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第1章 春
第11話 城への使い
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新緑のまぶしい春の終わりが近づいた頃だった。急に紅之介は百雲斎に呼び出された。
「急にまた何かあったのか?」
と思って屋敷に出かけて奥の間に入ると、そこには重蔵も控えていた。それを見て百雲斎から何らかのお役目が与えられると紅之介は直感した。紅之介が座ると百雲斎が話し始めた。
「2人に来てもらったのは他でもない。麻山城とのつなぎのことだ。」
現在、麻山城は仇敵の万代宗長によって攻められていた。東堂幸信は籠城を決めて必死に防戦していた。城の周囲は万代の兵で埋め尽くされ、蟻のはい出る隙もない・・・のはずだった。百雲斎は隠し箪笥の引き出しから小さな包みを取り出して重蔵に渡した。
「お前たち2人なら敵を突破して城内に入れるはず。御屋形様にこの密書をお届けするのだ。これには我が里の者が秘密裏に探った万代の軍勢の様子が書かれておる。これを元に反撃することも可能だろう。しかし絶対、敵の手に渡してはならぬ。」
「はっ!」
重蔵と紅之介はうなずいた。どんな不可能な任務であろうが命じられたからには果たさねばならない。もししくじって敵に捕まりそうになれば、正体を知られぬように自害してその身を爆弾で吹っ飛ばさねばならない。決死の覚悟が必要なのだ。重蔵と紅之介にはその覚悟はとうにできていた。
「一刻を争う! さあ、行け!」
「はっ!」
重蔵と紅之介は屋敷を飛び出した。今から駆けつければ、夜半には麻山城に近くには行ける。夜闇に乗じて敵の目をごまかして城に潜り込むのだ。
その頃、葵姫は離れの部屋で文を書いていた。それは父に宛てた手紙だった。椎谷の里の日常のことなど。それは届ける者などない、父に届かぬ文のはずだった。だが葵姫は書き溜めていた。いつの日か、それが父に読まれる日を思って。
葵姫は書き終えた文を文箱にしまおうとした。
「あっ。文が・・・」
文箱にしまっていたはずの書き溜めた文が消え失せていた。
(どこに・・・)
この文のことは菊や紅之介など離れにいる数人しか知らない。
「菊! 菊!」
葵姫は大声で菊を呼んだ。すると奥から菊が慌ててやって来た。
「どうなさいましたか。」
「書き溜めた文が消えたのだ。知らぬか?」
菊は首を傾げた。
「それは紅之介様が。屋敷から急ぎ戻って来て、慌ててその文を抱えていかれました。何でも火急の用とかで。」
「紅之介が?」
菊は葵姫がそのことを知っていると思っていた。だが葵姫は文を持ち出すことは聞かされておらず困惑した。
(その文をどうしようというのだ。包囲された麻山城に届けられるはずはないのに・・・)
そこまで思いめぐらした時、葵姫ははっとした。
(紅之介が・・・まさか!)
