異世界勇者より地元の重装片手剣の方が強いに決まってるよね! ~巻き戻り脳筋兵士は堅実に最強戦力を育てる~

無職無能の自由人

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第14話 エンジニアは大切に

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 フォルクとパーティを組んで三月。季節は移り、朝の辛い時期になった。
 王都の冬は、空気が張り詰めている。
 夜明けを少し過ぎた時間でも、石畳には霜が残り、吐く息が白くなった。

 ギルドの扉を押すと、中は薪の匂いと、かすかな緊張感で満ちていた。
 この時期の依頼は、雪と寒さで難度が上がる。冬は冒険者にとって事故の増える季節だ。

 受付前にはちらほらと人が並んでいたが、俺たちは列を避けて、掲示板の前へ向かった。
 依頼の内容を見極めるのが先だ。

「こっちは片道二日だってよ。凍った峠を超えて?無理無理……」

 隣でフォルクが弱音を漏らす。
 だが目は真剣だ。三ヶ月で、奴なりに鍛えられたのがわかる。

 と、ふいに背後から声がかかった。

「ガルドリック様」

 振り向けば、受付嬢のディーネが立っていた。
 髪を軽く束ね、今日も変わらず丁寧な立ち居振る舞いだ。

「おはよう」
「おはようございます。ちょうどよかったです。こちらを」

 手渡された封筒には、王都本部の印。中には一枚の通知書。

『C級冒険者ガルドリック殿。王都ギルド本部は、貴殿をB級冒険者に昇格させる旨をここに通知いたします。』

 一読して、すぐに折り畳む。

「ガルド!B級昇格か!やったな!!」
「お前……」
「フォルクさん……」

 フォルクが騒いだことで、周囲の空気がざわつきだした。

「今、B級って……?」 「あの若造だろ……?」「うまくやりやがって……」

 聞く気がなくても、声は勝手に耳に入る。

「すげぇなガルド!俺がB級になるのはどれくらいかなぁ?」
「さあな」

 肩をすくめたところで、背後から別の気配を感じた。

 柔らかな足音と、微かな風の香りが近づいてくる。
 香水でも花でもない、森の朝露のような、清らかな気配。
 振り返ると、そこに立っていたのは──

「君が噂のガルドくんね」

 白銀に近いプラチナの長髪が、静かに揺れる。エルフの象徴とも言える特徴的な長い耳。
 完璧な造形を誇る美の化身、幻でも見ている様な理想の人。
 もこもことしたコートをまとい、雪の妖精みたいにも見える。
 その声には重さが無く、ただ落ち着いた優しさがあった。

「あぁ。そうだ」

 なんとか普通に返事が出来たと思う。彼女のことは知っている。話したことはないが見たこともある。ただしそれは今のこの世界じゃない。

「アルシアさん、こちらがガルドリック様、フォルクハルト様です。そしてこちらがA級冒険者、星落《ほしおち》のアルシリオ様です」
「よろしくね。君達とは依頼を一緒にする機会もありそうだよ」
「よろしく」
「よよよ、ヨロシクお願いします!」

「ヴェルクディアの首を落として丸ごと持って帰ったって聞いた時から会ってみたかったんだ。一体どうやったの?」
「突進を受け止めて、このフォルクが隙を作ったところで首を落とした」
「えぇ!?それだけ?」
「そうだ」
「えぇぇ、参考にならないよ。凄いねぇきみ、鍛えてあるけど普通の人間に見えるのに」

 ふにふにと腕や胸を突いてくる。もちろん服の上からだが、こんな美人にやられたら居心地が悪くてかなわん。

「やめてくれ」
「ふふふ、照れてる?照れてるよね?しょうがないなぁ少年」
 う、うぜぇ。

 ちょっと顔に出てしまったかもしれない。彼女はちょっとだけ笑ってから、軽く頷いた。

「B級昇格おめでとう。私のことはアルシアでいいよ」
「ガルドだ」

 それだけ言ってアルシアはギルドの奥に入っていった。

「すげぇ……、あれが有名な星落………。あんな綺麗な人はじめて見た」
「そうか?俺は王都に来てから美人は見慣れてしまった。いつもギルドで迎えてくれるからな」
「が、ガルドさん!」

