言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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秘された祝詞

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道場の真ん中の方から「ぐはっ」と鶴吉の呻き声が聞こえて目をやると、大の字になって伸びている姿があった。決着が着いたらしい。

片方の鶴吉がパンッと弾けて紙切れになる。負けたのはリアル鶴吉のようだ。


「泰紀、回収してこい」

「うっす」


命じられて小走りで駆け寄り顔を覗く。意識はあるようで「いでで」と顔を顰めて呻いている。


「大丈夫か?」

「あとは、頼んだ。俺のことはいいから、先に行け……」

「それ死亡フラグだぞ。あと負けてんだから進むもなんもねぇよ」


ため息をついて鶴吉に肩を貸す。亀代の隣にドサリと落として振り返る。テーブルの前まで歩み寄り、形代を手に取った。

次は俺の番か。

筆を手に取って名前を書きながら、初手のことを考える。

相手は己。いつもの自分なら先手必勝と飛び出すけれど、相手が自分なら向こうも飛び出してくるはずだ。それを見越して防御に出るか、同じく飛び出して鍔迫り合いになるか。

名前を書いた形代を持って道場の中心に立つ。オーディエンスから「負けたら許さんぞ」「負けたらもれなく罰則だぞ~」という脅迫まがいの声援が届く。勘弁してくれ。

ひと呼吸おいてフッと息を吹きかける。

ぼわりと白煙が上がって、目の前にほくろの位置まで全く同じ姿の己が現れた。

鏡でも見ているようだ。試合が始まる前の高揚した顔までコピーされていてもはや不気味だ。


じり、と横にずれる足並みが揃った次の瞬間、形代が拳を突き上げて突っ込んできた。初手は物理攻撃、さっきまで自分が考えていた戦法なのも不気味を超えて腹が立つ。

初手の攻撃は重い。受けずに腕で横に払い落とした。骨にジンと重みが走る。自分の攻撃はこんなに重かったのか。

形代の体勢が崩れたのがわかった。その瞬間胸の前で二回柏手を打つ。


「恐み恐みも白さく 火産霊大神ほむすびのおおみかみの御火の御力を以て 祓ひ清め給へ!」


奏上と同時に、何もない空気中にバチッと火花が爆ぜた。火花は空気中の酸素を燃やしてバスケットホール程の大きさに膨らむと尾を引いて形代へ進んだ。


「祓へ給ひ清め給へ 守り幸へ給へ」


形代が素早く略拝詞を奏上し、火球は触れる前に卵色をした結界にあたって弾け散った。

防がれるのは百も承知だ。これくらいの攻撃なら自分は簡単に防げる。


「恐み恐みも白さく 火産霊大神ほむすびのおおみかみの御火の御力を以て 祓ひ清め給へッ!」


さっきよりも声を太くした。大きめの火球が形代を追いかける。

次も防いでやるよ、とでも言いたげなように口角を上げた形代はまた手を合わせて素早く祝詞を唱える。

その視線は目の前の火球にしか向いていない。

形代の背後で、バチッと小さな火花が爆ぜる。


「前からの攻撃ばっかりだと思うなよッ!」


ニヤリと笑った次の瞬間、「泰紀後ろだッ!」と鶴吉の叫び声がしてハッと振り返る。風の塊が鎌のような形に固まって鼻先まで迫っていた。


「守り給えッ……!」


咄嗟の奏上は半分間に合った。形成が甘かった部分を突き破り風の刃が泰紀の頬を切る。ピッと赤い線が入り、歯を食いしばる。


「前からの攻撃ばっかりだと思うなよ」


火球を避けた形代が口角を上げる。

ぷちん、と泰紀の何かがキレた。


「はぁぁぁあ!? 何こいつ! 俺の事煽ってきたぞ!?」


形代を指さして振り向けば、双子は「何を当たり前なことを」とでもいいたげな顔でこちらを見ている。


「喋るんだから普通に煽ってもくるだろ。知能指数も同じだから、自分と同じレベルの煽り文句言ってくるぞ」

「ムカつくよなぁ。俺も最初ボコボコにしてやろうかと思ったよ。負けたけど。ハハッ」


形代を睨みつける。自分と全く同じ顔で小馬鹿にしたようにこちらを見ていた。

この野郎、と拳を握りしめている自分に気が付き慌てて深く息を吐いた。試合中に感情的になってはいけない。


「ちなみに、相手が形代だからって火や水をぶつけても意味ないぞ。濡れんし燃えん」

「だからそういう情報は先言ってくれよ……とッ!?」


足元に火球が落ちてたたらを踏んだ。

そして自分の作戦は亀世たちにはお見通しだったらしい。亀世の言う通り、形代は紙でできているから火で燃やすか水で濡らせば倒せるんじゃないかと、作戦を組み立てていた。

両方ダメならやっぱり物理攻撃か?

