせて新調したんだと思う。めちゃくちゃ似合っててかっこいい。こんなの絶対全員惚れるに決まってる。
だってもう耳を澄まさなくても、人でいっぱいになった観客席から「エドワード殿下!」って悲鳴みたいな黄色い歓声が聞こえてくる。
「エドワード……どうしてあなたがここに?」
「陛下に特別に許可をいただいて、今年だけ参加することにしたんだ。君と久しぶりに手合わせをしたくて、大会運営にお願いして初戦で当たれるようにしてもらった」
空いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。俺は途方に暮れた目をしてエドワードを見つめていた。
こういうハチャメチャなことをされると、小さい頃を思い出す。
エドワードはもともと結構やんちゃな子供だったのだ。一度やると決めたらどんな手段を使ってもやり抜こうとするので、周囲の大人たちは小さな暴君によく振り回されていた。
しかし、立太子後のエドワードは子供の頃のやんちゃっぷりが嘘のように、周囲を感嘆させることはあれど困らせることなど一切していない。
どうして陛下は出場許可を出されたのかと思ったが、少し考えてみればわかる。
王太子としての務めを全うしている息子の、久しぶりのわがままだ。陛下がそれを叶えてやりたいと思うのも親として自然なことだろう。
「……エドワード殿下、私はあなたに剣を向けられません。私の剣は、あなたをお守りするためにございます。どうか棄権の許可を賜りたく」
しおらしい表情を作りながら胸に手を当て、軽く目を伏せる。
正直に言うと、俺には痛いほど陛下のお気持ちがわかるのだ。
エドワードがいつも一生懸命努力して頑張ってる姿を見ているからこそ、こうしてたまに口にするわがままは全部叶えてあげたくなる。
「君ならそう言うと思ったよ。しかし、陛下から許可をいただいている以上、私たちが本気で剣を交えても問題はない。私に言わせれば、この歴史ある勇剣祭で身分の差を気にして剣を地面に置くのは軟弱者のすることだ。そうだろう?」
それはまぁ、その通りである。
唇の端を持ち上げて煽るような視線を流してくるエドワードに見蕩れながら、俺は苦く微笑した。
ぶっちゃけ陛下が良いと言ってるんだからさっき俺が口にした棄権のお許し云々の下りも、本当は省略したって失礼にあたらない。
でも、正当な理由があって王族と剣を交えるときは、ああいうふうに敬意を示して一度断りを入れるのが暗黙の了解っていうか、昔ながらの礼儀みたいなものなんだよね。
礼儀といっても今はほとんど形骸化してるけど。こういう公の場ではいちおうやっておかないと、主に高齢の貴族当主あたりがエバンス公爵家に向けてねちねち嫌味を言ってきたりして面倒なことになる。
「ねぇ、ウィリアム。わがままを言ってるのはわかってるんだ。でも、私はもう一度だけでいいから子供のときのように本気で君と戦いたい。これは王太子としてのエドワードではなくて、君の友人のエドワードからのお願いだよ」
俺が沈黙を貫いていることに焦れたのか、エドワードは訴えかけるような瞳で俺を見上げ、じっと目を見つめてくる。
「私と剣を交えてくれるか?」
たぶんエドワードは、さっきの「あなたに剣は向けられない」という発言が俺の本心じゃないだろうなっていうのは察してるけど、俺が黙ったままだから不安になってきたのだろう。
意地悪するつもりであんなことを言ったわけではないので、俺は素直に口を開いた。
「ええ、もちろん。謹んでお受け致します。私の剣があなたを守るためにあるのは事実ですが、勝負をするからには本気で臨ませていただきます。お覚悟を」
俺の返事に、会場が大歓声に包まれる。
