運命には間に合いますか?

入海月子

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研修①

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「今週一週間、内装関係の講師をすることになったMデザインの守谷翔真です。少人数だし、わからないことがあったら、都度聞いてください」
「よろしくお願いします」
 にこやかに自己紹介する守谷さんに、柴崎と声をそろえて挨拶した。
 月曜日からさっそく国際建築技術振興会で研修が始まったのだ。
 仕事があるので、十八時始まりだ。
 それでも、会社には仕事を調整してもらい、優遇してもらっている。
 守谷さんは私に目配せして、ニコッと笑った。
 知り合いなのかというように柴崎がこっちを見る。
(公私の区別はつけるんじゃなかったんですか、守谷さん?)
 私は二人の視線に気づかないふりをして、テキストに目を落とした。
 守谷さんの講義はわかりやすく、日本独自の工法がこんなにたくさんあったのかと驚いた。
 スペインに行ったら、今度は私がこれをプレゼンしないといけない。それもスペイン語で。
 そう思うと冷や汗が出てきて、必死でノートにメモをした。
 スペイン語は大学時代から学んでいるから、日常会話ぐらいはできるけど、建築用語とか覚え直さないといけないと頭の中にもメモをする。
 二十時に講義が終わり、私が荷物を片づけていると、守谷さんが近づいてきた。
「夕飯食べてないだろ? 軽く食べに行かないか?」
 柴崎はさっさと研修室を出ていたからいいものの、会話を聞かれていないか、ついキョロキョロしてしまう。
「研修中はそういうのはちょっと……」
「真面目だな。学校の教師と生徒じゃないんだから、べつによくないか?」
 守谷さんが首をかしげる。切れ長の目に見つめられて、鼓動が速くなるけど、私は冷静さを心がけて返した。
「でも、研修生の片方だけひいきしてるって思われるのは嫌じゃないですか?」
「俺はかまわないが、君がそう思われるのは嫌だな。しかたない。一人さみしく帰るか」
 あっさりあきらめてくれて、拍子抜けする。
 すると、ニッと笑って彼は言った。
「じゃあ、寝る前に電話するよ」
「ど、どうして?」
「君におやすみって言いたいから」
「……!」
 甘い声で言われて、動揺しているうちに守谷さんは片手を上げ、帰ってしまう。
 おかげで私は家に帰っても落ち着かず、研修の復習をしたりスペイン語の勉強をしたりしながら、いつ電話が来るのだろうとそわそわした。
 守谷さんの目論見通りな気がして、おもしろくない。
「お風呂に入ろう」
 なにをしていても、すぐスマホに目が行ってしまって集中できないので、 入浴することにした。
 念入りに髪や身体を洗い、ゆっくりと湯につかる。
 電話のことを考えないように。
 でも、お風呂から上がったら真っ先にスマホを確認してしまって、苦笑した。
 電話は二十三時を回ったところで来た。
 ワンコールで気づいたけど、応答するのをためらってしまう。
 付き合うつもりはないのだから、距離を詰められても困ると思って。
 それでも、鳴り続ける着信音に耐え切れず、スマホを手に取る。
「……もしもし」
『守谷だ。もしかして、もう寝てたか?』
「いいえ、今から寝ようとしてたところです」
『それならよかった。少し話してもいいか?』
「はい。少しだけなら」
 やわらかな声が鼓膜をくすぐる。
 電話で話すと彼の低い声がよりいっそう心地よく感じた。
(顔もよくて仕事もできてイケボってどういうことよ! ハイスペックすぎる)
 その彼に口説かれていると思ったらドキドキがとまらない。
『今日の研修はどうだった?』
 私の緊張した様子が伝わったのか、守谷さんは無難な話題を投げてくれた。
「とてもおもしろかったです。内装は専門じゃないんですが、奥深いなぁと思って、もっと知りたくなりました。守谷さんがおっしゃっていた空間デザインの思想は興味深くて――」
 自分で少しだけと言ったのに、建築のこととなるとついついしゃべりすぎてしまって、気がついたら三十分以上経っていた。
「あっ、もうこんな時間。すみません。長々としゃべって」
『いいや、君が熱く語っているのを聞くのは好きだ。かわいい』
「っ!」
 さらりと言われて、かあっと頬が熱くなる。
 なにも返せずに黙り込んでいると、耳もとでクスッと笑う声が聞こえた。
『それじゃあ、おやすみ。また明日』
「お、おやすみなさい」
 また翻弄されてしまったと思い、切れたスマホを見つめる。
 でも、彼の声は耳の奥に残り続けた。

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