6 / 17
#3 昨夜のつづき
2
しおりを挟む
時間は待ってくれない。
まだ胸の内はざわついたままなのに、スマホの時計には「7:50」の表示。
体をソファから引き剥がし、ドレッサーの前に座った。
顔の火照りはさっきよりも落ち着いていたけれど、心の中だけはずっとざわざわと波打っている。
ファンデーションを塗り、眉を整え、手に取ったのは試供品のリップ。いつもより赤みの強いピンク色。
普段なら絶対選ばない色なのに、鏡に映る唇へとあてる。
塗り終えた瞬間、鏡の中の自分が、まるで他人のように見えて、急に羞恥心が込み上げる。
唇だけが浮いて見える。こんな顔で会社へ行ったら何を噂されるかわからない。——そもそも似合わないし。
想像だけで、胸がざわついた。
「……やっぱり、やめよう」
口紅をティッシュで拭い取る。軽く拭くだけで、簡単に色を失った唇に、いつもの淡いベージュを塗り直すと、不思議と少し落ち着いた。
鏡の中には、何の変哲もない、いつもの地味な自分。
そう、これでいい。
何もなかった。
昨日のことも、あのメールも、ただの記憶の揺れだ。
そう信じたくて、そう見せたくて、いつものブラウンのアイシャドウをのせ、控えめなチークで仕上げる。
髪を一纏めにしてクリップで止め、ジャケットに腕を通し、玄関に向かう。
スマホを一応確認する。
通知は——ない。返信もしてないのに、田上さんからの追加のメッセージが着ているかもしれないなんて、一瞬でもそう思う自分に引く。
足元に視線を落とし、ローヒールのパンプスを履いた。踵をトンと床につけて、玄関のドアノブに手をかける。
「はぁ…」
重いため息が、朝の冷たい空気に溶けた。
——《朝まで一緒にいればよかったな》
夢と現実の境界を曖昧にしたその言葉が、今日のすべての感情に、うっすらと色を差していた。
まだ胸の内はざわついたままなのに、スマホの時計には「7:50」の表示。
体をソファから引き剥がし、ドレッサーの前に座った。
顔の火照りはさっきよりも落ち着いていたけれど、心の中だけはずっとざわざわと波打っている。
ファンデーションを塗り、眉を整え、手に取ったのは試供品のリップ。いつもより赤みの強いピンク色。
普段なら絶対選ばない色なのに、鏡に映る唇へとあてる。
塗り終えた瞬間、鏡の中の自分が、まるで他人のように見えて、急に羞恥心が込み上げる。
唇だけが浮いて見える。こんな顔で会社へ行ったら何を噂されるかわからない。——そもそも似合わないし。
想像だけで、胸がざわついた。
「……やっぱり、やめよう」
口紅をティッシュで拭い取る。軽く拭くだけで、簡単に色を失った唇に、いつもの淡いベージュを塗り直すと、不思議と少し落ち着いた。
鏡の中には、何の変哲もない、いつもの地味な自分。
そう、これでいい。
何もなかった。
昨日のことも、あのメールも、ただの記憶の揺れだ。
そう信じたくて、そう見せたくて、いつものブラウンのアイシャドウをのせ、控えめなチークで仕上げる。
髪を一纏めにしてクリップで止め、ジャケットに腕を通し、玄関に向かう。
スマホを一応確認する。
通知は——ない。返信もしてないのに、田上さんからの追加のメッセージが着ているかもしれないなんて、一瞬でもそう思う自分に引く。
足元に視線を落とし、ローヒールのパンプスを履いた。踵をトンと床につけて、玄関のドアノブに手をかける。
「はぁ…」
重いため息が、朝の冷たい空気に溶けた。
——《朝まで一緒にいればよかったな》
夢と現実の境界を曖昧にしたその言葉が、今日のすべての感情に、うっすらと色を差していた。
0
あなたにおすすめの小説
デネブが死んだ
ありがとうございました。さようなら
恋愛
弟との思い出の土地で、ゆっくりと死を迎えるつもりのアデラインの隣の屋敷に、美しい夫婦がやってきた。
夫のアルビレオに強く惹かれるアデライン。
嫉妬心を抑えながら、妻のデネブと親友として接する。
アデラインは病弱のデネブを元気付けた。
原因となる病も完治した。それなのに。
ある日、デネブが死んだ。
ふわっとしてます
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
実在しないのかもしれない
真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・?
※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。
※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。
※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。
友達婚~5年もあいつに片想い~
日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は
同僚の大樹に5年も片想いしている
5年前にした
「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」
梨衣は今30歳
その約束を大樹は覚えているのか
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
疑惑のタッセル
翠月るるな
恋愛
今、未婚の貴族の令嬢・令息の中で、王国の騎士たちにタッセルを渡すことが流行っていた。
目当ての相手に渡すタッセル。「房飾り」とも呼ばれ、糸や紐を束ねて作られた装飾品。様々な色やデザインで形作られている。
それは、騎士団炎の隊の隊長であるフリージアの剣にもついていた。
でもそれは──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる