暗闇の雛

純音(すみね)

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秀才と凡人と罪人

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 破壊、粉砕、殺害、自害、そして無視。それらに共通して意味する言葉は死。
 人は人間にいくらでも死を与えられる。でも、それを実行する権利はどこにも無い。

 だからそれは、一般常識的にしてはいけないことに所属するのである。しかし、その決まりを蔑ろにし破ってしまえば自らが罰せられる。
 その罰の重みは相応の場合もあれば、軽い時だってある。相応に罰せられなかった者は、恐らく再び同じことを繰り返すであろう。
 罰が軽いなら、それ以上の快楽を求めるのも当然なのだ。誰だって安い対価で良い物を得たい。その欲望が自分の心にある器から溢れ出した時、狂気の閃きを起こすのだろう。

 禁止されていることも忘れ、ただ目の前にある肉片に噛り付き、全ての味を嘗め回すように味わうと、それを噛み砕き何も残さない。
 証拠が無ければ罰することが出来ないのがこの世界。

 元々、肉なんて無かったと主張すれば、その弁解は受領され罪を問われない。
 観測者なき犯罪は、存在すらしないことになってしまうのだ。

 しかし、その肉が生き物だった場合。そして、その生き物が亡骸に成り果てる前だった場合、観測者が生まれる。
 その観測者が言葉を持っている間だけ、犯人の安全は保障されない。

 私に出来ること、それは犯人のために言葉を失うこと? それとも、犯人を奈落に突き落とすであろう言葉を発言してしまうこと?
 まだ、私には答えが出ない。それにはひとつ、問題があるのだ。

 犯人が奈落に墜落するであろうその時、犯人は私の足を掴み引きずり込む。私も奈落へと墜落し、どんな言い方であろうと、死を意味するものがが与えられる。

 恐怖という指が、私の心臓ごと心を鷲掴みにする。落ちたくない・・・・・・。絶対に、堕ちたくない。
 けれど、きっと逃れられない。観測者はない。それは揺るがない。だけど、目隠しのされた肉は、自分に噛り付く歯形を捜索している。
 見付かるのも時間の問題だろう。なら、いっそ自首してしまったほうがいいのだろうか・・・・・・。

 これは恐らく自業自得。全て私が悪いんだ。でも、死の恐怖は決して振り払えない。そんな複雑で掻き乱れた心は、日に日に傷だらけになっていった・・・・・・。











 教室内で悪魔が鳴いた。不気味に響く低音は、私の身体から汗を噴出させる。涙腺までも刺激され、涙すら溢れてきた。
 足音は・・・・・・、三つ? それは三つ足の悪魔という意味ではない。三人分という意味。

 暗闇で視界が遮られ、悪魔を肉眼で確認することが出来ない。
 既に俺の身体は小刻みに震えだしている。これを武者震いと強がる者もいるが、今の俺にそんな余裕はなかった。
 見えなくても、俺の目の前には三人いる。気配で解かる・・・。その気配はとてつもなく巨大で、その威圧感だけで押しつぶされてしまいそうだった。

 ゆっくりと悪魔が近寄ってくる・・・。来るな! くるなくるな・・・・・・ッ!!
 月明かりが悪魔に当たる。その時、正体を肉眼で確認することができた。

 ・・・・・・・・・こいつは、知ってる・・・・・・。知ってる奴だ・・・・・・。

「はは、ははははは・・・・・・」
 一気に緊張が解け、呼吸が自然に笑い声となった。
 こいつ等なら、何とかできる。しかし、侮っていた。
 小学生如きがまさかここまでやってくるとは・・・・・・・・・。面倒臭い・・・・・・。どうすりゃいいんだ・・・・・・。あぁ、面倒臭ぇ・・・。

