魔道の剣  ー王宮の鉱にまつわる悲話ー

広之新

文字の大きさ
36 / 41
第9章 王宮を前にして

それぞれの決意

しおりを挟む
 エミリーは森の木々の中に隠れながら父の戦いをそっと見ていた。父は多くの魔騎士と魔兵に囲まれつつも、臆することもなく剣と魔法で倒し続けた。だがその父も魔騎士隊のザウス隊長には敵わなかった。攻撃を受けて堀の中に沈んでいったのだ。

「パパ!」

 エミリーは思わず声を上げてその場に駆け寄ろうとしていた。だが突然、何者かにその口をふさがれて抱きかかえられた。

(しまった!)

 もうエミリーにはどうすることもできない。抱えられたまま森の奥へと連れていかれてしまった。

 ◇◇◇

 リーカーは目を開けた。そこは彼の家のソファの上だった。明るい灯りが部屋を照らし、暖炉の薪が暖かく燃えていた。

「パパ。寝ていたの?」

 エミリーがリーカーの顔をのぞきこんでいた。

「パパはお疲れなのよ。さあ、お祝いしましょう。パパは魔法剣士になったのよ」

 妻のアーリーがケーキをもってリビングに入ってきた。

「そうだな・・・」

 リーカーはまだ悪夢から覚めきらぬようにあいまいな返事した。アーリーはそんなリーカーに笑顔を向けて言った。

「おめでとう。これであなたは魔法剣士ね」
「パパ、おめでとう」

 エミリーも笑顔で祝ってくれた。

「ああ、ありがとう」

 リーカーも妻と娘に笑顔で返した。リーカーは悪夢を振り払うように首を振った。これが現実の世界であるはずだと・・・彼は思いこもうとした。エミリーが言った。

「パパ、魔法で何かやって見せてよ。そうね。ここにたくさんの御馳走を並べてみて」
「ははは。料理ならママの方がおいしいよ。それよりもっといいものを見せよう」

 リーカーは呪文を唱えた。すると丸い風船がいくつも現れて、部屋に浮かんだ。それは様々に色を変えた。

「じゃあ、私も」

 アーリーも呪文を唱えた。すると壁に掛けてあったバイオリンが空中に浮かんで弦が音を奏で、同時にピアノも演奏し始めた。家の中はまるで幻想的な劇場の様になり、3人をうっとりとさせた。そこに召喚した小さなかわいい幻獣たちがダンスを踊りながら出て来た。それらは愛想を振りまいていた。

「ははは」

 エミリーも踊って愉快そうにはしゃいでいた。それを見てリーカーとアーリーは笑って顔を見合わせた。

「パパ、パパ」

 エミリーは魔法で浮かびながらリーカーを呼んでいた。


「パパ!、パパ!」

 リーカーはエミリーに何度も呼ばれていた。リーカーは目を開けた。そこは薄暗く冷たい小屋の中だった。夢から覚めると、あの悲惨な出来事は現実のものだったとリーカーは思い知らされた。体をむしばむ痛みに苦しみながらもリーカーは身を起こした。そこにはエミリーと並んで一人の若い娘がいた。その娘には見覚えがあった。

「サランサ殿だな」
「はい。サランサです」

 彼女は青白い顔をしていた。何か深い苦しみを抱えているようだった。エミリーは言った。

「私は森でサランサに助けられたの。パパもサランサが魔法で助けてくれたのよ。そして見つからないようにここに運んでくれたよ」

 リーカーはザウス隊長に手ひどい敗北を喫したのを思い出した。必殺技を受けて堀に転落したのに傷はわずかで済んでいた。サランサが回復魔法で手当てもしてくれたようだった。

「それはすまなかった。助けていただいたとは・・・」

 リーカーが身を起こしかけたが、サランサはそれを止めた。

「悪いのは父です。こんなことをしているとは・・・でもすべて私のせいです。私を将来、女王にしようとマデリー様と企んだのです。リーカー様。謝ったからと言って許されるとは思っておりません。しかし私には何もできないのです。あなたの気が済むまでこの体に剣を突き立ててください」