 ディーネは顔を隠しながらカウンターに戻ってしまった。だが確実に俺にポイントが入ったな。

「若いなフォルク」
「お前に言われたくねぇよ!」
「ディーネに好かれたいなら真面目に働くことだな。さあ、依頼を選ぶぞ」


 冒険者ギルドの掲示板の前。
 ずらりと並んだ依頼書を前に、フォルクが頭を掻きながら口を尖らせた。

「なあ、ガルド。今日はちょい軽めにしねえ? せっかく昇格したんだし、夜にちょっと一杯くらいさ」
「……ああ。たまには悪くないな。俺は飲まんが」

 苦笑しながら、一枚の紙に目を留める。
 それは王都周辺にある小さな農村からの依頼だった。

『最近、村の周囲で夜中に大きな音がしたり謎の光が現れる。村の外れに住み着いた変人のせいだが、話を聞かないし危険だ。調査をお願いしたい』

 討伐指定もされてないし、報酬も控えめ。だが、今日中に往復できる距離で、危険度も低そうだ。

「これでどうだ」
「うーん、なんか胡散臭えな。村から追い出してくれとか言われたら困るぞ」
「面倒なら向こうで断ればいい。そんなこと書いてないからな」

 依頼書を剥ぎ取り、受注することにした。普段は討伐依頼しかやっていない俺達だが、この仕事が妙に気になったんだ。

          ◇◆◇◆◇

 馬の蹄が小気味よく舗装路を叩く音に、身体がゆるく揺れる。
 資金に余裕が出来て、馬車を利用するようになった。今日のように駅馬車を利用することもあるし、運搬用に荷馬車を借りることもある。
 
 ――たまにはこういう依頼も悪くない。

 この三ヶ月、俺たちは討伐依頼しか受けてこなかった。
 安定して稼げる仕事なんて腐るほどあったが、戦闘経験が重要だったからだ。
 魔物を倒すほどに成長する勇者の力。この力を引き出すため、常に戦いを求めた。
 今では王都周辺で手応えのある魔物など居なくなってしまった。
 
 フォルクもだいぶ変わった。最初は俺の話に半信半疑だったか、今では立派な相棒だ。以前は同じ盾兵だったのに、今では斥候の様な動きで俺の足りない部分を埋めてくれている。
 戦いの最中に声を掛け合えば、互いの動きがぴたりと噛み合うこともある。

 変わったのはそれだけじゃない。王都ギルドの冒険者たちの目も、少しずつ変わってきた。
 アルシアに声をかけられたのは驚いたな。

 《星落《ほしおち》》の二つ名を持つアルシア。完璧な美貌と、国内最強の魔法を扱うエルフ。そして、勇者PTの一人だった女性だ。
 あの勇者は美女を集めて遊んでいるようにしか見えなかったからな、美しさと実力を併せ持つアルシアが招集されたのは当然だろう。
 彼女は勇者と反発していた印象がある。他の二人はベッタリで見ていて目の毒だったな。

 俺の昇格祝いだとか言って、唐突に現れて消えていったが……なんだったんだ、あれは。

 「ふわぁ……眠い……」

 向かいの席で、フォルクが舟を漕ぎながら欠伸を漏らす。
 鎧の上からマントを羽織って、すっかり気を抜いてやがる。

 「起きろ。すぐ着くぞ」


 王都から駅馬車で二時間。俺たちは街道沿いにある小さな農村に着いた。

 村の空気は澄んでいて、風が土の匂いを運んでくる。王都から近い街道沿いだけあって、施設も最低限は揃っているし、旅人の受け入れにも慣れているらしい。

「この村に寄るのは初めてだよな。……で、依頼ってのは?」
「村長が依頼人だ。話を聞いてから判断する」

 今回の依頼は調査だ。場合によっては対処との事だが、村人同士の闘いに首を突っ込む気は毛頭ない。
 まずは依頼主に話を聴くため、村人達に聞いた村長の家にやってきた。

「冒険者たちだな。わしが村長だ。早く解決してくれ」
「B級のガルドリックだ、詳しい話を聞かせてくれ。村外れに怪しい奴が住み着いたらしいが?」
「B級!ああ、うむ……少し前から、村はずれの空き家に見慣れない男が住み着いてな。妙な道具を運び込んで、時おり爆発音のようなものも……」
「爆発?依頼書にあった大きな音の事か?」
「そうだ、火柱が上がったのを見た者もおる。痛い目に合わせてすぐに追い出してくれ」