俺たちの会話は拡声魔法装置で会場の観客に聞かれているのだ。普段はエドワードに対してもくだけた話し方をしているが、さっきから改まった敬語ばかり使っているのはそのせいだった。
『それではこれより、試合を開始致します。各自指定された場所に立ち、審判が指示を出すまでしばしお待ちくださいませ』
拡声魔法装置が切断され、会場に大会運営からのアナウンスが流れる。
剣技場を初春の優しい風が吹き抜けていき、エドワードの艶やかな金髪が耳元でふわりと揺れた。彼は乱れた髪を少し鬱陶しそうに耳にかけ、軽くうつむかせていた視線を上げて俺を射抜く。
その一連の流れがあまりにも綺麗で、なんだか映画のワンシーンみたいだと思った。
「あなたと本気で剣を交えるのは久しぶりで胸が踊るよ。ありがとう、エドワード」
にこっと微笑みながら手を差し出すと、その手を力強く握られる。エドワードは何も言わず、ただ唇に好戦的な微笑みを浮かべて応えた。
互いに指定された場所に立ち、腰から剣を抜いてしっかりと構える。
エドワードは前ほど時間が割けなくなっただけで鍛錬自体は続けているし、俺が剣を振るうときの細かい癖まで把握しているので、確実に本気でいかないと負けるだろう。
アイスブルーの瞳が静かに燃えているのを見て、背筋をゾクゾクと興奮が駆け抜けていく。
あぁ、そうだ。俺はこの瞳が大好きだったんだ。
「それでは試合を開始致します!」
短く笛が鳴ったと同時に俺は地面を蹴り、ぐっと距離を縮めた。
キィィンッ、と剣同士がぶつかり合う音がして、観客席から歓声が上がる。
力任せに押そうとしても、流すことすらしないで押し返してくる。反応が早いうえにこっちの力に全く押し負けてくれない。
エドワードの剣の腕は健在だ。俺は柄にもなく獰猛な笑みを浮かべながら、いったん距離を取って剣を構え直した。エドワードもまた、柄にもなくぎらついた目でこちらを見ている。
視線が絡まり合った瞬間、互いに勢いよく地面を蹴った。
それから激しく攻守が入れ替わりながらも、俺たちはほとんど互角の戦いをしていた。
俺の方が体格が良いとはいえ、エドワードもしっかり鍛えてるから力負けしてくれないし、彼の剣さばきは俺より丁寧かつ隙がないのでなかなか攻め崩させてもらえないのだ。
逆に、俺の方が隙を突かれて鋭い一撃を入れられそうになり、間一髪のところで流したり躱したりするのが間に合う場面も多かった。
あぁ、楽しい!
心はすっかり子供の頃に戻っていて、エドワードとの本気の手合わせを純粋に楽しんでいた。
噛みつくように仕掛けられるスピード勝負の攻撃も、俺が繰り出した重めの一撃をさらりと軽く流して得意げに笑うのも、すべてが懐かしい。
アドレナリンが脳内でドパドパ分泌されてるのを感じる。エドワードもずっと俺を食らい尽くしてやろうとするような目をしていた。その獰猛な光をたたえたアイスブルーに見つめられるたびに、ひりついた興奮が背筋を駆け抜けて自然と口角が上がってしまう。
「はぁっ!」
「ぐっ……」
ほんの一瞬生まれた隙を突き、思い切り剣を押し込んだ。こんなに重い一撃が来るとは思っていなかったようで、エドワードが少し苦しそうに眉を寄せる。
俺はこれを好機と見て、そのまま無理やり距離を詰めた。至近距離で見つめ合う。やっぱり、泣きたくなるくらい綺麗なアイスブルーだった。
エドワードが力を逃がそうとわずかに剣を引いた瞬間を見逃さず、俺はもう一度、先ほどより鋭く重たい一撃を入れた。
カンッと金属がぶつかり合う音がして、エドワードの手から剣が落ちる。力に押し負けた反動で、彼の体がふらりと後ろに傾いた。
地面に尻もちをついたエドワードはびっくりしたように目を丸くしていたが、すぐに自分の負けを悟ったようだった。
少し悔しさを滲ませながらも凪いだ表情で、さっきまでのぎらつきが嘘みたいに優しいまなざしで俺を見る。
