折れた魔剣:筆頭騎士の調教戦場(アリーナ)

猫野 にくきゅう

文字の大きさ
5 / 6

第5話 覇王の眼光

しおりを挟む
 その日のアリーナは、かつてない熱気に包まれていた。  

 擂り鉢状の観客席を埋め尽くすのは、バルバドが誇る数千の精鋭兵。
 彼らは手にした槍や盾を打ち鳴らし、地鳴りのような咆哮を上げている。その中心――最上段の石座に、漆黒の毛皮を纏った男が座していた。

 覇王、ヴォルグ。

 彼がただそこに座っているだけで、アリーナの空気は物理的な質量を帯びて重く沈み込む。その黄金の瞳が、地下の闇から引きずり出されたセシルを捉えた。

「……ッ」

 セシルは息を呑んだ。  
 首と両手首を繋ぐ鎖が、恐怖と、自分でも信じがたい「高揚」で激しく震える。  

 連日の蹂躙により、彼女の心身はもはや正常な境界線を失っていた。
 昼に男たちを屠るたび、夜の絶望が彼女を甘く蝕む。その歪な円環の果てに、彼女は心のどこかで「自分を完全に終わらせてくれる存在」を渇望していた。

「――ヴォルグ様! これが、例の『帝国の魔剣』にございます!」

 ガンツが誇らしげに声を張り上げ、セシルの首の鎖を強く引いた。  

 セシルは冷たい泥の上に跪かされる。
 その姿は、破れた麻布から傷だらけの肢体が覗き、かつての凛々しさは見る影もない。だが、その瞳だけは、血に飢えた獣のような妖光を放っていた。

「……ふむ。泥にまみれ、鎖に繋がれてなお、その牙は折れていないか」

 ヴォルグがゆっくりと立ち上がった。  

 彼が一段、また一段と階段を降りてくるたびに、兵士たちの怒号は静まり、代わりに緊張感が場を支配する。

「セシル・フォン・アルトワ。貴様は強すぎるがゆえに、このアリーナの雑兵では満足できなくなったようだな。……夜の訓練も、もはや貴様にとっては『娯楽』に過ぎんのではないか?」

 ヴォルグの言葉が、セシルの核を鋭く突く。  
 セシルは唇を噛み、上目遣いに王を睨みつけた。

「……黙れ。……私は、帝国騎士。貴様ら蛮族に……魂まで売ったわけではない……!」

「言葉と裏腹に、その身体は支配を求めて疼いているぞ。……良いだろう。私が自ら、貴様のその『強さ』の拠り所を粉砕してやる。……鎖を解け」

 場内が騒然となる。  

 ガンツが慌ててセシルの鎖を解いた。
 自由になった彼女の肉体に、爆発的な闘気が戻る。セシルは落ちていた木剣を拾い上げ、ヴォルグに対して正対した。

「……後悔、させてやる……!」

 セシルが動いた。  

 目にも止まらぬ踏み込み。
 一瞬でヴォルグの懐に入り、木剣をその首筋へと叩き込む。  

 ――だが。

 鈍い衝撃音と共に、セシルの動きが止まった。  
 ヴォルグは身動き一つせず、左手一本で、彼女の全力の打撃を受け止めていたのだ。

「……遅いな」

「な……っ!?」

 ヴォルグの右拳が、セシルの腹部にめり込んだ。  

 衝撃が背中を突き抜け、彼女の意識は白く爆ぜた。肺から空気がすべて押し出され、彼女の身体は糸の切れた人形のように砂の上に転がった。

「あ……が、は……っ……!」

 セシルは、激しく咳き込みながら泥を這った。  

 信じられない。
 自分が今まで戦ってきた男たちとは、次元が違いすぎる。

 これが、王。
 これが、略奪によって国を築いた男の力。

 ヴォルグは無造作に彼女に歩み寄り、その美しい髪を掴んで引き上げた。

「騎士の誇りも、技も、私という絶対的な力の前では無意味だ。貴様が執着しているその『強さ』さえ、私が奪い取ってやる」

 ヴォルグの大きな手が、セシルの首筋を力強く、死の予感さえさせるほどに締め上げる。  

 窒息の苦しみ。
 そして、自分より遥かに巨大な存在に完全に制圧されているという絶望的な事実。  

 その瞬間――
 セシルの中で、最後に残っていた理性の糸が、ぷつりと音を立てて切れた。

(ああ……。そう。私は……この人に……)

 彼女の目から、初めて「屈服」の涙が溢れ出した。  
 暴力的なまでの上位者に、物理的に壊され、完全に所有されることへの、狂おしいほどの悦び。

「……殺して……。それとも、あなたの……足元で……」

 掠れた声で呟くセシルの瞳から、戦士の光が消え、熱を帯びた「所有物」の眼差しへと変わった。  

 それを見た兵士たちから、割れんばかりの歓声が上がる。

「決まりだ。この女は、今日から私の『戦利品』だ」

 ヴォルグは、意識を失いかけたセシルを軽々と肩に担ぎ上げた。  
 アリーナでの過酷な日々は、ここをゴールとして、さらに深淵なる地獄――覇王の寝室という名の「真の隷属」へと続いていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

孤高の愛の傍らで…。

礼三
恋愛
 アルセア王国…。  この国には庶民にも有名な悲恋話が存在する。  アルセア建国当初からホリホック王家へ忠誠を誓ってきたガザニア、グラジオラスーの二代公爵家…。  ガザニア公爵の令嬢オレリア、グラジオラスの令息シリルは愛しあい将来を誓っていた。  しかし、公爵家の結びつきによって貴族派の勢力が大きくなることを恐れたホリホックの国王は王太子への婚約者にオレリアを所望する。  そして、二人の愛は引き裂かれた。  シリルはそれでもオレリアの騎士となって彼女を生涯護り抜くと誓うのだ。  だが、シリルはグラジオラス公爵家のたった一人の子供だった。嫡男であるシリルには跡取りが必要で、苦渋の決断でブプレウム伯爵家の娘メラニーを妻に迎えた。  その女、メラニーは二人の純粋な愛に嫉妬し狂い、幾度となく二人の崇高な愛の邪魔をした。  アルセア王国民の多くが知っている有名な話である。愛しあう二人を邪魔した世間で悪女と評判の女メラニー…。  これは王国の孤高の愛に翻弄されたメラニーの物語である。 12月より『小説家になろう』様でも同作品を掲載しております。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ヒロインと結婚したメインヒーローの側妃にされてしまいましたが、そんなことより好きに生きます。

下菊みこと
恋愛
主人公も割といい性格してます。 アルファポリス様で10話以上に肉付けしたものを読みたいとのリクエストいただき大変嬉しかったので調子に乗ってやってみました。 小説家になろう様でも投稿しています。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

いつか優しく終わらせてあげるために。

イチイ アキラ
恋愛
 初夜の最中。王子は死んだ。  犯人は誰なのか。  妃となった妹を虐げていた姉か。それとも……。  12話くらいからが本編です。そこに至るまでもじっくりお楽しみください。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...