その愛、運命につき

yuzu

文字の大きさ
7 / 14
episode3

1

しおりを挟む
 パーティから数日が経ったある日、久しぶりに1城の外へ出ていた。

 ――正確には、「城の外へ出された」。

「気分転換は大切よ。さぁリュシエル!町へ行っていらっしゃい」

 そう言って、皇妃は満面の笑みで私を送り出した。

 その背後でエリーゼが「護衛を付けずに、というのがミソでございますね」と小声で付け足していたのを、私は聞き逃さなかった。

 ……身分を隠すための簡素なワンピースと、髪を覆うスカーフも万全。
 
 数メートル後方には、衛兵が町人の変装をしてついてきているし、商人に紛れてお母様とエリーゼが私を尾行している姿に気づいていないわけでは無い。

 けれど久々に宮から出るのは楽しみだったし、不安を一瞬で吹き飛ばすほどの賑やかさに浮き足立っていた。

 石畳に並ぶ様々な露店。
 楽士が音楽を奏で、踊り子が舞う中央広場。
 行き交う人々の笑い声や、威勢の良い商人達の声。

「落ち着くなぁ」

 思わずぽつりと呟くと、尾行中の2人が小さくガッツポーズしているのを視界の端で捉えた。
 
「エリーゼ、お母様。どうせなら一緒に街を散策いたしませんか?」

 そう声をかけたけれど、わかりやすく人影に隠れてしまった2人を見て、もう知らん顔しようと決めた。

 ふと、少し前までは私も、この街の景観の一部だった事を思い出す。

 男爵家の長女でありながら、使用人の様に夕飯の買出しをする私に、街の人々は優しく接してくれた。

「あら、ソフィじゃないか。久しぶりだね。」

 物思いに耽る私に声をかけてきたのは小麦屋の女店主。
 それに続いてスパイス店や魚屋の店主も次々に声をかけてくる。

「心配したよ。急に来なくなったから」
「家出したんだって?今どこにいるんだ。困ったらうちに来なさい。」

 その優しさに、心が暖かくなる。

「ありがとう。--実は今」

 言いかけた瞬間、聞き覚えのある声が背後で聞こえてきた。

「掃除婦かと思えば、お姉様じゃない。」

 もう2度と会いたく無いのに……。

 思った通り、そこにいたのはミシェルと育ての親、ベンフィード夫妻だった。

「またベンフィード一家か。」

 スパイス店の店主は表情を曇らせた。

「使用人が何人も夜逃げしたらしいよ。なんでもさ、奴隷の様に扱われる上、賃金は涙程だったとかって話さ。」

 小麦屋の女店主もミシェル達を睨みつけた。

「あまりにも落ちぶれた身なりで驚いたわ。」
「……。」
「暇なら荷物を運んでくださらない?」
「……自分達で運んだら?ここから屋敷までそんなに遠く無いんだから」 

 ミシェルは目を見開いたかと思うと、次の瞬間には嘲るように口角を歪めた。

「あら、断れる身分かしら?」
 
 胸の奥に冷たい感情が流れ込む……けれど、静かに一家を見返した。

「私の今の身分を知っても……まだ同じ態度でいられるかしら?」

 ぽつりと零れた言葉に、ベンフィード夫人が不快そうに眉を寄せる。

「口を慎みなさい。教養が無くて困るわ。育てた恩を忘れたみたいね。」

「恩……?」

 私が言い返す前に、人混みに紛れたエリーゼの声が響いた。

「"育てた"なんて、本気で思っているのですか?ベンフィードさん。」

 ざわり、と周囲がざわめく。

 スパイス店の店主が腕を組み、小麦屋のおばさんは腰に手を当ててミシェル達を睨みつけた。

「同感だ。」
「荷物くらい、自分で持ちな」

 町の人々の視線が、はっきりとベンフィード一家へ向けられていく。

「――あのさ」

 静かな声が割って入る。

 背が高く、服装は質素。それでも隠しきれない気品がある男が、落ち着いた眼差しでミシェルを正面から見据えた。

「あなた方の方が教養が無いと思うんだけど」

 男性はそう言って、一瞬だけ私の方を見る。
 その視線に、不思議と胸が落ち着いた。

「これ以上は僕がお相手しましょうか?」

 淡々とした口調なのに、言葉には揺るぎがなかった。  
 ベンフィード夫妻が顔を強ばらせる。

「それに」
 男性は続ける。

「荷物を運ぶ手も足も、あなた方にはある。町の人間を見下して使う理由はない」

