オルガは悪役令嬢の身代わり花嫁にされた!

ジャン・幸田

文字の大きさ
15 / 25
悪役令嬢の影

窓の外を見るオルガ

しおりを挟む
 結婚して一ヶ月、オルガはちょっとした病により療養していることにされていた。この時期、コンラートは関係が緊張している隣国に対する警戒のため前線近くの要塞で指揮を執っていた。そこに新妻を連れて行く事はできないし、「悪役令嬢」の模倣は必要ないが「伯爵夫人」として振る舞えるように様々な教育を受けていた。

 そのころ、民衆の間ではオルガについてこう噂されていた。「結婚で伯爵家という檻の中に閉じ込められて病気になった」と。オルガのような好き勝手ワガママを尽くした悪役の女にようやく天罰が下ったのだと。でも、本物のオルガは何処かに出奔し、すり替わっている事は大多数は知らなかった。

 「オルガ様、何を見ておられるのですか?」

 オルガは着替えをしている間、ずっと窓の外をみていた。窓の外には春先の美しい青空が広がっていた。

 「旦那様は何をいまごろされておられるのかと考えていたのですわ」

 ヒルデに着替えさせてもらいながらオルガはそういったが、本当はコンラートの事よりも想っていたことがあった。それは孤児院での生活だ。伯爵夫人としての生活はめぐまれていた。夢のような美しい服を使用人が着せてくれるし、貴族階級でも質素だといわれていても飢える事もないし、雨露を充分に防いでくれる屋敷で寝起きができる。そのかわり失ったのは薬の行商人オルガとしての自由な行動であった。

 「そうですね、隣国のジャー皇帝は油断できませんから。早く戻ってきてほしいですね旦那様には」

 オルガが着替えたのはダンス用のドレスだった。これは「悪役令嬢」オルガがダンスが好きだったので、急に嫌いになったとか出来なくなったといった事が出来ないためだ。そこを外すと世間から不審に思われるからだ。その日は舞踏会の練習であった。もちろん講師は秘書のセバスチャンが金で口を閉ざすような講師を呼んでいた。

 オルガは慣れない貴族のダンスに璧璧していた。本当なら今頃、孤児院に戻って春の祭りで賛美歌を歌って、村の男たちと踊っていたはずだった。今はニセモノの伯爵夫人とバレないように教育されていた。オルガはこんなはずではなかったと思っていた。言い寄ってくる男はいっぱいいても、好きな男が出来た事もないし、男と付き合った事はないのに、いつのまにか処女でなくなったことは信じられなかった。

 「オルガ様、踊りは申し分ないとは思いますが、なぜか民衆がするようなダンスのように感じますわ」

 ダンスの講師として呼ばれた夫人はそういった。彼女はセバスチャンが手配した王国の友好国の者で、オルガの”悪評”をあまり知らなかった。またオルガが男を誘惑するダンスの名手であることも知らなかった。

 「そうですか? 少し体調がすぐれないかしら。どこを手直しすればよろしいでしょうか?」

 そう素直に話すのを見てヒルデは今まで聞いて来た噂の中のオルガはどこにいるのだろうかと思っていた。その時、彼女は自分が仕える主人が孤児出身だと知らなかったが、それを知る術はなかった。

 ダンスの練習が終わり、オルガはまた窓の外を見ていた。本当だったら今頃、孤児院に戻って村の春の祭りに参加していたはずなのにと考えていた。長い冬が終わった歓びの祭りだ。幼い頃から楽しみにしていたというのに、今は囚人と変わらない生活だ。違うのは罪に向き合うこともなく非合理な扱いを受けない事だろう。

 オルガは「故郷」として慕う孤児院の方角を見ていた。そこまで行くには徒歩で六日かかるところだった。そしてそこはノルトハイム辺境伯領内だった。まさか、そこを治めている領主の夫人の「ふり」をしているなんて信じられなかった。これは悪夢なのだろうか? それとも、なんだろうか?

 オルガは自分の幼い頃の事を思い出していた。オルガは金髪碧眼であるが、この王国の支配階級である貴族の多くがそうであった、もちろん例外も多いが。オルガが居た孤児院は両親を亡くしたり、どうしても育てられない事情があるといった子供が多かった。オルガのように乳飲み子で遺棄されたのは珍しかった。

 幼い頃の記憶にほんのり覚えている光景があった。教会でお手伝いをしている時に自分の噂をしている婦人の立ち話を聞いてしまった。それはオルガの金髪碧眼についてだった。オルガという娘は貴族か騎士の女などが密通して誕生したから捨てられたのではないかと噂していた。それを聞いてオルガは泣いた。自分って邪魔だから捨てられたのだと悲しんだ。

 その時だった、教会にいた年老いた牧師が注意してくれた。こうしてオルガが生きているのは神の意志だと。そして慰めてくれた。お前のご両親にやむを得ない事情があったから、いつか迎えに来てくれるはずだと。だから、大きくなって、もしかすると本当の両親に会えるかもしれないと思い国中を旅できる行商人になったというのに。

 「オルガさま、着替えませんか? 汗をかいたままでは風邪を召しますわ」

 促されるまま着替え始めたが、人に手伝ってもらって着替えるのは堕落したように感じていた。それに、他人に身体を触れられるのも違和感しかなかった。

 「ねえ、ヒルデ。幼い頃どのようなお伽話を聞かせてもらったことがあるの」

 オルガはふと、こんな事を聞いていた。ちょっとした思い付きであったが、孤児院にいた時の事を思い出したからだ。孤児院ではいろんな年齢の子供がいたが、15歳になると出て行かないとならないので、次第にオルガが年長者になって、小さな子供に童話を聞かせていた。そのとき、悪い令嬢が悪行の限りを尽くした末に罰を受けるというもだった。

 「そうですわね・・・」

 ヒルデはいろんな話を出してきたが、ヒルデの背後から見える青い空の方に視線が向かっていた。オルガの脳裏には幼い頃の想いが蘇っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

悪役令嬢に転生したので、みんなのために自分から破滅することにした

やんやんつけバー
恋愛
悪役令嬢に転生したと気づいた瞬間、私は一秒で全ての選択肢を計算した。正攻法でも、逃げ道でも、誰かが傷つく。だから自分から破滅してやろう──。その覚悟は正しかったはずなのに、なぜか私の行動が人を救い始める。好き勝手に生きているつもりが、誰かの英雄になってしまう。これは、破滅を目指した悪役令嬢の、意図せぬ奮闘記。

悪役令嬢だったので、身の振り方を考えたい。

しぎ
恋愛
カーティア・メラーニはある日、自分が悪役令嬢であることに気づいた。 断罪イベントまではあと数ヶ月、ヒロインへのざまぁ返しを計画…せずに、カーティアは大好きな読書を楽しみながら、修道院のパンフレットを取り寄せるのだった。悪役令嬢としての日々をカーティアがのんびり過ごしていると、不仲だったはずの婚約者との距離がだんだんおかしくなってきて…。

転生モブは分岐点に立つ〜悪役令嬢かヒロインか、それが問題だ!〜

みおな
恋愛
 転生したら、乙女ゲームのモブ令嬢でした。って、どれだけラノベの世界なの?  だけど、ありがたいことに悪役令嬢でもヒロインでもなく、完全なモブ!!  これは離れたところから、乙女ゲームの展開を楽しもうと思っていたのに、どうして私が巻き込まれるの?  私ってモブですよね? さて、選択です。悪役令嬢ルート?ヒロインルート?

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

処理中です...