運命には間に合いますか?

入海月子

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ほだされている③

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 どれくらい経っただろうか。
「ケーキを買ってあるんだが、一息入れないか?」
 守谷さんに話しかけられて、我に返った。
 時計を見たら、二時間近く経っていて驚く。体感では一瞬だった。
 他人の事務所で会話もなく、貪るように本を読むとはなんて厚かましいのだと反省する。
「すみません、私――」
「いや、集中してる顔もかわいかった」
「かわっ……!」
 そんなところまで肯定されて、みるみる顔が熱くなる。
 ふっと笑った守谷さんは冷蔵庫からケーキを出して、おかわりのコーヒーと一緒に出してくれた。
 鮮やかなイチゴが載ったショートケーキはスポンジが溶けるようで、とてもおいしい。
 口もとをゆるめた私に、守谷さんが微笑みかける。
「気に入ったようでよかった」
「すごくおいしいです! これはどこのものなんですか?」
 守谷さんが口にしたのは少し離れたところの有名店だった。
 わざわざ買ってきてくれたみたいだ。
 そんな気遣いがくすぐったく感じる。でも、その気持ちに応えることはできない。
 私は話題を変えるように言った。
「この本、本当にすばらしくて引き込まれました。読ませていただいて、ありがとうございます」
「そんなに喜んでもらえて、俺もうれしいよ。まだ読んでていいよ」
「いいんですか? お邪魔じゃないですか?」
 続きが読めるのはうれしいけれど、仕事をしていたらしい守谷さんの気が散らないか心配だった。
 でも、守谷さんは破顔して言う。
「とんでもない。むしろ君がそばにいる状態で仕事できるなんて最高だ。来週からやっかいな現場に詰めないといけないから準備が憂鬱だったが、おかげではかどるよ」
「そう、ならいいのですが……」
 好意を全面に出されて、私はたじろいだ。
 こういうことは慣れてなくて、どこまで本気なんだろうと思ってしまう。
 守谷さんみたいにハイスペックで素敵な人がどうしてここまで私にかまうのか不思議だった。
 結局、そのまま資料本を読んでいたら夕方になってしまって、食事に誘われた。
「いいえ、帰ります」
 固辞した私に、守谷さんはいつものようにねばってくる。
「どうせ夕食を食べるなら、俺と一緒でもいいだろう?」
 そう言われるとそうかもとすぐ私の心はぐらついてしまった。
 たたみかけるように彼は魅惑的な提案をしてくる。
「それ貸してやるよ。重いから車で送りがてら夕食を食べるっていうのはどうだ?」
「そんな守谷さんの手を煩わせることは……」
「俺がそうしたいんだからいいじゃないか」
 そんなやり取りをしている間に、気がついたら私は資料本を胸に抱いて車に乗っていた。
 守谷さんに対してはなぜか意志が通せない私だった。
 食後、家まで送ってもらって、半日一緒にいたのに、おやすみの電話もかかってきた。
 このまま流されたらいけないと思った私は、改めて彼に伝える。
 「守谷さん、付き合えないって言ったばかりです」
 『あぁ、そうだな。でも、申し訳ないが、俺はせっかちだけど、あきらめは悪いんだ』
 彼はすぐあきらめてしまう私の逆だった。
「でも……」
『悪いが、引き下がってやれない。おやすみ』
 尚も言い募ろうとした私だったが、めずらしく守谷さんのほうが話を打ち切った。少し硬い声で。
 あまりに私が断るから怒ったのかもしれない。
 私は溜め息交じりに返した。
「……おやすみなさい」
 
 あきらめないと言っていたのに、その日以来、守谷さんからの連絡は途切れた。
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