「面倒だなぁ・・・・・・。はぁ、面倒だ」
 そう呟くと、こいつ等はビビリ出した。まぁ、所詮小学生のガキか。余裕だな。

 安心しきった俺は、それから余裕を持って言い訳した。この俺がこんな奴等に押し負ける筈が無い。そう思っていた。
 でもそれは、明らかな油断だった。こいつ等、なんで解かる!? チートでも使ってやがるのか!?
 優位に立った少女達は微笑む。それは、さっきまで勘違いしていた悪魔そのもの。
 勘違いじゃなかった。こいつ等は俺にとっての悪魔だ。殺してやりたい・・・・・・。でも、それじゃあもう言い逃れは出来ない・・・。逃げ場のない犯罪は馬鹿のすることだ。俺は馬鹿じゃない! 馬鹿じゃない馬鹿じゃないバカジャナイバカジャナイバカジャナイ・・・・・・・・・・・・。
 ではどうする? 替え玉・・・。生贄・・・。スケープゴート・・・ッ!?
 そうだ、俺には身代わり・・・・・・。同志がいるじゃないか!! ヘッハハハハハァァァアアアア!!!!
 すまないなぁ、同志よ。仲間のために・・・・・・、死んでくれ!!
「俺が犯人だということを、証明してみろよ・・・・・・」
 有り難う同志よ。全てはお前がやったこと。俺はただ、見ていただけ・・・。
 実行犯はお前だろ? だからこれは全てお前の罪だ。俺は何もしていない。じゃあな。地獄で待ってな・・・。くっくっくっく・・・・・・、クッヘッハハハハハハハァァアアアア・・・・・・・ッ!!!!













「ハッ・・・・・・・・・、はぁ、はぁ・・・・・・」
 突然息苦しくなり、眠りから目覚める。疲れは全くとれてはいないのに、もう起床時間になっていた。
 朝だというのに薄暗い。今日は曇り空のようだ。それは更に私の心を暗くした。

 朝食も摂らずに通学路につく。お母さんにはちゃんと食べろと怒鳴られたが、まったく耳には入らない。
 今の私には何をする余裕もない。負の感情だけで手一杯だった。

 学校には行きたくない。行きたくないのに、学校へと足が進む。学校には友達がいる。それだけで、足を動かす意義がある。
 学校には行きたくない。けれど、会いたい友達は学校にいる。その、どちらを取るかは私次第なんだろう。

 校門はすぐに見えてくる。いつものように上履きにかえると、教室に向かう。
 階段を上がってから、私のクラスまではひとつの教室を挟む。いつもは素通りするのだが、気になるワードが耳に入り、私は足を止めた。

「アミちゃんってさ、この学校の七不思議って知ってる?」
「知らなーい。ってかさ、そういうのってちゃんと七つあるの? 足りないのが七つ目とかあったら笑う」
「ちゃんとあるよ!!」
「はは、じゃあ言ってみてよ!」
 そう言われた少女は、指折りしながらひとつずつ語っていく。

「まずはね・・・・・・」
 一本、また一本と指が減っていき、残りはふたつとなった。そのどれも聞いた事が無い。元々私はこんな話には興味が無い。そう思うと、なんだか馬鹿らしくなってきて、教室へ向かおうとした。

「6つ目はね、この学校には別世界に繋がる扉があるんだって!」
 確か、それは聞いたことがある。ある日アリスに熱心に語られた。もうひとつあったな・・・・・・。そうだ、誰もいない学校に人影が・・・・・・、ってやつか。

「七つ目はね、思考を洗脳して錯覚を生み出す怪物がカウンセラー室にいるらしいよぉ!!」
 あれ・・・・・・? 違う。私の聞いた怪談じゃない・・・。
 アリスが間違えた? いや、オカルトマニアのアリスが怪談を間違えるはずがない・・・。

 八つ目の怪談があれば、自らの学校には八つ目があるんだよ、とアリスは喜んで自慢してくるはずだ。なら、この謎の怪談はなに・・・?
 ・・・・・・・・・・・・、もしかしてこれって、村上のこと・・・・・・?
 無人の学校で徘徊する者。しかもそれは怪談ではなく、アリスの作り話・・・。
 そうか・・・・・・、そういうことか・・・・・・。





 ガラガラッと耳障りな音を発てて、教室の扉が開かれた。その開き方は力強く、私は覚悟を決めなければならなかった。
 複数の足音がバタバタと聞こえる。きっと三人。私は彼女たちの顔を見なくても、誰なのかを正確に答えられる自身があった。

