男前女武将と麗しの女装女官(仮)

ファネシス

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一章

麗しき女官の秘密。

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「辰呀様?  ……辰呀様?」

先ほどまで歩いていた辰呀の足の動きが止まり、自然と薙の足取りも止まった。
どうやら意識を失ったらしい。

「困りましたね。」

薙は周りを見渡した。
虫の音がするだけで周りに人はいないようだ。辰呀の部屋の場所は前もって、先輩の女官達から聞いていた。女官の仕事に辰呀の部屋の掃除も含まれるからだ。

辰呀は一般の男と比べれば小さめだが、女性の中では体躯が大きい。また、鍛えているためか筋肉が付いておりそこそこ重量感がある。
一介の女官が、女とはいえ体を鍛えている武将の女を部屋まで運べるわけがない。

「誰もいませんね。」

薙は再び周りを見渡す。誰かに助けを求めようとしたのだろうか。

だが、薙は声を出して人を呼ぶわけでもなく、その場で態勢を低くした。そして、辰呀の身体の下に手を差し入れるとあっさり抱き上げてしまった。

「他に人がいない内に運ぶしかねーな。」

いつもの鈴の音のような可愛らしい声もずっと低くなる。まるで、男のようだ。
そう、薙は男だった。

彼は蒼野の近隣のにある敵対国家、翠胡(すいこ)の国の間諜だ。
蒼野も翠胡は長い間、敵対関係にある犬猿の仲だ。百年前に大きな戦が起こり、何万人もの兵が命を落としたらしい。今でも国境周辺で小さな小競り合いが頻繁に起こっている。

「しっかし、蒼野の国一の猛者がこうもあっさり薬で寝込んじまうとはな。」

辰呀の考え通りに酒に薬が入っていた。ただし、盛ったのは蒼ではなく薙だった。

薬は翠胡の国の物で蒼野ではなかなか見られるものではない。大抵の薬に抵抗のある辰呀だが、薙が持った薬には抵抗がなかったらしい。

「しっかし、のんきに寝てんなあ。この男女。これが毒薬だったらどうすんだよ。」

薙が盛ったのは眠り薬。辰呀の命に関わる物ではない。

何故、敵対国の薙が毒を盛らなかったのか。それは薙の思惑は別のところにあるからだ。

「さて、あの色ボケ王太子に床に誘われた時はヤバかったけど。何とかなりそうだな。」

彼女……いや、彼は口角を上にあげ意地の悪い笑みを浮かべる。普段の儚げな形からは想像できない姿だ。

彼の狙いは辰呀だ。
翠胡の国でも辰呀の武勇は広まっていた。
戦で出陣した時は負け知らず、また、国をまたにかけて暴れまわっていた盗賊団の潰滅。はたまた、人食い暴れ獅子を討伐しただの……嘘くさい話もあるが彼女が腕の立つ猛者という事は事実だ。

翠胡の王の翠水(すいすい)は辰呀を自分の国の将に引き入れたいと考えたのだ。だが、辰呀は真面目で忠義心の強い武将だ。数多の国の王が戦場で声をかけても首を縦に振った事はない。だが、一方で情に厚いという事も聞いた。戦場で命令に背いてまで、処刑されるはずだった敵国の王の子供を助けたという。

翠水は彼女の身辺を調べ、何か弱点がないか調べるよう薙に命令を下した。よって、薙の役目は辰呀の身辺の情報を集めて翠水に送ればいい。いわゆる間諜だ。薬を盛ったのも何かあった時にどのような薬が効くか確かめるためでもあった。相手の弱点を知るのは重要だ。

「しかし、あの陰険眼鏡。女装して女官として潜入しろとか抜かしやがった時はブン殴ろうかと思ったぜ。」

陰険眼鏡とは翠胡の王の翠水の事である。
薙は見目がよく中性的な顔立ちだ。また、腕っ節もそこそこ。間諜は色々な場面で様々な対応が強いられる。女にも男にも化けられる薙が適任だと考えられたのだ。

「おっと、のんびりしてちゃいけねえな。さっさと運ぶか。」

薙はそう言って足を速め辰呀の部屋へと急ぎ足で向かった。

辰呀の部屋は中庭に面した角部屋だ。
数部屋隣に王太子の部屋もある。本来なら王太子の隣部屋が辰呀の部屋だ。だが、あまりにも蒼が毎晩のように女を呼ぶので部屋を少し離れさせたのだと聞いた。

