暗闇の雛

純音(すみね)

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タイムリミット

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寒い・・・、眠い・・・、お腹痛い・・・。
 この季節の早朝は、薄暗さを通り越してまだ深夜と言えるほどに暗黒。直に日が射すと思っていても、家を出るのには躊躇いがあった。

 パンを焼かずに食べて朝食を済ますと、足早に家を出た。
 扉を開けると、凍えるような風が吹き挫けそうになるも、私の覚悟が背中を押す。風なんかに負けてられないのだ。
 少し急がなきゃ・・・。朝の時間は倍速と思えるほどに早い。少し気を抜いただけで10分なんてあっという間に溶けた。

 走るともっと寒かった。しかし、私はこれすらも試練だと気付くと、より早く足は進んだ。

 校門が見えると、既に法子は待っていた。
「は、早いね・・・。ごめん、少し遅れた」
「いいよ。私は早起き慣れてるから、じゃあ、あそこら辺で隠れよっか」
 そこは校門へ向かう者には決して見えないところ。あそこならばれないだろう。

「こんなことにまで付き合ってもらっちゃって、本当にありがとう」
「大丈夫だって、気にしないで。私が協力したいからしてるだけだから」
 昨日、法子に話を聞いた時はなんて非協力的なんだろうと少し怒りを感じていた。それが今では真逆。私だけの戦いだと思っていたことに協力してくれて、法子に対して感謝の気持ちしかなかった。

 人間関係はなんて面白いんだろう。昨日まで嫌悪していた者に感謝するなんて、私は今まで人生で損をしていたことに気付く。
 栞のことが片付いたら、少しクラスと打ち解けてみるのもいいかもしれない。

「衣宮さんって、学校の怪談って知ってる?」
「え? いや、興味なかったからわからないや・・・・・・」
 学校には、退屈な学校生活を紛らわすために怪談話が流行ることが多い。恐らくこの学校にもそれが存在するんだろう。
 そのほとんどが架空の虚実か、大げさに捉えた話だ。本当の怪談が存在する学校は少ない・・・、それどころかあるのかも解からないが・・・。

「この学校には、無人の学校に徘徊する影を見たって話とか、違う世界に繋がる扉があったりする話があるんだよ!」
 さっきとテンションが明らかに違う。語る声量は小さいが、目の色の変化と熱意が著しく感じられた。
 もしかして坂本さんって、オカルトマニア・・・?
「へ、へぇ・・・。坂本さんは見たことあるの?」
「ないよ・・・。けど、見てみたい!!」
「もしかして、それを見るために早い時間に学校に来てたの・・・?」
「そうゆうわけじゃないけど、見れたら一石二鳥だよね!」
「う、うん・・・。そーだねー」
 こういう類いは否定するともっと熱くなりそうだし、適当に聞いておくことにしよう。

「別世界かぁ。不思議な国のアリスみたいな感じかなぁ、行ってみたいよぉ!!」
 坂本さんがキラキラしてる・・・。もう私に語ることすらやめて、ひとりの世界に入ってしまっているようだった。
 妄想に浸っている法子をよそに、美結は校門側を覗く。すると、教師達が何人か学校に入っていった。
 漆黒だった空も、気付けば薄暗い程度にまで明るくなり始めていた。

「先生たちが入っていったから、そろそろ来るかもよ」
「ウサギさん、待って!! ・・・・・・、え! もうそんな時間!?」

 ・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「こないね・・・」
「うん・・・・・・」
 1時間ほど待っても校門をくぐるのは教師ばかりで、生徒はひとりも確認できなかった。
 じきに法子の見知った優等生達が集まってきた。たまたま今日は来なかったのだろうか・・・?
 いや、毎日毎日嫌になるほど悪意に勤しんできた者が休む訳ない。恐らく、犯行は放課後に行われているか、何かの事情があって今日は来れなかったかだろう。