「アリス・・・・・・」
「はい・・・・・・・・・」
 私は俯いたまま返事をする。声を聞かなくても解かったが、その声が耳に入るとより一層緊張が走った。

「・・・・・・、なんで、なんで言ってくれなかった・・・・・・?」
「・・・、それは・・・・・・」
「言い逃れをする気は、無いようですわね・・・・・・」
「しないよ、だってもう逃げる気すらないから」
「逃げる気があったら、あんな嘘つかないしな・・・」
「・・・・・・、気付いたんだ。流石、衣宮さん」
 私が言ったのは嘘とも解からない様な嘘だった。それを口にしたのは、衣宮さんならきっと辿り着くと思ったからだ。
 案の定こうして辿り着いてくれた。自首はしたくないけど、私はもう、こんなことやめたかった。運命を託した人が衣宮さんでよかった・・・。

 私はもう死ぬんだろう・・・。学校では無視されて、何れは登校すらしなくなり存在価値を消される。それは学校からの死。それから本当に自害するかは解からないけど、少なくとも一回は死ぬんだろう。

「私は許すよ。きっと坂本さんにも何か理由があったんだよね」
「・・・・・・・・・・・・・・・!?」
「三人で話し合った。アリスは協力的だったし、何か理由があるんじゃないかってね」
「だから、全て話していただければ、私たちはあなたを許しますわ」
「あんな酷いことしたんだよ・・・ッ!? なのに、なんで・・・・・・ッ?」
「私は栞に負けた」
「私は薫子ちゃんに負けた!」
「私は美結さんに負けましたわ!」
 違うんだ。彼女達は、私が思っているような軽い友情で作られていないんだ。彼女等にこそ、絆という言葉が相応しいと思った。

 私の冷め切った心を、3つの太陽が照らしている。その輝く色はそれぞれ異なっている。
 衣宮さんの色は青。冷めている様に見えて、実は一番熱い炎。
 斉藤さんの色はオレンジ。一目見るだけで、その色から安心を与えられる。
 龍ヶ崎さんの色は黄色。元気にはしゃいで見せるその日は、あらゆる部分を照らしてくれる。

 それらの光に照らされながら、私は涙した。こんな根しかない自分を、彼女達は照らし、芽吹かせてくれようとしている。
 私が顔を出せば、彼女達はもっと温かな日で迎えてくれるのだ。私が芽吹いて見せれば・・・・・・・・・。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「大丈夫だよ。あなたも、きっと助ける!」
「あいつとは一度やりあいましたわ。あなたの情報さえあればぶち込むのは容易ですわ!!」
「・・・・・・・・・、いいの? こんな汚い私が・・・・・・、助かっても・・・・・・、いいの?」
「当たり前だ。だってアリスは、私たちの仲間だ」
 そこで私は号泣した。すると三人が駆け寄ってくれる。
 斉藤さんは私の頭を撫でてくれた。龍ヶ崎さんは背中を摩ってくれた。衣宮さんは大丈夫だよと囁いてくれた。

 それら全てが、私の体内に眠る穢れた涙を溢れさせた。
 この涙が尽きた頃、私は穢れのない気持ちで彼女達と向かい合えるだろう。私の中にいる悪意、犯罪者の首をはねることが出来るのは、私しかいないのだから・・・・・・。
 私はアリス、だけど首をはねられるのは私じゃない・・・・・・ッ!! そして私は、自らの手で心の鎖を砕く。鎖に繋がれるのはギロチンの刃。だが、固定されているのは悪の根源、村上だ。

 そして残酷な刃は、呆気なく地上に辿り着く。何かを裂いた気がしたが、もうそんなのどうでも良い。私の道は決まった。
 矢印だらけの道を行こう。その標識はきっと私に光を与えてくれるから・・・・・・・・・。





