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ホルスト・リヴァ・ネブロス
しおりを挟む地下に靴音が反響する。
鉄の匂いが混じった地下牢の湿った空気に、思わずハンカチで鼻と口元を覆った。
マライア様と私とエゼルの三人は今、ネブロス帝国の第二皇子が捕えられている地下牢にやってきた。
彼に下された処罰を伝えるためだ。
彼はバロー男爵の経営する逢引き宿に滞在していた所を、密入国の罪で捕縛された。
彼には密入国、違法薬物の密輸、内政干渉、強姦の教唆、スパイ行為の容疑かかっている。
低く見積もっても処刑対象だ。
「無様な姿だな。ホルスト」
「……ああ、マライア。久しぶりに会えたな。相変わらずお前は美しいな。──なあ、この鎖を外してくれないか?このままだとお前を抱きしめて口付けできない」
「相変わらず気持ち悪い男だな」
「クククッ、ほんとお前はイイ女だな。こんな色男捕まえてそんな口を叩くのはマライアだけだぞ? 俺に抱かれたい女なんか山ほどいるってのに、なんでお前はいつもツレないのかね。まあそこが可愛くて仕方ないんだが」
半裸状態で天井から垂らされた鎖に両手を繋がれ、足首には球体の重りをつけられた男。
鍛え抜かれた強靭な体は拷問の跡が生々しく残り、牢の壁や床には男のものと思われる血痕が所々に飛び散っている。
ネブロス帝国第二皇子──ホルスト・リヴァ・ネブロス。
オレンジ色の髪に蒼の瞳を持つ美丈夫。騎士というよりも戦士と言った方がしっくりくるような、筋肉質な逞しい体躯をしている。
確かに容姿は抜群に良いし、肩書きも申し分ないから抱かれたい女は多いだろう。
だけどこの男は好戦的で残虐な男だ。
笑顔で人を殺せるサイコパスだ。ネブロス帝国が武力で国土を広げた背景にはこの男の活躍が大きい。
だけど同時にこんな性質の男なので、トラブルメーカーでもある。
ハーレム制度を採用している国だから、血みどろの後継者争いの噂が絶えない。こんなイかれた男になったのも、殺伐とした後宮で育った弊害なのだろう。
ネブロス帝国の王族は国王を始め、人格破綻者が多い。
「で? 俺はいつ解放されるんだ? こんな拷問を受けて親父と兄貴が黙っていないぞ。ブランケンハイムはネブロスと戦争でもする気か?」
「いや? 戦争になどならない。すでにネブロスとは和解を結んでいるよ。お前という罪人の生殺与奪の権利と引き換えにね」
「────は?」
マライア様の言葉にホルストの目が驚愕に見開く。
「本来なら他国の皇族を我が国の法律で罰することは出来ないんだが、今回は特例でネブロスの皇帝が条件を飲んでくれたんだよ。愚息を好きにしていいってね」
「な……っ、嘘だ!!親父がそんなこと承諾するはずがない! 俺は騎士団長だぞ! 俺がいるからネブロスは戦で勝ってきたんだ! それをわかってる親父が俺という戦力を手放すはずがない!!」
「それが手放したんだよ。ほら、ここに和解書がある。ちゃんとお前の処分をブランケンハイム王国に委ねると皇帝の直筆サインがあるだろう?」
牢の鉄格子に書類を近づけ、ランプを近づけてホルストに見せると、先ほどまで強気な態度を見せていた男がサーっと波が引くように顔を青ざめさせた。
「俺を廃嫡……? 嘘だ……なんで格上のネブロスが一方的な有責で和解になってるんだ? ブランケンハイムなんて武力では我が国に敵わないはずだ。こんなふざけた条件呑む必要なんかないだろ!!」
「それが必要だったから条件を呑んだのさ」
「なぜ!!」
「我が国がお前の国よりも強いからだ」
「はあ? 何をバカなことを」
嘲るように笑うが、全く意に返さず微笑んでいるマライア様を見て、ホルストの顔が引き攣っていく。