 何かが引っかかる・・・。私は、納得しきれないまま校門へと足を進めた。

「来なかったね・・・、やっぱ放課後なのかな?」
「今日の放課後、私は待ってみるよ」
「え!? でも、先生に見付かったら怒られちゃうよ」
「見付からないように気をつけるよ」
「じゃあ、私も・・・・・・」
「いや、流石にそこまでは甘えられないし、隠れながらの場合人数は少ない方がいい」
「そうだね・・・、解かった。応援してるよ」
 その後、特に会話もなく教室へと入った。もちろん、犯人が来ていないのだから犯行が行われていることもなく、栞の席は綺麗だった。
 法子は日課をすることなく、静かに椅子に腰掛けていた。それは私も同じ。廊下からは、まさかこの教室内に二人も子供がいるなんて思わないだろう。

 法子は俯き、私は上の空。三人目以降の入室者が来るまで、私たちはずっとそうしていた・・・・・・。




 あっという間に時間は流れた。気が付けば昼休み。私・・・、四つも授業受けたっけ・・・?
 私の目は栞を探していた。今さっきまで一緒に給食を食べていたはずなのに、何故か自然に探してしまう。
 栞は、なんと薫子と話していた。今日は奈緒と光も一緒。

 奈緒が一緒か、心配だ・・・。

「今日は新しい香水を付けて来ましたの。ママ様が買ってきて下さったのよ!」
「きっと高いんでしょ? すっごい良い匂いするもん!」
「値段は聞かないことにしているんですのよ。質がよければ値段なんて気にしませんわー!!」
 流石はお嬢様。育てられ方が違う。悪い方向に・・・・・・。

「奈緒は香水付けないの?」
「普通、小学生が香水なんて付けないっての・・・・・・」
 奈緒が小声で呟く。光にしか聞こえない声量を心得ている様子で、今までに何度もそういうやり取りがされていたことが一目で解かった。
 何かを言い返そうとした光に、口止めするかのようにゲンコツを入れる。
「奈緒ぉ・・・、痛いよぉー!」
「ふんッ・・・、嫌なら黙ってな」

「やめなよ奈緒ちゃん・・・。森くん、大丈夫?」
 栞が、殴られた光の頭を優しく撫でる。するとすぐに笑顔へと変わった。

 奈緒は無言で栞を睨んでいたが、誰にも気付かれなかったようだ。正確に言えば、私に気付かれているが・・・・・・。

「奈緒はちょっと暴力的過ぎますわ。言葉遣いも下品ですし、まるで用心棒のよう。私たちは友人でしょう? そんなに気張らなくてもよろしいんですのよ、光みたいに気兼ねなく話してもらいたいものですわ!」
「はいはい、頑張ります」
 薫子はそう言っているが、それは一方的な見解であった。伊藤家の父親は龍ヶ崎社の社員で、親からは、薫子に尽くせと耳にたこが出来るくらい言われていた。だからそれは友情ではない。単なる主従関係である。

 しかし、薫子はそんなことを知ることもないので、感情の食い違いが起きているんだろう。
 親からの強制的な押し付けにストレスを感じ、その怒りを吐き出せないことにまた怒り、歪に成長してしまったのだろう。

 こうして傍から誰かと話す栞を見たのは久しぶりな気がする。
 薫子が犯人でないことを祈るなんて、今日になるまでは有り得なかっただろう。口には出さないが、心の中で薫子に感謝した。





 午後の授業は、私の苦手な算数だった。午前のようにあっという間に終わってくれることを願ったが、嫌なことをするときの時間の流れは遅かった・・・。
 しかも、今日は6時間目もある。朝が早かったのが影響したのか、午後の授業中は半分寝て過ごした。
 何度も栞に起こされたが、瞼は鉛のように重たく、自然に夢の中へと沈んでいった。
 今日の張り込みは無駄だったんだろうか・・・。あんなに早起きしたのに、成果一つ上げられない。実は、栞の周りで起きていることは、ごく稀に見る本物の学校の怪談で、私がどうにかしようとしても無駄なんじゃないだろうか・・・。

 放課後の張り込みも、意味を成すかわからない・・・。私、正しいことをしてるんだよね・・・?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「この学校には違う世界に繋がる扉があるんだよ!」
「えっ、坂本さん!? 何その服・・・」
 法子はまるで薫子が着ている様な、お姫様を思わせるドレスを纏っていた。