「私はあの日、何もしなかった・・・・・・」
「あの日って、机破壊の日か?」
「うん、あの日から突然、村上は自分の手を汚すようになったの」
「ということは、それ以前は・・・・・・」
「それ以前の出来事は、全て私の仕業。斉藤さんが呼び出されている時などを狙ってやったんだ・・・・・・」
 それは簡単すぎてあくびが出るような作業だったが、罪悪感だけは私の心を取り巻いた・・・・・・。

「確かに初めこそ難しいけど、一回やっちゃえばそのことで呼び出され始めるから、きっと簡単に出来るね・・・・・・」
「私が歩き回ってたのは逆効果だったわけか・・・・・・」
「言っちゃ悪いけど、その行動は助かったよ。あの時、衣宮さん以外に斉藤さんを気にする人なんかいなかったから・・・・・・」
 それからも私は村上に命令され続けた・・・。ひとつひとつは小さなことでも、積もればその辛さは大きい。斉藤さんを傷付けながら、私の罪悪感は肥大していった・・・。

 そしてある日、衣宮さんが怒鳴った。あの目は本気だった・・・。今まで、本当の絆というものを知らなかった私は、酷く驚いたものだ。
 なんで他人のことにこんなにも熱くなるのだろうか、って。友達といえど、所詮は他人。その程度のモノなんじゃないのか? って・・・・・・。
 その時、罪悪感に押しつぶされそうになっていた私は、衣宮さんに賭けてみようと思った。過ちを犯した私を、導いてくれるかもしれないと・・・・・・。


 ・・・・・・・・・。
「お前、なんで衣宮といるんだ? もしかして協力しようとか思ってないよなぁ?」
「思ってないです・・・・・・」
「本当かぁ? 俺等は同志だろぉぉおお!? 裏切りなんてねぇよなぁ?」
「そんなこと、しません・・・・・・。明日の、朝衣宮さんと張り込みすることになりました・・・・・・。だから、大きなことはしない方がいいと思います・・・・・・」
「ほぉお! スパイしてんのか? 面白ぇな、わぁったわぁった! 明日はなんもしねぇよ」

 私はこういうしかなかった・・・・・・。
 そう言うことで、自衛するしかなかったのだ・・・。衣宮さんには悪いけど、所詮は他人だもんね・・・・・・。




「今思えば本当に馬鹿らしかったね・・・・・・。ごめん、信じられなくて」
「そりゃ話し始めて次の日に心から信じあえるなんて稀だし、そこは何も言わないよ」
「私たちは信じあえましたわよ?」
「お前は余計なこと言うな・・・・・・」
「あぅ・・・・・・」
「くすくす、羨ましいなぁ・・・」
 重たい話をしているはずなのに、彼女達と話しているとその重圧を感じなかった。だからかもしれない、自分の恥や過ちをすらすらと言う事が出来た。

 それからは私と村上がランダムで犯行に応じた。
 そうしている内に、伊藤さんが暴動を起こした・・・。

 犯行は一旦そこでストップ。私も村上に会わなくてよくなり、少し安堵した。
 村上は悩んでいた。どうしてもイジメを外に漏らしたくなかったのだろう。他のイジメからでも、何れ村上のしていたことに辿り着く。それは最も阻止しなければならないこと。

 龍ヶ崎さんが狙われるのは、うちのクラスでは最も危険。龍ヶ崎さんのプライドが低ければ、もっと早くに村上は終わっていた・・・。
 そんなことがもし親にバレたら、以前の行為なんてなくても村上は堕ちる。

 そこで村上が考えたのは、伊藤さんをイジメること。伊藤さんは最初、そんなことではやめないと決め込んでいたらしいが、継続という辛さを知らなかった・・・・・・。イジメというのは一発で決められるより、継続されたほうが辛いのだ。死を与えられるより、死を待つ時間のほうが怖いのと同じ・・・・・・。
 そして村上の思惑は成功したのだ。龍ヶ崎さんへのイジメを止め、噂も漏らさなかった。
 悪意の天才が勝った・・・。しかし、それから何故か油断するようになった。いや、油断ではない・・・。多分、飢えていたのだろう。村上はしなければならないことが嫌いらしく、伊藤さんを好き放題イジメながらも、快感を得ることが出来なかった。

