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4章 白豚腐女子×軟派騎士=?
4-3
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ゼスト様から婚約打診された日から10日後、第三騎士団のお休みの日に彼がキュベール伯爵家の馬車で迎えに来た。
午後から出発し、王都で観劇して、夕食後帰宅の予定だ。
こういったイベントがある日も私の屋敷の使用人は介添えしてくれたり、御供してくれる。休みなく働いてもらって申し訳ない限りだ。
宣言通りラウラが付いてきた。まだ婚約者になっていない関係で二人きりにはできないので、ゼスト様も屋敷の従者が付き添いで付いてきていた。
キザなポーズで屋敷に迎えにきたゼスト様はまた私にウィンクを飛ばしてから、恭しく私の手を取ると軽く口づけた。うー…ゾワゾワする。
「エヴァ嬢。今日も大変美しい。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう。キュベール伯爵令息。お迎え有難うございます」
「早速参りましょうか?」
「はい。よろしくお願いします。」
軽いやり取りをして、すぐにキュベール伯爵家の馬車に乗り込んだ。ゼスト様のエスコートや所作が完璧なところがまた憎い。
エヴァは今日の彼の装いをチラリと見た。
いつもの騎士服と違い、今日のゼスト様は黒色のフロックコートにチャコールのジレ、黒のトラウザーに身を包んでいる。
髪もセットされて、騎士から完璧な貴族の紳士へと様変わりさせていた。
エヴァはオタク心が疼く。実物のジョージ王太子を見た時よりもなぜか今日は胸が騒がしい。
ジョージ王太子の腐女子への攻撃力は凄まじく、あれは本物の王子様だった。ダークブロンドと灰色の瞳、美しい目鼻立ちは物語の王子様そのものだった。王妃様のお茶会の後、エヴァの制作意欲が止まることはなかった(BLの妄想がね)。
それなのに今日は密室で近くに貴族の装束をしたゼスト様がいるというだけですごく胸が変な感じになっている。
なぜだろうか、…ギャップ萌えかもしれない。いつもは無精髭がチラホラ生えているし、髪も無造作のままだし、騎士服を着崩したような格好をしていて、そこから貴族の格好に変わったからか…それに萌えが目の前にいるせいか、いつもの妄想も出て来ない。
対面に座っているゼスト様は妖しく笑い、エヴァを見つめていた。こういう映画のワンシーン見た事あるわー
ひぃぃ…
エヴァは本当に何を話したらいいのか分からなくなって、話し出すきっかけも失ってしまった。
エヴァの隣に座って介添え役をしてくれているラウラは、やけに緊張したエヴァに気遣って、可愛らしい声をかけてくれた。
「今日は良いお天気になって良うございましたね」
「…ええ、そうね」弾かれたように会話を返して、エヴァは貴族令嬢としての矜持を思い出した。ありがとうラウラ。
「改めてましてキュベール伯爵令息、今日はお誘い下さってありがとうございます」
エヴァがやっといつも通りに話し出すと、ゼスト様は貴族然とした微笑から、いつも通りの少し歯を出す笑顔で言う。
「ああ、エヴァ嬢、私のことはゼストと名前で呼んでよ。エヴァ嬢は詩を詠まれるからこういう歌劇も楽しいだろうと思ってね」
歌劇はまさかのエヴァの詩の趣味に寄せたデートの選択だったのだ。暗い場所に連れて行こうとするためじゃなかったのか…
エヴァは自分の偏った思い込みを少し恥ずかしく思った。
「私…歌劇を観るのも好きですわ」
「良かった」
安心した様に目を細めているゼスト様が眩しく見えて、エヴァは心の中でスチャっとサングラスをかけた。
「エヴァ嬢は器用だよね。詩を詠んだり、美味い菓子も作れたりさ」
「そんな事はございませんわ。詩はたまたま読んだ方が気に入って取り上げて下さっただけで、お菓子作りは素人も同然ですから。私は体を動かす事は下手なのでダンスとか音楽を奏でることはからきしですわ」
「そうか。私もダンスは踊れるが、字を書いたりや絵はからきしさ」ニコリと笑って、エヴァと同じように言うのを見ると、このオラオラ系の騎士も気を使う事もあるのかと思った。
