その愛、運命につき

yuzu

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episode1

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「その話、詳しく聞かせてくれないか?」

 

 場末の居酒屋は今日も、兵士や町人で賑わっていた。カウンター席で葡萄酒をあおりながら、半ば泣き崩れるように給仕人に絡んでいた私に声をかけてきたのは、隣の席に座っていた男だった。


 整った顔立ちに、柔らかな黒髪。
 優しげな瞳だったが、その奥には鋭い知性が宿っている。

 まるで王族のような優雅さをそなえた男は、ゆっくりとワイングラスを傾けながら、私を見つめていた。


「その話って?」
「商人に売られたっていう話だ。……何年前のことだ?」


 知らない人間に身の上話をするなんて、正気じゃない。それくらい分かっている。

 でも、そのときは――誰でもよかった。
 話を聞いてくれるなら。


「おそらく18年前だと思う……私が18歳だし、妹は年子で彼女が産まれる前の年だと言っていたから」


 そう言った瞬間、男の表情が変わった。


 さっきまでの曖昧な笑みが消え、目の奥が鋭く光る。整った顔が一転、切迫した真摯さに満ちる。


「……痣はないか?」
「は?」
「背中にだ。地図みたいな形の痣」


 襟をぎゅっとつかみ、身を引きながら答える。


「……ある、けど……いつ見たのよ。変なこと言うなら通報するわよ?」


 けれど、男は私の言葉を聞いていないようだった。突然、両手を上げて――
「やっと……見つかった……!」
泣き笑いのような顔で叫ぶ。


「急がないと。さあ、王宮へ行きましょう。――姫」
「……は? 姫?」


 男はブランカと名乗り、息を整えることもなく話し始めた。


「十八年前、王位継承権第一位だった皇太子殿下に、姫君がお生まれになった」


 突然始まったブランカの話に、酒の肴だと数人が集まり、話に耳を傾けた。


「だが、その姫の背には地図のような痣があった。それを見た乳母は『悪魔の子』だと怯え、司祭は『王家に災いをもたらす忌子』だと口にしたんだ」


 ブランカは淡々と話を続けた。
 その声には、深い怒りと悲しみが秘められている。


「闇を恐れた元老院は、皇太子殿下に『姫は夭逝した』と嘘を告げ、密かに奴隷商人へ売り払ったのだ」
「……そんな話、信じられるわけ……」
「陛下は、姫を深く愛しておられました。何年も嘆き続け……その罪滅ぼしとして、姫を産んだ側室を正妻に迎えられたのです」


 ブランカは一度言葉を切り、静かに続けた。


「……ですが最近、元老院の一人が教会で懺悔した」
「懺悔?」
「『不幸が続くのは、姫を処分せよと命じられた自分が、金欲しさに奴隷商人へ売ったせいだ』と」


 その言葉に、少しずつ心音が早くなっていく。


「……それって、まさか」
「可能性が高い」


 即答だった。


「とにかく王宮へ行きましょう。確かめなければ始まりません」


 半ば強引に背中を押され、私はそのまま店の外へ連れ出された。馬に乗せられ、気がつけば王宮の門前。

――酒場の話をそのまま信じるほど、私は馬鹿じゃない。人さらいだって疑った。でも。


「お帰りなさいませ、ブランカ様」


 門番の態度を見て、その疑いは消えた。

「そちらの方は?」
「急ぎ、陛下にお目通りを。この者は――姫君である可能性がある」
「……まさか」

 門番の視線が、私の背へ向く。

「お背中に、地図のような痣が……?」
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