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以津真天の待ち人
拾
しおりを挟む帰ってくると直ぐに部屋へ連れていかれて横になるよう促された。体は思っていたよりも疲れていたらしく、直ぐに眠りに就く。夕方ごろに三門さんが連れてきた不思議なお医者さんに診てもらい、またぐっすりと眠りに就いた。
翌日は日曜日だった。
朝から三門さんに何度も何度も布団から出ないように言い聞かされて、素直にそれに従って布団の中でじっとしていた。私が退屈しないようにか、家鳴たちが枕元で開門祭で演じられる『結眞津々実伝説』の芝居を披露してくれた。他にも何人かの妖が顔を見せてくれて、三門さんやババは少し怒った口調で彼らを追い出していく。そんなやり取りにクスクスと笑いながらのんびりと過ごしていた。
玄関の方から越天楽の音色が聞こえ始めた。裏の社が開く時間だ。そっと体を起こすと、足音を立てないように襖に歩み寄る。家鳴たちも私を真似て、忍び足で襖によると聞き耳を立てていた。
台所の方で包丁とまな板がぶつかる音がする。ババが三門さんの夜食か何かを作っているのだろう。
よし、と小さく息を吐いて、用意していた服にいそいそと着替える。
そしてコートを羽織ると、その場にしゃがみ込んだ。家鳴たちが首を傾げ、くりくりした大きな目で私を見上げる。
「屏風覗きの弥太郎、分かるよね?」
声をひそめてそう尋ねれば、家鳴たちはこくこくと頷く。
「ババにばれないように、ここに連れてきてもらえる?」
任せて、とでも言わんばかりに家鳴たちは小さな胸をトンと叩いて箪笥の影に消えていく。そして十秒もしないうちに天井の板が外れて、猿轡に縄でぐるぐる巻きにされた弥太郎が落ちてきた。
ひっ、と息を飲み慌てて口を押える。廊下の様子を窺いババに勘付かれていないことを確認し、家鳴たちを窘める。
「連れてきてくれたのは、ありがとう。でも手荒すぎるよ……!」
ししし、と悪い笑みを浮かべた家鳴たち。ため息をついて額を押さえていると、後で苦しそうな声が聞こえた。
弥太郎が布団の上で苦しそうにもがいている。慌てて縄を解いた。
「一体全体何をッ……!?」
慌てて弥太郎の口を塞ぎ、小さい声にしてと頼む。弥太郎が渋々だが頷いたのを確認してゆっくり手を離した。
「お嬢さんは俺に恨みでもあんのかい……!?」
「ちがうのごめんさい! 確かに弥太郎を連れてきてって言ったのは私だけど、あんなに手荒に連れてくるとは思っていなくて」
顔の前で手を合わせて許しを請う。弥太郎は複雑そうな顔をして頭の後ろを擦った。
「それで、俺に何のようだい?」
「私が返ってくるまで、この布団で眠っていてくれないかな」
「は?」
目を瞬かせた弥太郎にもう一度「お願い!」と手を合わせる。
ババは数時間に何度か私の様子を見に部屋を訪れる。もしも部屋を抜け出しているのがばれてしまったら、とんでもないことになるのは安易に想像が出きた。だからしばらくの間、弥太郎には私の身代わりとして布団にもぐっていてほしいのだ。
そう説明すると弥太郎は困った顔を浮かべる。
「お嬢さんにはこの前助けてもらった借りがあるし、願いをかなえてやりたいのは山々なんだが、お嬢さんは養生している最中なんだろ? 一体そんなに急いで何をしに行くんだい」
弥太郎は真剣な目をしてそう尋ねてきた。もしかしたら弥太郎が三門さんに密告するかもしれない、そんな不安もあったが、真剣な目には真剣に答えたかった。
「……ある女の子とある妖が、お互いに大切に思っているのに、悲しい出来事がきっかけでばらばらになって会えなくなってしまったの。でも数十年経って、ふたりはとても近くにいることがわかったの。妖は女の子との約束の場所でずっと待っていて、女の子は傍にいるのに足が悪くてそこから動けなくて。だから私が、せっかく見えた糸を繋げてあげたいの」
簡単にだが、嘘偽りなく弥太郎に伝えた。膝に向けていた視線をあげると、弥太郎は俯いていた。名前を呼べば、弥太郎の方は小刻みに震えだす。
「あの、弥太郎……?」
「……こい」
「へ?」
聞き返すと同時に、弥太郎が勢いよく顔をあげた。ボロボロと涙を流し、鼻水を垂らして顔を真っ赤にしている。
「行ってこい! ここは俺に任せろ、ふたりの恋路を邪魔する奴は、俺が絶対に許さねえっ」
ぱんっ、と自分の太腿を叩いてそう言いきった弥太郎。嬉しさのあまり彼の手を握り勢いよく振った。
「ありがとう、ほんとうにありがとうっ」
「いいってことよ! ほら、さっさと行きな!」
弥太郎に背を押され、そっと部屋を抜け出した。
夜に入った裏の山は不気味だなんて次元を通りこしていた。以前三門さんがこの山について話していたことを思いだす。
丁度おもてら町の鬼門の方角に位置するこの森は、多くの妖が住み着いている。鬼門を封じ、妖たちを見守るために山の麓に神社が建てられたのだとか。
未だにぞっとする容姿をした妖を見るとびっくりしてしまう。慣れたとは言えども怖いものは怖いらしい。
極力前だけを向いて、月明りを頼りに森の中を走った。
目的地の半分くらいまで来たところで、琴の音色に似た美しい鳴き声が山中に響いた。はっと顔をあげる。夜空を美しいしだり尾が横切った。
「かげぬいっ!」
精一杯叫んで彼の名を呼んだ。かげぬいは私の頭上を旋回した後、ゆっくりと高度を落とした。
鳥の姿のかげぬいに会うのは初めてだった。私と同じくらいの大きさで、夢で見た姿よりも少し大きい。
かげぬいは大きな目をじっと私に向ける。
「こんばんは、巫女さま。こんな夜中に人の子が出歩くものではありませんよ。ここは鬼門の山」
「ごめんなさい、でもどうしても会わせたい人がいて」
「会わせたい人、ですか」
「そう。見つけたの、かげぬいが待ってる人」
わずかに目が見開かれた。そして戸惑うように視線が揺れる。
「一緒に会いに行こう。ずっと会いたかったんだよね」
「しかし……」
何を迷っているのか、かげぬいは言葉を詰まらせる。かげぬいのくびに両手を添えって、そっと前を向かせる。不安げに瞳が揺れていた。
「きっとユマツヅミさまが下さったご褒美なんだよ。これまで辛くて、悲しくて、孤独な役目を頑張ってきたかげぬいに」
かげぬいの瞳に光が宿る。
「……帰ってきたら、御礼参りに行かなければいけませんね」
「ユマツヅミさまはお酒が好きなんだって」
かげぬいが笑ったような気がした。
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