転生令嬢エヴァの婚約破棄から始まる愛と妄想の日々

キョクトウシラニチ

文字の大きさ
25 / 37
4章 白豚腐女子×軟派騎士=?

4-2

しおりを挟む
「お嬢様。今夜、旦那様がゼスト様をお連れになって晩餐なさるようです。準備をするようにと仰せつかっております」

 ナンシーとのガールズトーク茶会から帰り、公爵家のお茶会で出されたお菓子の再現レシピをコックのドンさんと作っていたエヴァは執事のコメットから伝言を預かった。

 また来るのか…あの人苦手なんだけど…
 と思っているけど、エヴァは使用人の前でニコリと笑い「分かったわ」と返事しておく。

 今回は一体何をしてくるのか、エスコートと言いながら腰を引き寄せてきたり、腕をサワサワと触ってきたり、キスしそうなぐらい近づいてきたりと、散々な事をされていて、エヴァはそのたびに胸がうるさく騒ついてしまう、そんな自分も嫌だった。
 最初こそ恐怖があったものの、何度も繰り返されて、その度に従者や侍女に止められることで、エヴァも少しずつ心に余裕ができてきた。
 彼も騎士だし、名のある貴族の令息なのだから、いくら私が格下の貴族令嬢だからといって下手な事は出来ないのだろう。


「お嬢様、ご入浴はいかがなさいましょう?」
 部屋に戻ると侍女のラウラがエヴァに問うてきた。
「そうね…先に済まします。ラウラ、支度してもらえる?」

「畏まりました。ご用意できましたら、お声がけいたしますね」

「ありがとう」

 エヴァはこの家が大好きだった。
 父は騎士団に所属しているけど、今は戦争をしているわけでもないので家にもよく帰ってきて小さい頃はエヴァの相手をしてくれていたし、今も仲が良い。お母様は亡くなっているけど、屋敷の使用人は暖かくエヴァを見守ってくれて(前世の記憶も手伝って)彼女はこの家でスクスクと育った。特に侍女のラウラはエヴァを大事にしてくれているので、姉の様に頼っている。
 一人娘で、トーン子爵には小さいながらも領地があるので、子爵領の未来のため婿を取らねばならないが、親戚がいるので無理に婿を取らなくても大丈夫。
 けれども、お父様としては所謂「女の幸せ」を経験する事で娘が幸せになれると思っているらしく、2年前に婚約者をと紹介されたのが伯爵の次男のマイク・エカルノだった。
 彼と順調に婚約関係を続けていると思っていたのはエヴァだけだったらしく、ある日一緒に出席したパーティの最中、いきなり婚約破棄を告げられたのだ。
 マイクはもっと自分を見て欲しかったと言っていた。
 これにはエヴァ自身反省するところが多過ぎて頭が痛かった。
 齢18歳の子爵令嬢だが、日本の腐女子を拗らせた35歳の喪女事務員が人格にへばり付いているので、エヴァに転生してからもインドアな作詩、読書や製菓が趣味になってしまった。(本当の趣味は腐った妄想ですが)
 つまり、異性との恋愛関係などどう育てていくのかもわからなかったのだ。男同士が睦み合う妄想は良くしているけども。
 この国の貴族の令嬢がするのは、頻繁な手紙のやり取り、相手の好きなモチーフを刺繍した贈り物、デート中の小さな好意表現。残念ながら、エヴァはそういったものは殆どしなかった。
 侍女のラウラや他の使用人に促された時だけ、手紙を送った事はあったが、それも簡素なものだったと思う。
 エヴァの中で『貴族の結婚は親が婚約者を見繕い。次は初夜から始まる』と思い込んでいたせいもある。
 マイクにしたら、周りの同世代の婚約者持ちはみんなイチャイチャしているように見えただろうし、エヴァがマイクを全く好いていない様に感じていただろう。
 マイクは好印象ではあった。
 だけど、知らない人で、たまにパーティで側にいる人。将来結婚する。それだけがエヴァがマイクに抱いていた気持ちだった。
 きっとマイクはエヴァを憎く思っていただろう。そっけない態度を取られている上に、パーティに同行すれば見た目の良い男性を見てニヤついていたのだから。(BL妄想で)

 あの婚約破棄騒動は道理と言えなくもない。

 手酷く振られたエヴァも反省した。
 もし、次の機会があれば、次こそは誠心誠意相手を愛す努力をしよう。と。
 だが、次現れたのは軟派騎士「レディキラー」こと、ゼスト・キュベール伯爵令息だった。
 お前じゃない。
 私が愛そうと思うのはお前じゃない。

 武士の情けで父がゼスト様に我が家での滞在を許し、ゼスト様に迫られても、中学の同級生の「とりあえずデカい乳だけもんどけよ!」というセリフを思い出して、心が氷点下に落ちてゆく。

 そんなこんなでゼスト様に迫まられた一ヶ月はただの苦行だった。
 新しい妄想(カップリング)、「ゼスト様×父」「ジュノ×ゼスト様」「コメット×ゼスト様」「コックのドンさん×ゼスト様」「レナウド家令×ゼスト様」「馬×ゼスト様」「ジョージ王太子×ゼスト様」が生まれてしまった程だ。…楽しんでないわよ。

 もう少し見目が派手じゃない殿方なら、きっとエヴァも絆されただろう。
 だけど件の騎士は緩くウェーブがかかった艶めいた黒い髪に、煌めくアイスブルーの瞳を持つ、体格にまで恵まれた美丈夫だ。
 もし、日本で生きていて、海外スターのゼスト様に出会っていたら、追っかけになっていただろう。おそらく禁忌であるナマモノ系の薄い本も何冊か出していたろう。
 そのぐらいの美貌だ。エヴァが逃げ腰になるのは仕方がないではないか。
 はっきりした態度と言葉で「困ります」と伝えているのに、彼はなかなか執念深かった。
 いっそ、「乳を一揉みして、去れ!」と言ってやりたい。

