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五章
愛らしさの裏側で
しおりを挟む「ごめんね、また戻ってくるから」
そう言い残して彼がこの部屋を出て行ってから、もう一時間は経った。
いまだに戻ってくる気配はない。
引き留めた自分の手からあっけなくすり抜けて行ったシャツの感触がまだ指先に残っている。
無意味にその手を握っては開いて、そうしているうちに段々と苛立ちが込み上げてきて、気付けばベッドの上にあったクッションをズタズタに引き裂いていた。
人間が敬うべき天使であり、あんなにも帰りを待っていた「ノワ」であるこの自分を蔑ろにするなんて、到底許せることではない。
信じ込ませて、懐に入り込むところまでは簡単だった。
そうだ、そこまでは完璧だった。なのに。
計画が思うように進まない原因は一つだけ。
エリオットの信頼が、自分以外にも向いているせい。
あの目障りな使用人のせいだった。
「…あーあ、やっぱり邪魔だな」
邪魔なモノには消えてもらおう。
そうすれば今度こそ、エリオットの唯一はシエルになる。
その時がチャンスだ。
きっと上手くいく。
近いうちに手に入れる素晴らしい未来を想像すれば、気分は途端に良くなった。
左手を雑に振って、さっき引き裂いたクッションを綺麗な状態に戻しておく。
あの人間が帰って来たらさみしかったとでも言って泣けばいい。簡単な男だからしばらくはよりいっそう気を遣ってシエルに構ってくれるだろう。
(ああ、考えるだけで笑える)
何も知らない者が見れば愛らしいとしか思わない笑顔を浮かべて、シエルは再びベッドに身体を沈めた。
今ならいい夢が見られそうだ。
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