でも火も水も平気な奴が物理攻撃で倒せるとは思えない。じゃああいつを倒す方法はなんなんだ?

あれこれ思案している間にも形代は息付く間もなく祝詞と物理攻撃を交互にぶつけてくる。

相手に次の攻撃を考えさせるすきを与えない戦法も全く自分と同じだ。

同じ体格、同じ力量、同じ戦法を使ってくる相手をどうやって倒す。

形代の攻撃を受け流しながら1つ目の試練を思い返した。

次々現れる祓除対象や呪いや残穢を正しい祝詞奏上で祓う「神職としての知識」が試される試練だった。この第二の試練は、自分と全く同じ力量の形代と戦って勝たなければならない「神職としての力量」を測る試練。

最初にも感じたけれど、なぜ同じ力量の形代と戦うことが「力量を試す」ことになるのだろうか?

そもそも戦って勝つという定義はなんだ?

紙なら燃やしてはいにすれば勝ちだと思っていたけれど、火も水も聞かない。破り捨ててしまえばあの形代の中に埋め込まれた鍵も一緒に壊れてしまうはずだ。

深く考え込むのは得意じゃない。作戦を練るのは頭のいい同級生たちに任せっきりだった。

ふと、自分たちの中でずば抜けて優秀な同級生二人の顔を思い出す。

恵衣や嘉正なら、こういう時はどう考える?


『闇雲に戦ったら体力を削られるだけだから、早いうちに勝ちの定義を明確にしたいよね。なんの攻撃が有効なのか、敵をどんな状態にしたら勝ちなのか、とか』


頭の中で嘉正が顎に手を当てて首をひねる。


『そもそもこの試練は、お前の力量を試す訳ではなく神職としての力量があるかを試すということなんだろう。つまり挑戦者が弱かろうが強かろうが関係ない。だから同じ力量の形代と戦わせているんだろう』


仏頂面の恵衣が腕を組んでそう零した。

神職としての力量、つまりどういうことだ?


『挑戦者として試練の場で遭遇したんじゃなくて、神職としてソイツに遭遇したらってことか』


メガネを押し上げた来光。


『神職として……つまりいつも通り相手を観察して、適切な対応をすればいいってことじゃないかな』


ぽんと手を打った巫寿。


『あ、わかった! つまりその形代は────』


慶賀が目を輝かせる。

大きく息を吸って乱れた呼吸を整えた。形代の腹に蹴りを入れてバランスを崩したところで勢いよく距離を取る。


「つまり呪いを祓って、鎮魂すればいいってことだな……! 慶賀ッ!」


やったれ泰紀、と慶賀の声が聞こえた気がした。強く柏手を響かせる。


神職としての力量────つまり目の前で祓除対象と敵対した時、正しく行動できるかどうか。

この2年間嫌という程学んで、戦ってきた。その経験はこの体にしっかりと染み付いている。


祓除対象と出くわした時、まず相手を弱らせたあと鎮魂、そして祓う……!


「荒ぶる魂をば和め 和魂として此処に留まり給へ 鎮まり坐せ」


形代がその場に凍りついたように動きを止めた。奏上したのは、来光が作った相手を動きを封じ込める祝詞だ。

効果はそこまで強くない。けれど自分が相手なら五分程度は縛り付けることができるはずだ。

五分で片をつけてやるよ!


「掛けまくも畏き 天地開闢あめつちかいびゃくの始めの時より 生れ坐します 皇親すめみおや神漏岐かむろぎ 神漏美かむろみの命 大八洲国おおやしまくみを生み成し 神生み成し給ひて 火産霊神ほむすびのかみを生み給ひし時 伊弉冉大神いざなみのおおみかみ 神避かむさり坐しき」


まずは鎮魂。対象の荒ぶる御霊を沈め、次の祓除に繋げる。


「ここに 鎮魂たましずめの神事をつかへ奉りて 荒ぶるたまをばなこめ 和魂にぎみたまをば正しき御座みくらに鎮め 幸魂さきみたま奇魂くしみたまを振り起こし 清く明き心を以て 日々の御業みわざを成さしめ給へと 恐み恐みも白さく……!」