本当に絵を描いたり、美麗な字を書くのは上手くないだろうが、恐らくそれ以外の貴族の嗜みは全て上手くやってのけそうである。お父様との打ち込みもそうだ、力と技術を長年磨いているうちの父との毎朝の鍛錬は見ものだった。模擬試合を見ているようで、いつもの妄想を忘れて見入ってしまう事もしばしばあった。
「この間、君が作ったお菓子も美味しかったよ」
「あっ、有難うございます。ナン…コーエン公爵令嬢のお茶会で出たお菓子を参考にして作ってみたのですわ。公爵家はパティシエをお抱えしているらしくて、全てのお菓子が素晴らしかったので」
「コーエン公爵令嬢か…彼女とお友達になったのかな?お茶会でも二人で込み入った話をしていたようだが…」
「そう、そうなんです。あそこで仲良くなって、お友達になりました」
エヴァは思い出した。王妃様のお茶会に行った時、ナンシーが中座して庭園で泣いているのを慰めた事、その時遠くからゼスト様が見守っていた事。多分二人の会話は聞こえていなかっただろうが、この世界の人は視力が良い人が多いので、たぶんどんなやり取りをしていたのかは分かっているのだろう。
「コーエン公爵令嬢も色々大変だろうな」
「ええ、王太子妃として、色々とプレッシャーでいっぱいだったらしくて…でも、話してみるととてもいい人でしたの」
エヴァはナンシーに言われた『絶対!あの方はエヴァの事が好きよ!』という言葉を思い出して、目の前のゼスト様から目を逸らした。
「そうか…」
お互いの話をしながら馬車は王都へと入って行く。
歌劇場は大きく、何度かエヴァも観劇に訪れたことがある。オペラハウスのようにボックス席もあり、豪華絢爛な造りをしている。歌劇場のロビーは貴族や裕福な人々で溢れかえっていた。
ゼスト様がエヴァを連れてロビーを歩いているとやはり端々で噂になっていた。エヴァの顔は全然知られていないが、ゼスト様はレディキラーという渾名も持っているくらいだ。彼の事を知らない人でも鍛えられた体に秀麗な容姿に注目しているようだ。
エヴァはこんな時消え入りそうな気分になる。
少し肉がついている体もそうだけど、醜悪ではないけど目を引く美人ではない特徴のない容貌をしているからだ。ナンシーや眼鏡を外したラウラ、メイドのソフィアやアナが羨ましい。皆系統は違えど、どこからどう見ても美人だからだ。
ついつい足元に視線を落としているとエヴァの顎にそっと手を添わされた。
「今日は私を見てくれないか?君と歌劇を見るためにおめかししたんだからさ」
まるで子供のようなことを言いながら顎クイするゼスト様が可笑しくて思わずクスリとエヴァは笑った。
「うん。その笑顔が君は素敵だよ」
そう言ってゼスト様はエヴァを劇場内へエスコートした。
エヴァはドキドキしながら、チャラ男の顎クイは威力凄いなと必死で冷静を装っている。
通されたのはボックス席ではなく一般一階席の真ん中あたりだった。ボックス席と違って、薄暗くなく人目を気にしない人や一般市民がよく取る席だろう。ボックス席に行ってセクハラされると思っていたエヴァは安心した。
「さあ、どうぞ。足元に気をつけて」
二人で座席の間を通り着席する。エヴァも貴族令嬢ではあるけどもこの一階席が好きだった。
真ん中から劇が見られるし、役者の表情も見え、声もはっきりと聞こえるからだ。
少しして、劇が始まった。
歌劇は悲恋ものだった。演目は『社交界の薔薇』という。
これはすごく前世の『椿姫』に似ている。途中までの両想いになっていた身分の違う二人が、周りの思惑のせいで別れ、再開するが誤解のまま拗れ、やっと思いが通じ合っても片方が死ぬという話だった。前世と違うところは男と女が逆転していて、最後は男が戦争に出て瀕死で帰国してから、恋人と再会して誤解を解くが死んでしまうと言う事だろうか。
もとより物語が大好きな性質のエヴァは始まってすぐに劇の世界に入り込み、幸せな場面では顔を緩ませ、悲しい場面で役者の演技にダラダラと滂沱の涙を流していた。
エヴァにゼスト様がハンカチを差し出してくれた。
「あ…ありがどうごだいまず…」
既に鼻声になりながらハンカチで目尻を押さえる。
劇はあっという間に終わり、エヴァはハンカチで目を押さえながら泣いていた。
今際の際には二人が和解したが、恋人の男性はそのまま命を落としてしまう。最後に弱々しい声で恋人との将来の希望を囁きながら。
そのせいでエヴァは泣いてしまって最後の方まで席に座っていた。
