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第1章 逃げる2人
王宮の異変
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次の日の朝を迎えた。いつものようにビンデリアの王宮は火が消えたよう静かだった。エリザリー女王が病の床に臥せて以来、ここは活気を失い、そこにいる人々の顔も暗かった。
その中で明るい光を放つ者はいた。それは若い女官のサランサだった。病気で弱った女王のお世話を誰よりも愛情をこめて行っていた。
朝を迎えてやがて女王が目覚めた。
「女王様。ご気分はいかがですか?」
そばにいるサランサが優しく声をかけた。
「今日は少し、気分がいいわ」
エリザリー女王は答えた。だが彼女の死期がもう近いのか、すでに頬がこけてやせ細っていた。
「それはよかったですわ」
サランサは笑顔を向けた。この明るく優しいサランサのおかげでエリザリー女王は少し元気を取り戻せていた。それに今日は楽しみがあった。娘のアーリーと孫のエミリーが訪ねて来てくれるはずだった。
「楽しみだわ」
エリザリー女王はうれしそうだった。サランサはまたニッコリ笑った。彼女はエリザリー女王はもう長くないと思っていた。だからその前にアーリー様とエミリー様にお会いしていただければ・・・と思って2人に使いを出したのであった。
「もうしばらくでお着きと思いますわ。では後で」
サランサはそう言って女王の部屋を後にした。すると後ろから、
「サランサ。女王様の御容態はどうだ?」
と声をかけてきた者があった。サランサが振り返ると父のワーロン将軍が立っていた。
「父上。それは・・・」
サランサは首を横に振った。今日は少し元気を取り戻せているが、いつ何があってもおかしくない状態だった。
「ならば儂の部屋へ来い。一人で。内々の話がある」
ワーロン将軍はそう言って歩いて行った。サランサはその後ろ姿を悲しい顔で見送った。以前は誰にでも優しく、また誰からも慕われて頼りにされていた。そんな父をサランサは尊敬していた。しかし最近の父は何か邪悪な影が付きまとい、人が変わってしまった・・・。彼女は父が何か、やましいことをしているのを感じていた。
◇◇◇◇
森の中でリーカーは目覚めた。横でエミリーは静かに寝息を立てて寝ていた。辺りは不気味なほど静まり返って人の気配はなかった。
(ここまで逃げてきたらもう追って来るまい)
リーカーはそう思いたかった。しかし魔騎士たちの執拗な追撃を考えるとそうとも言っておられなかった。
「エミリー」
リーカーが声をかけるとエミリーが目覚めた。彼女は現在の状況がすぐに思い出せないように目をこすって辺りを見渡していた。
「出発するぞ。追っ手が来るかもしれぬから」
「パパ・・・」
エミリーはやっと現実を思い出し、今まで起こってきたことが悪夢ではないことを知り、不安な顔をしていた。不憫な我が子にリーカーはかける言葉が見つからない。ただその手を引いて森の中を逃げて行くしかなかった。
◇◇◇◇
サランサは将軍の執務室に入った。そこにはワーロン将軍だけがおり、他の魔騎士たちは席を外していた。
「そこに座れ」
ワーロン将軍は言った。サランサは小さくうなずいて椅子に座った。
「これから大事な話をする。心して聞くのだ」
ワーロン将軍は怖い顔をしていた。それを見てサランサは心の動揺を隠せなかった。父のよくない企みを聞かねばならぬと思うと心が締め付けられるようだった。
「近々、女王様がお亡くなりになるだろう。その後はマデリー様が継ぐのだ」
ワーロン将軍が確信に満ちた口調でそう言った。その言葉にサランサは目を見開いた。もしかして父がそんな大それたことを・・・。
「いえ、アーリー様のはずですが・・・」
サランサは即座に否定した。
「いや、マデリー様だ。そうに決まっておる」
ワーロン将軍ははっきりそう言った。その様子にサランサは悲しみを覚えた。やはり父は陰謀を企てていると・・・。
「父上。まさか・・・いけません。それだけはいけません!」
サランサは椅子から立ち上がった。彼女は何としても止めたかった。だがワーロン将軍は平然として薄笑いを浮かべていた。
「ふふふ。マデリー様が女王になれば、その次はお前だ。そう約束された。だから儂は・・・」
ワーロン将軍の言葉にサランサは気が遠くなった。
