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幕間
異世界転生って、するのはワクワクするけれど、その先で上手くいくとは限らない
しおりを挟む「毎度ありっ、またのご来店をっ!」
茶菓子の店主が商品を買ってくれた善朗に大きな声でお礼を言って、善朗達を送り出す。
〔ガラガラガラガラッ・・・ピシャン・・・〕
善朗達は店から出て、店の扉を丁寧に閉めた。
「・・・霊界って・・・本当に不思議な所ですね・・・。」
善朗が茶菓子の入った袋を抱えながら隣にいる乃華に話す。
「・・・何がですか?」
当然のように善朗の買い物に付き合っている現状はスルーするとして、乃華が善朗の疑問を聞き返す。
「・・・幽霊って、お腹空かないはずなんですが・・・ご飯を食べればおいしいし、飲み物も生きてる時と変わらない・・・むしろ、向こうでは見かけない不思議な物が多いし・・・。」
善朗が辺りをキョロキョロ見ながら、疑問に思ったことをポンポンと言葉にして口から出す。
「・・・本来、飲み食いって必要ないんですけど、霊力回復の効果もあったりしますし、それで経済が回ってるというのもありますからね・・・何より、幸福というのは生きてても死んでても変わりないですから。」
後ろで手を組みながらどこか善朗と視線を合わせないようにしている乃華がそう答える。
「・・・・・・この前、モンスターブルっていうジュースを飲もうとしたら、師匠から怒られたんですよ・・・無闇に状態効果上昇の飲み物を飲むなってっ・・・。」
善朗がふと思い出したように話して乃華を見る。
「あぁっ・・・モンスターブルは一時的に攻撃力効果が高いので、無闇に摂取して、対人をするとあぶないですからね・・・後は、ミルミルキーっていう飴玉を摂取すると、一時的に素早さが上がるんですよっ・・・あとは・・・。」
乃華が善朗の質問に答えようとあれこれ頭の引き出しを開けながら話す。
(・・・ここは霊界っていうゲームの世界なのではないだろうか?)
善朗はポンポンと乃華の口から出てくるアイテムの名前を聞いて素直にそう思った。
「奴がいたぞっ!!!」
「ッ?!」
善朗達が歩きながら話していると、男の叫び声が少し離れた所から聞こえてきて、それに驚く二人。
「逃がすなッ!!」
別の女性の叫び声が同じ方向から聞こえてくる。
「へへぇ~~んっ、捕まるもんですかっ!」
すると、人波を掻き分けて、一人の女性が善朗達の近くを駆け抜けていく。
「あっ、女神アキュアスっ?!」
その女性の姿を見て、乃華が思わず叫ぶ。
「ちっ、こっちにも追ってかっ?!」
アキュアスは乃華の声と姿に気付くと、素早く方向転換をして、建物の脇へと姿を消して行く。
「えっ、えっ、えっ?」
乃華とアキュアスを交互に見て、困惑する善朗。
「みなさん、あっちに逃げましたよっ!」
乃華がアキュアスが逃げた方向を指差して、追ってきた係員に教える。
「ありがとうございますっ、逃がすなっ!」
数人の男女が乃華の指示に従い、散り散りになってアキュアスの後を追っていく。
「・・・まったく・・・あの悪党、懲りずに来ていたなんてっ。」
ご立腹の乃華が腕組みをしながら逃げた方向を睨んでいる。
「・・・あの~・・・あれって、誰なんですか?」
当然の質問を口にする善朗。
「・・・えっ?・・・あぁっ、あれは女神アキュアスっていう極悪人です。」
乃華が善朗の質問に簡潔に答える。
「・・・何か、とんでもない悪い事をしたんですか?」
アキュアスの姿を見た善朗には、どうにも極悪人には見えなかった。
アキュアスの外見は、ザ・女神のような出で立ちで、白い布で全身を多い、とても神聖なものに思えた。たなびく水色のロングヘアが川の流れのようにきらびやかに揺らめき、青い瞳が何やらぎらついていた。外見は穏やかそうに見えるものの、確かに動きはとてもしなやかではなく、荒々しさを感じざるを得なかった。
「何か悪い事をっ!・・・とんでもない極悪人なんですよッ!!」
善朗の不意の一言が乃華の逆鱗に触れる。
「ごっ、ごめんなさいっ!」
突然の雷に善朗は即座に頭を下げる。
「・・・いいですか、あのアキュアスって言う女神は、言葉巧みに人を騙して、異世界に連れて行く極悪人なんですよっ!」
「異世界っ?!」
乃華のアキュアスの説明の中に、きらびやかな言葉が現れて、食い気味に復唱する善朗。
「・・・そっ、そうです・・・異世界です・・・。」
キラキラと光る善朗の目に少し引き気味の乃華。
「異世界にいけるんですかっ!」
善朗は元々異世界に転生したい少年だったので、その言葉には夢と希望が詰まっている。
「何言ってるんですかッ!」
「ヒッ?!」
余りにも希望を膨らませる善朗に乃華の更なる雷が落ちる。
「いいですか?・・・異世界転生っていうのは、簡単に言いますけど、もう二度とこっちには帰って来れないんですよっ!こちらに生きて帰ってきたとしても、死んだら、向こうの霊界に魂は送られます。二度とこっちの輪廻転生の輪には戻れないんですっ。チートをあげるからとか、向こうで英雄にとか・・・あいつらは甘く惑わしてきますが、チートを貰ったからと言って、必ずしも成功するとは限らないんですよ?それどころか、向こうで死んで延々、絶望的な転生を繰り返させられる事だって多いんです。その時に泣いて帰ってきても、こちら側ではもうどうしようもありませんからっ。善朗さんは、良い事ばかり、思っているようですけど、そんな簡単な人生があるわけないでしょっ!」