会場が一瞬静まり返り、耳をつんざくような大歓声に包まれた。
『勝者、ウィリアム・エバンス公爵令息様』
アナウンスが流れ、剣技場に設置された拡声魔法装置がオンになる。勝者としてのコメントを求められているのはわかっていたが、観客のためのパフォーマンスを優先する義理はない。
俺は剣を鞘に収めると、地面に跪いてエドワードに手を差し出した。いつもみたいにふわふわと柔らかく微笑んで、彼がこの手を取って立ち上がるのを待っている。
エドワードは驚いたように瞬きを繰り返していたが、俺の意図を察すると、きゅっと目を細めて微笑んだ。
すぐに俺の手を取って立ち上がり、服についた土埃を軽く払う。地面に跪いたままでいる俺を、エドワードは不思議そうな瞳で見ていた。
剣を持つ者は、敗北を喫したときと敬愛する者の前でしか膝をつくべきではないとされている。
つまりどういうことかというと、俺は今から騎士として彼に誓いを立てようとしていた。
「エドワード」
名前を呼びながらもう一度手を差し出すと、エドワードは「何をするつもりなの?」というように首を傾げつつ、右手を預けてくれた。
俺はその手の甲に恭しく口付けを落とし、そっと綺麗な指先を握りながら、真面目な表情で彼を見上げる。
「私がこれから手にする勝利は、すべてあなたに捧げます」
俺は本気だ。
騎士は自らの名誉と矜恃をかけて、誓いを守り抜く。
剣技場で勝者が敗者に誓いを立てるなんて前代未聞のことなので、会場は悲鳴のような歓声で埋め尽くされる。
さっきまで公爵家の次男が王太子を負かすなんて不敬じゃないかと文句を垂れていた観客がいたとしても、こんなことをされたら何も言えなくなるだろう。
でも、俺は別にそういうアンチみたいな連中を蹴散らすためのパフォーマンスとして誓いを立てたわけじゃない。
騎士が愛する人に勝利を捧げるように、俺もエドワードに勝利を捧げたいと思っただけだ。
「……楽しみにしているよ。ありがとう、ウィリアム。君に神の祝福がありますように」
いつになく真剣な俺の瞳を見て、ほわほわと頬を染めて微笑むと、エドワードは俺のために祈りを捧げてくれた。
握った手を優しく引っ張られて、促されるままに立ち上がる。
エドワードが俺の肩に手を置いて背伸びをしたからどうしたんだろうと思っていたら、ちゅっ、と額に柔らかな唇が触れた。
「えっ」
すぐに離れていってしまったが、あたたかな唇の感触がまだ残っている。
俺は自分の顔がじわじわ熱を帯びてくるのを感じながら、額に手を伸ばしてエドワードに口付けられたあたりに触れた。
頬や額へのキスなら、親密な友人同士ですることも珍しくない。俺もエドワードも互いの頬に何回かキスしたことがある。
ただ、それは周囲に人の目がないときの話だ。まさかこんなにたくさんの人に見られている場所で口付けられるとは思わなかった。
慎み深い振る舞いを心がけているエドワードが、公の場でここまで大胆な行動をしたのだ。
彼が俺をどれだけ大切に思ってくれているのか、ここにいる全員が理解しただろう。
会場は俺の勝利が決まったとき以上の大歓声に包まれ、エドワードは照れくさそうに少し目を伏せながら笑う。
その表情が痺れるくらいかっこよくて綺麗で、俺はあと何回この人に心を奪われてしまうんだろうと思った。
「行こうか、エドワード」
俺は拡声魔法機器がオフになったのを確認してから、エドワードの肩に腕を回して微笑んだ。
彼が「そうだな」と頷いたので、俺たちは観客に手を振って大きな歓声に応えながら、並んで剣技場をあとにした。
勇剣祭、初日。
トーナメント表を見たら、俺の初戦の対戦相手の欄だけ空白になってたから、たしかにちょっと変だなとは思ったんだ。でも、もしかしたら直前で棄権があったのかもしれないとか。そんなふうにのんきに考えていた。