「私はアリス! うさぎさん、今捕まえるよ!」
 何を言っているのだろう・・・。うさぎって、飼育小屋のうさぎのことだろうか・・・。
 突然のことで訳が解からない。

「ねぇ、うさぎって何のこと?」
「にしししし、大人しくしててね。ウ・サ・ギさん・・・ッ!!」
 何故か網のようなものをこちらに向けてくる。

「う・・・、きゅ・・・・・・・・・・・・。う・・・!?」
 え!? 喋れない! 自分の身体を見ると、もふもふしていた。まるで毛玉のようなやわらかさ。そして、穢れのない純白だった。
 私がうさぎってことか・・・・・・。

 そうと解かればやることはひとつ。逃げるしかない!
 不思議な国のアリスってどんな話だっけ・・・? 昔見たことはあるけど、内容をきちんと覚えてはいない。見たという記憶しかない。

 気付くと私は、身体と同じくらいの時計を背負っていた。いつもの姿ならランドセル程度だが、今の私にとってはもの凄く重い・・・。そのため、上手く歩けなかった。

 このままじゃ捕まってしまう。そう思ったとき、足元に真っ黒な口が現れた。

「をーっほっほっほ!! なんとも無様な姿ですこと!」
 あぁ、この癪に障る声は・・・・・・。
「この兎を打ち首にしなさいな!」
 は!? いきなりですかッ! ちょっとは話くらいさせろよ!!
「何ですの、その目は。くりくりの赤い眼差しを向けられても、私には何にもできませんわぁ!」
 いや待て待て、あんたが命令したんだろ。やめろぉー!!
 トランプの模様を散りばめた衣装の奈緒と光に連れられて、処刑台をイメージさせる場所へと辿り着いた。

 訳も解からないうちに追われ、訳の解からないうちに死刑にされ、徐々にこの世界がなんなのかを理解出来てきた気がする。
「さぁ、あなたは死刑。性悪な私は、絶対に考え直したりはしませんわ!」
「罪ある者に制裁をー!」
 光はこの状況を、なんだか楽しんでいる様だった。まさに光のイメージそのもの・・・。
「罪の解からなきものには鉄槌をー・・・・・・」
 こんな馬鹿げたことを無理矢理やらされている様子が感じ取れる。やっぱりここでも奈緒はそうゆう子なんだろうと思った。

「をーっほっほっほっほ! 殺りなさいッ!!」
 性悪なのは、いつでもどこでも変わらないのだろう。給食の時に話してからは、少し見かたを変えてみた。だが、やっぱり薫子は薫子。

 縛られたり、首を固定されたりせずにギロチンが下ろされる。
 なっ!! ピョンっと跳ねると、刃は虚空を切った。あそこにいたらと思うと血脈が凍りつきそうだった。

「あぁら。逃げるんですの」
 三人は歪んだ笑みを零す・・・。あの光までもが二人と同じように笑い、私は心からゾッとした。
「じゃあ、仕方ないね」
「じゃあ、仕方ないよぉー」
 私が逃げたと言うのに、追って来たり悔しがったりはせず、むしろ喜んでいるようだった。
 私は、その様子を背に、逃げることに恐怖を感じ、勝手に足が動かなくなった。

 恐る恐る振り返る。本当は振り返りたくなんてなかった。しかし、聞き覚えのある泣き声が、背後から聞こえるのだ。
 このすすり泣く声。間違いない。振り返らなくても解かる。それが誰かを確認するためではなく、なにが行われているかを確認するため、私は振り返った。

 ギロチンの刃は再び上へと吊るされている。さっきはその下に、私がいた。だからそこには誰もいなくていいはずなんだ。彼女達の言う罪人は私であって、今処刑されようとしている者は関係ないはずなんだ。

 首は固定され、本格的な処刑が行われようとしている。逃げられない。この楔は外れない。いや、外す方法ならある。これは一定の時間が経過すれば外れる。
 その時間は、今からカウントすれば大体1年ほど。だが、その前に必ず刃は降りる。よって、絶対の処刑。

「あなたが逃げるのであれば、この刃はなんの障害もなく降りていきますわ!」
 よく見ると、徐々に刃が下がっていた。その速度は遅いと言えるが、楔が外れる期間と比べるともの凄く早かった。

 刃には錘が繋がれており、それを引けば抵抗することは出来る。だが、処刑されるものが引くことは出来ない。
 誰かが助けようと手を伸ばさなければ、処刑台に囚われた彼女は死ぬ。それが出来るのは、私しかいないじゃないか・・・・・・。私が逃げたら、彼女の命は残酷な刃によって絶たれる。

