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番外編
あの日の裏側
しおりを挟む婚姻後、本編最終話辺りのお話になりますが、ほぼミレーヌたちの卒業パーティーのディーン視点の回想話になります。
話が長くなったので、タイトルを分けました。前後編の前編扱いの話です。
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「ミレーヌが俺たちの結婚を政略結婚だと思っている。」
俺は王太子の執務室の椅子に深く腰掛けながら、眉を顰めて言った。
「そりゃそうでしょう。そのようにプロポーズしていたじゃないですか。」
「違うっ!あれはプロポーズではなくてだなっ!」
呆れたようなフェルナンドの声に、俺は否定しながら、兄上によって引き起こされた、卒業パーティーでの婚約破棄騒動のあの日を思い出していた。
「どういう事かしら?もう卒業パーティーはとっくに始まっているはずよね?何故、まだ私たちに呼び出しが掛からないのかしら?」
母上が少し眉を顰めながら言った。今日は兄上とミレーヌの卒業式があった。そしてこの時間、卒業生たちは保護者と学園関係者も揃って、卒業パーティーに出席している筈だった。
母上と俺も王族として、卒業パーティーには呼ばれていたが、母上が第二妃という事で壇上には席は用意されず、パーティー開始後に時間を置いて会場へと案内される予定となっていた。
学園の応接室に案内され、待機してから1時間ほどは経っただろうか。もうそろそろ誰かが呼びに来ても良いのではないか、と思っていた時の母上の呟きだった。
母上が眉をを顰めたのは、もしかしたら自分の時の事を思い出していたからかも知れない。
母上にとっては、22年振りの卒業パーティーへの出席だ。色々と思うところがあるのかも知れない。
「少し様子を見てきましょうか。」
壁ぎわに控えていたフェルナンドがそう言って、扉の方へ向かい始めた時に、物凄い勢いで扉が開いた。
「も、も、も、申し訳ありません。遅くなりましたっ。」
学園関係者らしい男が真っ青な顔で、俺たちが座るソファの前まで来る。
「何かあったの?」
「はぃっ、い、いえ、そのっ。じ、実は、まだパーティーが始まっていなくて、、、、。」
少し肥満気味の男はひどく焦っていて、手に持ったハンカチで額の汗を拭いながら、要領を得ない言葉をしどろもどろに言っている。
「どうしてまだ始まっていないんだ?もう開始時間はとっくに過ぎているんじゃないのか?」
男の様子に、黙り込んでしまった母上の代わり聞けば、男はビクリと大袈裟に肩を揺らした。
「まさか、、、、誰なの?」
母上が男の方を向いて問いただす。
誰、って何が?
王妃が支度に手間取って、まだ会場入りしていないのか?
俺が首を傾げていると、母上がふいに立ち上がった。
「会場に行くわよ。」
「お、お待ち下さいっ、レティシア様。講堂は今は誰も出入りしないようにとっ。ですから今日の出席はっ、、、、。」
扉に向かって歩き出した母上を止めようと、男が慌てている。
誰も出入りするな?
何故だ。流石にそれはおかしいぞ。
俺は目でフェルナンドに合図を送る。フェルナンドは頷いて男の腕を取り、引き摺るように俺たちの後ろを歩き出した。
「で、一体、誰が、何をしたの?」
母上が足早に歩きながら、後ろをついてくる形になった男に尋ねる。
「はっ、その、パーティーが始まる直前にっ、、、、アルフリート殿下が、、、、シルフィード公爵令嬢に言ってしまわれたのです!」
言ってしまわれた?
何を?
ミレーヌに?
母上の後ろを歩きながら、一瞬、思考が停止する。
「なんて馬鹿な事をっ!」
母上はすぐに理解したようで、悲鳴にも近い声を上げる。
馬鹿な事?
「まさかっ!」
小声で呟いた俺に、足を止めずにチラリと母上は視線を向ける。俺にしては察しが悪い、とでも言いたげに。
「それで会場はどうなっているの?シルフィード公爵令嬢は?」
普段は完璧な淑女と言われている母上が、ドレスの裾が上がり足元が見えそうになっているのも構わず、講堂へと急いでいる。
俺も早く、と思うが、まだ話を聞けていないので黙って母上の後ろを歩きながら、男から状況を聞く。
男の話によると、兄上は陛下たちが壇上に登場し椅子に座ると同時に、ミレーヌに向かって『婚約破棄宣言』をしたらしい。
しかも側には、噂の男爵令嬢と騎士団長の息子。そして最近親しくしている下位貴族の令息2人が居たという。
そうしてミレーヌが男爵令嬢に嫌がらせをした、と卒業生たちの前で言い放ったそうだ。
22年前と同じだな。
きっと母上もそう思っているに違いない。
その状況で、ミレーヌはたった一人で反論をしているらしい。
はやる気持ちを抑えて、講堂の入り口まで来れば、学園の護衛兵と思われる者が2人、扉前に立っていた。
学校側としてもこのような事態になって、外部に話が漏れぬように、との配慮だろう。
事の成り行き次第では無かった事になる可能性もある、と判断したのだ。
「扉を開けなさい。」
母上が厳しい顔をしながら、護衛兵に向かって言う。
「第二妃様、しかし、学園長から、、、、。」
護衛兵も個人で判断出来ないのだろう。それは仕方がない事だが、今は緊急事態でもあるのだ。母上の横に立ち、扉に手を掛けると中の声が聞こえてきた。
想像していたのとは違い、何故か、ミレーヌが男子生徒たちに求婚されているらしい。会場の様子に母上も戸惑っていた時、ミレーヌの叫ぶ声が聞こえてきた。
『あなたたちだけでなく、会場の皆様も同じですわっ!