さて、部屋に着くと薙は辰呀を寝台の上に寝かせて掛布をかけてやった。一応、王太子から面倒を見ろとの命令を受けているからここから離れるわけにもいかない。それに、今回は彼女の世話をする事で親密度を上げようという魂胆だ。酒に酔った所を介抱されれば、辰呀も薙の事を無下に扱えまい。彼女に疑われないこと。それが第一の関門だ。実は辰呀にベタ惚れされていて、そんな事を気にせず良かったが薙は知らない。

さて、自分も眠くなってきた。介抱と言っても風邪ではあるまいし、これといってする事もない。仕方なく近くにあった椅子に腰をかける。
だが、特にする事もなく手持ち無沙汰だ。薙は次第に睡魔に飲まれ始めた。

時は過ぎ明け方になる。
空が白み始めた頃だ。辰呀は目が覚めた。

(朝か……。あれ、いつ寝台に戻ったのだろう。)

ゆっくりと体を起こす辰呀。
ふと視線を横にずらす。すると椅子に座って寝台に腕を乗せ寝ている薙の姿が視界に入った。

「!」

辰呀は動揺した。昨夜の記憶を必死で手繰り寄せる。酒宴の席を出て部屋に戻ろうとした事は覚えている。薙に支えられて。だが、部屋まで戻った記憶が全くない。どうやって歩いたんだ。まさか、寝込んでしまった自分をか弱い薙が運べるわけもない。

「ううん……。」

頭の中で思考が錯乱していたが、薙の声で我に帰る。か弱い女官をこのような状態で寝かすなんて武士の名折れだ。

辰呀はそっと起こさないように薙を抱き上げた。ふわっと薙から甘い香りがした。大抵、女は香を付け良い香りを身にまとっている。辰呀は香は好まず、自分がつける事はない。
だが、薙がつけている香りはとても好ましく思えた。

「はっ、俺は何をやっているんだ。」

ふと我に帰る辰呀。思わず彼女の香りを嗅いでしまったが、はたから見たら変人である。
慌てて薙を先ほどまで自分が寝ていた寝台に寝かせる。本当は彼女の部屋に連れて行ってやりたかったが、ただの女官に過ぎない薙の居室は知らなかった。

「しかし……、本当に綺麗だな。」

彼女の寝顔を見つめる。
寝ている姿でさえ美しい。伏せられている目から伸びた長い睫毛。たまに吐息が生まれる柔らかそうな唇。思わず触ってみたくなる。

そっと手を伸ばしかけるが、ふと我に帰る

「だ、だめだ。ここにいては危険だ。」

辰呀は慌ててその場を離れる。ここにいては取り返しのつかない事をしてしまいそうだ。そうだ、朝の鍛錬をしよう。いつもより少し早いがここにいて何か間違いを起こすより良い。
辰呀は庭へと足取り早く向かっていった。

「………。」

そして彼女が去った後、彼は体を起こし寝台に座る。
薙は起きていた。辰呀が自分の体に触れた時に目が覚めていた。寝たふりをしていたのはその方が良いと思ったから。

「なんだ、あの女。」

俺に触れようとしていた時はまさか正体がばれたのかと焦ったが、そんな様子ではなかった。

「そういえば、王太子が気になる事を言っていたな。」

酒の席でも彼女の側につけと命令を下した。なるほど。そういう事か。

「あの女、俺に惚れているのか。」

口角を吊り上げて意地の悪そうな笑みを浮かべる薙。間諜するにはもってこいの状況ではないか。しかし、皮肉なものだ。

男勝りな女武将が女装している俺に惚れるとは。

彼女は女が好きなのだろうか?
それとも生物の本能なのか、薙を無意識に男と感じ惚れたのか。何にしろ、どちらでも良い。
彼女が自分に惚れているなら都合がいい。翠水の女官にばけろとの命令も役に立ったな。