「大丈夫かい?」
息が整ってきたあたりでゼスト様が声を掛けてくれた。
「はい大丈夫です。ごめんなさい、待たせてしまって。私、一度お化粧直しに行ってきますわ」
「分かった、じゃあロビーにいる君の侍女を呼びに行こう、ここで待っていてくれ」
劇場出入口の従業員の近くでゼスト様はラウラを探しに行ってくれた。
また、劇に見入って熱中し過ぎてしまったわ…
今お化粧がどうなっているかしら…ゼスト様は普通の顔をしていたけど、凄いボロボロだったらどうしよう…
ハっと、まるで恋する乙女のような事を考えていた自分に気付く。
「キュベール伯のゼスト様ったら、また新しい女性を連れてたわ」
「あら、貴方見たの?」
「ええ、この間とは違う女性だったわよ。この間の女性は…」
通りがかったエヴァより少し年上の貴族のご婦人たちがキャキャと噂話をしていたのが聞こえた。
はっきり聞こえなかったけど、やっぱりゼスト様は沢山の恋人がいた人なんだろうな…とエヴァは胸がチクリとした。
ラウラがやってきて、二人でお化粧室へと移動する。
「お嬢様、また劇で大泣きされたんですか?」
「だって、ラウラ『社交界の薔薇』よ…、泣くわよ」
「あれはせつないですわね」
「役者さんがまた良かったのよ」
「あ、動かないでくださいませ。…はい、できました。少しだけアイメイクが崩れただけでしたわ」眼鏡の奥でにっこりと笑って、鏡越しにラウラが言う。
「ありがとう、ラウラ。ねえ、さっきゼスト様がいなかった時、彼の噂話をしているご婦人方がいてね…『また違う女を連れてる』なんて言っていたのよ…はぁ…」
ついついラウラに愚痴を零してしまった。
「分かりますわ!なまじ人当たりの良い殿方ですと過去の女の陰が気になりますわね…」
ラウラがうんうんと共感している。ラウラの恋人の厩番のジュノもとてもモテそうな顔と性格なのだ。ラウラの恋人になった後も妄想に使わせて頂いている。
「仮に私と婚約して、結婚されても彼は『違う女』と遊ぶのかしら…」
ラウラの息を飲む音が聞こえた。
鏡越しのラウラは驚いた後、薄く笑い、
「…そんな事になったら、私がお嬢様の代わりにゼスト様と女を処分いたしますわ」
と、はっきり言った。
「冗談よね?」
「…ふふふ」
ラウラの心強い励まし?をもらい、エヴァは第二ラウンドのディナーデートへと意気込むのであった。
午後から出発し、王都で観劇して、夕食後帰宅の予定だ。
こういったイベントがある日も私の屋敷の使用人は介添えしてくれたり、御供してくれる。休みなく働いてもらって申し訳ない限りだ。
宣言通りラウラが付いてきた。まだ婚約者になっていない関係で二人きりにはできないので、ゼスト様も屋敷の従者が付き添いで付いてきていた。
キザなポーズで屋敷に迎えにきたゼスト様はまた私にウィンクを飛ばしてから、恭しく私の手を取ると軽く口づけた。うー…ゾワゾワする。
「エヴァ嬢。今日も大変美しい。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう。キュベール伯爵令息。お迎え有難うございます」
「早速参りましょうか?」
「はい。よろしくお願いします。」
軽いやり取りをして、すぐにキュベール伯爵家の馬車に乗り込んだ。ゼスト様のエスコートや所作が完璧なところがまた憎い。
エヴァは今日の彼の装いをチラリと見た。
いつもの騎士服と違い、今日のゼスト様は黒色のフロックコートにチャコールのジレ、黒のトラウザーに身を包んでいる。
髪もセットされて、騎士から完璧な貴族の紳士へと様変わりさせていた。
エヴァはオタク心が疼く。実物のジョージ王太子を見た時よりもなぜか今日は胸が騒がしい。
ジョージ王太子の腐女子への攻撃力は凄まじく、あれは本物の王子様だった。ダークブロンドと灰色の瞳、美しい目鼻立ちは物語の王子様そのものだった。王妃様のお茶会の後、エヴァの制作意欲が止まることはなかった(BLの妄想がね)。
それなのに今日は密室で近くに貴族の装束をしたゼスト様がいるというだけですごく胸が変な感じになっている。
なぜだろうか、…ギャップ萌えかもしれない。いつもは無精髭がチラホラ生えているし、髪も無造作のままだし、騎士服を着崩したような格好をしていて、そこから貴族の格好に変わったからか…それに萌えが目の前にいるせいか、いつもの妄想も出て来ない。
