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会えない2人 side充希
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駅前のクリスマスツリーを、ふと思い浮かべた。
夜の空気に溶けるような、あの煌めき。その下で、真乃はきっと立ち止まって、少しだけ笑う。
高校生の頃と変わらない、純粋で無防備な笑顔。
白衣を脱ぎながら、そんな光景が胸に広がった。
そんなことを考えられるほど、今日は穏やかな気分だった。
白衣を脱ぎ、私服に着替える。
腕時計を見ると、18時を過ぎたばかりだった。
十分、間に合う。
ロッカーの扉を閉め、ようやく一日の終わりを実感しかけた、そのとき。
「佐~野先生♩」
足を止めて振り返れば、緋村がやらしい笑みを浮かべて近づいてきた。
白衣のポケットから、いつものようにキャラクターの人形が付いたペンが覗いている。
「珍しいですねー。定時で帰るなんて」
「……まあな。」
緋村はにやりと笑う。
「……今日、真乃ちゃんとデートなんですよね?」
真乃ちゃんと、呼び捨てした事に苛立ちを感じながら聞き返す。
「……だれから聞いた?」
「美春さんから連絡もらいました」
一瞬、言葉に詰まる。
「“今日は真乃をよろしくお願いします”って。いやー、取引先ネットワーク怖いですね」
緋村は笑いながら言うが、悪気は無さそうだ。
「いいなぁ、駅前のツリー。俺、子供の頃、あの大きなツリーのてっぺんにある星がどうしても欲しくて駄々こねたことがあるんですよ。」
「へぇ。」
「何を言っても諦めない俺を見かねた親父がホームセンターで同じようなやつを買ってやるって言ったらしいんですけど、あの星じゃなきゃ嫌だって。」
「わがままだな。で?結局どうしたんだよ。」
「毎日ツリーを見るためだけに駅に通いました。」
その言葉に、再び光景が浮かぶ。
雪が降る街。
幸せそうにツリーを見上げる通行人。
「……手に入らないってわかってるのに、それなら毎日一番近くで見るって言って。」
「届かないと思うと欲しくなる……なんとなくわかるな。」
「ですよね!」
緋村はそう言って、軽く手を振った。
「じゃあ、僕はまだ仕事残ってるんで。楽しんできてください」
「ああ、ありがとう。」
腕時計の秒針が、やけに大きな音を立てている気がした。
少し急足で出口へ向かう途中、また背後から声がかかる。
「佐野先生!!」
……またか。そう思って振り向くと、
婦長の真剣な表情がそこにあった。
嫌な予感がした。
「どうしました」
「院長が倒れました」
言葉は端的だった。
「意識消失。現在、処置室。バイタルが不安定です」
胸の奥が、わずかに揺れる。
「発症時刻は?」
「十八時前。職員室で突然崩れました。血圧が下がって、呼びかけに反応なし」
「既往は?」
「高血圧と不整脈。今日は外来後で、少し疲れている様子でした」
父の顔が浮かぶ。
だが、それを表に出す余裕はない。
「心電図は?」
「今取っています。モニター上、徐脈気味です」
「点滴は?」
「ルート確保済み。酸素投与中です」
「CTの準備を。脳血管イベントも否定できません」
「分かりました。放射線科に連絡します」
歩き出しながら、腕時計を見る。
18時15分。
時間が、静かに削られていく。
処置室へ向かう廊下。
白い床に反射する照明が、やけに冷たい。
処置室の前で、足を止める。
扉の向こうから、モニター音が規則正しく響いている。
それだけで、少しだけ胸が締め付けられた。
「佐野先生、お願いします」
「……入ります」
深く息を吸い、扉を開ける。
そこに横たわるのは、
院長であり、父。
それでも今は――患者だ。
俺は白衣を着直し、視線を上げた。
感情は、後回しだ。
今は、医師としてやるべきことがある。
夜の空気に溶けるような、あの煌めき。その下で、真乃はきっと立ち止まって、少しだけ笑う。
高校生の頃と変わらない、純粋で無防備な笑顔。
白衣を脱ぎながら、そんな光景が胸に広がった。
そんなことを考えられるほど、今日は穏やかな気分だった。
白衣を脱ぎ、私服に着替える。
腕時計を見ると、18時を過ぎたばかりだった。
十分、間に合う。
ロッカーの扉を閉め、ようやく一日の終わりを実感しかけた、そのとき。
「佐~野先生♩」
足を止めて振り返れば、緋村がやらしい笑みを浮かべて近づいてきた。
白衣のポケットから、いつものようにキャラクターの人形が付いたペンが覗いている。
「珍しいですねー。定時で帰るなんて」
「……まあな。」
緋村はにやりと笑う。
「……今日、真乃ちゃんとデートなんですよね?」
真乃ちゃんと、呼び捨てした事に苛立ちを感じながら聞き返す。
「……だれから聞いた?」
「美春さんから連絡もらいました」
一瞬、言葉に詰まる。
「“今日は真乃をよろしくお願いします”って。いやー、取引先ネットワーク怖いですね」
緋村は笑いながら言うが、悪気は無さそうだ。
「いいなぁ、駅前のツリー。俺、子供の頃、あの大きなツリーのてっぺんにある星がどうしても欲しくて駄々こねたことがあるんですよ。」
「へぇ。」
「何を言っても諦めない俺を見かねた親父がホームセンターで同じようなやつを買ってやるって言ったらしいんですけど、あの星じゃなきゃ嫌だって。」
「わがままだな。で?結局どうしたんだよ。」
「毎日ツリーを見るためだけに駅に通いました。」
その言葉に、再び光景が浮かぶ。
雪が降る街。
幸せそうにツリーを見上げる通行人。
「……手に入らないってわかってるのに、それなら毎日一番近くで見るって言って。」
「届かないと思うと欲しくなる……なんとなくわかるな。」
「ですよね!」
緋村はそう言って、軽く手を振った。
「じゃあ、僕はまだ仕事残ってるんで。楽しんできてください」
「ああ、ありがとう。」
腕時計の秒針が、やけに大きな音を立てている気がした。
少し急足で出口へ向かう途中、また背後から声がかかる。
「佐野先生!!」
……またか。そう思って振り向くと、
婦長の真剣な表情がそこにあった。
嫌な予感がした。
「どうしました」
「院長が倒れました」
言葉は端的だった。
「意識消失。現在、処置室。バイタルが不安定です」
胸の奥が、わずかに揺れる。
「発症時刻は?」
「十八時前。職員室で突然崩れました。血圧が下がって、呼びかけに反応なし」
「既往は?」
「高血圧と不整脈。今日は外来後で、少し疲れている様子でした」
父の顔が浮かぶ。
だが、それを表に出す余裕はない。
「心電図は?」
「今取っています。モニター上、徐脈気味です」
「点滴は?」
「ルート確保済み。酸素投与中です」
「CTの準備を。脳血管イベントも否定できません」
「分かりました。放射線科に連絡します」
歩き出しながら、腕時計を見る。
18時15分。
時間が、静かに削られていく。
処置室へ向かう廊下。
白い床に反射する照明が、やけに冷たい。
処置室の前で、足を止める。
扉の向こうから、モニター音が規則正しく響いている。
それだけで、少しだけ胸が締め付けられた。
「佐野先生、お願いします」
「……入ります」
深く息を吸い、扉を開ける。
そこに横たわるのは、
院長であり、父。
それでも今は――患者だ。
俺は白衣を着直し、視線を上げた。
感情は、後回しだ。
今は、医師としてやるべきことがある。
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