12 / 56
第1章 春
第11話 城への使い
しおりを挟む
新緑のまぶしい春の終わりが近づいた頃だった。急に紅之介は百雲斎に呼び出された。
「急にまた何かあったのか?」
と思って屋敷に出かけて奥の間に入ると、そこには重蔵も控えていた。それを見て百雲斎から何らかのお役目が与えられると紅之介は直感した。紅之介が座ると百雲斎が話し始めた。
「2人に来てもらったのは他でもない。麻山城とのつなぎのことだ。」
現在、麻山城は仇敵の万代宗長によって攻められていた。東堂幸信は籠城を決めて必死に防戦していた。城の周囲は万代の兵で埋め尽くされ、蟻のはい出る隙もない・・・のはずだった。百雲斎は隠し箪笥の引き出しから小さな包みを取り出して重蔵に渡した。
「お前たち2人なら敵を突破して城内に入れるはず。御屋形様にこの密書をお届けするのだ。これには我が里の者が秘密裏に探った万代の軍勢の様子が書かれておる。これを元に反撃することも可能だろう。しかし絶対、敵の手に渡してはならぬ。」
「はっ!」
重蔵と紅之介はうなずいた。どんな不可能な任務であろうが命じられたからには果たさねばならない。もししくじって敵に捕まりそうになれば、正体を知られぬように自害してその身を爆弾で吹っ飛ばさねばならない。決死の覚悟が必要なのだ。重蔵と紅之介にはその覚悟はとうにできていた。
「一刻を争う! さあ、行け!」
「はっ!」
重蔵と紅之介は屋敷を飛び出した。今から駆けつければ、夜半には麻山城に近くには行ける。夜闇に乗じて敵の目をごまかして城に潜り込むのだ。
その頃、葵姫は離れの部屋で文を書いていた。それは父に宛てた手紙だった。椎谷の里の日常のことなど。それは届ける者などない、父に届かぬ文のはずだった。だが葵姫は書き溜めていた。いつの日か、それが父に読まれる日を思って。
葵姫は書き終えた文を文箱にしまおうとした。
「あっ。文が・・・」
文箱にしまっていたはずの書き溜めた文が消え失せていた。
(どこに・・・)
この文のことは菊や紅之介など離れにいる数人しか知らない。
「菊! 菊!」
葵姫は大声で菊を呼んだ。すると奥から菊が慌ててやって来た。
「どうなさいましたか。」
「書き溜めた文が消えたのだ。知らぬか?」
菊は首を傾げた。
「それは紅之介様が。屋敷から急ぎ戻って来て、慌ててその文を抱えていかれました。何でも火急の用とかで。」
「紅之介が?」
菊は葵姫がそのことを知っていると思っていた。だが葵姫は文を持ち出すことは聞かされておらず困惑した。
(その文をどうしようというのだ。包囲された麻山城に届けられるはずはないのに・・・)
そこまで思いめぐらした時、葵姫ははっとした。
(紅之介が・・・まさか!)