「父上・・・」
サランサはそれ以上、言葉が出なかった。もう止めることができないところまで来ているのではないかと・・・。
「よいか。お前はそのまま務めておればよい。何もかも儂がお膳立てやる。お前はビンデリア一、幸せになるのだ」
ワーロン将軍は言った。その時、執務室をノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
「ザウスです」
「入れ」
ドアが開いて腹心のザウス隊長が入ってきた。
「ザウスか。いい所に来た。話がある」
ワーロン将軍がニヤリと笑いながら言った。2人に何か陰謀のにおいを感じたサランサはその場に居づらくなり、走るように執務室から出て行った。その様子を見てザウス隊長が尋ねた。
「サランサ様はいかがしたのですか?」
「気にするな。女の気まぐれという奴だ。それより奴はどうした?」
「魔騎士を動員しておりますが、今だによい報告はありません。しかし奴はオースの森に入ったようです」
「何! どういうわけだ?」
「もしかすると奴はそこに身を隠そうとしているのかもしれません」
それを聞いてワーロン将軍は鼻で笑った。
「無駄なことを・・・しかしこれでなんとかなる」
「はい。奴は森に隠れて安心して油断しているでしょう。だが森に追っ手をすでに差し向けております。見つけ次第、襲うつもりです」
「ははは。これで邪魔する者はいなくなる・・・リーカーもエミリーも。アーリーの後を追わせてやる・・・」
ワーロン将軍は愉快に笑って話していた。だがその言葉の途中で、ザウスが右手を上げてそれを遮った。何者かがその会話を立ち聞きしているように感じたからだ。ザウスは静かに扉の方に近づき、急にそれを開けた。
「いない・・・」
そこには何者もいなかった。
「どうした?」
ワーロン将軍が訊いた。
「いえ、誰かが盗み聞いている気配がしたものですから。」
ザウス隊長は周囲を見渡してまた扉を閉めた。しかしサランサがそばの壁の陰に隠れていた。彼女は執務室を出て行ったが、父の陰謀を止めなければならないと盗み聞きをしていたのだった。だがその内容はサランサを驚愕させるほど恐ろしいものだった。
(そんな恐ろしいことを・・・とにかくリーカー様にお知らせせねば・・・オースの森に魔騎士たちが入った・・・)
サランサは急いでその場を離れて走っていった。
その中で明るい光を放つ者はいた。それは若い女官のサランサだった。病気で弱った女王のお世話を誰よりも愛情をこめて行っていた。
朝を迎えてやがて女王が目覚めた。
「女王様。ご気分はいかがですか?」
そばにいるサランサが優しく声をかけた。
「今日は少し、気分がいいわ」
エリザリー女王は答えた。だが彼女の死期がもう近いのか、すでに頬がこけてやせ細っていた。
「それはよかったですわ」
サランサは笑顔を向けた。この明るく優しいサランサのおかげでエリザリー女王は少し元気を取り戻せていた。それに今日は楽しみがあった。娘のアーリーと孫のエミリーが訪ねて来てくれるはずだった。
「楽しみだわ」
エリザリー女王はうれしそうだった。サランサはまたニッコリ笑った。彼女はエリザリー女王はもう長くないと思っていた。だからその前にアーリー様とエミリー様にお会いしていただければ・・・と思って2人に使いを出したのであった。
「もうしばらくでお着きと思いますわ。では後で」
サランサはそう言って女王の部屋を後にした。すると後ろから、
「サランサ。女王様の御容態はどうだ?」
と声をかけてきた者があった。サランサが振り返ると父のワーロン将軍が立っていた。
「父上。それは・・・」
サランサは首を横に振った。今日は少し元気を取り戻せているが、いつ何があってもおかしくない状態だった。
「ならば儂の部屋へ来い。一人で。内々の話がある」
ワーロン将軍はそう言って歩いて行った。サランサはその後ろ姿を悲しい顔で見送った。以前は誰にでも優しく、また誰からも慕われて頼りにされていた。そんな父をサランサは尊敬していた。しかし最近の父は何か邪悪な影が付きまとい、人が変わってしまった・・・。彼女は父が何か、やましいことをしているのを感じていた。
◇◇◇◇
森の中でリーカーは目覚めた。横でエミリーは静かに寝息を立てて寝ていた。辺りは不気味なほど静まり返って人の気配はなかった。
(ここまで逃げてきたらもう追って来るまい)
