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見えない答え
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私は、この世には答えのない問題はないと思う。
書店で販売されているありきたりな問題集だって、子供向けのなぞなぞ本だって、全てに模範解答が用意されているものだ。
その解答は時に解答者を驚かせ、時に落胆させる。
どっちにしたって、問題に答えが存在することは揺らぐことがない訳である。
これは出題者が問題を作っているため、答えが存在しなければ、クイズや学科テストは成り立たない。
しかし、出題者がいない問題には模範解答はない。
そして、そのような問題は人生という日常的なことに関係していることが多い。
友人との関係や家族関係など、そのほとんどが人間と接することが関係してくる。
友人との接し方に、模範解答など存在しない。人間は十人十色である。同じことをした場合、ある人には快くても、ある人には不快を感じることだってある。
だからといって答えが無いわけじゃない。時間をかければ、その人の好みを探り、何れ答えに辿り着くことが出来る。
試験のテストのように、一度でも間違えたらそこで終了ではない点では、こちらの方が有利に働くことがある。
だが、それは決して絶対的の有利ではない。
導き出した解答次第では、答えることすら出来ない程にまで友人関係が崩壊してしまう時もあるかもしれない。
そうならない為にも、きっと人は答えを出すことに慎重になっているのだろう。
そして私も、同じ悩みを抱えていた。
今まで、解けない問題はないと思っていた私がぶつかった最初の壁。
いつしか、謎に対して著しい対抗心を持っていた私は、答えられないことが恥だと感じ、意地になっていた。
しかも、その謎を抱えている者が親しい友人となっては、逃げることなど選択肢には入らなかった。
快晴の空を見上げて、少年は、そんな空に似合わない重い溜息を吐いた。
その少年はランドセルを背負っていたため、ひと目見ただけで小学生なんだろうと理解することが出来た。
しかし、ランドセルの色は原色のままとも言える赤色で、少年ではなく少女であったことは白黒の世界では理解できなかっただろう。
夜が明けてから、まだ、そう時間が経っていないらしく、冷たい空気が顔を包み、脳までも冷やされていると感じた。快晴の空にはやや低め太陽が大地を照らしている。早朝にランドセルを背負った少女。これだけ提示されれば誰もが思いつくであろう。
そう、少女は登校中なのだ。
登校中に溜息を吐くことなど、みんなが一度は経験するだろう。小学校は、生徒にとって出来れば行きたくない場所だ。出来ることなら、朝から公園や広場ではしゃぎ回って遊びたい年頃。
それが許されるのは休日だけ。しかも、夕方に鳴るチャイムを聞けば、早々に帰路に入らなくてはならないという条件付きで。
遊び足りない彼らにとって、登校中が憂鬱でたまらないのだろう。
「はぁ・・・・・・」
少女は、俯いてからもう一度溜息を吐く。
顔を上げた少女の表情は、憂鬱というより、難しいテストの問題を目の前にしているような印象を受けた。
「一体・・・・・・、誰なんだろう・・・・・・。やっぱり・・・・・・」
ぶつぶつと、独り言を呟く。少女は何やら悩みを抱えているみたいだった。
足を止めることは出来ない。遅刻をしたら、担任の教師に罰を受ける。
だから、少女は集中出来ないことを解りながらも、歩きながら考えるしかなかった。
幸いにも、通学路には車通りの多い車道は少ないため、意識を外に向けることは必要ないみたいだった。
足取りは重かったのに、気付けば校門は目の前にあった。
少女は、さっきより難しい顔をしながら、使い慣れた下駄箱へと向かっていった。
今の少女は衣宮美結(きぬみや みゆ)
顔立ちは少年のようで、性別を聞かれることも多々あるという。
しかし、それについては特にコンプレックスはなく、どっちだと思うかを問い返して楽しんでいる。
口が悪く、喧嘩の時は男子にも負けない気迫を感じさせる。
そんなこともあって、クラスでは疎外され始めている。しかし、イジメなどの嫌がらせではなく、ただ単に、美結に干渉すると面倒だと思われているだけらしいが・・・・・・。
美結は上履きに履き替えると、すぐ近くにある階段を上がる。
その足取りは先ほどと同じように重く、まだスッキリしていないのは一目見ればすぐにわかった。
結構遅めに歩いたつもりだったが、朝の会までにはまだ余裕があった。
教室で引き続き考えよう。美結はそう思い、教室の扉を開いた。
クラスメイトが数人座っていたが、美結の友人と呼べる者はこの中にはいない。
しかし、美結に向かって挨拶が聞こえてくる。
「おはよう、衣宮さん」
「あ、美結おっはよー」
最近、何故かこういうことが増えたような気がする・・・。その生徒達の変貌が、美結にとって喜ばしいとは言えず、むしろ気味が悪かった。
挨拶を返すことなく、私は自らの席を目指す。その時、目に入ったものに、私は絶句した・・・・・・。
「なんだよ・・・、これ・・・・・・」
教室内にひそひそと、そしてくすくすと生徒達の声が木霊する。
ひとりひとりの声は微量だった。しかし、教室にいる数人全てが笑い出した時、その声は確かに美結の耳に届いた。
みんながこちらを見ている気がする・・・・・・。いや、気のせいなんじゃない。今、この瞬間、みんなの視線の先には私がいる。
私の反応を伺って楽しんでいる。この惨状を・・・・・・。
私の目の前には、ボロボロになった机が物悲しく置かれていた。違う・・・・・・、もう既に机ではない。
机という名称が与えられるのは、その上で勉強したり、食事をしたり出来るもののこと。ダンボールだって工夫すれば机になるし、椅子だって机代わりにする事だって出来る。しかし、目の前の机だった木屑には、物を置く事すら困難な形に分解されていた。
木造の板にパイプを取り付けられていたソレは、針山のように鋭利にこちらを狙っていた。獲物を狙う食虫植物のように、自分からは動かない。持ち主を、まだかまだかとただ待つだけ。
そのささくれたった木片と、鋭く削がれたパイプが貫くのは、肉体ではなく心。近付くだけで、心の動脈から出血している錯覚さえ感じる。
この席に座るはずだった者は誰か・・・? そんなもの・・・、このクラスの生徒なら、場所を見ればすぐに解る。私の席の隣・・・。
私の、唯一の親友。斉藤栞の席だった。
斉藤栞(さいとう しおり)
彼女は元気な女の子だった。
体格は小柄。しかし、活発で体育の授業だけではなく、休み時間だって校庭で走り回っていたような子だった。
不幸は唐突に訪れた。
今から一ヶ月程前、栞の引き出しから宿題のプリントが消えた。
その日は担任に小突かれて、少し笑われた程度で終わった。
だが、その日から栞の物が次々と消えていった。
栞は、体操着がないと担任に言いに行った。その日で、一週間ほど忘れ物が続いたこととなる。
流石に担任も言い方がきつくなってきて、みんなの笑い声も上がらなくなった。
その代わりに、その日からはひそひそ話が聞こえるようになった。
「あいつ忘れ物多すぎじゃね・・・?」
「もしかしてさぁ・・・・・・」
「誰かにいじめられてんじゃね?」
「ありえるありえる、俺だって、流石にこんな連続はねぇよ・・・」
みんなの至った答え。それは、栞がイジメの標的になっているということだった。
その他にも、家庭でのトラブルや、本当に忘れっぽい。終いには、記憶障害なんていうものまで。
それら全てが、イジメの対象にするに相応しい話だった。
そしてクラスのみんなは、イジメの初歩である無視を始めた。
もちろん、私はそんな馬鹿馬鹿しいことに参加する気はなかった。
そのまま物が消える現象は治まることなく続き、クラス全員のイジメも勢いを増しながら続いた。
無視だけだったイジメも、今では足をかけたり、突然背中を押して倒れさせたりと手を出すまでになってしまった。
そんな中、不登校にはならずに栞は登校し続けたのだ。
それは、私のおかげだと栞は言ってくれたけど、私は、何も出来ない自分に苛立ちを感じていた・・・。
こんな机を見せたら、栞はどうなってしまうだろう・・・。それを考えると、身震いした。
恐怖ではない、この震えは栞を壊してしまった者への怒り。拳に自らの爪が食い込み、手のひらが悲鳴をあげても美結は気にならなかった。
美結は勢い良く振り返った。その表情は、小学生ではとても出来ないような威圧感を放っている。
私は、目の前の席を、怒りの感情に任せて思い切り蹴り飛ばす。
誰の席だって構いやしない。だって、これはクラス全体が共犯なんだから、結局は全員に罪があるのだから・・・。
すると、当然の如く話し声は止んだ。
「ここまでするとは思わなかったよ・・・・・・。馬鹿野郎どもが、手前ぇ等自分でやってること解ってやってんのかよ・・・・・・ッ!!!!」
前方にいる生徒、全員を睨みつける。女子生徒達は怯え、男子生徒はその場で固まった。それはごくごく当たり前の行動で、傍から見れば馬鹿らしい程に静まり返っていた。
「栞の物どんどん奪って、最後には命まで奪う気かよ!! おい、出てこいよ。名乗り出てこいよ、変態野郎がぁあ!!!!」
美結の声が響き終わると、教室内は無音となった。聞こえるのは、せいぜい窓の外からの楽しく登校して来る生徒の声くらいで、この部屋だけを世界から切り取った場合、完全な無音だった。
「あ、・・・・・・あのさ」
か細い声で静寂にヒビが入る。声のする方を見ると、少女が怯えながらこちらを伺っていた。
「なんだよ」
睨んだ表情のまま、私はその女子生徒に言った。
「私・・・・・・、多分・・・だけど、今日このクラスで最初に学校に来たと思う・・・」
小刻みに震えながら話す少女を見て、怒りを表していた美結の表情は、いつの間にか変わっていた。
「それは、確かなのか・・・・・・?」
「絶対とは言えないけど・・・、私が登校した時には、教室には誰もいなかったよ・・・。でも、机は壊れてた・・・」
「それ、信じていいの?」
「信じてもらえなきゃ困るよ・・・! 私は嘘なんて言ってない」
「解った。信じるよ・・・」