 恐らく、昨日失敗したのはそれが原因。
 愚かだと罵りたくもなるが、人のことは言えない・・・・・・。

「薫子を救うために、奈緒をイジメてたってことか・・・・・・」
「うん、これが私の知っている真実」
「なんか複雑ですわ・・・・・・」
「奈緒ちゃんはいけないことをした、村上先生もいけないことをした。でも、奈緒ちゃんはちゃんと反省してるもん!」
「村上・・・あいつは昨日、反省している様子がなかったからな・・・」

 ・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・。
「私は、本当に馬鹿だった・・・・・・。どんなに勉強が出来たって、こういうことに頭が回らないなんて、人として欠落してるよ・・・・・・」
「いえ、そこに気付けたのですから、あなたの心は修復され始めてるんですわ」
「そうだな、そこを私たちで埋めてあげよう」
「もう大丈夫だよ。これからは私たちが一緒!」
 三人が口々に励ましてくれる・・・。闇に支配された私の心が照らされる。その反面、不純な動機を持った私に殺意が湧いた・・・・・・。

 私の動機は、本当にどうでもいいこと・・・。しかし、昔の自分にとって、それは命といえるべきものだった・・・・・・。





 私は幼稚園のころから頭がよく、周りからは期待の視線を浴びて育った。
 頭が良いとは、賢いという訳ではなく、ただ単に勉強が出来ただけ・・・。大人たちは、それだけで私に期待し、それだけで褒めてくれる。以前は期待という意味が解からなかったので、ただ褒められることに喜びを感じ、ひたすら勉強を頑張った。

 だが、成長していくうちにプレッシャーというものを抱えるようになる。

 それは時間と共に肥大し、私が支えられる限界をも超えようとしてくる。それに押しつぶされた時、遂に成績はみんなの期待に添えなくなった。その学期の成績表はごく普通の平均値。だが、今までと比べるとかなり落ち込んでいた。
 その後の長期休みは悩んだ・・・。いや、ただ落ち込んでいただけだったかもしれない。何か打開策はないかと寝ずに考えたこともあったが、結局なんにも思いつかなかった。

 新学期になり、私は行きたくも無い学校へと行かされる。見送る親の目は、まだ期待で輝いていた・・・。
 もう、その視線すら痛い・・・。何もかもが鋭利に感じ、触れられなくても激痛を伴う・・・。まさに魂の痛風だった・・・。

 小テストを繰り返しても相変わらず平均値。その時は平均点をギリギリ越えていたが、次はもう解からない。
 通常手段では無理・・・。諦めかけていた私は、それから間も無く反則手を使うことになる。あるきっかけによって・・・・・・。

 ある日、落ち込んだ私は、家に帰るのを拒んだ・・・。だからといって特に行くあても見つからず、学校に居座っていた。
 メルヘンチックなことが好きな私は、別世界に繋がるといわれる扉を探すことにした。この世界から逃げ出したい。その思いから、身体は軽やかに学校内を舞った。
 その扉がどこかにあると信じて探索した・・・、諦めてしまえば、存在していたとしても目には映らない。信じる心を揺るがせずに必死に走り回った。

 見付かる筈はない。扉は物体として存在するわけではなかった・・・。今の私になら解かるが、その時の私は扉が扉として存在すると信じていたため、外が暗闇に飲まれるまで探し回った。
 いや・・・、一応別世界に繋がる扉を見付ける事には成功した。ただ、その扉が漆黒に塗りつぶされた堕落の世界だっただけ・・・・・・。

「くっそが・・・・・・、校長の野郎ッ!! 龍ヶ崎薫子ぉ!? ナメてんのか、なんで俺がガキに気ぃつかわなきゃいけねぇんだよ!!!」
 いつの間にか自分の教室に戻ってきていた私は、中から聞こえる怒鳴り声に驚いた。
 この声は・・・、村上先生・・・?
「クソが、クソが!! あぁイライラする・・・・・・。教師なんて生徒を見下せりゃそれでいいんだよ、みんな俺の悦楽の糧なんだからな」
 ・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!
 扉の窓から覗いていた私と、先生の目が合う。先生はすかさず襲うように近付いてきた。