必死に祝詞の縛りから抜け出そうともがいていた形代がピタリと動きを止めた。静かな瞳で何かを試すように泰紀をじっと見つめている。

大きく深呼吸をして呼吸を整えたあと、もう一度胸の前で柏手を打った。

祓除のラスト、穢れを祓う清祓詞きよはらえことば


「掛けまくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 禊祓へ給ひし時に 生れ坐せる 祓戸の大神等 諸々の禍事罪穢を 祓へ給ひ清め給ふことを白す────!」


どこからともなく強い風が生じた。泰紀の袴の裾をバタバタとはためかせて室内を駆け抜けた風は、真ん中に佇む形代を中心に小さな竜巻を作る。形代の周りを漂っていた暗紫色の靄が、霧が晴れるかのように吹き飛んだ。

風が止んだ。室内は沈黙に包まれる。形代は何も言わず、動かず、ただ真っ直ぐと泰紀を見つめている。

心臓がどくどくと音を立てた。こめかみを汗が伝う。


ミスったか? やっぱり形代に何らかの物理攻撃を当てなければ意味がなかったのか? だとしたらこの次はどうする?

クソ、と頬の汗を拭ったその時。


「神職としての力量────有り」


形代が唐突にそんな言葉を発したかと思えば、ポンッと空気を鳴らして白煙を上げた。白煙の奥で床の上に何かがカランと落ちる金属音が聞こえた。

白煙を手で仰ぎながら床に目をこらす。

飴色の床板の上に、トンボのように細い錆びた鍵が転がっていた。腰を屈めて拾い上げると、何故か手によく馴染む。


「鍵……?」

「でかした泰紀ッ!」


バシンと勢いよく叩かれたかと思ったら誰かが背中に飛びついた。うお!?と悲鳴をあげた泰紀はたたらを踏んでなんとか耐える。


「偉いぞ、よくやった!」


破顔した鶴吉に犬を撫でる用にワッシャワッシャと頭を撫でられ、「やめろォ!」と悲鳴をあげる。


「なるほどな。神職として鎮魂、祓除、清祓が正しく行える力量があるかを試していたのか」


亀世が顎をさすりながら歩み寄ってくる。亀世が鍵を指さす。


「合格だってさ」

「え、俺、合格したのか?」

「そう言ってるだろ」


泰紀の手から鍵を引ったくった亀世は天にかざして見聞する。そして「本物だな」と満足げに笑うと、スタスタと扉へ向かって歩き出す。

泰紀はへなへなとその場に座り込んだ。


「あっ、ちょっと待てって亀世。泰紀に休ませてやれよ」

「時間がない。あと二十分かそこらで私の漢方薬の効果が切れるんだぞ」

「ったくお前は……」


走って戻ってきた鶴吉が泰紀の脇に手を差し込んだ。


「自分で歩けるか? 悪いな、俺はお前みたいなゴリラを担げるほどの力はないんだよ」

「ゴリラってなんだよ……この試練突破できたの俺のおかげだろ」


不貞腐れながら立ち上がる。段々なんだか拗ねるのも馬鹿らしくなってプッと吹き出した。

扉を押し開けながら振り返る。しんと静まり返る室内に、クラスメイトたちが親指を突き立てて笑う顔を見た気がした。


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感想 2

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みんなの感想(2件)

うみうさ
2025.05.01 うみうさ

この作品が大好きで、いつも更新を楽しみにしています!巫寿ちゃんがなかまたちと頑張って成長しているところを読むと私も頑張ろうって気持ちになります!こんなにステキでワクワクする作品を書いてくださりありがとうございます!続きを楽しみに待ってます!
応援してます!頑張って下さい!

2025.05.03 三坂しほ

コメントありがとうございます!
そう言っていただけて非常に嬉しいです!
のんびり更新になりますが、引き続き暖かい目で巫寿たちの冒険と成長を見守っていただけますと幸いです。
執筆がんばります!

解除
おはる
2024.10.09 おはる

何か凄く懐かしい感じで、古臭いって言うんじゃないですよ!
昔、童心社の本木洋子著『蘇乱鬼と十二の戦士』というリアルな日常にファンタジーを入れた当時では珍しい本を読んで感動して図書館で何度も借りた、まだ若かりし頃を思い出させる雰囲気で、今まで一気に読もうと我慢してたけど更新ごとに読むことにしました!
楽しみにしてます。頑張って下さい!

2024.10.10 三坂しほ

コメントありがとうございます!
本作は「もしかしたら本当にどこかでこういう事が起きているのかもしれない」と思ってもらえるような雰囲気作りを大切にしているのでそう言って頂けて非常に嬉しいです。
是非最後までお付き合いくださいませ!

解除

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