私は、貴重な手掛かりを提供してくれた彼女を信じることにした。どうせ、他には手掛かりらしいことなんて一つも無い。だったら、彼女を信じた方が前に進める気がした。
彼女は坂本法子(さかもと ほうこ)という名前らしい。
同じクラスメイトなのだが、最近は栞のことで忙しく、他人を見ている暇がなかった。
恐らく、クラスメイトの名前を全て答えろというテストが出されたら、間違いなく最下位だと断言できる・・・。
朝の会が始まるまでには、分針が15歩程歩く必要があるため、話を聞くには十分な時間。
私は、話の細部まで聞けると思い、適当なノートを自分のランドセルから取り出した。
法子の登校は、学校が開かれる前に始まる。
最近は、校門前で開かれるのを待つことが、優等生で流行っているらしい。
7時半程になると、事務管理の人が校門を開錠する。すると、それを待っていた優等生達は、我先にと一斉に駆け出す。
みんな負けず嫌いなのだ。いつ何時も、自分がトップでいたいとでも思っているのだろう。
法子も遅れを取ることなく、下駄箱の中にある上履きを手に取ると、素早く足を中に入れた。
それぞれクラスが違うらしく、下駄箱での攻防はない。しかし、階段や廊下では争うことがある。
もちろん、廊下は走らない。恐らくこの子達は、優等生という肩書きがなくなると、自分の存在価値を見出せないのだろう。
階段を駆け上がり、廊下に出ると早歩きでそれぞれの教室に向かった。
クラスによって、階段から教室までの距離が異なることは、皆、理解している。
だから、他の人は見ない。いつでも自分が一番だと思い込んだ。そう、これはただの自己満足。けれども、それだけで確実に自信が付いた。
教室に着いた法子が、まず目指すのは当然自分の席。鮮やかなピンク色に、様々な模様が描かれている巾着袋が掛けられている木製の机。
椅子の上には、巾着袋と同じ生地で作られた防災頭巾が備え付けられている。
背負っていたランドセルを机の上に下ろすと、ひとつ息を吐き、教室の壁にかけられている時計に目をやった。
今は、学校が開かれてから2、3分が経ったところだ。法子は、時計に向かって微笑む。
彼女は、早朝の登校を始めてから、教室内をぐるりと回ることが楽しみになっていたらしい。
何故だかは解らないが、もちろん今日も、日課の様に教室内の全てのタイルに、自分の足跡を残そうとしていた。
だが、単調に並ぶ机の間に、ひとつだけ異なる形をしたものを目にした時、法子はその日の楽しみをやめてしまった。
それはぐちゃぐちゃに潰されてしまった机。その異様な光景に、法子は立ち止まるだけでなく、足がガクガクと震え始めた。
法子の頭は、様々な感情で溢れていた。零れてしまう様な感情に耐えられず、叫び声として体外に放たれた。
しかし、その声はか細く、誰の耳にも届くことは無かった。
「きゃはは。まじそれはない!」
「そうだよねー。ありえない、ありえない」
それとは逆に、廊下からの話し声が法子の耳へと届く。この声は、同じクラスの子。
女の子の笑い声が耳に入ると、法子の心は安堵感に塗り替えられた。
がらがらと、がさつに扉が開かれる。いつもは耳障りなその音すらも、今の法子には嬉しかった。
「あ、法子。おはよう! 今日も早いねー」
「おっはー。なに、今日も教室内ぐるぐる回ってたの?」
「い、いや・・・。これ、見たら怖くなっちゃって・・・」
法子は、目の前の机を指差す。女子生徒は、その先を見ると顔をしかめたが、恐怖を感じている様子は無かった。
「そこって斉藤の席じゃね? 遂にこんなことされるまでになっちゃったかぁ・・・。ご愁傷様ー」
手を合わせてそう言うと、平然とした顔で自分の席へと向かった。
法子は、二人のそんな態度を見て少し嫌悪感を抱いたが、それを口に出すことはしなかった。
「これ、どうしよう・・・・・・」
「ほっとけばいいんじゃない? どうせ斉藤の机なんだし、私たちが何かしたら今度は私たちが狙われるかもしれないじゃん。そんなの絶対に嫌だから!」
「私もこんなことされるのは嫌だけど、このままって言うのもちょっと可哀想じゃないかな・・・?」
「じゃあ、法子が手貸してやんなよ。私たちは手伝う気ないから」
法子は少し迷った。今更、正義感が目覚めたのかと思った。でも、多分それは違う。
この醜い木屑を、目の前からさっさと消し去りたいだけだ。きっとそうに違いない。
だから、私は斉藤さんの味方なんかじゃない・・・・・・。
「やっぱ・・・、やめとく・・・」
「絶対その方がいいよ。触れぬ神にはなんとやらって言うでしょ」
法子は教室内の机と、後ろのロッカーを見渡す。そして、なんとも言えない顔をしながら自分の席へと戻り、ランドセルを開いた。
秒針の足音を鼓膜に感じる。気が付くと、15分あった時間は、残り3分程度になっていた。
意外だった。時間というものは、楽しい時には早く過ぎ、辛い時には遅く進む。真剣になっている時には、時間の経過は遅いらしい。
私はノートを閉じる。鉛筆を指の上でくるりと回すと、机に落とす。
木と木がぶつかり、鉛筆が軽い音を奏でた。
熱くなっていた頭は、すっかりと冷めていて、冷静に思考を巡らせることが出来た。
「それで今、この状況ってことか・・・・・・」
「ご、ごめん・・・。でも、私、怖かったから・・・」
「放置したことに関しては、何も言う気になれないわ・・・。取り敢えず、早朝からこのままだったってことは解った。でも、それだと少しおかしいと思うんだ」
「え・・・!? なっ、何が・・・」
法子は驚く。彼女は、自分が見たものを全てありのままに話したはずだ。しかし、美結はそれをおかしいと言う。
確かに状況はおかしいし、普通なら有り得ないようなことが起きた。けれど、この話の中に不思議なことは一切ない。そう思ったからだ。
「私は昨日、居残りしてて遅くまで教室にいたんだよね」
「それが今の話と何か関係あるの・・・?」
「私がいたのは、生徒が学校にいられる時間ギリギリまで。ということは、私が教室を出た後に机を壊すのは不可能。もちろん、私が教室にいる間は入室すら危うい」
「それが何か関係あるのかって言ってんの!! 意味解んないんですけどー」
法子の傍らに座る女子生徒は、美結の言っていることが理解できないようで、両手を上げながら首を左右に振った。
「そうか、一般生徒が犯人の場合、放課後の犯行は出来ないんだ」
「そして、あんたの話が本当だとしたら、簡単な不可能犯罪が作り上げられる」
教室のみんなは、複雑な顔をしていた。ここにいる誰もが、どうせクラスメイトの誰かだろうと思っていた。
しかし、それは単なる思い込みだったことを思い知らされる。
「だけど、私はその推理をすり抜けられる奴を知ってる」
そして、みんなも知っている。私は、最初からあいつが怪しいと睨んでいた。
今日の話で、さらにそれを強くした。
「え・・・、それって・・・・・・。誰・・・・・・?」
「それは・・・・・・・・・」
「おーほっほっほ!! お退きなさいな、私が教室に入れないでしょう!」
廊下から耳障りな高笑いが聞こえる。扉付近にいた男子生徒は、何も言わずにそそくさと離れていく。
「薫子様の入室くらい予測しておけ、下郎がッ!!」
「奈緒、言葉遣いが下品ですわよ」
道の確保をすると、奈緒は薫子に一礼し、また定位置に戻る。
「皆様、どうかしましたか? そんなに見惚れなくても、私の姿なら毎日見ているでしょう。まぁ、毎日見惚れてしまうほど美しいのは解りますが、そんなに凝視されては入りにくいですわ!」
気付けば、一同は薫子に釘付けになっていた。口に出しては言えないが、美しいからではない。毎日会うことは解っていても、やはりその容姿と印象はインパクトが強く、お嬢様のオーラに圧倒されてしまうのだ。
入りにくいと言いながらも、薫子はすたすたと歩き、自分の席へと上品に腰掛けた。
彼女は龍ヶ崎薫子(りゅうがさき かおるこ)
裕福な家庭で育ったお嬢様。
お金持ちという肩書きだけで、教師達は薫子を大目に見ることが多い。それどころか、注意すらしたところを見たことがないくらいだ。
服装は、童話のお姫様の如く派手で、生徒達に見せ付けるように、登校したあとは学校内を散歩しているらしい。
恐らく、今もその帰りだろう。
当然、生徒からの評判は良くなく、お嬢様でなければ苛められているだろう・・・・・・。
お嬢様の肩書き通り、二人の取り巻きを付けている。
ひとりは、先ほど暴言を吐いていたこいつ。
伊藤奈緒(いとう なお)
いつもイライラしていて、薫子以外、彼女と口を聞く者はいない。
薫子のためと言いつつ、自分のストレスをぶつけるかの様に暴言を吐き散らす。
私より面倒くさそうな奴・・・。
もうひとりは、森光(もり ひかる)
奈緒が陰なら、光は陽。
おどおどしながらも、いつも奈緒をなだめている。
光は、女子の中では人気が高く、薫子に付いていない時は、輪の中に入って仲良く出来ているみたいだ。
ちゃんと男子とも遊び、昼休みは校庭で遊んでいる姿をよく見る。
何故、こんな子が薫子に付いているのかは謎だ・・・。
突然、教室内にチャイムが響き渡る。中だけではない、廊下に備え付けられているスピーカーからも、同様の音が発せられた。
これは、朝の会が始まる5分前の予鈴。本当なら、この時間に全ての用意を終わらせて、自分の席に着いてなければならない。しかし、最近はその決まりは廃れ、ギリギリ間に合えばいいことになっている。
「はぁ、性悪お嬢様のせいで時間無駄にした・・・・・・」
「ちょっと、聞こえちゃうよ! 今の話、また後で聞かせてもらってもいいかな・・・?」
「え・・・? 別に、いいけど」
今まで、栞のことに興味を示してくれた者はいなかった。だから私は、その言葉に驚き、喜びすらも感じた。
兎に角、この机をどうにかしなくてはならない。都合がいいのか悪いのか、栞の登校はまだだった。
担任の先生に言いに行こう。栞が来る前に片付けられればいいのだけど・・・・・・。
軽く扉をノックすると、初老の教師が小窓からこちらの様子を伺ってきた。
「何か用かね・・・?」
「はい、村上先生にちょっと・・・・・・」
いくら美結だろうと、年配に見下ろされては少し緊張するみたいだ。
初老の教師が中へ戻っていくと、村上はすぐにやってきた。