「おぅおぅ、坂本ぉぉ!! 駄目じゃないか、こんな時間まで残ってちゃ。なんだ、忘れ物か?」
「あ、いえ・・・・・・。その・・・・・・」
「お前・・・・・・、聞いてたよなぁ?」
「はい・・・・・・」
 嘘なんかつけない・・・。体を震わせながら村上の問いに全て正直に答える・・・。
「坂本はよぉ、告げ口とか好きかぁ?」
「あんまり、好きじゃありません・・・・・・」
「じゃあよぉ、なんかして欲しいことあるかぁ? 俺もチクられちゃ危ういからよぉ、ご褒美やるから黙っとけって訳よ」
 して欲しいこと・・・? そんなの、私の頭を良くして欲しい!! でもそんなの無理・・・。こいつには出来ない。
 ・・・? こいつは教師なんだから、成績くらいは・・・イジレルンジャナイノカ・・・・・・?
「成績を・・・、上げて欲しいです」
「成績? そういや最近、お前の点数下がってきてんなぁ。ほぉ、そんなことならお安い御用だぜぇ?」
「本当ですか!?」
「坂本ぉ、お前も俺と同じみたいだなぁ! くっひっひ」
 同じって・・・?
 私は理解出来ていないことをアピールするように首を傾げた。すると笑いながら村上がそれに答える。

「他人の上位に立ってなきゃ不安なんだろ?」
「・・・・・・・・・、そう・・・、ですね・・・・・・」
 期待に応えなければ周りの対応が変わるかもしれない恐怖・・・。今いる友人も、どうせ私の成績が良かったから付き合ってくれている上辺だけの関係。条件が崩れれば私なんて用無しのただの少女。ごく一般的な、どこにでもいる少女なのだ・・・・・・。

 成績なんてなくなれば、私はただの要らない子・・・。それなら、これも私にとって良い事なのかも知れない・・・。
「お願いします・・・、成績を上げてください!!」
「お前は俺の同志だな。宜しくな、同志さんよぉ!!」
「はい、よろしくお願いします」
 この時は、まだ村上の悪意の強さに気付くことは出来なかった・・・・・・。
 だが、それからは平均点しか取っていないはずなのに、私はクラスのトップへと舞い戻った。
 間違っている答えの部分も丸になっており、パッと見では解からない。すぐにテスト用紙を隠してしまえば誰にもばれないし、親はテストを小まめに見るのではなく、成績表で判断する人だったためそれは助かった。

 それからは、現在の立場を楽しんだ。村上先生のことを口外しないだけで、これほどまでに悦楽と安心を感じられるなんて軽い仕事だった。
 その簡易なやり方を選んだせいで、私の心は黒く染まっていった。穢れなんて誤魔化すほどに闇。

 これが私の大罪・・・。自分の人生さえも偽り、他人の人生を踏みにじった。こんな私を、あなたは許せるというの・・・?
 無理よ、私なら毛嫌いし、仕返しする。恨みは始まりより終わりの方が強い。仕返しされる方は二倍の苦しみを味わうことになる・・・。
 それは当然だ、何もしていないのに、突然仕掛けようと思ったことにより二倍補正がかかる。罪もない者に手を下すのは悪意。罪あるものに手を下すのは裁き。

 私は二倍の苦しみを味わう覚悟をしなければならない・・・。いや、三人も巻き込んだんだから6倍か・・・・・・。
 さっきは許すと言ってくれたけれど、この話を聞いたら、絶対に変わるはずだ・・・。こんな自分勝手で、人を信じようともしない奴を許そうとなんて思わない・・・。
 そうでしょ? 衣宮さん。

「成績のために・・・、ここまでしたんですの・・・?」
「大切なものは人それぞれにある。私たちは友達だけど、アリスは勉強だっただけのことだ」
「うん、大切なもののためなら、私だってそうしちゃうかも・・・・・・」
「駄目・・・。私の罪は重いんだよ。許してもらう資格なんて・・・、ない」