 ピョンピョンと飛び跳ね、兎の私はギロチンに繋がれた鎖を引っ張る。思い切り引っ張っているつもりだが、兎の力は非力で、ほんの少ししか降下速度は落ちなかった。だけど、無いよりはいい。ずるずると小さい身体を引き摺られる。もちろん痛かった。

 そんな痛みをよそに、刃は彼女へと到達しそうだった。
 畜生、本気で引いてるのに・・・。なんで・・・・・・ッ!!
 不気味に黒光りする刃は、触れただけで何もかもを切り裂いてしまう。彼女の肌は、みるみるうちに赤い絵の具に着色された。
 あぁ、やめろ! 私はもう逃げない、逃げないから・・・。やめてくれぇぇえええ!!
「しおりぃぃぃぃいいいいい・・・・・・ッ!!!」
「わっ!!」
 あ、あれ・・・・・・?
「吃驚した。いきなり大声出さないでよ・・・。もう授業終わっちゃったよ?」
 目の前には黄昏色の日に照らされた栞がいた。慌てて自分を見るが、もふもふした毛が生えていたり、長い耳になっていたりすることは無かった。栞の首をまじまじと見つめたが、赤い塗料が塗られてはいなかった。
「何してるの・・・?」
 自分の身体や耳をまさぐっていた私は、栞からみたらおかしかったんだろう。流石に今まで、アリスインワンダーランドしていたなんて言えない。変な夢を見たと言って誤魔化した。

「今日は用があるから、先に帰ってていいよ」
「こんな時間に用事? きっと悪いことだよ!」
「ち、違うよ・・・。一緒に帰れなくて悪いけど、今日はごめん・・・」
 栞は何度もしつこく聞いてきたが、これだけは言えないんだ。ごめん。
 言ってもらえないことが解かると、栞は膨れ顔のまま行ってしまった。




 よし、ここからが本番だ。見回りの教師と犯人には見付かってはならない。どうしようか・・・・・・。
 私は、どこかに隠れていることにした。掃除用具入れのロッカーは? 入ってみる・・・・・・。

「ゲホッ・・・、ゲホッ・・・。これは無理だ。臭いがきついし、思ったより狭いな」
 教室内に隠れられる場所といったら、一般的には教壇にある机の下くらいだ。しかし、この学校のそれは空洞になっており、塞がれてはいないので身を隠せない。

 一旦、他の場所で待機して、良い頃合になったら出てくる方が安全か・・・。
 なら、学校内で見付からないところは?
 トイレの個室なら、隔離されていて簡単に身を潜められる。だが、手段が容易だからこそ、必ず見回りが来るだろう。誰にでも思いつくのなら、見回る教師にでも思いつく。
 裏をかかなきゃいけない。

 ここはそう広くない学校。恐らく見回りはひとりかふたり・・・。私は、かくれんぼなんかあまりやらなかった。一般的に隠れるところが解からないのが、かなり痛い・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
 私は隠れるのが苦手だ。なら、隠れなければいいのでは?
 隠れなければ見付かってしまう。それはごく当たり前のこと。それを解かった上で、私は考えた。
 見回る順序を予測してグルグルと学校中を回り、ここに戻ってくればいい。いくら広くないとはいえ、ひとつの学校。一周回ればそれなりの時間は経過する。多分、犯人が現れる良い頃合だろう。





 絶対下校時刻を告げる放送が学校中に響く。こんな暗闇に染められた学校にいる生徒なんて、私と犯人だけに違いない。
 廊下の向こうを見ると、奥まで確認できないまでに漆黒。朝とはまるで別世界に感じられた。背筋に悪寒が走ったが、震えた手に力を込めると覚悟を決めた。

 漆黒の廊下からカツカツとカスタネットの音色が聴こえた。
 ごくり・・・・・・。
 私はゆっくりと足を進める。なるべく音を発しないように、丁寧に歩いた。気付かれてはいない。大丈夫だ。
 後ろから聞こえる足音は遠いはずなのに、真後ろに引っ付かれてる感覚を覚える。
 追われる側ではなく、追う側になればよかったと、今更後悔してももう遅い。既にゲームは始まった。