「どうかしたか? おぉ、衣宮が俺に用があるなんて珍しいな!! なんだなんだ、言ってみろ!」
今の私の心境とは完全に真逆のテンションで話しかけられて、まず、何を言えばいいか戸惑ってしまった。
その反応に勘違いしたのか、村上は、ひとりで勝手に喋り始めた。
「大丈夫だぞ。先生はこう見えて口が固いんだ! 誰にも言わないから、な?」
「あの、そういう話じゃないんですけど・・・・・・」
「ん、違ったか? じゃあ、一体なんなんだ?」
「栞の机が壊されていたので、使える机に取り替えて貰えませんか?」
「解った。すぐに持って行くから、教室で待っててくれ」
そう言うと、すぐに歩き出し、美結に手を振った。
元気よく廊下を歩く村上の後ろ姿を見ながら、私は聞こえない程度の声で呟いた。
「先生は気にならないんですね、壊された原因とか・・・」
率直な感想だった。だから、意識では止めていても、自然に言葉として声帯から発せられた。
彼は、村上和宏(むらかみ かずひろ)
美結たちのクラスを受け持つ教師で、活気溢れる青年である。
コレと言って悪い評判が上がらない、数少ない教師。大抵の教師は、生徒に陰口のひとつやふたつ言われるものだが、村上に対する嫌味は聞いた事が無かった。
頭の回転がよく、何事にも気転が利く。しかし、それはいい事だけではなかった。
栞の件に関しては、その気転の回り方が他の出来事とは異なっていた。
関わると面倒なことになる。だから、深くは関わらない。それが村上の答え。
担任という役柄上、それに関していることでも頼まれればやるが、どうしてそうなったのか経緯を聞いて来たりはしない。
最初は私も頼れると思ったが、対応が変わらない村上を見て、今では諦めすら覚えた。
こうして再び考えてみると、私にとって、頼れる人間はごく僅かだということを思い知らされる。
だけど、そんなことで挫られなかった。友達が少ないからこそ、私は、その友情を大切にしたかった。
頬を叩き、暗い気持ちにさよならを言うと、ゆっくりと教室に戻ることにした。
教室は静かだった。それが不思議に思えたが、栞を対象にした囃し立てが行われていないことに安堵した。
私が教室に入ると、一瞬だけみんなに注目されたが、みんなはすぐに目を伏せた。
どうやら、私の足音を先生と勘違いしていたらしい。もしくは、私と先生が一緒に入ってきて、栞の件について怒られるとでも思っていたのだろうか。
このクラスはいつも、他より賑やかで、別のクラスからよく注意を受けていた。そんな教室が、これ程までに静寂を保っているところを見ると、少し気味悪かった。
そんな静寂を破るかのように、廊下からガタゴトと物音が聞こえる。
「いやぁ、なんて運びづらい机なんだ。さっきなんて、走ったら足をぶつけて転びそうになったよ」
村上が乱暴に扉を開け放つと、教室の雰囲気が明るくなった。
「衣宮ぁ。あー、あと坂本。ちょっと手伝ってくれないか? そっちの壊れたやつは俺が運ぶから、こっちの机を運んでくれ!」
「解りました」
「は、はい・・・!」
村上の様子を見て、みんなは怒られないことを確信したらしく、緊張していた空気は次第に解けていった。
机を運び終えると、村上は活き活きと授業を始めた。
朝の会を飛ばして授業を始めたせいか、途中、文句も飛び交ったが、普通に授業は終わった。
休み時間になっても、栞の机は空席だった。私は、ボーっと栞の机を眺めていた。しかし、突然肩を叩かれる。
「斉藤からは連絡も何も無いんだが、衣宮は何か聞いてないか?」
「いえ、特には・・・」
「そうか、無断欠席は心配だなぁ・・・。それと衣宮、1時間目の授業中、ずっと上の空だっただろ。駄目だぞ、ちゃんと先生の話を聞かなきゃ」
「だって算数解んないから・・・」
「おいおい、解んないから聞かないんじゃ、いつまで経っても解らないままじゃないか。家でちゃんと予習してくれば解るようになるさ」
「まぁ、聞けるように努力します」
「おう、頑張れよ!」
一応、栞のことを心配してくれているのだろうか・・・。こういうところを見ると、やっぱり教師なんだろう。村上は、それだけ言うと廊下へと姿を消した。
「やっぱ年上と話すのって、疲れる・・・・・・」
溜息を吐くと、再び肩を叩かれた。
「あ・・・、あの。今、いいかな? さっきの話の続きが聞きたいんだけど」
あぁ、なんか色々やってて忘れてた。朝の話が途中だったんだっけ。
「うん。いいよ、休み時間なんて特にやりたいことないし、話してたほうが気が楽かな」
「さっきの話を聞く限り、一般生徒には無理なことが解った。犯人には、私と坂本さんという鎖を解かなければ犯行は出来ない」
「うん・・・。例えば、光くんが犯人だとしたら、衣宮さんの下校後、私の登校前に机を壊すのは無理だもんね」
流石は優等生。話が早くて助かる。話し相手が奈緒とかなら、どんなに説明しても永遠に理解しないだろう・・・。
「万が一、私の帰宅後に残っていたとしても、アレだけの作業をしていれば誰かが気付く。下校時間が来た時には、絶対に教師達が見回りをする。学校中をね。もし、この教室が見回りの順序の最後にきていたとしても、ほんの10分くらいだろ」
「10分じゃあれだけ壊すのは難しいよね・・・。道具があったとしても、ひとりじゃ限度がある」
「だから、これは複数犯なんじゃないかな?」
「複数・・・!? 何人くらい・・・?」
「私が睨んでるのは三人かな」
「え・・・、三人?」
「うん。私は、あいつが犯人だと思ってる」
私は小さく指さした。法子は、その先を見つめる。
法子が見たのは、姿こそ上品であるが、性格は性悪だと言われるお嬢様だった。
「え・・・!? 龍ヶ崎さんが犯人!?」
「こう考えると合点がいくんだ。あいつはお嬢様だから、学校は好き放題やらせてるだろ。登校時間より先に入ったり、下校時間後に居座ったりすることなんか容易なんじゃないかな? 取り巻きを連れれば、三人で犯行も可能だ」
「た、確かに・・・・・・。そう言われてみればそうかもしれない・・・」
「でも、証拠がない。それが出来るのはあいつだけど、出来るからといって犯人確定ではない・・・」
「その通りだね・・・。そうじゃないと出来る人は誰でも犯人になってしまう」
「証拠が欲しいけど、それはもの凄く難しいよなぁ・・・」
「私も出来るだけ協力するから、何でも言ってね」
「うん、有り難う。恥ずかしながら、私には頼れる人間が少ないんだ・・・。だからその言葉に甘えさせてもらうよ」
力なく扉がゆっくりと開く。美結が反射的にそこを見ると、そこには栞がいた。
その扉は教室の後ろ側で、出来るだけ目立たないように教室に入りたいという感情が、ひしひしと伝わってきた。
しかし、その抵抗もむなしく、黒く輝く目に留まってしまう。
「あぁら、斉藤栞さんじゃありませんこと。おはようございますわぁ!」
大声での挨拶により、みんなは栞の存在に気付く。その様子を伺うと、お嬢様の口は笑みで溢れた。
「あいつ、本当に性格悪い・・・!」
「今日はどうしましたの。こんなに大遅刻なさって、どこか具合でも悪いんですの?」
薫子と取り巻きは、すぐに栞の前を塞いだ。
栞は戸惑って何も言えずに立ち往生している。すると、薫子はひとりでぺちゃくちゃ話し始める。元々返事なんて期待していないんだろう。
「それならば、私の常備している風邪薬を差し上げますわぁ! 奈緒、渡してあげなさいな」
奈緒は、持っていた鞄の中からカプセルを取り出すと、それを無言で栞に握らせた。
「そうですわ! そういえば、今日の朝は大変でしたのよ。斉藤さんのつく・・・
「おいッ!! ・・・・・・、それ以上栞の邪魔すんなよ」
「あら、衣宮さん。いきなりなんですの? レディーがそんな表情を晒しては恥ですわよ」
私の表情はより険しく変化したが、返事はせずに、栞の手を引き三人組から離れていった。
上品な唇から発せられた舌打ちは、なんだか悲しみを帯びていた気がした。
「大丈夫か? あんな奴等、すぐに振り切っちゃえばいいのに」
「そんなことするのは悪いよ・・・、せっかく話しかけてきてくれたんだもん」
「私には悪意が見えたけどな・・・」
私の表情とは正反対の顔をして、栞は言った。
「ううん、きっと善意だよ。だってほら、風邪薬くれたもん」
笑顔だった。力のない笑顔だった。そんな顔で善意だと言われたら、私の薫子を責めたい気持ちはどこかへ消え去ってしまった。
「ごめんね。いつも気使わせちゃって・・・」
「私は気にしてないよ。栞こそ、私の心配なんてしなくていいよ。それより、今日はどうしたの?」
「へへ・・・、ちょっとお腹痛くなっちゃって。でも、もう大丈夫だよ。遅刻しちゃった分、学校まで頑張って走ってきたんだもん!」
「ははは、無理しないようにね・・・」
この笑顔を見ていると、私の心配は過保護なのではないかと思ってしまう。
だけど、これは恐らく強がり・・・。栞は、朝目覚めた時から地獄は始まっているのだ。今日は何がなくなるのだろう、何をされるのだろう。嫌でも頭の中は学校の悪意で覆われてしまう。
栞を救いたい・・・。栞の満面の笑みを、また見たい。私は諦めない、諦めたくない! 答えのない問題は存在しないことを信じて・・・。
「ほら、笑ってないで号令かけろ! 飯の時間が減るぞー」
村上の授業はいつも賑やかだった。今日の国語では、変な文章を作ってはクラスのほとんどが笑っていた。
興味無さ気な私は、出題されるたびに指名された。この授業だけで何回指されたか解らない・・・。
「起立、れーい!」
号令が終わると、給食当番はすぐさま割烹着に着替え、給食を取りに行った。
村上学級では、好きな人同士で給食を食べるシステム。栞とは席は隣だが、班が異なる並び方であったため、そのシステムには感謝している。
いつもの通り、向かい合うように机を並べようとした。
その時、またしても突っかかって来た者がいた。
「斉藤さん、それに衣宮さぁん。一緒に食卓を嗜みませんこと?」
「は!? 嫌だよ、なんでお前なんかと・・・・・・・・・・・・」
「美結、いいじゃん。せっかく一緒に食べようって言ってくれてるんだもん」
私は断固反対したかったが、意外にも栞は乗り気らしい。いやいや、栞が言うことに何でもうんうんと頷かなくてもいいんじゃないか・・・?