余りの怒りに乃華は善朗を諭す為にと、マシンガンのように言葉を善朗に打ち込んで異世界転生が決して甘いものではないと話す。
「・・・・・・。」
余りの剣幕に固まらざるを得ない善朗。
「・・・ふぅ~~っ・・・異世界転生は出来ないと善朗さんには言いましたけど、出来るからといってお勧めできるものではないんです・・・ここの方がずっと幸せだったなんて、ざらなんですからねっ。」
乃華は一息ついても、善朗の幻想を徹底的に破壊しようと右手の人差し指を振りながら、攻撃の手を休めない。
「・・・そっ・・・そうだったんですね・・・。」
ここまで攻め立てられれば、さすがの善朗も苦笑いで受け入れざるを得なかった。
「あの極悪人アキュアスはもう何十人も連れ去っているんです・・・なのに、まだここにいるということは、世界は救えていないって事なんですよ・・・善朗さんも気をつけてください。」
乃華は腕組みをして、最後にため息を大きくついて話を締めた。
「・・・わかりました・・・。」
最後に善朗は軽く会釈をして、乃華と別れる。
乃華はどうしてもアキュアスのことが気になって、確保のために手伝いにいったのだった。
「・・・あなた・・・異世界に興味は無い?」
希望を絶たれて、トボトボと帰路を歩いていた善朗に透き通った女性の声が届く。
「・・・あっ・・・。」
声のする方向を見て、善朗は固まる。
そこには、20歳前後の男性に声を掛けているアキュアスの姿があった。
「・・・えっ、異世界転生できるんですかっ!」
男性は目をキラキラとさせてアキュアスの話にくいついている。
「今なら、天下無双の魔剣を貴方に授けるわ・・・私達の世界をぜひ救って、英雄になってほしいの。」
アキュアスは何処からとも無く仰々しい剣を作り出して、男性に見せている。
「ホントですかっ!俺、異世界転生が夢だったんですっ・・・こんな世界いくらでも捨てて行きますよっ!!」
男性は有無も言わずに魔剣を受け取り、意気揚々としている。
「話は早いわね・・・きっと貴方の行く先には幸があるわ・・・なんたって、この私がついてるんですからね。」
アキュアスは男性の腕を取ると一緒に姿を消した。
「・・・・・・。」
善朗は一連の会話を遠くで眺めながら、どこか虚しさを感じていた。
(・・・たしかに乃華さんが言うとおり、チートを手に入れたからって、その世界で最強になれるかなんて、行ってみないと分からないし・・・何人も、ましてや何十人も転生するのはおかしいよな・・・あの人大丈夫だろうか?)
乃華の説明が頭の中にある善朗は、どこか他人事のように消えた青年の事を考えていた。
今までなら、善朗自身もあの青年のようにアキュアスの誘いに二つ返事で答えただろう。
しかし、死んでからこちらで経験したことが善朗を冷静にさせていた。
「善朗さん、まだこんな所にいたんですかっ!?」
空から乃華の声が善朗に届く。
空を見上げてみると、乃華が空から善朗を見下ろしている姿があった。
「・・・あっ・・・すいません・・・。」
道草していた事を何故か乃華に謝る善朗。
「・・・もう・・・何処行ったのかしら・・・。」
善朗の謝罪にも気にも留めない乃華がキョロキョロと辺りを見ている。
「・・・あっ・・・乃華さん、アキュアスならもういないと思いますよ。」
「えっ?!」
善朗が先ほどのアキュアスのことを乃華に伝える。
「やられたっ!!」
乃華は悔しそうに地団駄を踏んで、大声を張り上げる。
「・・・捕まえられそうですか?」
もう異世界転生という望みがなくなった善朗が乃華側で尋ねる。
「・・・これまで、多くの異世界の神々を捕まえてきて、出禁にしてきましたから・・・一度捕まえれば、魂のデータを登録して、こちら側に侵入させないように出来るんです・・・本当にもう・・・懲りない人達が多くて・・・。」
今までの実績と共に善朗を安心させようと乃華が話す。
「・・・今度、俺も見かけたら捕まえるなり、伝えるなりしますから。」
善朗が笑顔でそう乃華を励ます。
「・・・・・・ありがとう・・・ございます・・・でも、これは私達の仕事なので、大丈夫です・・・その気持ちだけで。」
ふいの善朗の笑顔に少し恥ずかしくなる乃華だったが、目線を外して、善朗の申し出をやんわりと断った。
「・・・帰りましょうか?」
「・・・そうですね・・・。」
落ち着いた二人が、元々の予定通り、茶菓子を持って、佐乃道場へと帰って行った。
「私は女神なのよっ!私はみんなの願いを叶えてやったんじゃないっ!裁かれるなんておかしいわっ!!」
「・・・モグモグッ、うるさいなぁ~・・・店長、ちょっと追加のラーメン持ってきてよっ!」
「食ってばっかりいるんじゃないわよっ!重いでしょっ、どきなさいよっ!!」
後日、金太の大きなお尻の下で、もがいている女神アキュアスが乃華達により、見事召し捕られたの別のお話。
もちろん、永久追放となり、また一つ異界の門が無事閉じられる事となった。
応援ありがとうございます!
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