婚約解消となり私には婚約者が居ない状態になりますが、今日、この場に居る男性とは絶対に、何があっても婚約いたしませんっ!!!』
どういった理由からかは、扉の外からは伺い知れないが、ミレーヌがキレたらしい。
安堵の気持ちと、この場とは、今の俺もその一人に含まれるのか?と考えた時、更にミレーヌが言葉を発した。
『私はもう、婚約なんてー。』
ダメだ!その先は言うな!!!
俺はミレーヌに言葉の先を言わせまい、と咄嗟に扉を思いっきり蹴って開けた。
物凄い音を立てて開いた扉に、会場の人々の視線が集まる。
ミレーヌもこちらを向いて、予想外の場所からの母上の登場に驚いている。
『いつまで待ってもお声が掛からないので勝手に入って来てしまいました。
ですが、パーティーも始まっておらず、一体、これは何の騒ぎなのですか、陛下?』
母上は集まる視線を気にする事なく、国王陛下だけを見つめて言った。
俺はすかさず、ミレーヌの側に近寄る。
「また泣いていたの?ミレーヌは本当に泣き虫だよねぇ。」
怒りでキレて、冷静な判断が出来ないだろうミレーヌを落ち着かせたくて、いつもみたいに軽い調子で言った。
ー 私はもう婚約なんてしません。ー
ミレーヌはそう言おうとしていた。たぶん公爵領に引き篭もるか、修道院にでも入ろう、と思ったんだろう。
そんなのダメだ。それにその言葉を言ってしまったら、本当にそうなってしまう可能性もある。
頭に血が上っていたとはいえ、こんな大勢の前でそんな事を言ってしまったら、誰とも、いや、もう俺との婚姻は不可能となる可能性があるんだ。
折角、チャンスが回って来たんだ。
俺はいつものようにポケットから飴を取り出して、何かを言おうとしたミレーヌの口に入れた。
ミレーヌはそれが昔、食べていた飴だと気づいたように、一瞬、目を丸くしながら懐かしそうな顔をする。
そんな俺たちを母上は横目で見て、小さく息を吐いたようだった。
母上の問いに、しどろもどになりながら答える国王に、母上は『二人の婚約は解消とする』との言質をしっかりと取ってくれた。
よしっ、これで兄上とミレーヌの婚約は、解消される事は決まった!
後は有象無象の輩がこれ以上増えない内に、ここで一気に決めよう!
けど、今のミレーヌには、さっきの奴らみたいに求婚してもダメだ。ここで断られたら次が無い。
どうしようか、と思っていたら、王妃からの思わぬ援護射撃があった。
よしっ、兄上を使わせてもらおう!
「ふ~ん、兄上はミレーヌよりもその男爵令嬢を選んだんだね。」
「えっ?た、確かに俺はアリスの事を愛している。しん、、、誰よりも深く愛しているしこれからも変わる事は無い。」
うん、兄上の真実の愛なんて知ったこっちゃない。好きにやってくれ。
「そっか、きっと兄上には政略結婚なんて合わなかったんだよ。
まぁ、父上に似て一人の女性を一途に愛するタイプだったんだろうね。
その相手と結ばれるなんて幸せな事だと思うよ。」
俺は兄上を擁護するかのように、笑顔で言った。
きっと、今、ミレーヌにずっと好きだった、と言っても信じ無いよね。
どう見たって憧れる事なんて出来無い、真実の愛を語った2組のバカップルを目の前にしたらさ。
しかも、一応、どちらも俺の身内だしね。
「でもさ、国の為、国民の為を思えば、王族の誰かは政略結婚もしなくちゃいけないと思うんだよ。」
俺は勿体ぶったように、少し思案するような素振りを見せながら子どもっぽく言う。下心など微塵も見せないように。
「陛下も兄上も政略結婚ではなく愛を取ったんだから、僕ぐらいは政略結婚をしなければね。」
だからミレーヌ、今は俺に騙されて。今は俺の事を弟ぐらいにしか思っていなくても良いよ。
いつか沢山、愛を囁くから俺を受け入れて。
俺はミレーヌに向き直り、そっと彼女の両手を取って、屈託のない笑顔を作って言った。
「ねっ、ミレーヌ。僕は政略結婚するならミレーヌが良いなっ。
僕たち、ずっと一緒に王宮で勉強を頑張ってきた仲でしょ。
折角、泣くほど王子妃教育を頑張ったんだからさ、このまま辞めちゃうのは勿体無いよ。
だから僕の婚約者になってよ。」
ミレーヌはあまりの事にビックリして言葉が出ないでいる。そんな顔のミレーヌも可愛いな。もうこのまま連れ帰ってしまおうか。
『ディーン殿下。急な申し出に娘も驚いて声が出ないようです。』
この国の宰相であり、ミレーヌの父親でもあるシルフィード公爵が壇上から助け船?それとも俺の考えている事が分かったのか?咳払いをしながら言った。
それでもその宰相の言葉で関係者は別室に集まる事になった。
そうだ!言い忘れていた!
「あ、勿論、女の子の中で、一番ミレーヌの事が好きだよ。」
その後は別室で、フェルナンドが書類を用意してくれていた事もあり、その場でミレーヌとの婚約が成立した。
この時の俺は顔には出していないが、相当浮かれていた。永年の恋が、形だけでも実ったんだ。これからは気持ちを抑えなくていいんだ、と。
だからミレーヌが、本当に俺が国の為に政略結婚をすると言った、と信じている事、そして、あの言葉がプロポーズの言葉だと思っていたなんて、全く気がついていなかった。
応援ありがとうございます!
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