「龍ヶ崎さん、私はいいよ。隣にくっ付ける?」
「お言葉に甘えさせてもらいますわ! ・・・・・・、あと、苗字ではなく名前で呼び合いませんこと? 栞さん!」
「えぇ!! いきなりでなんか恥ずかしいなぁ・・・、薫子ちゃん・・・・・・?」
何これ、何この光景・・・・・・。なんかもの凄くシュールだ・・・。いや、これは罠だ!! 仲良くなって警戒心はなくそうという作戦に違いない!!
早く断らなくては・・・ッ!
「あ、あのさ・・・」
「これでよろしいですわねッ!」
ガタンッ! と勢いよく机同士が衝突する。その音に、私の声は見事にかき消されてしまった。
「三人以上で給食なんて久しぶりだね! きっと楽しいよ!!」
完全に言うタイミングを逃してしまった・・・。何より栞が嬉しそうなのが、私の言い難さを強くする・・・。
「あれ、伊藤さんと森くんは一緒に食べないの?」
「えぇ、給食はいつも個別で好きなところへ行きますわ。ずっと一緒と言うのも、肩が凝るものですわ・・・・・・」
「それは知らなかった。他の生徒なんて気にしないから、てっきりいっしょに食べているものかと思った・・・」
なんだかんだで流されてしまったが、この際お嬢様を近くで見てみるのも悪くないかもしれない。
「ただ寂しかっただけかよ」
「違います、私ならどこへ行っても入れてもらえますわ!」
「へへー、どうだか。我が儘お嬢様だもんな」
「酷いですわ、心外ですわ!!」
「そんなんじゃないもんね、薫子ちゃんは私たちと食べたかっただけだよね。美結は、もうそんなこと言わないの!!」
「う・・・、ごめん・・・・・・」
反射的に謝ってしまった・・・。全く以て栞には弱いな・・・。
薫子は栞の影に隠れてピースする。ムカッ・・・・・・!!
給食台に料理が置かれると、みんな我先にと並び出した。先に並んだところで早く食べれる訳でもないのに、全く元気なものだ。
並んでいる最中も、これは嫌いですわ、やらパパに連れて行って貰ったレストランの香りとは比べ物になりませんわ、と栞に一方的に話していた。うんうんと頷いているだけだったが、栞の笑顔には少しばかり輝きが戻ってきた気がした。
「ご馳走様でした!」
定時が過ぎると号令がかかった。食べきれずに残しているものもいたが、食べ終えている者はすぐに片づけを始め校庭へ走っていった。
「今日は楽しかったですわ。また一緒に食卓を囲みましょう!」
「うん、私も楽しかったもん。また一緒に食べようね!」
「あ・・・、あぁ。気が向いたらな・・・・・・」
薫子は思っていたより悪い奴ではなかった・・・。我が儘なのは否定しないどころか肯定するが、根っからの悪ではないような印象だった。またこうして給食の時間を共にしてもいいかもしれない。
「では栞さん、お大事に!」
薫子はニカニカスマイルをし、伊藤と森の元へ戻っていった。
それを見つめる栞からは、寂しさが感じ取れた。相当楽しかったようだ。確かに、栞が私以外と話せたのは1ヶ月振りだ。今までが辛かった分、楽しさは数倍増しで感じられたのだろう。
「また誘えばいいさ。気まぐれなあいつなら来てくれるだろ」
「うん、また誘おう。薫子ちゃんなら、きっと来てくれるもん!」
「ねぇ、今いいかな?」
不意に話しかけられた。明らかに私の方へかけて来る声量だったので、すぐに振り返る。
えっと、坂本法子さんだ。覚えておかなくては・・・。
「あぁ、坂本さん。さっきの続き?」
「うん。それに、給食の時龍ヶ崎さんと一緒に食べてたから気になって」
忘れちゃいけない。私は犯人を捜そうとしているんだ。それを成し遂げなければ、今の栞の笑顔すら奪われてしまうんだ。
私はさっきまで、薫子が犯人じゃないかと疑っていたじゃないか・・・。何を仲良く食事しているんだ・・・。
今頃三人で、すっかり騙されていたと嘲笑っているに違いないんだ・・・・・・。
「栞、ちょっと外してもらえるかな?」
「うん・・・、いいけど」
さっきまで仲良く話していた薫子を疑うような会話を、栞には聞かれたくなかった。滅多に栞と離れることの無かったため、少し怪しまれたが、必要以上の詮索はしてこなかった。
「私、色々考えてみたんだ。やっぱり、現場を押さえた方がいいと思う」
それは一番簡単な方法であり、一番難しい方法。犯人を確定するには簡単だ。しかし、そうするための手段が難しい。
ただ押さえるだけであれば、恐らくはひとりででも至っていただろう。
だが、今日の一件で、犯人確定を急がなければいけないと思った。
今日は運良く栞に見せずに済んだが、何れバレる時が来る。その時が来ないようにするには犯人を捕まえるしかない・・・。
「それしかないよな・・・。早速明日、早起きしてやってみようかな」
「あ、じゃあ私も一緒に行くよ。早起きは慣れてるから」
「これだけ気にかけてもらってるんだ、流石にそれは悪いよ」
「今日、何もしてあげられなかったから・・・。それに、もし複数犯だった場合、衣宮さんひとりじゃ返り討ちにあっちゃうかもしれないよ」
それは最もだ。テレビの中や、漫画の中では、探偵が犯人を追い詰めると観念して気力を失うが、現実ではそうもいかない。きっと抵抗して、逃げたり手を出してきたりするだろう。その時、私ひとりでどうにか出来るかと言われたら、首を立てには振れなかった。
「解った・・・、頼むよ。じゃあ、明日の朝に」
「うん。明日の朝に」
明日は5時に校門付近ということになった。隠れて待ち伏せしていれば、犯人が入っていく姿を見ることが出来る。
絶対、捕まえてやる・・・。
明日はどのように詰めるかを考えていたら、時間なんてすぐに過ぎ去って行った。
気付けば帰りの会。栞に肩を叩かれるまで、私は静止していた。
「ねぇ、帰ろうよ。どうしたの、ボーっとしちゃって」
「あぁ、ごめん。帰ろう」
私は慌ててランドセルに教科書を詰め込む。
「考え事? 悩みなら私が聞くよ」
「え、大丈夫だよ。そうゆうのじゃないから」
「嘘、きっと大事なことだよ! ただ上の空っていう風じゃなかったもん!」
鋭いな・・・。けど、これは栞に知られるわけにはいけないんだ。ごめん・・・。
「そんなこと言われてもなぁ・・・」
「もういいもん。聞かないから!」
栞は膨れっ面になり、先に行ってしまう。
「ちょっと、まってよー!!しーおーりー!!」
もう日が落ち始めている。暗くなる前に帰らなくては・・・。私は栞に追いつき、まだ膨れている頬をつつき、機嫌を良くしようと明るく接した。
やっと、動き始めたのかもしれない。明日、栞を呪縛から解き放つことが出来るといいな・・・・・・・・・。
書店で販売されているありきたりな問題集だって、子供向けのなぞなぞ本だって、全てに模範解答が用意されているものだ。
その解答は時に解答者を驚かせ、時に落胆させる。
どっちにしたって、問題に答えが存在することは揺らぐことがない訳である。
これは出題者が問題を作っているため、答えが存在しなければ、クイズや学科テストは成り立たない。
しかし、出題者がいない問題には模範解答はない。
そして、そのような問題は人生という日常的なことに関係していることが多い。
友人との関係や家族関係など、そのほとんどが人間と接することが関係してくる。
友人との接し方に、模範解答など存在しない。人間は十人十色である。同じことをした場合、ある人には快くても、ある人には不快を感じることだってある。
だからといって答えが無いわけじゃない。時間をかければ、その人の好みを探り、何れ答えに辿り着くことが出来る。
試験のテストのように、一度でも間違えたらそこで終了ではない点では、こちらの方が有利に働くことがある。
だが、それは決して絶対的の有利ではない。
導き出した解答次第では、答えることすら出来ない程にまで友人関係が崩壊してしまう時もあるかもしれない。
そうならない為にも、きっと人は答えを出すことに慎重になっているのだろう。
そして私も、同じ悩みを抱えていた。
今まで、解けない問題はないと思っていた私がぶつかった最初の壁。
いつしか、謎に対して著しい対抗心を持っていた私は、答えられないことが恥だと感じ、意地になっていた。
しかも、その謎を抱えている者が親しい友人となっては、逃げることなど選択肢には入らなかった。
快晴の空を見上げて、少年は、そんな空に似合わない重い溜息を吐いた。
その少年はランドセルを背負っていたため、ひと目見ただけで小学生なんだろうと理解することが出来た。
しかし、ランドセルの色は原色のままとも言える赤色で、少年ではなく少女であったことは白黒の世界では理解できなかっただろう。
夜が明けてから、まだ、そう時間が経っていないらしく、冷たい空気が顔を包み、脳までも冷やされていると感じた。快晴の空にはやや低め太陽が大地を照らしている。早朝にランドセルを背負った少女。これだけ提示されれば誰もが思いつくであろう。
そう、少女は登校中なのだ。
登校中に溜息を吐くことなど、みんなが一度は経験するだろう。小学校は、生徒にとって出来れば行きたくない場所だ。出来ることなら、朝から公園や広場ではしゃぎ回って遊びたい年頃。
それが許されるのは休日だけ。しかも、夕方に鳴るチャイムを聞けば、早々に帰路に入らなくてはならないという条件付きで。