対面に座っているゼスト様は妖しく笑い、エヴァを見つめていた。こういう映画のワンシーン見た事あるわー
ひぃぃ…
エヴァは本当に何を話したらいいのか分からなくなって、話し出すきっかけも失ってしまった。
エヴァの隣に座って介添え役をしてくれているラウラは、やけに緊張したエヴァに気遣って、可愛らしい声をかけてくれた。
「今日は良いお天気になって良うございましたね」
「…ええ、そうね」弾かれたように会話を返して、エヴァは貴族令嬢としての矜持を思い出した。ありがとうラウラ。
「改めてましてキュベール伯爵令息、今日はお誘い下さってありがとうございます」
エヴァがやっといつも通りに話し出すと、ゼスト様は貴族然とした微笑から、いつも通りの少し歯を出す笑顔で言う。
「ああ、エヴァ嬢、私のことはゼストと名前で呼んでよ。エヴァ嬢は詩を詠まれるからこういう歌劇も楽しいだろうと思ってね」
歌劇はまさかのエヴァの詩の趣味に寄せたデートの選択だったのだ。暗い場所に連れて行こうとするためじゃなかったのか…
エヴァは自分の偏った思い込みを少し恥ずかしく思った。
「私…歌劇を観るのも好きですわ」
「良かった」
安心した様に目を細めているゼスト様が眩しく見えて、エヴァは心の中でスチャっとサングラスをかけた。
「エヴァ嬢は器用だよね。詩を詠んだり、美味い菓子も作れたりさ」
「そんな事はございませんわ。詩はたまたま読んだ方が気に入って取り上げて下さっただけで、お菓子作りは素人も同然ですから。私は体を動かす事は下手なのでダンスとか音楽を奏でることはからきしですわ」
「そうか。私もダンスは踊れるが、字を書いたりや絵はからきしさ」ニコリと笑って、エヴァと同じように言うのを見ると、このオラオラ系の騎士も気を使う事もあるのかと思った。
本当に絵を描いたり、美麗な字を書くのは上手くないだろうが、恐らくそれ以外の貴族の嗜みは全て上手くやってのけそうである。お父様との打ち込みもそうだ、力と技術を長年磨いているうちの父との毎朝の鍛錬は見ものだった。模擬試合を見ているようで、いつもの妄想を忘れて見入ってしまう事もしばしばあった。
「この間、君が作ったお菓子も美味しかったよ」
「あっ、有難うございます。ナン…コーエン公爵令嬢のお茶会で出たお菓子を参考にして作ってみたのですわ。公爵家はパティシエをお抱えしているらしくて、全てのお菓子が素晴らしかったので」
「コーエン公爵令嬢か…彼女とお友達になったのかな?お茶会でも二人で込み入った話をしていたようだが…」
「そう、そうなんです。あそこで仲良くなって、お友達になりました」
エヴァは思い出した。王妃様のお茶会に行った時、ナンシーが中座して庭園で泣いているのを慰めた事、その時遠くからゼスト様が見守っていた事。多分二人の会話は聞こえていなかっただろうが、この世界の人は視力が良い人が多いので、たぶんどんなやり取りをしていたのかは分かっているのだろう。
「コーエン公爵令嬢も色々大変だろうな」
「ええ、王太子妃として、色々とプレッシャーでいっぱいだったらしくて…でも、話してみるととてもいい人でしたの」
エヴァはナンシーに言われた『絶対!あの方はエヴァの事が好きよ!』という言葉を思い出して、目の前のゼスト様から目を逸らした。
「そうか…」
お互いの話をしながら馬車は王都へと入って行く。
歌劇場は大きく、何度かエヴァも観劇に訪れたことがある。オペラハウスのようにボックス席もあり、豪華絢爛な造りをしている。歌劇場のロビーは貴族や裕福な人々で溢れかえっていた。
ゼスト様がエヴァを連れてロビーを歩いているとやはり端々で噂になっていた。エヴァの顔は全然知られていないが、ゼスト様はレディキラーという渾名も持っているくらいだ。彼の事を知らない人でも鍛えられた体に秀麗な容姿に注目しているようだ。
エヴァはこんな時消え入りそうな気分になる。
少し肉がついている体もそうだけど、醜悪ではないけど目を引く美人ではない特徴のない容貌をしているからだ。ナンシーや眼鏡を外したラウラ、メイドのソフィアやアナが羨ましい。皆系統は違えど、どこからどう見ても美人だからだ。
ついつい足元に視線を落としているとエヴァの顎にそっと手を添わされた。
「今日は私を見てくれないか?君と歌劇を見るためにおめかししたんだからさ」