「資格は私たちがやる!」
「まぁ、全てはあいつを伸してしまえばいいことですわ!!」
「え・・・・・・?」
「だってそうでしょう? あなたの悪意を生み出したのは村上ですわ! だから、あいつを倒してしまえばあなたの罪は消えるという訳ですわ!」「あはは、単純だけど薫子ちゃんらしい考え方だね!」
 何で、笑っているの? 何で、笑顔になれるの? 何で、こんな私を慰めてくれるの? 何で、なんでなんで・・・・・・・・・。

「何でよ!! 何で私に優しくするのよ!! 自分勝手で我が儘で、ズルできそうならすぐに飛びついて・・・。ただの馬鹿じゃない!!」
「私たちは、ただのお人よしなのかもしれない・・・。奈緒とは争ったけど、結局和解した。人は一度敵対関係になっても、信じあえる仲間になれるものなんだよ」
「刃同士がぶつかり合えば、お互いが解かるってことですわね!」
「人は憎しみ合うために生まれるんじゃない。きっと信じあうために生まれるんだよ!! 信じあっていた方が、ずっと楽しいもん!」
「アリスが奈落に落ちたときは、私たちが蜘蛛の糸を垂らしてやる。一緒に戦おう」

「有り難う・・・、私はもう絆を疑わない・・・。本当の絆を信じるよ・・・ッ!!」
 何かを信じたことなんてなかった私を、ここまで動かす絆・・・。この三人を信じよう。全てが終わったら謝罪して、出来る限りお返しをしよう。
 私如きが出来ることなんて限られているけど、彼女達はちゃんと気持ちを受け取ってくれるはず・・・。














 黒い空の下。学校にいる生徒はきっと私たちだけだろう・・・。生徒だけではない、教師だってたったひとり。教師と呼べない男が、この建物には潜んでいる。
 奴も同じく、反撃の手を練っているのか、今日だけは職員室で静かにしていた。
 廊下に備えられた時計の足音だけが響く。その音が重ねられるにつれて、奴を含む5人の緊張感は高まっていった・・・・・・。

「よぉ、やっぱりきたなぁ! あんだけで諦めるとは思ってなかったぜぇ!」
「当たり前だ、私等はお前より頭がいいからな。逃げる必要なんてない」
「チッ・・・。粋がりやがって・・・・・・」
 滑車が付けられた椅子に堂々と座っていた村上は、そのまま偉そうに深呼吸した。
 どうしても上位に立っていることを自分に言い聞かせなければ落ち着かないらしい。

「で、なんか用か? ただ挑発しに来ただけかぁ?」
「ハッ・・・・・・。そんなことのためにあんたに会いになんてこねぇよ! 気持ち悪い」
 そこで隠れていた法子が前に出る。その姿を見た瞬間、村上の態度は明らかに変わった。

「・・・・・・、告げ口は嫌いなんじゃなかったのかぁ・・・?」
「私は何も言っていません。衣宮さん達が自分で辿り着いたんです・・・・・・」
「はぁ・・・・・・、あぁぁ・・・・・・・・・!?」
 素で驚いているように見える。私はこんな村上の姿を見たことがなかったから、本気で焦っていることが一目で解かった。

「もう、終わりですね・・・・・・」
「な・・・、なにが終わりなんだぁ・・・・・・?」
 強がっているが、その虚勢には隠せないほど恐怖しているらしい。声も震え、汗が吹き出ているのが遠くてもわかる・・・。
 まるで自分を見ているようで、少し同情した・・・・・・。

「私は全てを語りました。私たちはもう終わりです」
「なん・・・、だと・・・ッ!? 全てって・・・・・・、て・・・、てめぇ!!」
「はい・・・、私の罪も、あなたの罪も・・・・・・」
 村上はもう虚勢を張ることすらしない。堂々と座っていた椅子は、カタカタと動きなんとも情けない様子だ。
 それに比べ仲間が見守っていてくれる私のほうは余裕があった。覚悟は決めているし、仲間が助けてくれる可能性を残している。だが、村上は何がどう転んでももう終わり。一本の道しか用意されてはいない・・・。