「ふふ。思いの外、仕事は順調に進みそうだな。早く国に帰れそうだ。」

薙は乱れていた着物を直す。
もう少し時間をおいたら彼女の元へ行こう。何にしろ今は仲良くなることが先決だ。薙はまた目を閉じ寝たふりをした。

さて、辰呀の方はと言うと。

「はっ、でやっ!」

中庭で雑念を払うかのように一心不乱に剣を振るっていた。彼女の額に汗が浮かび、剣を振るうたびにしずくが落ちる。

「せやっ、はぁぁ!」

「相変わらず朝っぱらから元気だな、辰呀。」

そこに蒼がやってきた。今回は夜着に上掛けを羽織っている。辰呀が口煩いからだ。

「おや、蒼。起こしてしまったか。悪いな。」

辰呀は手を止め蒼の方へ向き直った。
剣を鞘に収める。

「ふん、こんな時間に外に出てどうする。あの女官はどうした。」

「ああ、彼女は俺の部屋で寝ている。」

「はあ……。」

「なぜ、ため息をつく。」

蒼は辰呀の答えを聞くと深々とため息をついた。そして、やれやれと首を振る。

「お前は阿呆か。」

「なぜ、そのような事を言われなければいけないんだ。」

蒼の言葉に顔を引き攣らせ辰呀が答える。

「いいか、折角、この、蒼様が好機を与えてやったのに。なぜ最後まで一緒にいない。」

「いや、婚姻前の女人と一晩過ごすなんて本来あってはならないことだろう。彼女の将来に差し支えるかもしれない。」

「阿呆。むしろ差し支えろ。辰呀、お前はわかっていない。」

「何がだ?」

首をかしげる辰呀。

「宮廷を支える美人な女官。引く手数多の優良物件だぞ。」

「は?」

ますます訝しげに首をひねる。

「はあ……。いいか、つまりは我が嫁にとその内数多の男共が群がる。そうなって、おめおめと取られていいのか?」

そこで、やっと蒼が言おうとすることがわかった。宮廷女官は女性の職業で最高位だ。礼儀作法も正しく、また見目も良い者が多い。女官から嫁を取る貴族も少なくないのだ。加えて薙は大変見目麗しい。今は来たばかりで知れ渡っていないだろうが、その内たくさんの男がたかるであろうことは予想できる。

「そ、そ、そ、それはだめだ!」

そのことにようやく気付き、慌て始める辰呀。

「だから、今の内に手篭めにしておけばよかったものを。」

「て、手篭めぇ!?」

さらりととんでもないことを言う蒼。思わず素っ頓狂な大きな声を出してしまった。なんて破廉恥なことを言うんだこの王太子は。

「そうだ。王太子付きの護衛の女だと知れれば誰も手を出さんだろう。せっかくの好機なのに台無しにしたな。お前は。」

いや、そもそも一応、仮にも女同士だし。というか薙本人の意思も必要だろう。辰呀は薙のことを好きだが、薙は恐らくそんなことを思ってはいないし。薙の恋慕する相手が女だとは限らないだろう。色々と頭の中で思考が錯乱する辰呀。

「あの……。王太子様、辰呀様。大きな声が聞こえましたがどうかなされたのですか?」

そこに薙がやってきた。薙は辰呀との友好を深めようと思って来たが、王太子に先を越されてしまった。

(ちっ。この色ボケ太子。邪魔だな。)

薙は内心で舌を打つがそんな事は表にはおくびにも出さない。完璧な笑顔だ。

「おお、ちょうどいいところに来てな。女官。お前にいい話があるぞ。」

蒼が薙の姿を見て笑みを浮かべた。薙はなんでございましょうと小首を傾げる。

辰呀は嫌な予感がした。あの笑顔はロクでもないことを企んでいるときの顔だ。

「ふふん、お前を辰呀付きの専任の女官に指名する。」

「はあっ!?」

驚いたのは辰呀だ。専任の女官。つまりは辰呀の身の回りの世話をする者だ。そんなものになられた日には彼女の顔を見るたび、心拍数が上がりすぎて心臓がもたない。

「私がですか?」

「そうだ。何か文句はあるか?」

「あるに決まっているだろう!」

辰呀が叫ぶ。蒼の急な横暴に流石に文句を言ったのだ。

「辰呀様は私ではお嫌でしょうか?」

答えたのは意外にも薙。服の袖口を口元に当て、ほおを少し赤く染めながら上目遣いでこちらを見てくる。とても可愛らしい。辰呀の心臓の鼓動が早くなる。

「いや、そういうつもりじゃなくて……。」

辰呀は慌てて首を振る。

「よし、決まりだ。お前は今日から辰呀付きの女官だ。しっかり世話するんだな。」

「かしこまりました。」

「ええっっ!」

辰呀の同様の声をよそに薙が辰呀の世話をすることに決まった。

(思いの外、すんなり辰呀に近づけたな。)

薙の内心の思いなど誰も知らずに。

(ど、どどどどうしよう。薙が俺の身の回りの世話!?  落ち着け、俺。)

辰呀は一人で顔を赤くしたり青くしたりして動揺していたのであった。
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