 そんな事を考えながらも、手際の良い侍女のラウラによって、入浴の手伝いから晩餐の為の装い、薄化粧と髪結いまでが施されてゆく。ああ、こんな時はラウラの手際の良さが憎らしい。

 今日はどんな苦行になるかしらね。
 と、思っていたが、更に重い試練は実の父から告げられることになった。


「へぁっ婚約?」
 素っ頓狂な声が出たエヴァは思わず口元を隠す。
 晩餐に呼ばれて、メインが出てきた頃合いで父であるセオドア・トーン子爵が切り出してきた。私の対面にはゼスト様が座っている。チラリとこちらにウィンクを送っている。うへぁ…
「ああ、どうだ?エヴァ?彼もエヴァを好いてくれているぞ、申込を受けないか?」
 そ、それを、本人達の前で言うの?お父様…図太いというか、何も考えてないと言うか、人の気持ちに疎いというか…
 エヴァは社交的な笑顔を保ちながらも、「少し…考えさせてくださいませ」と直接返事することを拒む。

「ええ。色良い返事をお待ちしております。もし良ければ今度二人でお出かけ致しませんか?」
 ゼスト様はエヴァや使用人の前では見せない貴族然とした口調でさらにエヴァを追い詰めてくる。今日のその言動は騎士というより貴公子だ。
「いいぞ、行ってこい!婚約の前に少し相手を知るのも大事だからなっ。ははは!」
 豪快に大きな口を開けて笑う父にステーキナイフを投げたくなる。

「はぁ…」
 そしてついに父を味方につけたゼスト様によって、とんとん拍子にデートの予定までその場で決められてしまったのだった。
 嘘でしょ…

 エヴァは外堀を埋められたショックで、晩餐を退席する旨を小さく父だけに告げる。ゼスト様にエスコートと言われて部屋までついて来られたら困るからだ。
 退出間際に恨みがましく男二人を睨むと、ゼスト様は丁度エヴァが焼いたと紹介された焼き菓子をフォークで摘み、上にあげてその形の可愛らしさを堪能していた。
 彼のために焼いた訳ではない。今日ナンシー様の家で出してもらった焼き菓子が美味しかったから、マネして作ってみただけで、コックのドンさんにこれを晩餐で出してもいいですかと聞かれたので良いと言っていただけだ。毎日作っているわけでもないし、お菓子作りは妄想小説を作るよりずっと回数は少ない趣味の一つだ。
 たまたま作ったエヴァの手作りの焼き菓子を晩餐に出されたゼスト様は関心した顔をしていた。エヴァはもう退席しようと席を立つ。
 彼がその形を楽しんだ後、一口で全部口に入れて、頬張って美味しそうに食べる姿に、エヴァは少し目を奪われた。彼がエヴァに誉め言葉を言おうと対面に顔を向けるのが見えたので、そっとエヴァは逃げた。

 食堂室のドアが閉まると、侍女のラウラが心配そうに私の近くにやってきた。

「お嬢様、大丈夫でございますか?」
 視力が著しく悪い侍女のラウラは分厚い眼鏡をしているけど、実はものすごい可愛い顔をしているのだ。美少女顔といえばいいだろうか。さらに小さな体をしているけど、エヴァにとっては姉に近いラウラが心配そうに側に寄ってくる。
「ええ、大丈夫。でも…でもお父様ったら、今度ゼスト様とデートに行くことに了承してしまって……はぁぁぁ」
 エヴァは大きなため息をついた。
「不埒な事をされないように、私が御供します!」
「ありがとう」
「ええ、で、どちらに行かれるのでしょうか?」

「それが…歌劇なのよ…」
「劇場ですか…」
 エヴァは劇場の少し暗い雰囲気と密室のボックスシートを想像して、ブルリと震えた。
「お嬢様、私が絶対同行しますので、安心なさいませっ」
 ラウラは鼻を膨らまして、力強く言い放った。
 その様子が可愛らしくて、エヴァはクスリと笑った。
「ありがとうラウラ。頼りにしてるわね」

 ラウラは就寝の準備をして、エヴァの部屋から出て行った。
 ベッドに寝ころんだエヴァは歌劇場の事を考えた後、前世のBL漫画で、映画館で男子学生が男の痴漢にまさぐられているところを思い出して新しい妄想に使えると考えていた。
 貴族令息と役者見習いの道ならぬ恋も良いわね……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虐げられた出戻り姫は、こじらせ騎士の執愛に甘く捕らわれる

無憂
恋愛
旧題:水面に映る月影は――出戻り姫と銀の騎士 和平のために、隣国の大公に嫁いでいた末姫が、未亡人になって帰国した。わずか十二歳の妹を四十も年上の大公に嫁がせ、国のために犠牲を強いたことに自責の念を抱く王太子は、今度こそ幸福な結婚をと、信頼する側近の騎士に降嫁させようと考える。だが、騎士にはすでに生涯を誓った相手がいた。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

初夜った後で「申し訳ないが愛せない」だなんてそんな話があるかいな。

ぱっつんぱつお
恋愛
辺境の漁師町で育った伯爵令嬢。 大海原と同じく性格荒めのエマは誰もが羨む(らしい)次期侯爵であるジョセフと結婚した。 だが彼には婚約する前から恋人が居て……?

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

処理中です...