運命には間に合いますか?

入海月子

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ほだされている

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 モヤモヤとした気分を抱えた私はそのまま帰る気になれなくて、ファミレスに寄った。
 やけのように思いつくままオーダーして、むしゃむしゃと食べる。
 よけい胃がむかむかするだけだった。
(人生に混ぜてほしいなんて、プロポーズみたいじゃない)
 結局、守谷さんの言葉が頭から離れなくて、ぼやく。
 柴崎の告白は驚きしかなかったのに、どうして出会ったばかりの守谷さんのことに関してはこんなに揺れてしまうのか。
 デザートのチーズケーキをフォークでつつきながら考える。
 そもそも恋愛なんてご無沙汰すぎて、想像もつかない。
「はぁぁぁ」
 深い溜め息をついて、かぶりを振る。
 頭を切り替えて、九月からのスペインでの生活に思いを馳せることにした。

 それなのに、その日も寝る前に守谷さんから電話がかかってきた。
『今日はすまなかった。子どもっぽく柴崎くんに対抗してしまって。あんなところでする話じゃなかった』
 開口一番謝られて、言おうと思っていた文句が引っ込む。
 それでも違うことで抗議した。
「本当ですよ! 振興会の人に聞かれたら、なにを学んでるんだと思われます」
 万が一、研修取りやめにでもなったら目も当てられない。
 まぁ、守谷さんの研修はもう終わったから、今後あんなことは起こりようがないのだけど。
『反省してる。お詫びではないが、この間言っていたスペイン建築の資料集を見に来ないか?』
「資料集!? 見たいです!」
 先日洋館を見て回ったときに、守谷さんがスペイン建築の辞書のように分厚い解説集を持っているという話をしていたのだ。限定部数しか刷られていない貴重なものを知り合いからもらったらしい。
 思わず、声を弾ませたあと、ハッと気づく。
「……守谷さん、ずるいです」
 スペインを餌にまんまと釣られている自分に口を尖らせた。
 耳もとで笑い声が弾ける。
『ハハッ、そうさ、俺はずるい大人だから、君をあらゆる手で誘惑するよ』
 資料集は見たいけど、また守谷さんに会うことになってしまうからためらった。
 そんな私の躊躇を見透かしたように、守谷さんは揺さぶりをかけてくる。
『なにもうちにおいでっていうことじゃない。事務所に置いてあるんだ。ほかにも資料としておもしろいものを揃えてるよ』
 新進気鋭の空間デザイナーの本棚なんて見たいに決まってる。
(でも、付き合わないと宣言している人のところに行くのはどうなの? 思わせぶりじゃない?)
 それでも、見たいものは見たい。
 迷いに迷って、結局、私は誘惑に負けた。
「……行きます」
『やった! じゃあ、明日はどうだ?』
 守谷さんは無邪気に喜んでくれて、その声を聞くと、トクンと胸が高鳴る。
 でも、明日と言うあたりがせっかちだなぁと笑いが漏れた。
「すみません、明日は用事があるので、日曜でもいいですか?」
『もちろんだ。君に合わせるよ』
 忙しくないはずがないのに、私を優先してくれる姿勢についときめいてしまう。
 予定を合わせて、日曜の午後に事務所へ伺うことになった。
『それじゃあ、おやすみ』
「おやすみなさい」
 一人暮らしをしているとこういうやり取りも心が温まる。
 ほだされている自分に気づき、苦笑した。
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