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第1部
#00 プロローグ
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叢雲が広がる空を見るのは、きっとこれが最後だろう。
断崖絶壁にしゃがみ込んで、僕はそこから動けずにいた。
懐中時計は、もう随分と前に時を止め、時刻を示す役割を放棄した。
体中が痛い。もうこれ以上は動けない。動きたくない。体にこびりついた血の臭いが、恐怖となって僕の脳裏に焼き付く。
世界に死を振りまく災厄を、僕一人でどうやって倒せというのだろう。無理だ、できない──。
諦めたいという本音を振り払った途端に、意識が朦朧とする。先程から、立ち上がろうと剣の柄を強く握って踏ん張っているのに、足は震えるばかりで動こうとしない。
それでも──諦めるわけにはいかない。無残に殺された子どもたちの為にも、無意味に死んでいったこの世界の人々の為にも。
僕の前で無邪気に微笑んでくれた子どもたちに、僕が分け与えた幸せが嘘だったなんて言いたくはない。
僕は一度堕ちた身だ。だから解る。傍観者のままではいられないと。
神が、僕に再びチャンスを与えてくれたのだ。無下にするつもりは欠片もない。
──さあ、立て。空を覆う、終焉の闇に向かってもう一度飛べ。
僕がどうなろうと構うものか。子どもたちに別れの言葉も告げられなかった僕に、残されたものなど何一つないのだから。
失うものは、全て失った。今更何を怖がる?
仇討ちに失敗した時に備えて、手筈は整えてある。本当は使いたくなかったのだが。
結局の所、僕は他力に頼らなければ生きることもままならない。
プライドというものが、僕を酷く傷つけた。胸が締め付けられる。
けれど、全てが終われば、何もかもが無意味になるのだろう。
蓄えておいた宝石や魔石は、これまでの戦いで全体の約七割を使い果たしてしまった。
僕には才能がない──。だから僕は、あまりある奴の才能を超える可能性があるものに、必死にすがりつくしかなかった。
もっと、子どもたちの頭を撫でてやればよかったと思う。僕は背が低いから、しゃがんでもらわなければ届かない子もいるけれど。
そして絵本を読み聞かせて──。ああ、みんなで食卓を囲むのもいいな。それから、みんなが大きくなったら、色恋沙汰の相談にも乗ってやりたい。僕に恋愛経験はないのだが──。
空想の話は、もうやめにしよう。
人は、怒りや憎しみが心の内に留められないと血の涙を流すというが、どうやらそれは本当みたいだ。手で目尻を拭うと、鮮血のような赤色の液体で濡れた。
体が、心が、悲鳴を上げていたとしても、僕はそれを無視し続けよう。
この憎しみは、僕の全てを奪った悪辣な概念を消し去るまで、収まることはない。
叫べ、かつての友の名を。目で射殺さんとするまでに、悪め。
そして、僕の名を刻みつけて、奴にこの憎悪を忘れさせはしない。
最後に、僕はお前を嘲笑ってみせる。
僕が、この手で絞め殺してやる。
断崖絶壁にしゃがみ込んで、僕はそこから動けずにいた。
懐中時計は、もう随分と前に時を止め、時刻を示す役割を放棄した。
体中が痛い。もうこれ以上は動けない。動きたくない。体にこびりついた血の臭いが、恐怖となって僕の脳裏に焼き付く。
世界に死を振りまく災厄を、僕一人でどうやって倒せというのだろう。無理だ、できない──。
諦めたいという本音を振り払った途端に、意識が朦朧とする。先程から、立ち上がろうと剣の柄を強く握って踏ん張っているのに、足は震えるばかりで動こうとしない。
それでも──諦めるわけにはいかない。無残に殺された子どもたちの為にも、無意味に死んでいったこの世界の人々の為にも。
僕の前で無邪気に微笑んでくれた子どもたちに、僕が分け与えた幸せが嘘だったなんて言いたくはない。
僕は一度堕ちた身だ。だから解る。傍観者のままではいられないと。
神が、僕に再びチャンスを与えてくれたのだ。無下にするつもりは欠片もない。
──さあ、立て。空を覆う、終焉の闇に向かってもう一度飛べ。
僕がどうなろうと構うものか。子どもたちに別れの言葉も告げられなかった僕に、残されたものなど何一つないのだから。
失うものは、全て失った。今更何を怖がる?
仇討ちに失敗した時に備えて、手筈は整えてある。本当は使いたくなかったのだが。
結局の所、僕は他力に頼らなければ生きることもままならない。
プライドというものが、僕を酷く傷つけた。胸が締め付けられる。
けれど、全てが終われば、何もかもが無意味になるのだろう。
蓄えておいた宝石や魔石は、これまでの戦いで全体の約七割を使い果たしてしまった。
僕には才能がない──。だから僕は、あまりある奴の才能を超える可能性があるものに、必死にすがりつくしかなかった。
もっと、子どもたちの頭を撫でてやればよかったと思う。僕は背が低いから、しゃがんでもらわなければ届かない子もいるけれど。
そして絵本を読み聞かせて──。ああ、みんなで食卓を囲むのもいいな。それから、みんなが大きくなったら、色恋沙汰の相談にも乗ってやりたい。僕に恋愛経験はないのだが──。
空想の話は、もうやめにしよう。
人は、怒りや憎しみが心の内に留められないと血の涙を流すというが、どうやらそれは本当みたいだ。手で目尻を拭うと、鮮血のような赤色の液体で濡れた。
体が、心が、悲鳴を上げていたとしても、僕はそれを無視し続けよう。
この憎しみは、僕の全てを奪った悪辣な概念を消し去るまで、収まることはない。
叫べ、かつての友の名を。目で射殺さんとするまでに、悪め。
そして、僕の名を刻みつけて、奴にこの憎悪を忘れさせはしない。
最後に、僕はお前を嘲笑ってみせる。
僕が、この手で絞め殺してやる。
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