 少しの沈黙の後、ベンフィード男爵が気まずそうに咳払いをした。

「……もういい。ミシェル、行くぞ」
「お父様!?」
「恥をさらすな」

 ミシェルは唇を噛みしめ、乱暴に荷物を抱えると、逃げるようにその場を去っていった。
 残された空気が、ふっと緩む。

「よく言った」
「胸がすっとしたよ」

 町の人々から、温かな声がかかる。
 私はようやく息を吐き、隣の男性に向き直った。

「……ありがとうございました。」

 彼は柔らかく首を振った。
 まっすぐに向けられた眼差しに、胸が小さく跳ねる。
 ――まるで、私が誰なのかを最初から知っているかのような目。

「ところで」

 彼はふっと表情を緩め、冗談めかして言った。

「この町は初めてで。よければ、案内してもらえませんか?」
「ええ、もちろん。私でよければ。」

 数メートル後方で、町人に変装した母とエリーゼが大きく頷いている気配を感じながら、私は彼と並んで歩き出した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】その人が好きなんですね?なるほど。愚かな人、あなたには本当に何も見えていないんですね。

新川ねこ
恋愛
ざまぁありの令嬢もの短編集です。 1作品数話(5000文字程度)の予定です。

さようなら、あなたとはもうお別れです

四季
恋愛
十八の誕生日、親から告げられたアセインという青年と婚約した。 幸せになれると思っていた。 そう夢みていたのだ。 しかし、婚約から三ヶ月ほどが経った頃、異変が起こり始める。

婚約者は嘘つき!私から捨ててあげますわ

あんり
恋愛
「マーティン様、今、わたくしと婚約破棄をなさりたいと、そうおっしゃいましたの?」 愛されていると信じていた婚約者から、突然の別れを告げられた侯爵令嬢のエリッサ。 理由も分からないまま社交界の噂に晒され、それでも彼女は涙を見せず、誇り高く微笑んでみせる。 ―――けれど本当は、あの別れの裏に“何か”がある気がしてならなかった。 そんな中、従兄である第二王子アダムが手を差し伸べる。 新たな婚約、近づく距離、揺れる心。 だがエリッサは知らない。 かつての婚約者が、自ら悪者になってまで隠した「真実」を。 捨てられた令嬢?いいえ違いますわ。 わたくしが、未来を選び直すの。 勘違いとすれ違いから始まる、切なくて優しい恋の物語。

【完結済み】私達はあなたを決して許しません

asami
恋愛
婚約破棄された令嬢たちがそれぞれに彼女らなりの復讐していくオムニバスストーリーです

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

「きみ」を愛する王太子殿下、婚約者のわたくしは邪魔者として潔く退場しますわ

間瀬
恋愛
わたくしの愛おしい婚約者には、一つだけ欠点があるのです。 どうやら彼、『きみ』が大好きすぎるそうですの。 わたくしとのデートでも、そのことばかり話すのですわ。 美辞麗句を並べ立てて。 もしや、卵の黄身のことでして? そう存じ上げておりましたけど……どうやら、違うようですわね。 わたくしの愛は、永遠に報われないのですわ。 それならば、いっそ――愛し合うお二人を結びつけて差し上げましょう。 そして、わたくしはどこかでひっそりと暮らそうかと存じますわ。 ※この作品はフィクションです。

あなたのその目に映るのは

中田カナ
恋愛
下っ端メイドの私は視力を失った旦那様の目を務める。(全6話) ※小説家になろう、カクヨムでも投稿しています

【完結】嘘も恋も、甘くて苦い毒だった

綾取
恋愛
伯爵令嬢エリシアは、幼いころに出会った優しい王子様との再会を夢見て、名門学園へと入学する。 しかし待ち受けていたのは、冷たくなった彼──レオンハルトと、策略を巡らせる令嬢メリッサ。 周囲に広がる噂、揺れる友情、すれ違う想い。 エリシアは、信じていた人たちから少しずつ距離を置かれていく。 ただ一人、彼女を信じて寄り添ったのは、親友リリィ。 貴族の学園は、恋と野心が交錯する舞台。 甘い言葉の裏に、罠と裏切りが潜んでいた。 奪われたのは心か、未来か、それとも──名前のない毒。

処理中です...