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断罪のはじまり
しおりを挟む「私が国庫を横領だと? 聞き捨てならないな、コンラッド」
会場の扉からよく通る女性の声が響き渡る。
そしてそのままコツコツと靴音を鳴らしながら私たちの元へと歩みを進める。
彼女が近づくと生徒たちは道を空けて臣下の礼を執り、次々に頭を下げた。
高い位置で一つに結んだ金髪の長い髪が揺れるたび、シャンデリアの明かりを反射させてキラキラと光を放つ。
白と金の礼装用の騎士服に身を包んだその高貴で美しい女性騎士の姿に、誰もが見惚れ、感嘆のため息を漏らした。
その圧倒的なカリスマオーラに、先程までざわついていたギャラリーが静まり返る。そんな外野とは対照的に、壇上にいる彼らは顔面蒼白になっていた。
「あ……姉上。なぜ学園に……? 今日は視察の予定じゃ――」
「視察はもう済ませた。今日は弟の門出を祝う日だ。その為なら仕事の予定くらい調整するさ。卒業式には間に合わなかったが、パーティーには参加できそうだったからな。これから国の未来を担う卒業生たちを王太女として祝いたいと思ってきたんだよ。――だというのに、一体これは何の騒ぎだろうね。コンラッド?」
「……っ」
サファイアブルーの瞳を三日月型に細めて微笑む姉を見て、愚弟が真っ青になる。
笑顔で弟を見つめる彼女は一見優しい姉に見えるが、彼女の目がまったく笑っていないことに彼は気づいただろう。先程の威勢はあっという間に萎んで小さく震え出した。
女神のように微笑みながら、壇上にいる五人だけに強烈な威圧を放っている。
「お前、すべて覚悟の上で王太女である私を断罪するんだな? こんな衆目の中でやらかしたんだ。もう勘違いでしたでは済まされないぞ。それ相応の証拠があって宣言したんだんだよな?」
「あ……当たり前です! こ、こここ、こちらには、う、うう動かぬ証拠が揃ってるんだ!」
圧倒的な存在感に、壇上にいるデイジー以外の四人が情けなくもガタガタと震えている。
「よろしい。では役者も揃っていることだし、この場で臨時の裁判を行おうではないか!」
「はあ!? 何を言っているんですか姉上! こんな学園のホールで裁判なんかできるわけないでしょう! 裁判官も裁判員もここにはいないんですよ!?」
「いいや、できるぞ。ここに裁判官と貴族院の議長と、王太女以上の王族の許可があれば臨時裁判を行うことは可能だ。そして裁判員はここにいる皆でいいだろう。お前、王子教育を受けたくせにそんなことも知らないのか? その様子じゃ、学園に通っている貴族の家族関係も把握していないようだな?」
「ま……まさか」
「殿下……卒業生の中に議長と裁判官の父を持つ令息と令嬢がいます」
青白い顔をしたジョルジュ様がコンラッド第一王子の呟きに答えた。
その答えを受けて目線が二階席に移り、保護者席に見覚えのある二人の男が移動するのを見かけて血の気が引いている。
まだ女王制度が施行される前、私欲に塗れた王族の統治が続いたせいで国が荒れ、内乱や平民による暴動が絶えない時代があった。
国の秩序が乱れたせいで犯罪者が増えすぎて収容先がなくなり、また裁判の数も多過ぎたために時間と人員不足に陥り、裁きを待つ罪人の数が急増した。
その結果、脱走者が出てまた再犯で捕まるなどの二次被害を招く結果となった。
その時代の名残で、我が国の法では裁判所じゃなくても司法と貴族院と王族の許可があれば、臨時で裁判を開き、罪人に裁きを下すことができるのだ。
前世でいうところの第一審に相当する。最終的な刑の確定は女王陛下が行うけど、裁判所の判決結果が覆ったことはあまりない。
なぜなら裁判になった場合、原告と被告、参考人は真実を話すという誓約魔法をかけるからだ。拒否をすれば罪となり、裁判で偽証すれば誓約魔法により命を落とす。
つまり、裁判に負けた者は罪が確定し、問答無用で刑罰を受けるということだ。あとから「勘違いでした」では済まない。
「やれやれ、王太女殿下。人使いが荒いですな。私たちは子供の卒業を祝うために仕事を調整して今この場にいるというのに、休日返上で働かせる気ですかな?」
「デンゼル公爵、こんな事態となってはパーティーどころではありませんから仕方ないでしょう。原告、被告ともに王族です。いずれ女王陛下もこちらに来るでしょうから、我々は大人しく仕事をしましょう」
「デンゼル公爵、ケアード公爵、晴れの舞台の日にすまないな」
五大公爵のうちの二家であるデンゼル公爵は裁判官、ケアード公爵は議長を務めている。
「そ……そんな、姉上、ほ、本当に裁判をするのですか?」
「ああ。王族である私が横領していると公式の場で宣言されたのだ。次期女王として憂いの芽はここで摘んでおかねばならない。だから正々堂々、この場で身の潔白を証明させてもらうさ」
コンラッド第一王子の表情が険しくなり、鋭い目つきでマライア様を睨みつけている。
王太女にかけられた嫌疑が冤罪だと証明されれば、彼は次期女王を排除しようとしたとして、謀反人となってしまうだろう。それは彼の側近たちにも適用される。
そんな不穏な空気を感じ取ったのか、壇上に上がっている五人は、自分たちが描いていたシナリオと違う展開に恐れをなしていた。
「ど、どうするんですかコンラッド様! このままじゃ私たち……っ」
「おや? 急に何を狼狽えているんだい? 君は彼女たちに貶められていたのだろう? その件も含めて裁判で事実関係を明らかにしようじゃないか。今後の君の安全のためにも是非そうした方がいい。もし彼女たちの罪が証明されたら、女王陛下にしっかり処罰するよう私から進言しておくよ」
「い、いいです! そんな晒しものみたいになるのは望んでません! わ、私はただ謝ってほしかっただけで、こんなことになるなんて思わなくて……っ」
「ああ、そういうのは裁判中に証言するといい。では卒業生諸君! 祝いの場で大変申し訳ないが只今よりこの会場を臨時裁判の場とする! 裁判員は生徒の君たちだ。ぜひその目で真実を見極めて欲しい」
「あ、姉上! ちょっと待ってください! やっぱり裁判ではなくて話し合いを――」
コンラッド第一王子の提案はマライア様には届かず、会場内に彼女の凛々しい声が響き渡った。
「裁判官、議長、王太女の権限をもって、これより裁判を開始する!」
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