それなのに俺の目の前には、なぜか白い騎士服に身を包んだエドワードが立っている。
柔らかな純白の出で立ちは、土埃の舞う殺風景な剣技場によく映えた。
シンプルなデザインのなかにも気品のある騎士服だ。初めて見たから勇剣祭に合わせて新調したんだと思う。めちゃくちゃ似合っててかっこいい。こんなの絶対全員惚れるに決まってる。
だってもう耳を澄まさなくても、人でいっぱいになった観客席から「エドワード殿下!」って悲鳴みたいな黄色い歓声が聞こえてくる。
「エドワード……どうしてあなたがここに?」
「陛下に特別に許可をいただいて、今年だけ参加することにしたんだ。君と久しぶりに手合わせをしたくて、大会運営にお願いして初戦で当たれるようにしてもらった」
空いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。俺は途方に暮れた目をしてエドワードを見つめていた。
こういうハチャメチャなことをされると、小さい頃を思い出す。
エドワードはもともと結構やんちゃな子供だったのだ。一度やると決めたらどんな手段を使ってもやり抜こうとするので、周囲の大人たちは小さな暴君によく振り回されていた。
しかし、立太子後のエドワードは子供の頃のやんちゃっぷりが嘘のように、周囲を感嘆させることはあれど困らせることなど一切していない。
どうして陛下は出場許可を出されたのかと思ったが、少し考えてみればわかる。
王太子としての務めを全うしている息子の、久しぶりのわがままだ。陛下がそれを叶えてやりたいと思うのも親として自然なことだろう。
「……エドワード殿下、私はあなたに剣を向けられません。私の剣は、あなたをお守りするためにございます。どうか棄権の許可を賜りたく」
しおらしい表情を作りながら胸に手を当て、軽く目を伏せる。
正直に言うと、俺には痛いほど陛下のお気持ちがわかるのだ。
エドワードがいつも一生懸命努力して頑張ってる姿を見ているからこそ、こうしてたまに口にするわがままは全部叶えてあげたくなる。
「君ならそう言うと思ったよ。しかし、陛下から許可をいただいている以上、私たちが本気で剣を交えても問題はない。私に言わせれば、この歴史ある勇剣祭で身分の差を気にして剣を地面に置くのは軟弱者のすることだ。そうだろう?」
それはまぁ、その通りである。
唇の端を持ち上げて煽るような視線を流してくるエドワードに見蕩れながら、俺は苦く微笑した。
ぶっちゃけ陛下が良いと言ってるんだからさっき俺が口にした棄権のお許し云々の下りも、本当は省略したって失礼にあたらない。
でも、正当な理由があって王族と剣を交えるときは、ああいうふうに敬意を示して一度断りを入れるのが暗黙の了解っていうか、昔ながらの礼儀みたいなものなんだよね。
礼儀といっても今はほとんど形骸化してるけど。こういう公の場ではいちおうやっておかないと、主に高齢の貴族当主あたりがエバンス公爵家に向けてねちねち嫌味を言ってきたりして面倒なことになる。
「ねぇ、ウィリアム。わがままを言ってるのはわかってるんだ。でも、私はもう一度だけでいいから子供のときのように本気で君と戦いたい。これは王太子としてのエドワードではなくて、君の友人のエドワードからのお願いだよ」
俺が沈黙を貫いていることに焦れたのか、エドワードは訴えかけるような瞳で俺を見上げ、じっと目を見つめてくる。
「私と剣を交えてくれるか?」
たぶんエドワードは、さっきの「あなたに剣は向けられない」という発言が俺の本心じゃないだろうなっていうのは察してるけど、俺が黙ったままだから不安になってきたのだろう。
意地悪するつもりであんなことを言ったわけではないので、俺は素直に口を開いた。