 サランサは悲しそうに言った。彼女の肩にはあの白フクロウが止まっていた。リーカーは静かに言った。

「いいや、あなたは悪くない。すべてワーロン将軍の仕組んだことだ。それにあなたは白フクロウを使って私を助けてくれた。礼を言う。この上は、私はエミリーを連れて王宮に乗り込みつもりだ」
「いえ、お逃げください。エミリー様を連れて。王宮の中には父の配下の魔騎士や魔兵がおります。お命が危のうございます」

 サランサは強く止めた。だがリーカーはゆっくる首を横に振った。

「いや、敵が多かろうが私はエミリーとともに行く。女王様のお身が危ないのだ。私が止めねばならぬ」

 リーカーはきっぱりと言った。

「それならせめてエミリー様だけでもここに・・・。こんな幼いエミリー様を戦いに連れて行こうとおっしゃるのですか!」

 サランサは声を上げた。

「ああ、そうだ。エミリーも命を狙われている。逃げても魔騎士たちがいつまでも追ってくるだろう。それならば私の近くに・・・。我らにはもう道はない。自らが切り開いていかねばならぬ。死を恐れずに・・・」

 リーカーは言った。その言葉にエミリーはしっかりとうなずいた。その親子の死を覚悟する決心の固さにサランサは涙をこぼした。そしてサランサ自身も決心した。

「わかりました。私が王宮に案内いたします」
「よいのか? 父上を裏切ることになるのだぞ」
「ええ、私も自分の信じる道を進みます」

 サランサは涙を拭いてそう答えた。

 ◇◇◇◇

「リーカーは討ち取ったのだな!」

 将軍執務室でワーロン将軍がザウス隊長を問うた。

「必殺技で倒したはずですが、しかし堀に沈んでしまって死体は確認しておりません」

 ザウス隊長はそう答えた。

「娘のエミリーはどうした?」
「まだ見つかっておりません。遠くには行っていないはずですからじきに見つかると思いますが・・・」

 ザウス隊長は言葉を濁した。ワーロン将軍は非常に不満だった。リーカーの死を確認できないばかりか、肝心のエミリーの行方すらつかんでいないとは・・・。

「貴様は当てにならんな! 何のために隊長にしてやったというのだ! 奴らの死体を見つけるまでここに戻ってくるな! 行け!」

 ワーロン将軍は怒鳴り散らした。ザウスは不服そうな顔をしながら執務室を出て行った。

「どいつもこいつも使い物にならぬ。サランサは出て行くし、ザウスはあのざまだ・・・まあいい。女王の命はあとわずかだ。もうすぐ儂の天下だ」

 ワーロン将軍は怒りおさまらず、ドンと机を叩いた。

 ◇◇◇◇

 サランサは辺りを見渡して誰もいないことを確認すると、リーカーとエミリーを連れて林の小屋を出た。

「王宮へはごく一部の者しか知られていない抜け道を通ります。多分、魔騎士たちに気付かれずに王宮には入れるはずです」

 先を歩くサランサは振り返って言った。リーカーは深くうなずき、エミリーの手を引いて進んだ。日の沈みかけた夕刻で辺りが薄暗くなっていた。彼らは林の木々に隠れながら、誰にも見つからずに抜け道に入っていった。
 だがそれを見ているものがあった。それは一羽の魔法の黒カラスだった。3人が穴に入るのを見届けると王宮の方に飛んでいった。

 ◇◇◇◇

 一羽の黒カラスが王宮に飛んできた。そして庭にいたザウス隊長の肩に止まり、何やらささやいた。

「何! 奴が生きている! それもこっちに向かっているだと!」

 ザウス隊長は声を上げた。

「ならばここで奴を仕留めるだけよ!俺一人でな」

 ザウス隊長は憤然として立ち上がった。その彼の目は不気味に光っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...