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報酬
しおりを挟む「アイツらが男爵令嬢と関係を持ったのは媚薬を盛られる前だから、同情の余地なしだぞ。媚薬によって性癖が露呈しただけで、アイツらが婚約者を蔑ろにしてるのも自己中で性根が腐ってるのも、薬は全く関係ないからな」
「…………うん」
「何だよ煮え切らないな。まさかイアンみたいに同情してんじゃないだろうな? 元から情に厚いのは知ってるけど、お前ちょっとチョロ過ぎないか?」
「違う!!私はこの状況が恥ずかしくて堪らないのよ!アンタ本当にキャラ変わりすぎでしょ……っ、頼むから下ろして。普通に座らせて!」
実は私は今、エゼルバートの膝の上に横抱きにされ、ガッチリ腰を掴まれている。逃げられない。
最近は、私の執務室のソファに座る時はほぼこの状態。
わざと離れて座っても、風魔法で体が宙に浮き、エゼルの膝の上に乗せられる。
エゼルの方が私より魔力が高いので、魔法を阻止できるはずもなくあっさり捕まるのだ……。
「大体未婚の男女がこんな密着していいわけないでしょ! 節度を保ってよ!」
「いやだね。俺はもっとブリジットとイチャイチャしたい。俺の積年の想いをその身で思い知れ」
「んんっ」
後頭部と顎を掴まれて顔を固定され、エゼルが噛みつくように私の唇を塞ぐ。
舌で唇をこじ開け、口内深くに舌をねじ込んだ。
歯列をなぞられ、上顎を緩急つけて刺激されてしまえば、私の体は力が抜けて抵抗ができない。
「愛してるよ、ブリジット」
気持ちを一切隠さなくなったエゼルに、私はずっと翻弄されていた。ある意味チョロいというのは本当かもしれない……。
だって、何だかんだ言いつつも、結局私はエゼルを拒絶できていないのだから――――。
強気な愛情表現とは裏腹に、私が拒否しようとすると瞳が揺れるのを知っている。
私の名を呼ぶ声が、時々こちらが泣きそうになるくらい切ない時がある。
私に拒絶される事を、心底恐れているのがわかる。
抱きしめる時はいつも縋るように力を込めるし、その胸の鼓動は常に早鐘を打っていた。
エゼルは全身で想いを伝えてくれている。
愛する人を失う怖さは私にも身に覚えがあるから、怯えながらも愛を伝えてくるエゼルに何て言ったらいいのかわからない。いつも言葉に詰まる。
私はエゼルとは逆で、恋愛を切り捨てた側だから。
傷つくのが嫌で、逃げた側だから──。
イアンの事は長い年月をかけて愛せるようになった。
でもそれは親愛や家族愛のようなものだ。
だから不貞映像を見た時、嫉妬ではなく嫌悪感が湧いたのだ。身内の情事を見てしまったような、気まずくて心許ないような感覚だった。
そして、私に愛はないと見下した口調で放ち、デイジーと行為に耽るその姿に怒りを覚えた。
私の事を取るに足らない存在のように語るイアンの仕打ちは、前世の夫の仕打ちを思い起こさせるものだったから。
だからまた裏切られたと思って怒りが溢れてしまった。
デイジーから取り戻したいとか、私の方が愛してるとか、そんな思いは微塵もなかった。
ただ裏切られた怒りに飲まれて、捨ててやるとしか思っていなかった。
今となっては、イアンとの事は自業自得な気がしている。
下らないプライドを守る為に、イアンを男として愛さないと頑なになっていた私より、素直に愛を乞うデイジー嬢にふらついても仕方ないだろう。
「……また口付け中に考え事か? ちゃんと俺を見てよ」
「えっ!?ちょっとどこ触って……っ、んん……っ!」
エゼルが私の口を塞いだまま服の上から胸をつかみ、円を描くように揉んできた。
「あっ、ちょっとホントやめて! あんっ、あっ」
手で制止してもエゼルの動きは止まらず、首筋に舌を這わせ、ワンピースの胸元のボタンを外し、レースの下着を露出させた。
なんつー早ワザ!! 秒で胸が出た!!
本当に童貞か!?