「まぁ終わりだよなぁ・・・」
「はい・・・・・・」
「終わりだよなぁ・・・、これが外部に漏れれば・・・」
「・・・・・・・・・?」
「くっへへっへへ!!!」
 椅子は勢いよく倒れ、気付けば村上はこちらへ襲い掛かろうとしてきていた。
 え・・・・・・ッ!?
「そりゃ漏れりゃバレチマウガヨォ!! 漏らさなきゃいいんだろぉ?」
「きたねぇぞ!!」
「元々綺麗じゃねぇんだよ!! ガキ如きが粋がりやがって」

 その時、突然扉が吹っ飛んだ。
「ガキ共はここかぁ?」
 真紅に輝く瞳を持つ男。しっかりと決め込んだスーツを着ており、村上より遥かに威厳があった。
 その豪快な登場に、一同は驚きでしばらくそのままの体制で時間停止していた。

「なんだよ、来てやったのに礼のひとつもねぇのかよ。これだからガキャ・・・・・・」
「あ・・・・・・、ちょっと!! 遅いよ!!」
「はぁ!? 来てやったのにそりゃねぇだろ! あと年上にはちゃんと敬語使え」
 突然と登場したこの男。実は私たちは知っている。
 ここに来る前に、来て欲しいと頼んでおいた刑事さんだった。それに気付いた時、私たちは安堵した。

「お前は・・・、誰なんだ!?」
 遂に襲い掛かる格好のまま停止していた村上が動き出す。彼にとっては誰だか解かったとしても、不安は拭えないだろう。
「あ? 俺か? まぁ名乗るほどのモンじゃねぇよ! ほれ」
 そう言いながら村上にカシャリと手錠をかける。

「・・・・・・・・・・・・、は・・・・・・!? なんだこれ!?」
「あ? 手錠だ、見てわかんねぇのか? 眼鏡かけろよ」
「そうじゃなくて、なんで俺が繋がれなきゃなんないんだ!?」
「どう見ても幼女襲ってただろ、これだから変態教師ャ・・・・・・」
 なんか思ったより展開が早い・・・。

「とりあえず外してくれよ!! 話せば解かるから!!」
「おう! 話は署で聞くから大丈夫だ!」
「そうじゃなくて・・・・・・」
 村上は引かれ、そのまま連れて行かれる。

「あの!!」
「あ? どうした男子少女」
「変な呼び方するな!! ・・・・・・・・・、有り難うございました・・・・・・」
 刑事さんが出て行く間際、衣宮さんが頭を下げる。それに続き、私たちも同じようにした。

「行っちゃったね・・・。私たちはこれで、呪縛から解放されたのかな?」
「あぁ、もう自由だよ」
 行ってしまったと思っていた刑事さんが、壊れた入り口からひょこっと顔を覗かせた。

「あぁ、そうだ。ガキ共、ちゃんと後日礼しにこいよ?」
「行ったんじゃなかったのかよ!! 解かったよ」
「おう! あと年上にはちゃんと敬語使えよ」
 それだけ言うと、今度は本当に行ってしまった。

「少しハラハラしたけど、ベストタイミングだったね・・・。もしかして出るタイミング計ってたのかな・・・・・・」
「ああいうタイプはやりそうですわね」
「薫子もやりそうなタイプだよな」
「う・・・・・・!! 美結さーん!!」
「くすくす、本当に三人は面白いね」
 あんなことがあったというのに、彼女達はもう笑顔になっていた。それに釣られて笑うことが出来たが、ひとりではこの笑顔を取り戻すのは不可能だっただろう・・・。

「有り難う、私はもう死ななくてもいいのかな・・・・・・?」
「当たり前だろ、私たちが一緒にいる限り、アリスを死なせたりしないさ!」
「そうですわ! なんか少しキャラが被ってたりもしますが、気にしないでおいてあげますわ!!」
「一緒に楽しい学校生活送ろうね!」
 そう言って彼女達は手を差し出してくれた。私はその手を全て握ると、涙しながら感謝した・・・・・・。



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