「──どういうことだ」
「そうだな。死にゆくお前への手向けにネブロスと我が国の違いを教えてやろう」
そう言うとマライア様は鉄格子の前で膝をつき、ホルストと視線を合わせ、にっこりと微笑む。
「唯一の女王制度を導入した我が国が長きに渡り権勢を誇っていられるのは、優秀な影と魔術師たちがいるからだよ。彼らの血が今日まで受け継がれ、今のブランケンハイム王国を守ってくれている」
「魔術師なら俺の国にもいるが?」
「格が違うんだよ。騎士団長のお前が簡単に捕縛されたのがいい例だ。ウチの筆頭魔術師なら、一瞬で皇帝の首を刎ねられる。現にその和解書はウチの魔術師が皇帝の寝所に入り、寝ている所を叩き起こして書かせたものだ」
「はあ!? 一介の魔術師がどうやって皇帝の寝所に入ったんだ! 王宮は鉄壁の守りを固めているんだぞ!?」
「そんなもの、転移魔法を使えば一瞬だ」
「────は? 転移……魔法?」
驚愕するのも仕方ない。
このファンタジーの世界でも転移魔法はお伽噺に出てくる魔法なのだから。現実には不可能だと言われていたもの。
その転移魔法の魔法陣をエゼルが構築し、実際に転移しちゃってるドレイク公爵一家がおかしいんですよ!
膨大な魔力がなきゃ、他国の皇族のプライベートルームに転移しちゃうとか無理だからね!
ちょっと近所のコンビニ行ってくる~! というノリで一時間でネブロス帝国から和解書をもぎ取ってきたドレイク公爵には、ほんと空いた口が塞がらなかった。
ていうか、やっぱり一番はエゼルが天才だということに尽きると思う。魔法陣がなきゃ誰も転移魔法使えなかったんだからね。
「お前の力さえ、ウチの魔術師には敵わない。おわかりいただけたかな? 元第二皇子殿」
「…………っ」
ホルストは我が国の評価を見誤った。最悪武力でマライア様を手に入れる算段を立てていたのだろう。
ブランケンハイム王国が戦をしていないのは、弱いからじゃない。
戦の前に我がカーライル侯爵家が影として動き、表舞台ではドレイク公爵率いる魔術師たちが、不穏な動きを見せた輩を始末しているからに他ならない。
戦が出来ないのではなく、起こさせないだけ。
それをホルストはわかっていなかった。
だから私たちを格下に見て、自分が手のひらで転がしている優越感に浸っていたのだろう。結局最後は自分の策に溺れて自爆したけどね。
「では、お前に下った罰を言い渡す」
「待て……っ、マライア!! 俺はお前が欲しかっただけで、この国をどうにかしたいわけじゃなかった! お前を愛してるんだよ!」
「ふざけるな!!」
「ぐあ……っっ」
突然ホルストが吹き飛ばされ、石壁に衝突する。
その衝撃で手首の鎖が引きちぎられ、そのまま強い風圧をかけられて体が石壁に磔にされた。
「貴様のその身勝手な行動のせいで、何人の人生が潰れたと思っている!! お前のようなクズのせいで……っっ」
ミシミシと骨を砕くような音と壁に亀裂が走り、彼が呻き声と共に吐血した。
マライア様がキレて風魔法で圧をかけている。きっと呼吸も出来ていないはずだ。このままでは窒息か、圧死してしまう。
「マライア様」
「…………」
私が声をかけると、震える拳を握り締め、魔法を解いた。
ホルストは床にうつ伏せに倒れ込む。私の視線で察したエゼルがマジックバックからポーションを取り出し、ホルストに振りかけた。
この男に今ここで死んでもらっては困る。
この男の死に場所は、ここではない。
マライア様の怒りに震える声が、静かに牢に響いた。
「ホルスト・リヴァ・ネブロス。密入国、違法薬物の密輸、内政干渉、強姦の教唆、スパイ行為の罪で、お前を断頭台の刑に処す」
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