「ええ、もちろん。謹んでお受け致します。私の剣があなたを守るためにあるのは事実ですが、勝負をするからには本気で臨ませていただきます。お覚悟を」
俺の返事に、会場が大歓声に包まれる。
俺たちの会話は拡声魔法装置で会場の観客に聞かれているのだ。普段はエドワードに対してもくだけた話し方をしているが、さっきから改まった敬語ばかり使っているのはそのせいだった。
『それではこれより、試合を開始致します。各自指定された場所に立ち、審判が指示を出すまでしばしお待ちくださいませ』
拡声魔法装置が切断され、会場に大会運営からのアナウンスが流れる。
剣技場を初春の優しい風が吹き抜けていき、エドワードの艶やかな金髪が耳元でふわりと揺れた。彼は乱れた髪を少し鬱陶しそうに耳にかけ、軽くうつむかせていた視線を上げて俺を射抜く。
その一連の流れがあまりにも綺麗で、なんだか映画のワンシーンみたいだと思った。
「あなたと本気で剣を交えるのは久しぶりで胸が踊るよ。ありがとう、エドワード」
にこっと微笑みながら手を差し出すと、その手を力強く握られる。エドワードは何も言わず、ただ唇に好戦的な微笑みを浮かべて応えた。
互いに指定された場所に立ち、腰から剣を抜いてしっかりと構える。
エドワードは前ほど時間が割けなくなっただけで鍛錬自体は続けているし、俺が剣を振るうときの細かい癖まで把握しているので、確実に本気でいかないと負けるだろう。
アイスブルーの瞳が静かに燃えているのを見て、背筋をゾクゾクと興奮が駆け抜けていく。
あぁ、そうだ。俺はこの瞳が大好きだったんだ。
「それでは試合を開始致します!」
短く笛が鳴ったと同時に俺は地面を蹴り、ぐっと距離を縮めた。
キィィンッ、と剣同士がぶつかり合う音がして、観客席から歓声が上がる。
力任せに押そうとしても、流すことすらしないで押し返してくる。反応が早いうえにこっちの力に全く押し負けてくれない。
エドワードの剣の腕は健在だ。俺は柄にもなく獰猛な笑みを浮かべながら、いったん距離を取って剣を構え直した。エドワードもまた、柄にもなくぎらついた目でこちらを見ている。
視線が絡まり合った瞬間、互いに勢いよく地面を蹴った。
それから激しく攻守が入れ替わりながらも、俺たちはほとんど互角の戦いをしていた。
俺の方が体格が良いとはいえ、エドワードもしっかり鍛えてるから力負けしてくれないし、彼の剣さばきは俺より丁寧かつ隙がないのでなかなか攻め崩させてもらえないのだ。
逆に、俺の方が隙を突かれて鋭い一撃を入れられそうになり、間一髪のところで流したり躱したりするのが間に合う場面も多かった。
あぁ、楽しい!
心はすっかり子供の頃に戻っていて、エドワードとの本気の手合わせを純粋に楽しんでいた。
噛みつくように仕掛けられるスピード勝負の攻撃も、俺が繰り出した重めの一撃をさらりと軽く流して得意げに笑うのも、すべてが懐かしい。
アドレナリンが脳内でドパドパ分泌されてるのを感じる。エドワードもずっと俺を食らい尽くしてやろうとするような目をしていた。その獰猛な光をたたえたアイスブルーに見つめられるたびに、ひりついた興奮が背筋を駆け抜けて自然と口角が上がってしまう。
「はぁっ!」
「ぐっ……」
ほんの一瞬生まれた隙を突き、思い切り剣を押し込んだ。こんなに重い一撃が来るとは思っていなかったようで、エドワードが少し苦しそうに眉を寄せる。
俺はこれを好機と見て、そのまま無理やり距離を詰めた。至近距離で見つめ合う。やっぱり、泣きたくなるくらい綺麗なアイスブルーだった。
エドワードが力を逃がそうとわずかに剣を引いた瞬間を見逃さず、俺はもう一度、先ほどより鋭く重たい一撃を入れた。
カンッと金属がぶつかり合う音がして、エドワードの手から剣が落ちる。力に押し負けた反動で、彼の体がふらりと後ろに傾いた。