遊び足りない彼らにとって、登校中が憂鬱でたまらないのだろう。
「はぁ・・・・・・」
少女は、俯いてからもう一度溜息を吐く。
顔を上げた少女の表情は、憂鬱というより、難しいテストの問題を目の前にしているような印象を受けた。
「一体・・・・・・、誰なんだろう・・・・・・。やっぱり・・・・・・」
ぶつぶつと、独り言を呟く。少女は何やら悩みを抱えているみたいだった。
足を止めることは出来ない。遅刻をしたら、担任の教師に罰を受ける。
だから、少女は集中出来ないことを解りながらも、歩きながら考えるしかなかった。
幸いにも、通学路には車通りの多い車道は少ないため、意識を外に向けることは必要ないみたいだった。
足取りは重かったのに、気付けば校門は目の前にあった。
少女は、さっきより難しい顔をしながら、使い慣れた下駄箱へと向かっていった。
今の少女は衣宮美結(きぬみや みゆ)
顔立ちは少年のようで、性別を聞かれることも多々あるという。
しかし、それについては特にコンプレックスはなく、どっちだと思うかを問い返して楽しんでいる。
口が悪く、喧嘩の時は男子にも負けない気迫を感じさせる。
そんなこともあって、クラスでは疎外され始めている。しかし、イジメなどの嫌がらせではなく、ただ単に、美結に干渉すると面倒だと思われているだけらしいが・・・・・・。
美結は上履きに履き替えると、すぐ近くにある階段を上がる。
その足取りは先ほどと同じように重く、まだスッキリしていないのは一目見ればすぐにわかった。
結構遅めに歩いたつもりだったが、朝の会までにはまだ余裕があった。
教室で引き続き考えよう。美結はそう思い、教室の扉を開いた。
クラスメイトが数人座っていたが、美結の友人と呼べる者はこの中にはいない。
しかし、美結に向かって挨拶が聞こえてくる。
「おはよう、衣宮さん」
「あ、美結おっはよー」
最近、何故かこういうことが増えたような気がする・・・。その生徒達の変貌が、美結にとって喜ばしいとは言えず、むしろ気味が悪かった。
挨拶を返すことなく、私は自らの席を目指す。その時、目に入ったものに、私は絶句した・・・・・・。
「なんだよ・・・、これ・・・・・・」
教室内にひそひそと、そしてくすくすと生徒達の声が木霊する。
ひとりひとりの声は微量だった。しかし、教室にいる数人全てが笑い出した時、その声は確かに美結の耳に届いた。
みんながこちらを見ている気がする・・・・・・。いや、気のせいなんじゃない。今、この瞬間、みんなの視線の先には私がいる。
私の反応を伺って楽しんでいる。この惨状を・・・・・・。
私の目の前には、ボロボロになった机が物悲しく置かれていた。違う・・・・・・、もう既に机ではない。
机という名称が与えられるのは、その上で勉強したり、食事をしたり出来るもののこと。ダンボールだって工夫すれば机になるし、椅子だって机代わりにする事だって出来る。しかし、目の前の机だった木屑には、物を置く事すら困難な形に分解されていた。
木造の板にパイプを取り付けられていたソレは、針山のように鋭利にこちらを狙っていた。獲物を狙う食虫植物のように、自分からは動かない。持ち主を、まだかまだかとただ待つだけ。
そのささくれたった木片と、鋭く削がれたパイプが貫くのは、肉体ではなく心。近付くだけで、心の動脈から出血している錯覚さえ感じる。
この席に座るはずだった者は誰か・・・? そんなもの・・・、このクラスの生徒なら、場所を見ればすぐに解る。私の席の隣・・・。
私の、唯一の親友。斉藤栞の席だった。
斉藤栞(さいとう しおり)
彼女は元気な女の子だった。
体格は小柄。しかし、活発で体育の授業だけではなく、休み時間だって校庭で走り回っていたような子だった。
不幸は唐突に訪れた。
今から一ヶ月程前、栞の引き出しから宿題のプリントが消えた。
その日は担任に小突かれて、少し笑われた程度で終わった。
だが、その日から栞の物が次々と消えていった。
栞は、体操着がないと担任に言いに行った。その日で、一週間ほど忘れ物が続いたこととなる。
流石に担任も言い方がきつくなってきて、みんなの笑い声も上がらなくなった。
その代わりに、その日からはひそひそ話が聞こえるようになった。
「あいつ忘れ物多すぎじゃね・・・?」
「もしかしてさぁ・・・・・・」
「誰かにいじめられてんじゃね?」
「ありえるありえる、俺だって、流石にこんな連続はねぇよ・・・」
みんなの至った答え。それは、栞がイジメの標的になっているということだった。
その他にも、家庭でのトラブルや、本当に忘れっぽい。終いには、記憶障害なんていうものまで。
それら全てが、イジメの対象にするに相応しい話だった。
そしてクラスのみんなは、イジメの初歩である無視を始めた。
もちろん、私はそんな馬鹿馬鹿しいことに参加する気はなかった。
そのまま物が消える現象は治まることなく続き、クラス全員のイジメも勢いを増しながら続いた。
無視だけだったイジメも、今では足をかけたり、突然背中を押して倒れさせたりと手を出すまでになってしまった。
そんな中、不登校にはならずに栞は登校し続けたのだ。
それは、私のおかげだと栞は言ってくれたけど、私は、何も出来ない自分に苛立ちを感じていた・・・。
こんな机を見せたら、栞はどうなってしまうだろう・・・。それを考えると、身震いした。
恐怖ではない、この震えは栞を壊してしまった者への怒り。拳に自らの爪が食い込み、手のひらが悲鳴をあげても美結は気にならなかった。
美結は勢い良く振り返った。その表情は、小学生ではとても出来ないような威圧感を放っている。
私は、目の前の席を、怒りの感情に任せて思い切り蹴り飛ばす。
誰の席だって構いやしない。だって、これはクラス全体が共犯なんだから、結局は全員に罪があるのだから・・・。
すると、当然の如く話し声は止んだ。
「ここまでするとは思わなかったよ・・・・・・。馬鹿野郎どもが、手前ぇ等自分でやってること解ってやってんのかよ・・・・・・ッ!!!!」
前方にいる生徒、全員を睨みつける。女子生徒達は怯え、男子生徒はその場で固まった。それはごくごく当たり前の行動で、傍から見れば馬鹿らしい程に静まり返っていた。
「栞の物どんどん奪って、最後には命まで奪う気かよ!! おい、出てこいよ。名乗り出てこいよ、変態野郎がぁあ!!!!」
美結の声が響き終わると、教室内は無音となった。聞こえるのは、せいぜい窓の外からの楽しく登校して来る生徒の声くらいで、この部屋だけを世界から切り取った場合、完全な無音だった。
「あ、・・・・・・あのさ」
か細い声で静寂にヒビが入る。声のする方を見ると、少女が怯えながらこちらを伺っていた。
「なんだよ」
睨んだ表情のまま、私はその女子生徒に言った。
「私・・・・・・、多分・・・だけど、今日このクラスで最初に学校に来たと思う・・・」
小刻みに震えながら話す少女を見て、怒りを表していた美結の表情は、いつの間にか変わっていた。
「それは、確かなのか・・・・・・?」
「絶対とは言えないけど・・・、私が登校した時には、教室には誰もいなかったよ・・・。でも、机は壊れてた・・・」
「それ、信じていいの?」
「信じてもらえなきゃ困るよ・・・! 私は嘘なんて言ってない」
「解った。信じるよ・・・」
私は、貴重な手掛かりを提供してくれた彼女を信じることにした。どうせ、他には手掛かりらしいことなんて一つも無い。だったら、彼女を信じた方が前に進める気がした。
彼女は坂本法子(さかもと ほうこ)という名前らしい。
同じクラスメイトなのだが、最近は栞のことで忙しく、他人を見ている暇がなかった。
恐らく、クラスメイトの名前を全て答えろというテストが出されたら、間違いなく最下位だと断言できる・・・。
朝の会が始まるまでには、分針が15歩程歩く必要があるため、話を聞くには十分な時間。
私は、話の細部まで聞けると思い、適当なノートを自分のランドセルから取り出した。
法子の登校は、学校が開かれる前に始まる。
最近は、校門前で開かれるのを待つことが、優等生で流行っているらしい。
7時半程になると、事務管理の人が校門を開錠する。すると、それを待っていた優等生達は、我先にと一斉に駆け出す。
みんな負けず嫌いなのだ。いつ何時も、自分がトップでいたいとでも思っているのだろう。
法子も遅れを取ることなく、下駄箱の中にある上履きを手に取ると、素早く足を中に入れた。
それぞれクラスが違うらしく、下駄箱での攻防はない。しかし、階段や廊下では争うことがある。
もちろん、廊下は走らない。恐らくこの子達は、優等生という肩書きがなくなると、自分の存在価値を見出せないのだろう。
階段を駆け上がり、廊下に出ると早歩きでそれぞれの教室に向かった。
クラスによって、階段から教室までの距離が異なることは、皆、理解している。
だから、他の人は見ない。いつでも自分が一番だと思い込んだ。そう、これはただの自己満足。けれども、それだけで確実に自信が付いた。
教室に着いた法子が、まず目指すのは当然自分の席。鮮やかなピンク色に、様々な模様が描かれている巾着袋が掛けられている木製の机。
椅子の上には、巾着袋と同じ生地で作られた防災頭巾が備え付けられている。