まるで子供のようなことを言いながら顎クイするゼスト様が可笑しくて思わずクスリとエヴァは笑った。
「うん。その笑顔が君は素敵だよ」
そう言ってゼスト様はエヴァを劇場内へエスコートした。
エヴァはドキドキしながら、チャラ男の顎クイは威力凄いなと必死で冷静を装っている。
通されたのはボックス席ではなく一般一階席の真ん中あたりだった。ボックス席と違って、薄暗くなく人目を気にしない人や一般市民がよく取る席だろう。ボックス席に行ってセクハラされると思っていたエヴァは安心した。
「さあ、どうぞ。足元に気をつけて」
二人で座席の間を通り着席する。エヴァも貴族令嬢ではあるけどもこの一階席が好きだった。
真ん中から劇が見られるし、役者の表情も見え、声もはっきりと聞こえるからだ。
少しして、劇が始まった。
歌劇は悲恋ものだった。演目は『社交界の薔薇』という。
これはすごく前世の『椿姫』に似ている。途中までの両想いになっていた身分の違う二人が、周りの思惑のせいで別れ、再開するが誤解のまま拗れ、やっと思いが通じ合っても片方が死ぬという話だった。前世と違うところは男と女が逆転していて、最後は男が戦争に出て瀕死で帰国してから、恋人と再会して誤解を解くが死んでしまうと言う事だろうか。
もとより物語が大好きな性質のエヴァは始まってすぐに劇の世界に入り込み、幸せな場面では顔を緩ませ、悲しい場面で役者の演技にダラダラと滂沱の涙を流していた。
エヴァにゼスト様がハンカチを差し出してくれた。
「あ…ありがどうごだいまず…」
既に鼻声になりながらハンカチで目尻を押さえる。
劇はあっという間に終わり、エヴァはハンカチで目を押さえながら泣いていた。
今際の際には二人が和解したが、恋人の男性はそのまま命を落としてしまう。最後に弱々しい声で恋人との将来の希望を囁きながら。
そのせいでエヴァは泣いてしまって最後の方まで席に座っていた。
「大丈夫かい?」
息が整ってきたあたりでゼスト様が声を掛けてくれた。
「はい大丈夫です。ごめんなさい、待たせてしまって。私、一度お化粧直しに行ってきますわ」
「分かった、じゃあロビーにいる君の侍女を呼びに行こう、ここで待っていてくれ」
劇場出入口の従業員の近くでゼスト様はラウラを探しに行ってくれた。
また、劇に見入って熱中し過ぎてしまったわ…
今お化粧がどうなっているかしら…ゼスト様は普通の顔をしていたけど、凄いボロボロだったらどうしよう…
ハっと、まるで恋する乙女のような事を考えていた自分に気付く。
「キュベール伯のゼスト様ったら、また新しい女性を連れてたわ」
「あら、貴方見たの?」
「ええ、この間とは違う女性だったわよ。この間の女性は…」
通りがかったエヴァより少し年上の貴族のご婦人たちがキャキャと噂話をしていたのが聞こえた。
はっきり聞こえなかったけど、やっぱりゼスト様は沢山の恋人がいた人なんだろうな…とエヴァは胸がチクリとした。
ラウラがやってきて、二人でお化粧室へと移動する。
「お嬢様、また劇で大泣きされたんですか?」
「だって、ラウラ『社交界の薔薇』よ…、泣くわよ」
「あれはせつないですわね」
「役者さんがまた良かったのよ」
「あ、動かないでくださいませ。…はい、できました。少しだけアイメイクが崩れただけでしたわ」眼鏡の奥でにっこりと笑って、鏡越しにラウラが言う。
「ありがとう、ラウラ。ねえ、さっきゼスト様がいなかった時、彼の噂話をしているご婦人方がいてね…『また違う女を連れてる』なんて言っていたのよ…はぁ…」
ついついラウラに愚痴を零してしまった。
「分かりますわ!なまじ人当たりの良い殿方ですと過去の女の陰が気になりますわね…」
ラウラがうんうんと共感している。ラウラの恋人の厩番のジュノもとてもモテそうな顔と性格なのだ。ラウラの恋人になった後も妄想に使わせて頂いている。
「仮に私と婚約して、結婚されても彼は『違う女』と遊ぶのかしら…」
ラウラの息を飲む音が聞こえた。
鏡越しのラウラは驚いた後、薄く笑い、
「…そんな事になったら、私がお嬢様の代わりにゼスト様と女を処分いたしますわ」
と、はっきり言った。
「冗談よね?」
「…ふふふ」
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