魔道の剣  ー王宮の鉱にまつわる悲話ー

広之新

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第6章 山の中の孤児院

さらわれた子供

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 サタンたちは森の中で火を焚いて、狩ったイノシシの肉を食べていた。

「どうします? ディックは仲間になろうとしませんでしたし・・・」
「この仕事には奴の力が必要なのだが・・・。ディックを絞めねばならんな!」
「ちょっと奴を探って来ましょうか?」
「ああ、弱みでもあればいうことを聞くかもしれない」 

 サタンたちがそう話しているところにウイッテが急に現れた。黒いトンガリ帽に黒マント、その奇妙ないで立ちに男たちは怪しさを感じた。一人の男が近寄っていった。

「なんだ! こいつ!」
「寄るな! 下郎!」

 ウイッテはそう言うと手を軽く動かした。するとその男はばっと後ろに飛ばされた。

「やるのか! この野郎!」

 別の男がウイッテにつかみかかろうとしたが、やはり同じように飛ばされた。それを見てサタンは目を見開いて驚き、何も言えなくなった。

「ふふふ。驚いただろう。儂は魔法使いのウイッテ。さる高貴なお方にお仕えするものだ。お前たちに用がある」
「な、なんだっていうんだ・・・。お、俺たちはな・・・」

 サタンはビビってしまって、それだけ言うのがやっとだった。

「ふふふ。山賊崩れのお前たちに危害を加えに来たわけではない。ましてや捕まえに来たわけでもない。安心しろ」

 ウイッテのその言葉にサタンは少し余裕ができたようだった。

「そ、それじゃあ、聞かしてもらおうか?」
「賞金稼ぎのお前たちによい話を持ってきた。ある男を仕留めるのだ」
「それは誰だ?」
「リーカーという男だ。お前たちも知っておろう」
「リーカーだと! 妻を殺し、女王様の孫を人質に逃げている奴だな」
「そうだ。そのリーカーだ。奴がこの山にいる」

 ウイッテがそう言うとサタンの目の色が変わった。

「そうかい。そういうことですかい。この山にいたのか・・・。なんでも奴をると王宮からばく大な褒美が出るとか」
「そうだ。だが奴は狡猾で悪賢い。剣の腕も確かで、しかも魔法が使える」
「うーむ。それはなかなか・・・」

 サタンは腕組みをして考えた。雑魚なら簡単に始末できるが、魔法が使えて腕利きとなると自分たちでは心もとない。

「だから儂が協力してやる。お前たち、頭を使え。奴はこの先である男にかくまわれている。カリタスという者のところにな」
「カリタス? じゃあ、あのディックのところにか!」
「そうだ」

 ウイッテは大きくうなずいた。

「そうか。それはおもしれえ! この話、乗ってやるぜ!」

 サタンは俄然やる気になった。

「ではな。リーカーを仕留められれば儂から王宮に報告してやる。そうすれば素性がどうであろうと褒美にありつけるだろう。待っているぞ。ふふふ。」

 ウイッテは笑いながら姿を消した。

 ◇◇◇◇

 カリタスは丸太小屋に帰ってきた。彼の背中にはイノシシが担がれていた。小屋の窓からその姿を見た子供たちが外に出てきた。

「大物だぞ」

 カリタスは得意げに獲物を頭上まで待ちあげた。

「すごいや!」
「大きいなあ!」

 それを見て子供たちが騒いだ。その声にマリーも出て来てカリタスを出迎えた。

「お帰りなさい」
「ただいま。大物を仕留めて来たぞ」

 カリタスは獲物のイノシシを小屋の傍らに置いた。

「客人はどうしておられる?」
「お嬢さんの熱も下がり、お元気になっています。あの方はずっとお嬢さんに付き添っておられます」
「それはよかった。明日、このイノシシを村に売りに行く。いろんなものを買ってくるから、必要な物を教えておいてくれ」

 カリタスはそう言うと中に入って行った。彼は昼間にあったこと、昔の仲間に会ったことは忘れようとしていた。自分は過去と決別した、昔の自分ではないと・・・。

 暖炉の前でリーカーとエミリーが座っていた。エミリーの顔色はかなりいいようだった。カリタスが声をかけた。

「お嬢さんの具合はいかがかな?」
「ずいぶんよくなった。これで旅を続けられる。礼を言う」

 リーカーは頭を下げた。

「それはよかった」

 カリタスは深くうなずいた。すると窓から子供の声が聞こえてきた。

「ねえ、もういいんでしょう。遊ぼうよ!」

 子供たちは新しく来たエミリーに興味があるようだった。それを聞いてエミリーは外に行きたくなった。

「ねえ、パパ。いいでしょう。」
「しかし病み上がりだ。無理は禁物だ」

 リーカーは我慢するように言ったが、カリタスはそれではエミリーがかわいそうだと思ってこう勧めた。

「それなら向こうの小屋でお話しするだけならどうかな。向こうも暖炉で温かいから」
「それならいいでしょう?」

 エミリーはリーカーに言った。今まで危険と隣り合わせで緊張が解けなかったエミリーにも久しぶりに笑顔が出た。このところ子供らしいことをさせられずにいたエミリーを思うと、リーカーはそれを許すしかなかった。