背負っていたランドセルを机の上に下ろすと、ひとつ息を吐き、教室の壁にかけられている時計に目をやった。
今は、学校が開かれてから2、3分が経ったところだ。法子は、時計に向かって微笑む。
彼女は、早朝の登校を始めてから、教室内をぐるりと回ることが楽しみになっていたらしい。
何故だかは解らないが、もちろん今日も、日課の様に教室内の全てのタイルに、自分の足跡を残そうとしていた。
だが、単調に並ぶ机の間に、ひとつだけ異なる形をしたものを目にした時、法子はその日の楽しみをやめてしまった。
それはぐちゃぐちゃに潰されてしまった机。その異様な光景に、法子は立ち止まるだけでなく、足がガクガクと震え始めた。
法子の頭は、様々な感情で溢れていた。零れてしまう様な感情に耐えられず、叫び声として体外に放たれた。
しかし、その声はか細く、誰の耳にも届くことは無かった。
「きゃはは。まじそれはない!」
「そうだよねー。ありえない、ありえない」
それとは逆に、廊下からの話し声が法子の耳へと届く。この声は、同じクラスの子。
女の子の笑い声が耳に入ると、法子の心は安堵感に塗り替えられた。
がらがらと、がさつに扉が開かれる。いつもは耳障りなその音すらも、今の法子には嬉しかった。
「あ、法子。おはよう! 今日も早いねー」
「おっはー。なに、今日も教室内ぐるぐる回ってたの?」
「い、いや・・・。これ、見たら怖くなっちゃって・・・」
法子は、目の前の机を指差す。女子生徒は、その先を見ると顔をしかめたが、恐怖を感じている様子は無かった。
「そこって斉藤の席じゃね? 遂にこんなことされるまでになっちゃったかぁ・・・。ご愁傷様ー」
手を合わせてそう言うと、平然とした顔で自分の席へと向かった。
法子は、二人のそんな態度を見て少し嫌悪感を抱いたが、それを口に出すことはしなかった。
「これ、どうしよう・・・・・・」
「ほっとけばいいんじゃない? どうせ斉藤の机なんだし、私たちが何かしたら今度は私たちが狙われるかもしれないじゃん。そんなの絶対に嫌だから!」
「私もこんなことされるのは嫌だけど、このままって言うのもちょっと可哀想じゃないかな・・・?」
「じゃあ、法子が手貸してやんなよ。私たちは手伝う気ないから」
法子は少し迷った。今更、正義感が目覚めたのかと思った。でも、多分それは違う。
この醜い木屑を、目の前からさっさと消し去りたいだけだ。きっとそうに違いない。
だから、私は斉藤さんの味方なんかじゃない・・・・・・。
「やっぱ・・・、やめとく・・・」
「絶対その方がいいよ。触れぬ神にはなんとやらって言うでしょ」
法子は教室内の机と、後ろのロッカーを見渡す。そして、なんとも言えない顔をしながら自分の席へと戻り、ランドセルを開いた。
秒針の足音を鼓膜に感じる。気が付くと、15分あった時間は、残り3分程度になっていた。
意外だった。時間というものは、楽しい時には早く過ぎ、辛い時には遅く進む。真剣になっている時には、時間の経過は遅いらしい。
私はノートを閉じる。鉛筆を指の上でくるりと回すと、机に落とす。
木と木がぶつかり、鉛筆が軽い音を奏でた。
熱くなっていた頭は、すっかりと冷めていて、冷静に思考を巡らせることが出来た。
「それで今、この状況ってことか・・・・・・」
「ご、ごめん・・・。でも、私、怖かったから・・・」
「放置したことに関しては、何も言う気になれないわ・・・。取り敢えず、早朝からこのままだったってことは解った。でも、それだと少しおかしいと思うんだ」
「え・・・!? なっ、何が・・・」
法子は驚く。彼女は、自分が見たものを全てありのままに話したはずだ。しかし、美結はそれをおかしいと言う。
確かに状況はおかしいし、普通なら有り得ないようなことが起きた。けれど、この話の中に不思議なことは一切ない。そう思ったからだ。
「私は昨日、居残りしてて遅くまで教室にいたんだよね」
「それが今の話と何か関係あるの・・・?」
「私がいたのは、生徒が学校にいられる時間ギリギリまで。ということは、私が教室を出た後に机を壊すのは不可能。もちろん、私が教室にいる間は入室すら危うい」
「それが何か関係あるのかって言ってんの!! 意味解んないんですけどー」
法子の傍らに座る女子生徒は、美結の言っていることが理解できないようで、両手を上げながら首を左右に振った。
「そうか、一般生徒が犯人の場合、放課後の犯行は出来ないんだ」
「そして、あんたの話が本当だとしたら、簡単な不可能犯罪が作り上げられる」
教室のみんなは、複雑な顔をしていた。ここにいる誰もが、どうせクラスメイトの誰かだろうと思っていた。
しかし、それは単なる思い込みだったことを思い知らされる。
「だけど、私はその推理をすり抜けられる奴を知ってる」
そして、みんなも知っている。私は、最初からあいつが怪しいと睨んでいた。
今日の話で、さらにそれを強くした。
「え・・・、それって・・・・・・。誰・・・・・・?」
「それは・・・・・・・・・」
「おーほっほっほ!! お退きなさいな、私が教室に入れないでしょう!」
廊下から耳障りな高笑いが聞こえる。扉付近にいた男子生徒は、何も言わずにそそくさと離れていく。
「薫子様の入室くらい予測しておけ、下郎がッ!!」
「奈緒、言葉遣いが下品ですわよ」
道の確保をすると、奈緒は薫子に一礼し、また定位置に戻る。
「皆様、どうかしましたか? そんなに見惚れなくても、私の姿なら毎日見ているでしょう。まぁ、毎日見惚れてしまうほど美しいのは解りますが、そんなに凝視されては入りにくいですわ!」
気付けば、一同は薫子に釘付けになっていた。口に出しては言えないが、美しいからではない。毎日会うことは解っていても、やはりその容姿と印象はインパクトが強く、お嬢様のオーラに圧倒されてしまうのだ。
入りにくいと言いながらも、薫子はすたすたと歩き、自分の席へと上品に腰掛けた。
彼女は龍ヶ崎薫子(りゅうがさき かおるこ)
裕福な家庭で育ったお嬢様。
お金持ちという肩書きだけで、教師達は薫子を大目に見ることが多い。それどころか、注意すらしたところを見たことがないくらいだ。
服装は、童話のお姫様の如く派手で、生徒達に見せ付けるように、登校したあとは学校内を散歩しているらしい。
恐らく、今もその帰りだろう。
当然、生徒からの評判は良くなく、お嬢様でなければ苛められているだろう・・・・・・。
お嬢様の肩書き通り、二人の取り巻きを付けている。
ひとりは、先ほど暴言を吐いていたこいつ。
伊藤奈緒(いとう なお)
いつもイライラしていて、薫子以外、彼女と口を聞く者はいない。
薫子のためと言いつつ、自分のストレスをぶつけるかの様に暴言を吐き散らす。
私より面倒くさそうな奴・・・。
もうひとりは、森光(もり ひかる)
奈緒が陰なら、光は陽。
おどおどしながらも、いつも奈緒をなだめている。
光は、女子の中では人気が高く、薫子に付いていない時は、輪の中に入って仲良く出来ているみたいだ。
ちゃんと男子とも遊び、昼休みは校庭で遊んでいる姿をよく見る。
何故、こんな子が薫子に付いているのかは謎だ・・・。
突然、教室内にチャイムが響き渡る。中だけではない、廊下に備え付けられているスピーカーからも、同様の音が発せられた。
これは、朝の会が始まる5分前の予鈴。本当なら、この時間に全ての用意を終わらせて、自分の席に着いてなければならない。しかし、最近はその決まりは廃れ、ギリギリ間に合えばいいことになっている。
「はぁ、性悪お嬢様のせいで時間無駄にした・・・・・・」
「ちょっと、聞こえちゃうよ! 今の話、また後で聞かせてもらってもいいかな・・・?」
「え・・・? 別に、いいけど」
今まで、栞のことに興味を示してくれた者はいなかった。だから私は、その言葉に驚き、喜びすらも感じた。
兎に角、この机をどうにかしなくてはならない。都合がいいのか悪いのか、栞の登校はまだだった。
担任の先生に言いに行こう。栞が来る前に片付けられればいいのだけど・・・・・・。
軽く扉をノックすると、初老の教師が小窓からこちらの様子を伺ってきた。
「何か用かね・・・?」
「はい、村上先生にちょっと・・・・・・」
いくら美結だろうと、年配に見下ろされては少し緊張するみたいだ。
初老の教師が中へ戻っていくと、村上はすぐにやってきた。
「どうかしたか? おぉ、衣宮が俺に用があるなんて珍しいな!! なんだなんだ、言ってみろ!」
今の私の心境とは完全に真逆のテンションで話しかけられて、まず、何を言えばいいか戸惑ってしまった。
その反応に勘違いしたのか、村上は、ひとりで勝手に喋り始めた。
「大丈夫だぞ。先生はこう見えて口が固いんだ! 誰にも言わないから、な?」
「あの、そういう話じゃないんですけど・・・・・・」
「ん、違ったか? じゃあ、一体なんなんだ?」
「栞の机が壊されていたので、使える机に取り替えて貰えませんか?」
「解った。すぐに持って行くから、教室で待っててくれ」
そう言うと、すぐに歩き出し、美結に手を振った。
元気よく廊下を歩く村上の後ろ姿を見ながら、私は聞こえない程度の声で呟いた。
「先生は気にならないんですね、壊された原因とか・・・」
率直な感想だった。だから、意識では止めていても、自然に言葉として声帯から発せられた。
彼は、村上和宏(むらかみ かずひろ)