「ブリジットの作る下着は男をそそるよね」
そう呟くと、エゼルは熱い吐息と共に私の胸の上部に吸い付いた。
「いっ……」
痛い!何してくれてんのよ!!
思い切り吸われた為、チリっと痛みを伴った。
「俺のモノって印をつけた」
エゼルがニッコリして指さしたそこには、くっきりと赤い所有印が刻まれていた。
ゴン!!
「いってえええ!!」
エゼルが頭を押さえて痛みに悶える。
その隙に私はエゼルの膝の上から飛び降りて胸元のボタンを留めた。
「何すんだよ、この石頭~……っ」
思い切り頭突きしてやったので、エゼルのおでこが真っ赤になっている。
「正当防衛でしょ! いい加減にしてよ!私達は婚約者でもなんでもないのよ!?こういうことしちゃいけないの! 節度を保てと何度言えばわかるのよ!」
「だからこういうことをしてもいいように婚約を申し込んでるんだろ。俺は返事を待っている身だ。なりふり構っていられない。イアンと婚約破棄した事を公表した事で、ドレイク公爵家以外の家からも縁談話が来てるんだろ?」
そのことをエゼルが知っていたことに驚く。
確かに、母からエゼル以外からも婚約の申し込みが来ていると報告を受けていた。
「もうすぐ俺らは卒業だ。そしたらどうしたって結婚相手を決めなきゃならない。俺の何がダメなの?何が足りない?どうしたらブリジットは俺のモノになるんだよ……っ」
「エゼル……」
「…………お前、今回の影の仕事が終わったら、追加報酬くれるって言ったよな?」
…………そういえば、そんな約束したわね。
「お前がいい」
「え?」
「報酬は、お前が欲しい」
切実な、余裕のないその金の瞳に囚われる。
腕を引かれて再びエゼルの腕の中に戻された。
エゼルと同じように、私の胸も早鐘を打つ。
「お前が何に怯えてんのか知らないけど、俺は絶対お前を裏切らないよ。生涯お前だけを愛すると魔法契約したって構わない」
「何馬鹿な事言ってんのよ!魔法契約なんかしたら少し心が揺れただけでも死ぬのよ!?」
「今お前が手に入るなら未来で死のうが悔いはないさ。まあ、心変わりなんてしないから絶対死なないけどな。ドレイク家の男が生涯で愛する女はたった1人だけだ」
────そういえば子供の頃、エゼルをカーライルの専属魔道具師にする為にドレイク領に通っていた時、母が『ドレイク家の男の愛情は引くほど重いわね』っていつもげんなりしていたのを不意に思い出した。
「言えよ。お前は昔から何に怯えてるんだ?」
「何が……」
「俺は子供の頃からお前の側にいるんだぞ。お前が昔からイアンと距離を詰めるのを怖がっていた事を知ってる。わざと姉ぶって接していたこともな」
「…………」
「本当はもっとズケズケと物を言う奴なのに、イアンの前では物分かりのいい、大人びた姉のようなキャラを演じてただろ。最初は好かれたくて猫被ってんのかと思ったけど、そうじゃないことはすぐにわかった」
────そんなに前から、見透かされてたのか……。
「言え。何が怖い? 俺がそんな不安全部潰してやる」
私を抱き締める腕に力がこもる。
エゼルの言葉が嬉しくて、涙が溢れてきた。
本当はもう、とっくにエゼルに落ちてる。
だからキスを拒めない。
喜んでいる自分がいるから。
イアンには、いくら抱きしめられても心が揺れ動く事はなかったのに、エゼルに初めて抱き締められた時、体が熱くなった。
着痩せするその筋肉質な体躯に、男を感じてドキドキしてしまった。耳元で囁くエゼルの切ない声に、胸が詰まった。
どんなに否定しても、私もエゼルが好きなんだ。
エゼルに、恋をしてしまった────。
だから怖い。
想いが通じた後にエゼルを失ったら、私はきっと正気でいられない。それが怖くて、エゼルの気持ちに応えられない。
「大丈夫だ、ブリジット」
エゼルが震える私の背中を摩る。
いつか、彼も同じように私を抱きしめて、涙を流す私を優しく慰めてくれた事があった。
すごく、好きだった。
愛してた。
でも、裏切られた。
私は前世の夫に利用されただけだった。
愛していたのは、────私だけだった。
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