「わかった。行ってきなさい」
「わーい」

 エミリーはその小屋を飛び出して行った。その喜ぶ後ろ姿を見ながらカリタスは言った。

「子供は子供らしくないと。あれが自然の姿ですな」
「確かに」

 カリタスの言葉はリーカーの身に染みた。しかし命を狙われ追われる立場ではそれを取り戻すことは難しい・・・リーカーは思った。一方、カリタスも訳ありなリーカーの心の内の苦しさを察してはいた。

「ここにいればしばらくは平穏でいられよう・・・」

 カリタスはそう思っていた。


 だがここもリーカーやエミリーにとって安泰の場所ではなかった。しばらくして異変が起こった。

「きゃあ!」

 いきなり子供の悲鳴が上がった。それは向こうの丸太小屋の方だった。リーカーとカリタスはすぐに立ち上がってその小屋に向かった。

 そこには子供たちはいなかった。遊んでいたおもちゃがあちこちに散らばり、大人の足跡が多くついていた。子供全員、何者かにさらわれたのだ。

(一体、誰が?)

 カリタスはすぐに外に出て辺りを見渡した。周囲に人影はなく、辺りは静まり返っていた。リーカーも外に出てきた。彼は森の方に人の気配を感じた。

「あっちだ!」

 リーカーはその方向に走り出した。カリタスもその後に続いた。すると彼らの前に一人の男が悠然と立っていた。

「おう、ディック! また会ったな」

 それはサタンだった。

「貴様! 子供たちをさらったな! どうしてこんなことを!」

 カリタスが叫んだ。サタンはニヤリと笑った。

「俺はあきらめが悪いんだ。お前にどうしてもやってもらいたいことがあってな。さあて、子供は預かったぜ。返してほしかったら明日の朝、向こうの谷に来な! そこの男も一緒にだ」
「私に何の用だ?」

 リーカーが声を上げた。

「俺たちは知っているんだぜ。お前のことを。さるお方がお前の息の根を止めようとしているのさ。へっへっへ」

 サタンは馬鹿にするかのように笑っていた。

「なに!」

 リーカーが剣に手をかけようとすると、慌ててサタンは後ろに飛びのいた。

「あぶねえ! あぶねえ! ここで俺を斬ったら子供たちの命はないぜ。じゃあ、明日だぜ! 楽しみに待っているぜ! へっへっへ!」

 サタンはまた笑いながら走って行ってしまった。カリタスはため息をついた。

「子供たちが全員さらわれてしまった・・・」
「私の娘も」

 リーカーはもため息をついた。エミリーも子供たちとともにさらわれてしまったのだ。もし正体がばれてマークスたちに引き渡されるようなことがあると取り返しがつかない。なんとしても無事に子供たちを取り戻さねば・・・リーカーは唇をかみしめながら思った。それにしてもカリタスの態度はおかしかった。相手を見知っているようだった・・・それがリーカーの心に引っかかった。

 2人は小屋に戻った。そこにマリーが心配して待っていた。

「子供たちは?」
「さらわれてしまった。みんな・・・」

 カリタスは目を伏せた。

「えっ! どうして?」
「それは・・・」

 カリタスは言葉を濁した。それはマリーにも話せなかったことだった。リーカーが代わりの答えた。

「私たちに用があるようだ。私たちは明日、谷に行って子供たちを取り戻すつもりだ。それよりカリタスさんと話がある。マリーさんは外してくれないか?」
「ええ、わかった」

 マリーは奥に引っ込んだ。リーカーはカリタスをじっと見て静かに尋ねた。

「あの者を知っているな?」

 その言葉は確信に満ちたものだった。嘘はつけぬと悟ったカリタスは言った。

「そうだ。知っている。昔の仲間だ」
「どういうわけだ? 詳しいことを聞かせてくれぬか?」

 リーカーがそう言うとカリタスはうなずいて話し出した。

「私は昔、山賊だったのです。皆殺しのディックと言えばここら辺では知られていた。その名の通り、旅人を一人残さず虐殺するという冷酷無比な男だった。だがある時、通りがかりの小さな子供連れの夫婦を仲間が手にかけた。その時、泣き叫ぶ子供をなぜか私は放っておけなかった。仲間には黙って自分だけの隠れ家に連れて行ってしまった」
「それから孤児になった子供を育てるようになったんだな」
「そうだ。だが罪滅ぼしのつもりはない。私のような男には地獄が待っている。しかし子供たちは未来の希望の光だ。その光を消すことがあってはならない。こんな男でも親のない子供たちの力になってやれる。ただそれだけだった。それだけで生きてきたのだ」

 カリタスはため息をついて上を仰いだ。リーカーが聞いた

「だがあの男が現れたのだな」
「ああ、そうだ。サタンという男だ。奴も昔は山賊だった。今は賞金稼ぎと言っていたが、何かよくないことをしているようだ。サタンは私に力を貸せという。だがもう私は昔のディックではない。過去とは決別した。ここを守っているのだ。だから断った」

 リーカーがさらに問うた。

「奴らが子供をさらってまであなたを巻き込もうとしたのに思い当たることはないか?」
「いや、全くない。そこまでやるとは思わなかった」

 カリタスはそう答えた。リーカーはもしかしたら奴らの狙いは自分かもしれないと思った。

「とにかく明日、奴らの言う谷に行くしかない」

 リーカーは言った。何かのはかりごとがあるかもしれないが彼らにはその選択しかなかった。

「わかっている。あなた方を巻き込んでしまってすまない」

 カリタスは頭を下げた。
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