リーカーはそう思いたかった。しかし魔騎士たちの執拗な追撃を考えるとそうとも言っておられなかった。
「エミリー」
リーカーが声をかけるとエミリーが目覚めた。彼女は現在の状況がすぐに思い出せないように目をこすって辺りを見渡していた。
「出発するぞ。追っ手が来るかもしれぬから」
「パパ・・・」
エミリーはやっと現実を思い出し、今まで起こってきたことが悪夢ではないことを知り、不安な顔をしていた。不憫な我が子にリーカーはかける言葉が見つからない。ただその手を引いて森の中を逃げて行くしかなかった。
◇◇◇◇
サランサは将軍の執務室に入った。そこにはワーロン将軍だけがおり、他の魔騎士たちは席を外していた。
「そこに座れ」
ワーロン将軍は言った。サランサは小さくうなずいて椅子に座った。
「これから大事な話をする。心して聞くのだ」
ワーロン将軍は怖い顔をしていた。それを見てサランサは心の動揺を隠せなかった。父のよくない企みを聞かねばならぬと思うと心が締め付けられるようだった。
「近々、女王様がお亡くなりになるだろう。その後はマデリー様が継ぐのだ」
ワーロン将軍が確信に満ちた口調でそう言った。その言葉にサランサは目を見開いた。もしかして父がそんな大それたことを・・・。
「いえ、アーリー様のはずですが・・・」
サランサは即座に否定した。
「いや、マデリー様だ。そうに決まっておる」
ワーロン将軍ははっきりそう言った。その様子にサランサは悲しみを覚えた。やはり父は陰謀を企てていると・・・。
「父上。まさか・・・いけません。それだけはいけません!」
サランサは椅子から立ち上がった。彼女は何としても止めたかった。だがワーロン将軍は平然として薄笑いを浮かべていた。
「ふふふ。マデリー様が女王になれば、その次はお前だ。そう約束された。だから儂は・・・」
ワーロン将軍の言葉にサランサは気が遠くなった。
「父上・・・」
サランサはそれ以上、言葉が出なかった。もう止めることができないところまで来ているのではないかと・・・。
「よいか。お前はそのまま務めておればよい。何もかも儂がお膳立てやる。お前はビンデリア一、幸せになるのだ」
ワーロン将軍は言った。その時、執務室をノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
「ザウスです」
「入れ」
ドアが開いて腹心のザウス隊長が入ってきた。
「ザウスか。いい所に来た。話がある」
ワーロン将軍がニヤリと笑いながら言った。2人に何か陰謀のにおいを感じたサランサはその場に居づらくなり、走るように執務室から出て行った。その様子を見てザウス隊長が尋ねた。
「サランサ様はいかがしたのですか?」
「気にするな。女の気まぐれという奴だ。それより奴はどうした?」
「魔騎士を動員しておりますが、今だによい報告はありません。しかし奴はオースの森に入ったようです」
「何! どういうわけだ?」
「もしかすると奴はそこに身を隠そうとしているのかもしれません」
それを聞いてワーロン将軍は鼻で笑った。
「無駄なことを・・・しかしこれでなんとかなる」
「はい。奴は森に隠れて安心して油断しているでしょう。だが森に追っ手をすでに差し向けております。見つけ次第、襲うつもりです」
「ははは。これで邪魔する者はいなくなる・・・リーカーもエミリーも。アーリーの後を追わせてやる・・・」
ワーロン将軍は愉快に笑って話していた。だがその言葉の途中で、ザウスが右手を上げてそれを遮った。何者かがその会話を立ち聞きしているように感じたからだ。ザウスは静かに扉の方に近づき、急にそれを開けた。
「いない・・・」
そこには何者もいなかった。
「どうした?」
ワーロン将軍が訊いた。
「いえ、誰かが盗み聞いている気配がしたものですから。」
ザウス隊長は周囲を見渡してまた扉を閉めた。しかしサランサがそばの壁の陰に隠れていた。彼女は執務室を出て行ったが、父の陰謀を止めなければならないと盗み聞きをしていたのだった。だがその内容はサランサを驚愕させるほど恐ろしいものだった。
(そんな恐ろしいことを・・・とにかくリーカー様にお知らせせねば・・・オースの森に魔騎士たちが入った・・・)
サランサは急いでその場を離れて走っていった。
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