 教室に入る時間が無ければ、追いつかれていただろう。大人の歩幅と子供の歩幅は、大人が思っているよりもかなり大きい。
 しかも、こっちは音を発してはいけないという条件付だ。心臓が張り裂けそうに脈を打つ。しかし、歩き方をガサツには出来ない。

 しばらく歩き方に集中していると、後ろの足音が聞こえなくなっていた。
 私が早く歩きすぎたのだろう。でも、こっちの方がやり易い。そのままの速度で学校中をぐるっと回った。
 誰にも出くわすことなく元居た教室へ戻ってきた。廊下に備えられた時計を見ると、先ほどから1時間くらい経過していた。

 犯人は、いるのだろうか・・・・・・。
 その時、教室から聞こえてきた物音に、私は凍りついた。
 身体が硬直して動かない。覚悟を決めていたのに、その場になってみるとやはり怖かった。
 固唾を飲むと、ゆっくりと扉に手をかけた。

 ガラガラと乱暴な音を立てて扉が動く。すると、教室にいた人影は飛び跳ねた。
「だ、誰だ・・・ッ!!」
 力強く言ったつもりだったが、緊張に負けてか細い声しか出なかった・・・。

「あなたこそ・・・、誰ですの!?」
 漆黒に染められた学校。廊下だけではなく、教室も例外ではない。お互い顔を確認することはできなかった。
 だけど、この口調・・・。私は聞いたことがあった。
 私の予想は、皮肉にも当たっていたのだ・・・。栞に近付いてきたのも演技で、実は自分の疑いを晴らすためだけだったのだ・・・。
 栞の机を見る。机には何もされていなかった。だが、椅子にはドロドロの絵の具が乱雑に巻き散らかされていた。

「お前・・・、本当にこんなことするなんてな・・・・・・」
「な、何のことですの・・・? 私は何にも解かりませんわ」
「そんなこと、もう通るわけねぇだろ」

「私がやったという証拠、ありますの?」
 虚勢だけが取り得のお嬢様。正論で看破してやらないと折れないらしい。

「まず、こんな時間に何やってる? もう下校しなきゃいけない時間はとっくに過ぎてるぜ」
「それはお互い様ですわ、あなたこそ、何をしてらっしゃったのかしら」
 相殺・・・。確かに、私がここにいるということは、私自身が犯人ということも可能。私にだって出来る。
 誰にでも可能なことは駄目。こいつにしか出来ない、こいつがやったという証拠が必要なのだ。

 私と薫子、異なる点を突かなければならない。

「ランドセルがないけど、わざわざ戻ってきてまでしたいことがあったのか?」
 私は帰宅せずに残ったため、ランドセルは背負ったままだ。だけど、薫子はランドセルを背負っていなければ、教室内にもそれらしいものは見当たらなかった。

「え・・・、えぇ。ちょっと忘れものですわ・・・」
 薫子の表情が曇る。これは絶好のスキ。なのだが、私は何故か違和感を覚えた。
 しかし、ここで攻めるべきだと踏んだ私は、喋ることをやめない。

「お前の手、汚れてるな」
 薫子の手は、平から甲までカラフルに着色されていた。犯行時に汚れてしまったに違いない。
「絵の具、使ったんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・、ごめんなさい・・・・・・」
 もう逃れられないことを悟ったのか、観念したみたいだった。
 こんなにも簡単に終わってしまい、美結は拍子抜けな様子。

「お前が、やったんだな・・・。今まで、全て・・・・・・」
「全て・・・・・・?」
「はっきりと言えよッ!」
 私は、おどおどとする薫子を見てイラついた。それは今までこんなにも苦しめて、そして騙し始めてきた奴のする顔ではないからだ。
 まるで、なんで自分はこんなにも責められなければならないのか解からないというように。

「はい・・・ッ! やりました、私が全部やりました・・・・・・ッ!!」
「まず・・・、ちゃんとした謝罪をしろよ・・・」
「ごめんなさい・・・」
 少々ぎこちなかったが、薫子は親から教え込まれた上品なお辞儀をした。
「私にじゃない。栞にだよ」
「えっと・・・、なんで栞さんに・・・・・・・・・・・・?」
「は・・・!?」
 それを聞いたとき、私の中の時計は歩くのをやめた・・・。
 ここでさっきの違和感がなんであったかに気付いた。私と薫子の話は、恐らく噛み合ってはいない。それはまるで、噛み合わぬ歯車が延々と回っているのと同じ。いつかはどちらかが耐えられずに席から外れてしまうからいい。でも、私たちの場合はいつまでも回り続ける。勘違いしたまま延々と。それこそ、お互いを削りあいながら規則的に回る。