葵姫は離れを飛び出して屋敷の方に向かった。その玄関に入るや否や、
「百雲斎! 百雲斎はおらぬか!」
と大声で呼んだ。すると奥からのっそりと百雲斎が現れた。
「これは姫様。どうなされた? そのように大きな声をたてられて。」
「紅之介は? 紅之介をどうしたのじゃ。まさか麻山城に・・・」
葵姫の言葉を聞いて百雲斎は人差し指を唇に当てた。静かになされよという合図だった。すぐに葵姫が口をつぐむと、百雲斎は小さな声で話し出した。
「ここだけの話でござる。紅之介ともう一人、城に使いに出し申した。」
「しかし城は・・・」
「わかっております。しかし必ずやり遂げるはず、しばらくお待ちください。明日には帰ってまいりましょう。」
百雲斎は何事でもないという風に微笑を浮かべていた。だが葵姫は心配していた。もしかしたら紅之介は帰ってこないかも・・・そんな想像が心を支配していた。
「心配ありませぬ。あの2人なら。」
何でもないという風に話す百雲斎さえ疎ましく感じられた。自分は気が気でないというのに・・・葵姫は不快になって離れに戻った。
「どうか、紅之介をお守りください。」
葵姫は神に祈った。そうすることしか今の彼女にはできなかった。
「急にまた何かあったのか?」
と思って屋敷に出かけて奥の間に入ると、そこには重蔵も控えていた。それを見て百雲斎から何らかのお役目が与えられると紅之介は直感した。紅之介が座ると百雲斎が話し始めた。
「2人に来てもらったのは他でもない。麻山城とのつなぎのことだ。」
現在、麻山城は仇敵の万代宗長によって攻められていた。東堂幸信は籠城を決めて必死に防戦していた。城の周囲は万代の兵で埋め尽くされ、蟻のはい出る隙もない・・・のはずだった。百雲斎は隠し箪笥の引き出しから小さな包みを取り出して重蔵に渡した。
「お前たち2人なら敵を突破して城内に入れるはず。御屋形様にこの密書をお届けするのだ。これには我が里の者が秘密裏に探った万代の軍勢の様子が書かれておる。これを元に反撃することも可能だろう。しかし絶対、敵の手に渡してはならぬ。」
「はっ!」
重蔵と紅之介はうなずいた。どんな不可能な任務であろうが命じられたからには果たさねばならない。もししくじって敵に捕まりそうになれば、正体を知られぬように自害してその身を爆弾で吹っ飛ばさねばならない。決死の覚悟が必要なのだ。重蔵と紅之介にはその覚悟はとうにできていた。
「一刻を争う! さあ、行け!」
「はっ!」
重蔵と紅之介は屋敷を飛び出した。今から駆けつければ、夜半には麻山城に近くには行ける。夜闇に乗じて敵の目をごまかして城に潜り込むのだ。
その頃、葵姫は離れの部屋で文を書いていた。それは父に宛てた手紙だった。椎谷の里の日常のことなど。それは届ける者などない、父に届かぬ文のはずだった。だが葵姫は書き溜めていた。いつの日か、それが父に読まれる日を思って。
葵姫は書き終えた文を文箱にしまおうとした。
「あっ。文が・・・」
文箱にしまっていたはずの書き溜めた文が消え失せていた。
(どこに・・・)
この文のことは菊や紅之介など離れにいる数人しか知らない。
「菊! 菊!」
葵姫は大声で菊を呼んだ。すると奥から菊が慌ててやって来た。
「どうなさいましたか。」
「書き溜めた文が消えたのだ。知らぬか?」
菊は首を傾げた。
「それは紅之介様が。屋敷から急ぎ戻って来て、慌ててその文を抱えていかれました。何でも火急の用とかで。」
「紅之介が?」
菊は葵姫がそのことを知っていると思っていた。だが葵姫は文を持ち出すことは聞かされておらず困惑した。
(その文をどうしようというのだ。包囲された麻山城に届けられるはずはないのに・・・)
そこまで思いめぐらした時、葵姫ははっとした。
(紅之介が・・・まさか!)
葵姫は離れを飛び出して屋敷の方に向かった。その玄関に入るや否や、
「百雲斎! 百雲斎はおらぬか!」
と大声で呼んだ。すると奥からのっそりと百雲斎が現れた。
「これは姫様。どうなされた? そのように大きな声をたてられて。」
「紅之介は? 紅之介をどうしたのじゃ。まさか麻山城に・・・」
葵姫の言葉を聞いて百雲斎は人差し指を唇に当てた。静かになされよという合図だった。すぐに葵姫が口をつぐむと、百雲斎は小さな声で話し出した。
「ここだけの話でござる。紅之介ともう一人、城に使いに出し申した。」
「しかし城は・・・」
「わかっております。しかし必ずやり遂げるはず、しばらくお待ちください。明日には帰ってまいりましょう。」
百雲斎は何事でもないという風に微笑を浮かべていた。だが葵姫は心配していた。もしかしたら紅之介は帰ってこないかも・・・そんな想像が心を支配していた。
「心配ありませぬ。あの2人なら。」
何でもないという風に話す百雲斎さえ疎ましく感じられた。自分は気が気でないというのに・・・葵姫は不快になって離れに戻った。
「どうか、紅之介をお守りください。」
葵姫は神に祈った。そうすることしか今の彼女にはできなかった。
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