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第1章
#1.帰り道
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午後六時三十分、いつもの通りを抜けちいさな街の交番へ向かう。入口からそっと中を覗けば、ラフな格好に身を包んだ彼の姿が目に映った。
遠慮がちに声を掛けると困ったような表情の彼がこちらを振り向く。
ああ、きっと彼は今、面倒な奴が来たとでも思っているのであろう。そんな一面でさえ恋しく思う。
「なんだよ」
「お供させてくださいな」
「いつも一人で帰ってるじゃん」
「今日は一緒に帰ろうかなって……」
わざとらしく大きなため息をつく彼に負けじとこちらもわざとらしいくらいの笑みを返す。
彼は横目で私を睨むと、さっさと荷物をまとめ足早にその場を去ってしまった。送れぬよう駆け足で彼の後を追う。
「お前は自分の家までの道も満足に覚えられないの? それとも一人がそんなにさみしいの?」
「別に、ひとりでも平気だよ」
「ああ、そう。なら明日は一人で帰れよ」
どんどんと先へ進んでしまう彼の斜め後ろを小走りで着いていくわたし。
唐突に寂しさを覚えた。隣に並んで歩きたい、そんなわたしの淡い期待を意図も容易く裏切ってしまう彼にわずかに憤りを感じた。
「僕なんかと並んで歩く姿なんて、誰かに見られたら困るだろ? 学校のやつとかさ。僕だって同じなんだよな。わかったらあんま近づくなよ」
そう言って手でひらひらと虫を払うような仕草を見せた。なかなか上手くは行かないものだ。
彼がわたしと居ることに対して何らかの背徳感を感じても、わたしにとって不都合はない。更に言えば、こんな日常の一部を日々の楽しみとさえ感じている。なのに彼ときたら、いつまでたっても苦い顔をしたままだ。
「そういうところ、本当にキライ」
小さな声で呟いたわたしの声は、彼の耳には届かなかったようだった。彼の心のなかにわたしが入る隙は無いのだろうか。わたし自身のこの想いに気づいてしまって以来、彼の中での居場所が欲しいと、つい欲張るようになってしまった。
そんな思いを隠して傍に駆け寄り小さく息をした。オレンジ色に滲んでゆく空がとても綺麗に輝いて見えた。
隣の彼は遠くを見ている。
きっと彼のなかにはまだあの人があの頃のまま生きていて、彼の行く道を、目の前を塞いでしまっているのだろう。
あの人の着ていた制服、よくしていた髪型、よく来ていた場所。あの人が彼のなかに降り注ぐたび、辛い、切ないといった表情を浮かべるのだ。その横顔を見つけるたびに、どうにもならないもどかしさで胸が締め付けられる。
もう終わったことだなんて割り切ることもできずに、この先も変わらず、あの人は彼のなかで生き続けるのだろう。
思考を閉ざすようにわたしは言葉を放った。
「お腹すいた……」
彼はピタリと立ち止まり、深くため息をつくとこちらを振り返る。面倒だと言いながらもわたしのわがままに付き合ってくれる彼の暖かさに思わず笑みが零れた。
午後六時三十分、いつもの通りを抜けちいさな街の交番へ向かう。入口からそっと中を覗けば、ラフな格好に身を包んだ彼の姿が目に映った。
遠慮がちに声を掛けると困ったような表情の彼がこちらを振り向く。
ああ、きっと彼は今、面倒な奴が来たとでも思っているのであろう。そんな一面でさえ恋しく思う。
「なんだよ」
「お供させてくださいな」
「いつも一人で帰ってるじゃん」
「今日は一緒に帰ろうかなって……」
わざとらしく大きなため息をつく彼に負けじとこちらもわざとらしいくらいの笑みを返す。
彼は横目で私を睨むと、さっさと荷物をまとめ足早にその場を去ってしまった。送れぬよう駆け足で彼の後を追う。
「お前は自分の家までの道も満足に覚えられないの? それとも一人がそんなにさみしいの?」
「別に、ひとりでも平気だよ」
「ああ、そう。なら明日は一人で帰れよ」
どんどんと先へ進んでしまう彼の斜め後ろを小走りで着いていくわたし。
唐突に寂しさを覚えた。隣に並んで歩きたい、そんなわたしの淡い期待を意図も容易く裏切ってしまう彼にわずかに憤りを感じた。
「僕なんかと並んで歩く姿なんて、誰かに見られたら困るだろ? 学校のやつとかさ。僕だって同じなんだよな。わかったらあんま近づくなよ」
そう言って手でひらひらと虫を払うような仕草を見せた。なかなか上手くは行かないものだ。
彼がわたしと居ることに対して何らかの背徳感を感じても、わたしにとって不都合はない。更に言えば、こんな日常の一部を日々の楽しみとさえ感じている。なのに彼ときたら、いつまでたっても苦い顔をしたままだ。
「そういうところ、本当にキライ」
小さな声で呟いたわたしの声は、彼の耳には届かなかったようだった。彼の心のなかにわたしが入る隙は無いのだろうか。わたし自身のこの想いに気づいてしまって以来、彼の中での居場所が欲しいと、つい欲張るようになってしまった。
そんな思いを隠して傍に駆け寄り小さく息をした。オレンジ色に滲んでゆく空がとても綺麗に輝いて見えた。
隣の彼は遠くを見ている。
きっと彼のなかにはまだあの人があの頃のまま生きていて、彼の行く道を、目の前を塞いでしまっているのだろう。
あの人の着ていた制服、よくしていた髪型、よく来ていた場所。あの人が彼のなかに降り注ぐたび、辛い、切ないといった表情を浮かべるのだ。その横顔を見つけるたびに、どうにもならないもどかしさで胸が締め付けられる。
もう終わったことだなんて割り切ることもできずに、この先も変わらず、あの人は彼のなかで生き続けるのだろう。
思考を閉ざすようにわたしは言葉を放った。
「お腹すいた……」
彼はピタリと立ち止まり、深くため息をつくとこちらを振り返る。面倒だと言いながらもわたしのわがままに付き合ってくれる彼の暖かさに思わず笑みが零れた。
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