 何が言いたいかというと、私は勘違いしていたのだ。薫子の行動全てに・・・・・・・・・。

「お前は、ここに何しにきたんだ・・・?」
「私は・・・・・・・・・」
 薫子はある者の席を目指す。それは、栞の席ではない。私の席だった。
「これを仕掛けにきたんですわ・・・」
 私の引き出しに手をかける。思い切り引くと、何かが飛び出した。
 見た感じ、ビックリ箱の類いだろう。飛び出した先端には絵の具でカラフルに着色されたピエロがいて、そこにはなにかがくっ付いていた。私は、そこに書かれていた文字を読み上げる。

「わたくしの、お友達になって下さい・・・・・・。薫子・・・・・・・・・」

「私は、その・・・。直接言うのが苦手なんですわ・・・。だから形で伝えようと思いましたの。でも、美結さんはこういうの嫌いだったんですね。私、美結さんに嫌な思いをさせてしまいましたわ・・・・・・」
 薫子は泣いていた。無数の雫を落とすほどに泣いていた。

「確かに、こういうのは嫌いだ。こんな程度のこと、口で言って欲しかったよ」
 そうは言ったものの、これを見るまでに言われていたら解からなかった。私は今日、薫子の本心に気付いた。だから居えるのかも知れない。
「薫子・・・、私たちはもう友達だ」
「でも・・・・・・」
「だから、今ここでちゃんと口で言って欲しい」
「ぐすっ・・・、はい。解かりましたわ」
 薫子は涙を拭うと向き直った。袖で涙を拭くのは、いつもなら親に叱られてしまうが、今はそんなことは忘れていた。
「美結さん。私のお友達になって下さい」
 もう、さっきまでの頼りない薫子ではない。真剣な眼、それでいて少々幼げな笑顔をしていた。

「もちろんだよ、これから宜しくな!」
 手を差し伸べると、薫子は迷わず手を取り握手を交わした。





 私は、薫子に全てを話した。本心が解かったからか、彼女を絶対に信用できると思えた。
 栞の椅子の汚れには気付いてなかったらしく、教えたら腰を抜かしていた。私が栞の席を見たとき、薫子は目の動きから私の席を見てバレたんだと思ったらしい。

 今思うと、私たちの歯車はかなりずれていたらしい。全てが全て勘違いで出来ていたのだ。
 恐らくは、今までも色々な勘違いがあったのだろう。だが、それはもう過去の話だ。

「今のところ、私に何の情報もありませんわ・・・。でも、明日からは全力で探しますわ!」
「有り難う。捜査は振り出し・・・。だけど、味方が出来たのは大きいよ。ところで、なんで私と友達に?」
 そこは少し気になっていた。薫子なら、私じゃなくても選べる人は沢山いる。

「私には、本当の友達がいないから・・・・・・」
「奈緒と光がいるじゃん」
「奈緒はお父様が原因でくっ付いているだけで、絶対に私に大して友情を感じたりはしていませんわ」
「そんなことないと思うけどな・・・・・・」
 多分私は嘘をついた。今日話しているところを見て、友情を感じている様子ではなかった。でも、それは言えない。

「私は栞さんと美結さんを見て、本当の友情を感じましたわ。図々しいとは思いました。でも、私もそこに入りたかった。本当の友達が欲しかった・・・」
「大丈夫。私は薫子の友達だ。それに、栞だって薫子のことを好いてる。きっと良い関係に成れるよ」
「有り難う・・・、御座いますわ!」

 気付けば夕飯の時間を過ぎていた。帰ったら怒られるに違いない。でも、それをふたりで話していたら楽しくなって笑い話となった。
 私たちはてこずりながらも栞の椅子を綺麗にし、帰路へと入った。

 ギロチンの刃を支えてくれる人は私一人ではなかった。出来ることなら、速度を遅らせるのではなくギロチンなんて見えない所まで走っていけたらいいな。
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