 あぁ、爆発音や火柱を分かっていながら「大きな音」という事にして、依頼料を絞ったんだな。他の冒険者たちはこれを嗅ぎ取って依頼が残っていたんだろう。

「俺たちが受けたのは調査依頼。それ以上は契約外だ」

 ピシャリと言えば、村長はしどろもどろになって口を濁す。

「まぁ、よくある話だな。情報を軽くして安く済ませようってやつ」
「だが、それに付き合う義理はない」

 村長に軽く礼をして、俺たちは村の外れに向かった。目指すのは、例の変人が住み着いているという空き家。
 怪しい武器、奇妙な音、王都の側の村の外れ。ひょっとすると探していた人物かもしれない。
 さて、どんなやつが待ってるのか。

          ◇◆◇◆◇

 村はずれの小屋は、くすんだ木壁にひびが入り、屋根の一部は応急処置のように布がかぶせられていた。
 明らかに長いこと放置されていた空き家だ。だが、周囲には何かを燃やした跡や、金属片が散らばった地面――人の手が入っているのは間違いない。

「……ここだな」
「これってなんか……爆発でもあった感じじゃね?」
「さあな、聞いてみれば分かる」

 俺がそう言ったところで、小屋の扉が音もなく開いた。

「なんの用だ?」

 出てきた男は、汚れた作業着を着ていた。年の頃は三十前後ってとこか。細身の体にやつれた印象だが、視線だけは鋭くて、こちらを値踏みするように見ていた。

「王都ギルドの者だ。村長から依頼を受けて来た」
「依頼?私に何か問題でも?」
「村はずれの小屋に住み着いた得体の知れないよそ者が、怪しい道具を使って何かしてるって話だ。村人が不安を感じてる」
「……なるほど。よくある話だな」

 男はあっさりと認めた。

「話を聞かせてもらえるか。お前が何者で、ここで何をしているのか」
「セオと名乗っている。以前は王国軍の開発部にいた。今は個人で研究をしている」
「研究か……何を?」
「色々と」

 詳しく言う気はなさそうだった。まあ、こういう奴は珍しくない。問題は――

「村に危害を加えるつもりは?」
「ない。そもそも興味も無いのだ」

 俺はフォルクと顔を見合わせてから、肩をすくめた。

「さっき道の途中で見かけた。焼け焦げた地面と、砕けた岩。派手な火柱でも上げたか?」
「ああ。ちょっとした出力調整だ。反応が想定より強くてね」
「爆発音も村まで届いてる。どう考えても『ちょっとした』じゃ済まない」
「周囲に被害が出たわけでもないだろう」

 本気で悪気がないらしい。

「では、こいつを見てくれ」

 隣でフォルクが腰のポーチをごそごそ探り、小さな金属製の筒を取り出した。先端に封があり、内側に微細な魔力制御の細工が施されている。
 フォルクが切り札の1つとして重宝している閃光弾だ。

「これを作ったのはお前じゃないか?」

 セオと名乗った男はそれを受け取ると、目の前で軽く回し、表面の細工を指先でなぞる。しばらく沈黙が続いた後、ぽつりと漏らす。

「初期型だ。たまに不発する不具合があってね。たしか、置いていたら盗まれた筈だが」
「そうか」

 見つけた。こいつが――

「魔導兵器の予算凍結により軍を離れた開発者、セオドリック・エヴァンシャーだな?」

 セオと名乗った男は小さく肩をすくめた。

「そう名乗ったところで、今さら何の価値がある?軍は魔導兵器への興味を失った、家名も捨てた、今はこの小屋で小物を作っているだけの男だ。放っておいてくれたまえよ」
「ならちょうどいい。俺はとても興味がある」


 貴族出身の軍部、軍縮の影響を強く受けた者。そして、俺の知る世界で搭乗型の大型魔導兵器開発者として名を馳せていた男。黒い血のセオドリック・エヴァンシャー。

 ここで逃がす手はない。
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