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わくたかむの社
伍
しおりを挟む「──お、巫寿ちゃんじゃん。実習どう? 頑張ってる?」
昼休みになり、社宅の食堂でお昼ご飯を食べていると背後から親しげに声をかけられた。
箸を持ったまま振り返る。小さな女の子を抱いた紫袴姿の女性に目を丸くする。ベリーショートの髪型に女性の中ではしっかりとした体つき、眉を上げてにかっと笑うこの笑い方。
「百さん、千歳ちゃん!」
「久しぶり。ごめんねぇ、声かけるの遅くなって」
溌剌とした笑顔で千歳ちゃんの手を小さく振った百さん。千歳ちゃんも嬉しそうに声を上げて笑う。
「百さん、もしかしてわくたかむの社の神職さまだったんですか?」
「あれ、言ってなかった? 私ここの神職。巫寿ちゃんが実習で来るってのは聞いてたんだけど、昨日まで出張だったから声かけるの遅くなっちゃった」
そうだったんですね、とひとつ頷く。
百さんの愛娘である一歳の千歳ちゃんが、私と会ったことをちゃんと覚えてくれていたようで機嫌よく私に手を伸ばす。
「百さん百さん! 千歳ちゃん、抱っこしていいですか?」
「どーぞどーぞ。なんなら今日一日中私の代わりに抱っこしといて」
ケラケラ笑いながら千歳ちゃんを私に差し出す。両腕に抱き抱えると首筋にまだ細くて柔らかい髪の毛が触れてくすぐったい。私よりも高い体温と幼児特有の甘い匂いに頬が緩んだ。
百さん、五宮百さんとは冬休みの間にかむくらの屯所で出会った。
彼女の三つ年上の兄の萬さんと兄妹でかむくらの神職に参加しており、空亡戦当時は専科を卒業したばかりの20歳で最年少の神職として最前線で戦っていたのだとか。
今はこの界隈とは全く無縁の男性と結婚して一児の母となり、家庭を守っている。守るべきものが増えたから、今回からは最前線ではなく裏方として皆を支えていくつもりなのだと話していた。
しかし当時の武勇伝は数多く、沢山の神職さまから彼女の話を聞き、そして百さんのこの懐が深く分け隔てない面倒みの良い性格にすっかり私も惚れてしまった。
そして娘の千歳ちゃんもこの通り天使のように可愛いく人懐っこいので、屯所にいる間手が開けばひたすら遊び相手になっていた。
他のみんなも冬休みの特訓で百さんに扱かれているので顔見知りだ。唯一参加していなかった亀世さんのことを紹介する。
流れで一緒に昼食をとることになり、もちろん隣に座ってもらった。
「にしても実習生がくるって、随分久しぶりだね。私は二十歳からここにいるけど、神修の学生が実習に来ているのは初めて見たよ」
「え、そうなんですか?」
意外な事実だ。
わくたかむの社は東日本最大で歴史も長い。薫先生も実習するにはうってつけの場所だと言っていたし、毎年のように学生を受け入れていたのだと思っていた。
「少なくとも13年は受け入れてないね。なんなら新卒も採ってないし。お陰様でこの歳になっても未だに雑用係だよ」
「神修の卒業生も受け入れてないんですか? ……あー、なるほど」
亀世さんが意外そうに聞き返したあと、すぐに自分で結論に辿り着いたのか納得したように頷く。
そういうこと、と少し声を低くした百さんにすぐに察しがついた。
学生の受け入れや卒業生を採用しなかったのは、恐らく神々廻芽のことがあったからだ。彼が本庁を裏切り空亡側についたことは箝口令が敷かれており、その情報を知っている人たちも厳重に管理監視されている。嬉々先生がその一人だ。
人の出入りを減らすことで情報が漏れないように対策していたのだろう。
逆に言えばここにいる人たちは全員幼少期の双子を知っており、彼らが決別するその時のことも知っているというわけだ。
つまり私の知らない彼のことを知っている。
「百さんは神々廻芽のこと、どこまでご存知なんですか?」
思わずそう尋ね、目を見開いた百さんが勢いよく私の口を塞いだ。びっくりして固まっていると、百さんはとんでもない目力で私をじっと見つめる。
「ごめん、私そろそろ行かないと。権宮司に報告上げなきゃだから。千歳おいで」
私の膝の上に座っていた千歳ちゃんを抱き上げた百さんは、「バタバタしてごめんね、君らはゆっくり食べて」と笑う。
「巫寿ちゃん」
百さんさんが私の肩を叩き耳元に顔を寄せる。
「私より詳しい人がいるから、その人に話つけたげる。話してくれるか分かんないけど、芽のことを知りたいならその人から聞きな」
もう一度ぽんと私の肩を叩いた百さんはお膳を持って立ち上がると颯爽と歩いていった。
失敗した、と目を伏せる。神々廻芽のことはこの社ではかなりタブーな話題だったらしい。これからは気安く名前を出したりしないようにしなきゃ。
でも、彼のことをよく知る人物と会わせてもらえるのはラッキーだ。神々廻芽の人物像を知ることで、私を狙う理由が浮かび上がってくるかもしれない。
でも神々廻芽をよく知っている人で、この箝口令が敷かれた中私に話してくれそうや人って一体誰なんだろう。
「ゲーッ、最悪!」
突然そんな声を上げた泰紀くんにみんなの視線が集まる。
「どうかしたか泰紀」
「薫先生がレポート出し直せって。"流石にもうちょっと知的な文章で出してくれなきゃ点数つけれない"って……」
フッ、としっかり聞こえる音量で鼻で笑った恵衣くんに不貞腐れた顔をする。
「亀世さぁん……」
「私は手伝わんぞ。頼むなら聖仁に頼め」
「そういや聖仁さんどこ行ったんだ? 昼休み始まってからすぐ消えたけど、昼飯いらねぇのか?」
確かに昼休みになってみんなで食堂へ向かおうとした時「先に行ってて」とだけ言いどこかへ消えてしまってからまだ姿を見ていない。
最後にとっていたかぼちゃの煮付けを飲み込み空になったお膳に手を合わせた。
「私探してくるよ。御手洗のついでに」
「いいのか? サンキュ!」
うん、とひとつ頷き立ち上がった。
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