美結たちのクラスを受け持つ教師で、活気溢れる青年である。
コレと言って悪い評判が上がらない、数少ない教師。大抵の教師は、生徒に陰口のひとつやふたつ言われるものだが、村上に対する嫌味は聞いた事が無かった。
頭の回転がよく、何事にも気転が利く。しかし、それはいい事だけではなかった。
栞の件に関しては、その気転の回り方が他の出来事とは異なっていた。
関わると面倒なことになる。だから、深くは関わらない。それが村上の答え。
担任という役柄上、それに関していることでも頼まれればやるが、どうしてそうなったのか経緯を聞いて来たりはしない。
最初は私も頼れると思ったが、対応が変わらない村上を見て、今では諦めすら覚えた。
こうして再び考えてみると、私にとって、頼れる人間はごく僅かだということを思い知らされる。
だけど、そんなことで挫られなかった。友達が少ないからこそ、私は、その友情を大切にしたかった。
頬を叩き、暗い気持ちにさよならを言うと、ゆっくりと教室に戻ることにした。
教室は静かだった。それが不思議に思えたが、栞を対象にした囃し立てが行われていないことに安堵した。
私が教室に入ると、一瞬だけみんなに注目されたが、みんなはすぐに目を伏せた。
どうやら、私の足音を先生と勘違いしていたらしい。もしくは、私と先生が一緒に入ってきて、栞の件について怒られるとでも思っていたのだろうか。
このクラスはいつも、他より賑やかで、別のクラスからよく注意を受けていた。そんな教室が、これ程までに静寂を保っているところを見ると、少し気味悪かった。
そんな静寂を破るかのように、廊下からガタゴトと物音が聞こえる。
「いやぁ、なんて運びづらい机なんだ。さっきなんて、走ったら足をぶつけて転びそうになったよ」
村上が乱暴に扉を開け放つと、教室の雰囲気が明るくなった。
「衣宮ぁ。あー、あと坂本。ちょっと手伝ってくれないか? そっちの壊れたやつは俺が運ぶから、こっちの机を運んでくれ!」
「解りました」
「は、はい・・・!」
村上の様子を見て、みんなは怒られないことを確信したらしく、緊張していた空気は次第に解けていった。
机を運び終えると、村上は活き活きと授業を始めた。
朝の会を飛ばして授業を始めたせいか、途中、文句も飛び交ったが、普通に授業は終わった。
休み時間になっても、栞の机は空席だった。私は、ボーっと栞の机を眺めていた。しかし、突然肩を叩かれる。
「斉藤からは連絡も何も無いんだが、衣宮は何か聞いてないか?」
「いえ、特には・・・」
「そうか、無断欠席は心配だなぁ・・・。それと衣宮、1時間目の授業中、ずっと上の空だっただろ。駄目だぞ、ちゃんと先生の話を聞かなきゃ」
「だって算数解んないから・・・」
「おいおい、解んないから聞かないんじゃ、いつまで経っても解らないままじゃないか。家でちゃんと予習してくれば解るようになるさ」
「まぁ、聞けるように努力します」
「おう、頑張れよ!」
一応、栞のことを心配してくれているのだろうか・・・。こういうところを見ると、やっぱり教師なんだろう。村上は、それだけ言うと廊下へと姿を消した。
「やっぱ年上と話すのって、疲れる・・・・・・」
溜息を吐くと、再び肩を叩かれた。
「あ・・・、あの。今、いいかな? さっきの話の続きが聞きたいんだけど」
あぁ、なんか色々やってて忘れてた。朝の話が途中だったんだっけ。
「うん。いいよ、休み時間なんて特にやりたいことないし、話してたほうが気が楽かな」
「さっきの話を聞く限り、一般生徒には無理なことが解った。犯人には、私と坂本さんという鎖を解かなければ犯行は出来ない」
「うん・・・。例えば、光くんが犯人だとしたら、衣宮さんの下校後、私の登校前に机を壊すのは無理だもんね」
流石は優等生。話が早くて助かる。話し相手が奈緒とかなら、どんなに説明しても永遠に理解しないだろう・・・。
「万が一、私の帰宅後に残っていたとしても、アレだけの作業をしていれば誰かが気付く。下校時間が来た時には、絶対に教師達が見回りをする。学校中をね。もし、この教室が見回りの順序の最後にきていたとしても、ほんの10分くらいだろ」
「10分じゃあれだけ壊すのは難しいよね・・・。道具があったとしても、ひとりじゃ限度がある」
「だから、これは複数犯なんじゃないかな?」
「複数・・・!? 何人くらい・・・?」
「私が睨んでるのは三人かな」
「え・・・、三人?」
「うん。私は、あいつが犯人だと思ってる」
私は小さく指さした。法子は、その先を見つめる。
法子が見たのは、姿こそ上品であるが、性格は性悪だと言われるお嬢様だった。
「え・・・!? 龍ヶ崎さんが犯人!?」
「こう考えると合点がいくんだ。あいつはお嬢様だから、学校は好き放題やらせてるだろ。登校時間より先に入ったり、下校時間後に居座ったりすることなんか容易なんじゃないかな? 取り巻きを連れれば、三人で犯行も可能だ」
「た、確かに・・・・・・。そう言われてみればそうかもしれない・・・」
「でも、証拠がない。それが出来るのはあいつだけど、出来るからといって犯人確定ではない・・・」
「その通りだね・・・。そうじゃないと出来る人は誰でも犯人になってしまう」
「証拠が欲しいけど、それはもの凄く難しいよなぁ・・・」
「私も出来るだけ協力するから、何でも言ってね」
「うん、有り難う。恥ずかしながら、私には頼れる人間が少ないんだ・・・。だからその言葉に甘えさせてもらうよ」
力なく扉がゆっくりと開く。美結が反射的にそこを見ると、そこには栞がいた。
その扉は教室の後ろ側で、出来るだけ目立たないように教室に入りたいという感情が、ひしひしと伝わってきた。
しかし、その抵抗もむなしく、黒く輝く目に留まってしまう。
「あぁら、斉藤栞さんじゃありませんこと。おはようございますわぁ!」
大声での挨拶により、みんなは栞の存在に気付く。その様子を伺うと、お嬢様の口は笑みで溢れた。
「あいつ、本当に性格悪い・・・!」
「今日はどうしましたの。こんなに大遅刻なさって、どこか具合でも悪いんですの?」
薫子と取り巻きは、すぐに栞の前を塞いだ。
栞は戸惑って何も言えずに立ち往生している。すると、薫子はひとりでぺちゃくちゃ話し始める。元々返事なんて期待していないんだろう。
「それならば、私の常備している風邪薬を差し上げますわぁ! 奈緒、渡してあげなさいな」
奈緒は、持っていた鞄の中からカプセルを取り出すと、それを無言で栞に握らせた。
「そうですわ! そういえば、今日の朝は大変でしたのよ。斉藤さんのつく・・・
「おいッ!! ・・・・・・、それ以上栞の邪魔すんなよ」
「あら、衣宮さん。いきなりなんですの? レディーがそんな表情を晒しては恥ですわよ」
私の表情はより険しく変化したが、返事はせずに、栞の手を引き三人組から離れていった。
上品な唇から発せられた舌打ちは、なんだか悲しみを帯びていた気がした。
「大丈夫か? あんな奴等、すぐに振り切っちゃえばいいのに」
「そんなことするのは悪いよ・・・、せっかく話しかけてきてくれたんだもん」
「私には悪意が見えたけどな・・・」
私の表情とは正反対の顔をして、栞は言った。
「ううん、きっと善意だよ。だってほら、風邪薬くれたもん」
笑顔だった。力のない笑顔だった。そんな顔で善意だと言われたら、私の薫子を責めたい気持ちはどこかへ消え去ってしまった。
「ごめんね。いつも気使わせちゃって・・・」
「私は気にしてないよ。栞こそ、私の心配なんてしなくていいよ。それより、今日はどうしたの?」
「へへ・・・、ちょっとお腹痛くなっちゃって。でも、もう大丈夫だよ。遅刻しちゃった分、学校まで頑張って走ってきたんだもん!」
「ははは、無理しないようにね・・・」
この笑顔を見ていると、私の心配は過保護なのではないかと思ってしまう。
だけど、これは恐らく強がり・・・。栞は、朝目覚めた時から地獄は始まっているのだ。今日は何がなくなるのだろう、何をされるのだろう。嫌でも頭の中は学校の悪意で覆われてしまう。
栞を救いたい・・・。栞の満面の笑みを、また見たい。私は諦めない、諦めたくない! 答えのない問題は存在しないことを信じて・・・。
「ほら、笑ってないで号令かけろ! 飯の時間が減るぞー」
村上の授業はいつも賑やかだった。今日の国語では、変な文章を作ってはクラスのほとんどが笑っていた。
興味無さ気な私は、出題されるたびに指名された。この授業だけで何回指されたか解らない・・・。
「起立、れーい!」
号令が終わると、給食当番はすぐさま割烹着に着替え、給食を取りに行った。
村上学級では、好きな人同士で給食を食べるシステム。栞とは席は隣だが、班が異なる並び方であったため、そのシステムには感謝している。
いつもの通り、向かい合うように机を並べようとした。
その時、またしても突っかかって来た者がいた。
「斉藤さん、それに衣宮さぁん。一緒に食卓を嗜みませんこと?」
「は!? 嫌だよ、なんでお前なんかと・・・・・・・・・・・・」
「美結、いいじゃん。せっかく一緒に食べようって言ってくれてるんだもん」
私は断固反対したかったが、意外にも栞は乗り気らしい。いやいや、栞が言うことに何でもうんうんと頷かなくてもいいんじゃないか・・・?