葵姫は離れを飛び出して屋敷の方に向かった。その玄関に入るや否や、
「百雲斎! 百雲斎はおらぬか!」
と大声で呼んだ。すると奥からのっそりと百雲斎が現れた。
「これは姫様。どうなされた? そのように大きな声をたてられて。」
「紅之介は? 紅之介をどうしたのじゃ。まさか麻山城に・・・」
葵姫の言葉を聞いて百雲斎は人差し指を唇に当てた。静かになされよという合図だった。すぐに葵姫が口をつぐむと、百雲斎は小さな声で話し出した。
「ここだけの話でござる。紅之介ともう一人、城に使いに出し申した。」
「しかし城は・・・」
「わかっております。しかし必ずやり遂げるはず、しばらくお待ちください。明日には帰ってまいりましょう。」
百雲斎は何事でもないという風に微笑を浮かべていた。だが葵姫は心配していた。もしかしたら紅之介は帰ってこないかも・・・そんな想像が心を支配していた。
「心配ありませぬ。あの2人なら。」
何でもないという風に話す百雲斎さえ疎ましく感じられた。自分は気が気でないというのに・・・葵姫は不快になって離れに戻った。
「どうか、紅之介をお守りください。」
葵姫は神に祈った。そうすることしか今の彼女にはできなかった。
「急にまた何かあったのか?」
と思って屋敷に出かけて奥の間に入ると、そこには重蔵も控えていた。それを見て百雲斎から何らかのお役目が与えられると紅之介は直感した。紅之介が座ると百雲斎が話し始めた。
「2人に来てもらったのは他でもない。麻山城とのつなぎのことだ。」
現在、麻山城は仇敵の万代宗長によって攻められていた。東堂幸信は籠城を決めて必死に防戦していた。城の周囲は万代の兵で埋め尽くされ、蟻のはい出る隙もない・・・のはずだった。百雲斎は隠し箪笥の引き出しから小さな包みを取り出して重蔵に渡した。
「お前たち2人なら敵を突破して城内に入れるはず。御屋形様にこの密書をお届けするのだ。これには我が里の者が秘密裏に探った万代の軍勢の様子が書かれておる。これを元に反撃することも可能だろう。しかし絶対、敵の手に渡してはならぬ。」
「はっ!」
重蔵と紅之介はうなずいた。どんな不可能な任務であろうが命じられたからには果たさねばならない。もししくじって敵に捕まりそうになれば、正体を知られぬように自害してその身を爆弾で吹っ飛ばさねばならない。決死の覚悟が必要なのだ。重蔵と紅之介にはその覚悟はとうにできていた。
「一刻を争う! さあ、行け!」
「はっ!」
重蔵と紅之介は屋敷を飛び出した。今から駆けつければ、夜半には麻山城に近くには行ける。夜闇に乗じて敵の目をごまかして城に潜り込むのだ。
その頃、葵姫は離れの部屋で文を書いていた。それは父に宛てた手紙だった。椎谷の里の日常のことなど。それは届ける者などない、父に届かぬ文のはずだった。だが葵姫は書き溜めていた。いつの日か、それが父に読まれる日を思って。
葵姫は書き終えた文を文箱にしまおうとした。
「あっ。文が・・・」
文箱にしまっていたはずの書き溜めた文が消え失せていた。
(どこに・・・)
この文のことは菊や紅之介など離れにいる数人しか知らない。
「菊! 菊!」
葵姫は大声で菊を呼んだ。すると奥から菊が慌ててやって来た。
「どうなさいましたか。」
「書き溜めた文が消えたのだ。知らぬか?」
菊は首を傾げた。
「それは紅之介様が。屋敷から急ぎ戻って来て、慌ててその文を抱えていかれました。何でも火急の用とかで。」
「紅之介が?」
菊は葵姫がそのことを知っていると思っていた。だが葵姫は文を持ち出すことは聞かされておらず困惑した。
(その文をどうしようというのだ。包囲された麻山城に届けられるはずはないのに・・・)
そこまで思いめぐらした時、葵姫ははっとした。
(紅之介が・・・まさか!)
葵姫は離れを飛び出して屋敷の方に向かった。その玄関に入るや否や、
「百雲斎! 百雲斎はおらぬか!」
と大声で呼んだ。すると奥からのっそりと百雲斎が現れた。
「これは姫様。どうなされた? そのように大きな声をたてられて。」
「紅之介は? 紅之介をどうしたのじゃ。まさか麻山城に・・・」
葵姫の言葉を聞いて百雲斎は人差し指を唇に当てた。静かになされよという合図だった。すぐに葵姫が口をつぐむと、百雲斎は小さな声で話し出した。
「ここだけの話でござる。紅之介ともう一人、城に使いに出し申した。」
「しかし城は・・・」
「わかっております。しかし必ずやり遂げるはず、しばらくお待ちください。明日には帰ってまいりましょう。」
百雲斎は何事でもないという風に微笑を浮かべていた。だが葵姫は心配していた。もしかしたら紅之介は帰ってこないかも・・・そんな想像が心を支配していた。
「心配ありませぬ。あの2人なら。」
何でもないという風に話す百雲斎さえ疎ましく感じられた。自分は気が気でないというのに・・・葵姫は不快になって離れに戻った。
「どうか、紅之介をお守りください。」
葵姫は神に祈った。そうすることしか今の彼女にはできなかった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる