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第2章 夏

第6話 迫りくる影

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 椎谷の里はいわゆる隠れ里であり、よそ者の侵入を警戒していた。特に葵姫がこの里に来てからは厳重になった里に通じる道にはそれぞれ地侍たちの見張りがついた。そのため不審な者がそこを通ろうとすると、そこに詰める地侍によって阻止されていた。

 今日も道を固める地侍が2人、その場に姿を隠して見張っていた。だが最近ではその険しい道を通って椎谷の里まで行こうとする者はほとんどいなかった。

「誰も通らぬだろう・・・」

その2人の地侍は明らかに油断していた。すると木の枝が激しく揺れた。風でも強く吹いたかと身を乗り出した瞬間、上から何かが降ってきた。

「ヒューン!」

それは一瞬だった。風の音に紛れてその地侍が首を斬られて絶命した。

「何者だ!」

残りの一人も慌てて刀を抜こうとした。だがその前に後ろから斬られて倒れた。

「見張りは倒した。行くぞ!」

それは3人の忍びだった。顔を頭巾覆い、黒ずくめの着物姿で足音もたてず、影の様に里への道を素早く進んでいった。彼らは武藤三郎の配下の者であり、麻山城から梟砦に出向いた山形甚兵衛の後を密かに追っていた。その彼が椎谷の里に向かったのを不可解に思った。

(あの山深い里に何かがある・・・。)

彼らは椎谷の里に目をつけたのだった。それが何であるかはわからないものの・・・。3人の忍びはすぐに椎谷の里の中に侵入し、姿を隠して様子をうかがっていた。



 紅之介と葵姫は今日も馬で小平丘に来ていた。季節は流れ、夏の盛りで足元を隠すように深い緑の草が生い茂っていた。2人は馬から下りた。しばらく歩くと、2人の前に山々が美しい眺めを織りなす場所にたどり着いた。
 葵姫と紅之介はいつものようにそこに腰を下ろした。

「ここから眺める景色は格別だな。」

葵姫は機嫌がよかった。紅之介はその言葉にうなずいた。

「はい。私など幼いころから見ておりますが少しも飽きませぬ。」
「私もそうだ。山が透けて城が見えたらもっといいのだが・・・」

葵姫はまた城の姿を思い浮かべているようだった。紅之介は葵姫が懐かしむ麻山城がどんなところであるか、興味を持っていた。

「お城はどのようなところでしょうか?」
「高い土塁があってな。頑丈な門と高い櫓がいくつも建っている。しかし中は木々や草花でいっぱいじゃ。季節によって違う花が咲き、辺りいっぱい美しい景色に変える・・・」

葵姫は急に口を閉ざした。城にいたころの生活を思い出して、寂しさが急にあふれてきたのかもしれなかった。紅之介は葵姫の心を慰めることを考えた。

「姫様。ここも素晴らしい花が咲きまする。こちらにお越しください。」

紅之介は葵姫を丘の下の草原に案内した。そこは色とりどりの花が辺り一面咲き誇っていた。自然が見せる力強い美しさがここにあった。

「おお! これは美しいのう!」

葵姫は寂しさを忘れ、その景色にうっとりしていた。



 山形甚兵衛は椎谷の里の藤林百雲斎を訪ねた。それは葵姫のご様子を直に聞くためだった。その急な来訪に百雲斎は何事か、起こったかと身構えた。

「山形殿。今日はいかがいたしましたかな?」
「百雲斎殿にお聞きしたくて参った。姫様の御様子はどうじゃ?」
「ご気分よく過ごされております。」
「それはいいが、よくない噂を耳にした。姫様はどこにおられる?」
「はあ、多分、丘の方に。今日も馬に乗ってお出かけになりました。お付きの紅之介も一緒と思いますが。」

それを聞いて甚兵衛は驚いた。

「馬など危ないのではないか!」
「いえ、紅之介が後ろに乗り手綱を引いておりますので、ご安心ください。」
「だがそんな遠方に。もし何かあれば・・・。例えばだが、敵の忍びがもし侵入したとしたらいかんとする? 姫様の身が危なかろう。」
「確かに姫様の身が危のうござる。しかし一応、この里に通じる道には見張りを立ててはおりますが。」
「それでもどうじゃ? もしもの時にその紅之介は役に立つのか? 一度、この里に参った時に見たが、あの若い侍一人で何ができるというのか?」

その言葉を聞いて百雲斎はニヤリと笑い、意味ありげに言った。

「紅之介が弱いように見えましたのかな?」
「あのように細く小柄な者が強いように思えぬが・・・」

甚兵衛は首を傾げながらそう言った。
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