運命には間に合いますか?

入海月子

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お礼のかわり

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 コーヒーが出てきて、さりげなく伝票を取ろうとしたら、すばやく守谷さんがかっさらっていってしまう。
「あっ、お礼なのでここは私が……」
「いやいや、お祝いだから出させてくれ」
「でも――」
 守谷さんは出させてくれる気はないようで、どうしようと困っていると、提案された。
「お礼をしてくれるっていうなら、今日もうちょっと付き合ってくれないか? 今日がダメだったら出直してもいいが」
「今日は特に予定はないので大丈夫ですが、どちらへ?」
「大正時代の洋館が期間限定公開してるんだ。そこのカフェが評判で行ってみたいと思ってたんだが、男一人で行くのも味気ないし、よかったら行かないかと思って」
「それはむしろ行きたいです! あっ、でも……」
 お礼に付き合うどころか、そんな建物は積極的に見に行きたいと思ったけれど、ふと思い出したことがあって、私は口ごもった。
「でも?」
「美奈子さんが気を悪くしませんか?」
「美奈子? どうして美奈子を知ってるんだ?」
 守谷さんが不思議そうに首をかしげた。
 彼は自分でつぶやいたことを覚えていなかったようだ。
「昨日お借りしたヘルメットは美奈子さんのだって言われてたから……」
 恋人が異性と出かけるのは嫌かもしれないと思った。守谷さんにも私にもそんな気がなくても。
(私だったら嫉妬するなぁ)
 でも、守谷さんはよっぽど私が眼中にないのか、そんなことを考えもしないようで、なんでもないことだというように肩をすくめた。
「あぁ、そういうことか。大丈夫だ。美奈子は気にしないよ。それに今日は車だから、あのヘルメットは使わないし」
「そうなんですね。それじゃあ、お供します」
 少しもやっとしながらも、大正建築を見たい欲求のほうが上回り、私はうなずいてしまう。
 破顔した守谷さんは立ち上がった。
「じゃあ、さっそく行こう」

 守谷さんの車で連れてきてもらったのは、昔の実業家の別宅として作られた洋館だった。
 有名なイギリス人建築家のデザインで、外観は見たことがあったけど、中に入ったことはない。
 チケットを買って、入場すると、私は思わず歓声を上げた。
「うわぁ、素敵!」
 高い天井に、繊細で美麗な装飾のある壁や家具。ステンドグラスからの光がカラフルに室内を照らしている。うっとりするほど優雅な空間が広がっていた。
「この壁紙いいな。これは和紙を使っているそうだ」
 金箔を使った蔦模様の壁紙を見て、守谷さんが壁に近づいて、じっくり眺めている。
「和紙ですか?」
「和紙は千年持つと言われてるんだ。耐久性がすごいよな」
「そうなんですね。知りませんでした」
 そんなふうに私たちはゆっくりと洋館の中を見て回った。
 ときおり守谷さんが解説してくれて、とても勉強になるし、なによりおもしろい。
 一周したあと、洋館の一角に設置されたカフェでお茶をした。
「とてもよかったです! 連れてきてくださって、ありがとうございます」
「こちらこそ。思った以上によかったな」
「はい。採光の仕方一つとっても緻密に計算されていて、すばらしかったです」
 コーヒーを片手に、私たちは興奮気味に感想を言い合った。
 私は箱を作るほうの設計で、守谷さんは内装の設計なので、それぞれ着目する点が違って、それもまた楽しい。
 カフェでは話し足りなくて、場所を移して、夕食まで食べて、しゃべり続けた。
 昨日会ったばかりの人とは思えないほど話が弾み、家の近くまで送ってきてもらっても名残惜しかった。
 自分は人懐こいほうではないというのに不思議だった。
 そっと運転席の守谷さんの横顔を見つめる。
 笑みを浮かべている口もと。長いまつげの下には生き生きと輝く瞳。
 トクンと胸が高鳴った。
 急激に惹かれている自分を感じる。
(でも、だめよ。この人には彼女がいる……。それに、恋に現を抜かしてる場合じゃないわ。私にはスペインが待ってるんだから)
 自分を諫めて、視線を前方へと戻した。
「あ、そこの角で大丈夫です」
 マンションの手前で声をかけると、守谷さんは車を停めた。
 私は彼に向き直り、頭を下げる。
「今日は本当にありがとうございました。お礼のつもりだったのに、反対に一日楽しませてもらっちゃいました」
「いや、俺も楽しかった。……それで、大橋さん」
「はい、なんでしょう?」
 守谷さんは微笑んだあと、急に表情を改めて私の名前を呼ぶから、ドキッとする。
 彼は真剣な顔で、じっと私を見つめた。
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