死の餞ヲ、君ニ

弋慎司

文字の大きさ
1 / 74
第1部

#00 プロローグ

しおりを挟む
 叢雲が広がる空を見るのは、きっとこれが最後だろう。 
 断崖絶壁にしゃがみ込んで、僕はそこから動けずにいた。 
 懐中時計は、もう随分と前に時を止め、時刻を示す役割を放棄した。 
 体中が痛い。もうこれ以上は動けない。動きたくない。体にこびりついた血の臭いが、恐怖となって僕の脳裏に焼き付く。 
 世界に死を振りまく災厄を、僕一人でどうやって倒せというのだろう。無理だ、できない──。 
 諦めたいという本音を振り払った途端に、意識が朦朧とする。先程から、立ち上がろうと剣の柄を強く握って踏ん張っているのに、足は震えるばかりで動こうとしない。 
 それでも──諦めるわけにはいかない。無残に殺された子どもたちの為にも、無意味に死んでいったこの世界の人々の為にも。 
 僕の前で無邪気に微笑んでくれた子どもたちに、僕が分け与えた幸せが嘘だったなんて言いたくはない。 
 僕は一度堕ちた身だ。だから解る。傍観者のままではいられないと。 
 神が、僕に再びチャンスを与えてくれたのだ。無下にするつもりは欠片もない。 
──さあ、立て。空を覆う、終焉の闇に向かってもう一度飛べ。 
 僕がどうなろうと構うものか。子どもたちに別れの言葉も告げられなかった僕に、残されたものなど何一つないのだから。 
 失うものは、全て失った。今更何を怖がる?
 仇討ちに失敗した時に備えて、手筈は整えてある。本当は使いたくなかったのだが。 
 結局の所、僕は他力に頼らなければ生きることもままならない。 
 プライドというものが、僕を酷く傷つけた。胸が締め付けられる。 
 けれど、全てが終われば、何もかもが無意味になるのだろう。 
 蓄えておいた宝石や魔石は、これまでの戦いで全体の約七割を使い果たしてしまった。 
 僕には才能がない──。だから僕は、あまりある奴の才能を超える可能性があるものに、必死にすがりつくしかなかった。 
 もっと、子どもたちの頭を撫でてやればよかったと思う。僕は背が低いから、しゃがんでもらわなければ届かない子もいるけれど。 
 そして絵本を読み聞かせて──。ああ、みんなで食卓を囲むのもいいな。それから、みんなが大きくなったら、色恋沙汰の相談にも乗ってやりたい。僕に恋愛経験はないのだが──。 
 空想の話は、もうやめにしよう。 
 人は、怒りや憎しみが心の内に留められないと血の涙を流すというが、どうやらそれは本当みたいだ。手で目尻を拭うと、鮮血のような赤色の液体で濡れた。 
 体が、心が、悲鳴を上げていたとしても、僕はそれを無視し続けよう。 
 この憎しみは、僕の全てを奪った悪辣な概念を消し去るまで、収まることはない。 
 叫べ、かつての友の名を。目で射殺さんとするまでに、悪め。 
 そして、僕の名を刻みつけて、奴にこの憎悪を忘れさせはしない。 
 最後に、僕はお前を嘲笑ってみせる。 
 僕が、この手で絞め殺してやる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

藤吉めぐみ
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...