「龍ヶ崎さん、私はいいよ。隣にくっ付ける?」
「お言葉に甘えさせてもらいますわ! ・・・・・・、あと、苗字ではなく名前で呼び合いませんこと? 栞さん!」
「えぇ!! いきなりでなんか恥ずかしいなぁ・・・、薫子ちゃん・・・・・・?」
何これ、何この光景・・・・・・。なんかもの凄くシュールだ・・・。いや、これは罠だ!! 仲良くなって警戒心はなくそうという作戦に違いない!!
早く断らなくては・・・ッ!
「あ、あのさ・・・」
「これでよろしいですわねッ!」
ガタンッ! と勢いよく机同士が衝突する。その音に、私の声は見事にかき消されてしまった。
「三人以上で給食なんて久しぶりだね! きっと楽しいよ!!」
完全に言うタイミングを逃してしまった・・・。何より栞が嬉しそうなのが、私の言い難さを強くする・・・。
「あれ、伊藤さんと森くんは一緒に食べないの?」
「えぇ、給食はいつも個別で好きなところへ行きますわ。ずっと一緒と言うのも、肩が凝るものですわ・・・・・・」
「それは知らなかった。他の生徒なんて気にしないから、てっきりいっしょに食べているものかと思った・・・」
なんだかんだで流されてしまったが、この際お嬢様を近くで見てみるのも悪くないかもしれない。
「ただ寂しかっただけかよ」
「違います、私ならどこへ行っても入れてもらえますわ!」
「へへー、どうだか。我が儘お嬢様だもんな」
「酷いですわ、心外ですわ!!」
「そんなんじゃないもんね、薫子ちゃんは私たちと食べたかっただけだよね。美結は、もうそんなこと言わないの!!」
「う・・・、ごめん・・・・・・」
反射的に謝ってしまった・・・。全く以て栞には弱いな・・・。
薫子は栞の影に隠れてピースする。ムカッ・・・・・・!!
給食台に料理が置かれると、みんな我先にと並び出した。先に並んだところで早く食べれる訳でもないのに、全く元気なものだ。
並んでいる最中も、これは嫌いですわ、やらパパに連れて行って貰ったレストランの香りとは比べ物になりませんわ、と栞に一方的に話していた。うんうんと頷いているだけだったが、栞の笑顔には少しばかり輝きが戻ってきた気がした。
「ご馳走様でした!」
定時が過ぎると号令がかかった。食べきれずに残しているものもいたが、食べ終えている者はすぐに片づけを始め校庭へ走っていった。
「今日は楽しかったですわ。また一緒に食卓を囲みましょう!」
「うん、私も楽しかったもん。また一緒に食べようね!」
「あ・・・、あぁ。気が向いたらな・・・・・・」
薫子は思っていたより悪い奴ではなかった・・・。我が儘なのは否定しないどころか肯定するが、根っからの悪ではないような印象だった。またこうして給食の時間を共にしてもいいかもしれない。
「では栞さん、お大事に!」
薫子はニカニカスマイルをし、伊藤と森の元へ戻っていった。
それを見つめる栞からは、寂しさが感じ取れた。相当楽しかったようだ。確かに、栞が私以外と話せたのは1ヶ月振りだ。今までが辛かった分、楽しさは数倍増しで感じられたのだろう。
「また誘えばいいさ。気まぐれなあいつなら来てくれるだろ」
「うん、また誘おう。薫子ちゃんなら、きっと来てくれるもん!」
「ねぇ、今いいかな?」
不意に話しかけられた。明らかに私の方へかけて来る声量だったので、すぐに振り返る。
えっと、坂本法子さんだ。覚えておかなくては・・・。
「あぁ、坂本さん。さっきの続き?」
「うん。それに、給食の時龍ヶ崎さんと一緒に食べてたから気になって」
忘れちゃいけない。私は犯人を捜そうとしているんだ。それを成し遂げなければ、今の栞の笑顔すら奪われてしまうんだ。
私はさっきまで、薫子が犯人じゃないかと疑っていたじゃないか・・・。何を仲良く食事しているんだ・・・。
今頃三人で、すっかり騙されていたと嘲笑っているに違いないんだ・・・・・・。
「栞、ちょっと外してもらえるかな?」
「うん・・・、いいけど」
さっきまで仲良く話していた薫子を疑うような会話を、栞には聞かれたくなかった。滅多に栞と離れることの無かったため、少し怪しまれたが、必要以上の詮索はしてこなかった。
「私、色々考えてみたんだ。やっぱり、現場を押さえた方がいいと思う」
それは一番簡単な方法であり、一番難しい方法。犯人を確定するには簡単だ。しかし、そうするための手段が難しい。
ただ押さえるだけであれば、恐らくはひとりででも至っていただろう。
だが、今日の一件で、犯人確定を急がなければいけないと思った。
今日は運良く栞に見せずに済んだが、何れバレる時が来る。その時が来ないようにするには犯人を捕まえるしかない・・・。
「それしかないよな・・・。早速明日、早起きしてやってみようかな」
「あ、じゃあ私も一緒に行くよ。早起きは慣れてるから」
「これだけ気にかけてもらってるんだ、流石にそれは悪いよ」
「今日、何もしてあげられなかったから・・・。それに、もし複数犯だった場合、衣宮さんひとりじゃ返り討ちにあっちゃうかもしれないよ」
それは最もだ。テレビの中や、漫画の中では、探偵が犯人を追い詰めると観念して気力を失うが、現実ではそうもいかない。きっと抵抗して、逃げたり手を出してきたりするだろう。その時、私ひとりでどうにか出来るかと言われたら、首を立てには振れなかった。
「解った・・・、頼むよ。じゃあ、明日の朝に」
「うん。明日の朝に」
明日は5時に校門付近ということになった。隠れて待ち伏せしていれば、犯人が入っていく姿を見ることが出来る。
絶対、捕まえてやる・・・。
明日はどのように詰めるかを考えていたら、時間なんてすぐに過ぎ去って行った。
気付けば帰りの会。栞に肩を叩かれるまで、私は静止していた。
「ねぇ、帰ろうよ。どうしたの、ボーっとしちゃって」
「あぁ、ごめん。帰ろう」
私は慌ててランドセルに教科書を詰め込む。
「考え事? 悩みなら私が聞くよ」
「え、大丈夫だよ。そうゆうのじゃないから」
「嘘、きっと大事なことだよ! ただ上の空っていう風じゃなかったもん!」
鋭いな・・・。けど、これは栞に知られるわけにはいけないんだ。ごめん・・・。
「そんなこと言われてもなぁ・・・」
「もういいもん。聞かないから!」
栞は膨れっ面になり、先に行ってしまう。
「ちょっと、まってよー!!しーおーりー!!」
もう日が落ち始めている。暗くなる前に帰らなくては・・・。私は栞に追いつき、まだ膨れている頬をつつき、機嫌を良くしようと明るく接した。
やっと、動き始めたのかもしれない。明日、栞を呪縛から解き放つことが出来るといいな・・・・・・・・・。
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