地面に尻もちをついたエドワードはびっくりしたように目を丸くしていたが、すぐに自分の負けを悟ったようだった。
少し悔しさを滲ませながらも凪いだ表情で、さっきまでのぎらつきが嘘みたいに優しいまなざしで俺を見る。
会場が一瞬静まり返り、耳をつんざくような大歓声に包まれた。
『勝者、ウィリアム・エバンス公爵令息様』
アナウンスが流れ、剣技場に設置された拡声魔法装置がオンになる。勝者としてのコメントを求められているのはわかっていたが、観客のためのパフォーマンスを優先する義理はない。
俺は剣を鞘に収めると、地面に跪いてエドワードに手を差し出した。いつもみたいにふわふわと柔らかく微笑んで、彼がこの手を取って立ち上がるのを待っている。
エドワードは驚いたように瞬きを繰り返していたが、俺の意図を察すると、きゅっと目を細めて微笑んだ。
すぐに俺の手を取って立ち上がり、服についた土埃を軽く払う。地面に跪いたままでいる俺を、エドワードは不思議そうな瞳で見ていた。
剣を持つ者は、敗北を喫したときと敬愛する者の前でしか膝をつくべきではないとされている。
つまりどういうことかというと、俺は今から騎士として彼に誓いを立てようとしていた。
「エドワード」
名前を呼びながらもう一度手を差し出すと、エドワードは「何をするつもりなの?」というように首を傾げつつ、右手を預けてくれた。
俺はその手の甲に恭しく口付けを落とし、そっと綺麗な指先を握りながら、真面目な表情で彼を見上げる。
「私がこれから手にする勝利は、すべてあなたに捧げます」
俺は本気だ。
騎士は自らの名誉と矜恃をかけて、誓いを守り抜く。
剣技場で勝者が敗者に誓いを立てるなんて前代未聞のことなので、会場は悲鳴のような歓声で埋め尽くされる。
さっきまで公爵家の次男が王太子を負かすなんて不敬じゃないかと文句を垂れていた観客がいたとしても、こんなことをされたら何も言えなくなるだろう。
でも、俺は別にそういうアンチみたいな連中を蹴散らすためのパフォーマンスとして誓いを立てたわけじゃない。
騎士が愛する人に勝利を捧げるように、俺もエドワードに勝利を捧げたいと思っただけだ。
「……楽しみにしているよ。ありがとう、ウィリアム。君に神の祝福がありますように」
いつになく真剣な俺の瞳を見て、ほわほわと頬を染めて微笑むと、エドワードは俺のために祈りを捧げてくれた。
握った手を優しく引っ張られて、促されるままに立ち上がる。
エドワードが俺の肩に手を置いて背伸びをしたからどうしたんだろうと思っていたら、ちゅっ、と額に柔らかな唇が触れた。
「えっ」
すぐに離れていってしまったが、あたたかな唇の感触がまだ残っている。
俺は自分の顔がじわじわ熱を帯びてくるのを感じながら、額に手を伸ばしてエドワードに口付けられたあたりに触れた。
頬や額へのキスなら、親密な友人同士ですることも珍しくない。俺もエドワードも互いの頬に何回かキスしたことがある。
ただ、それは周囲に人の目がないときの話だ。まさかこんなにたくさんの人に見られている場所で口付けられるとは思わなかった。
慎み深い振る舞いを心がけているエドワードが、公の場でここまで大胆な行動をしたのだ。
彼が俺をどれだけ大切に思ってくれているのか、ここにいる全員が理解しただろう。
会場は俺の勝利が決まったとき以上の大歓声に包まれ、エドワードは照れくさそうに少し目を伏せながら笑う。
その表情が痺れるくらいかっこよくて綺麗で、俺はあと何回この人に心を奪われてしまうんだろうと思った。
「行こうか、エドワード」
俺は拡声魔法機器がオフになったのを確認してから、エドワードの肩に腕を回して微笑んだ。
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