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第2部
#40 死が待っている
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────見てはいけない物を見てしまった気がする。
罪悪感から、この現実に目を背けたい、けれど誰かに伝えなければと僕は思った。
「至聖所で何をしているのですか……っ、ご主人様!?」
僕の様子を心配したレイセン君が、真っ青な顔をしてこちらへ向かって来る。僕も同じように青々とした表情をしているのだろう。
「え? いや、なにも……」
「怯えた表情をしています。どうかなされたのですか」
しかし、僕の本能は聖典に記された最後の一文を、ひた隠しにしたいようだ。
理由は何もわからない。僕は悪いことをしたわけでもないし、神殿の一番奥に聖典があるということも知らなかった。
──それに、おそらくレイセン君には聖典の文字は読めないだろう。仮に読めたとしても、それは辞典を用いた文法的な翻訳でしかない。
書かれてある文字通りに受け取ることができて、文章の真の意味を理解できる確率は二分の一。失敗した場合、解析という名の作業──すなわち、労力が無駄になってしまう。であるならば──。
「僕が、説明するよ」
きっとそれが最も効率良い方法だから、と後から付け加える。レイセン君にはこれ以上、僕の焦燥を悟られまいと笑顔を作った。
なるほどと相槌をうちながら、レイセン君は僕の話を聞いていた。
「──つまり、ここはポストアポカリプスの世界だということですか」
「ポスト……え、っと、なに?」
「……ポストアポカリプスとは、取りも直さず終末の後ということです。ご主人様の仰るとおりであれば、この世界は既に滅び、文明の発展も人類の生命も途絶えたと」
「それなら……」
思いつく疑問は、一つしかない。
なぜ──本来ならばあるはずのない、終末を越えた世界に、僕たちは存在しているのだろうか。
いつもなら「少し変わった現象」だと素通りしていたが、よくよく考えてみればおかしいことばかりだ。
瓦礫だらけの廃れた街。黒く塗り潰されて、シルエットしか見えない人影。殺意をむき出しにして襲いかかってくる魔獣。身内の仇だといって、僕の命を狙う──悪魔。
「すみません、少し、考えさせてください。憶測でさえうまく纏まりません。言葉にするのがためらわれます」
「君も……か。まぁ、こんなこと突然言われてもって感じだよね」
「…………」
レイセン君は、僕とほとんど同じようなことを考えていた。
壁に突き当たることがあれば、手探りで先に進もうとするのが普段の僕たち──ならば、今回だけは否定をしたい。
僕は目隠しされた状態で、広大な迷路の真ん中に落とされたような孤独感に苛まれていた。更に、この迷路から自力で出口まで辿り着け、というような無理難題を押し付けられてしまったような気分だ。
このままでは、永遠に迷路から抜け出すことなんてできない。最悪の場合、出口なんて用意されていないのかもしれないし、あったはずなのに誰かの手によって塞がれる、なんてことが起こり得るかもしれない。
「えぇっと、ヴェーダはここから持ち出しちゃ……だめ、だよねえ。きっと」
「やめておいたほうが懸命です。本来ならば、至聖所に入ることすら許されません。そのうえ身勝手にも宝座の上にある物を持ち出そうとすれば……何が起きるかわかりません」
望みは薄いが、僕はこの聖典を宿に持ち帰り、そこでゆっくり時間をかけて読むことを提案する。が、やはり断固として拒否されてしまった。
理由は、立って読むより座って見るほうがいいとか、宿にいるノアが心配になってきたとか、聖典とはかけ離れたものだった。
けれど尤もらしい理由が一つ。
この神殿から一刻も早く出たい。
神殿の入口をくぐった瞬間から、胸の内に巣食うものが、この建物の在り方をひどく拒んでいる。精神的な拒絶が体にも反映されて、今にも気を失いそうなのだ。
至聖所という場所に入ってからはなおさら顕著で、これ以上文字を読むことさえ億劫で仕方がないという気分に侵されている。
「そう、だよね……」
「ご主人様、本当に大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
「う、うんちょっと……。少し、外に出てくるよ」
「承知しました。私はこの部屋を調べています」
僕は額に手をあてがい足元を見たりしながら、ようやく来た道を辿ることができた。
「うーん、外に出てもあまり変わらないなあ」
頭痛がする。頭の奥がまるで自然災害のように激しく揺れている。
焦点も定まらない。視界がぼやけて、半歩先ですらよく見えていないような気がする。
「ん……? なんか……いる」
神殿の階段を降りた先で、黒い物体が僕の目の前でゆらゆらと漂っている。
──否、その物体はきっと静止しているのだろう。おかしいのは僕の目のほうだ。
黒く細長い糸のようなものが何であるのか、今の僕には判断できそうにない。
これは一体なんだろう。
目を細めて、その正体を確認しようとした刹那────。
「え……?」
おかしい、どうして僕は浮いているのだろう。
一体何が起きたんだ、想像もつかない。それでも、わかることが一つだけある。
胸の真ん中を、何かが貫通している。
「あ────」
青い二つの光が僕を見つめながら、笑うこともなくただ無表情でいた。
赤く飛び散る液体は、僕の血なのかもしれない。こんなに出血したら、いくら何でも死んでしまうのではないだろうか。
言葉も浮かばない。ただ、僕を貫いた黒いものが、言葉を発している。
『やはり、心臓はない……か』
罪悪感から、この現実に目を背けたい、けれど誰かに伝えなければと僕は思った。
「至聖所で何をしているのですか……っ、ご主人様!?」
僕の様子を心配したレイセン君が、真っ青な顔をしてこちらへ向かって来る。僕も同じように青々とした表情をしているのだろう。
「え? いや、なにも……」
「怯えた表情をしています。どうかなされたのですか」
しかし、僕の本能は聖典に記された最後の一文を、ひた隠しにしたいようだ。
理由は何もわからない。僕は悪いことをしたわけでもないし、神殿の一番奥に聖典があるということも知らなかった。
──それに、おそらくレイセン君には聖典の文字は読めないだろう。仮に読めたとしても、それは辞典を用いた文法的な翻訳でしかない。
書かれてある文字通りに受け取ることができて、文章の真の意味を理解できる確率は二分の一。失敗した場合、解析という名の作業──すなわち、労力が無駄になってしまう。であるならば──。
「僕が、説明するよ」
きっとそれが最も効率良い方法だから、と後から付け加える。レイセン君にはこれ以上、僕の焦燥を悟られまいと笑顔を作った。
なるほどと相槌をうちながら、レイセン君は僕の話を聞いていた。
「──つまり、ここはポストアポカリプスの世界だということですか」
「ポスト……え、っと、なに?」
「……ポストアポカリプスとは、取りも直さず終末の後ということです。ご主人様の仰るとおりであれば、この世界は既に滅び、文明の発展も人類の生命も途絶えたと」
「それなら……」
思いつく疑問は、一つしかない。
なぜ──本来ならばあるはずのない、終末を越えた世界に、僕たちは存在しているのだろうか。
いつもなら「少し変わった現象」だと素通りしていたが、よくよく考えてみればおかしいことばかりだ。
瓦礫だらけの廃れた街。黒く塗り潰されて、シルエットしか見えない人影。殺意をむき出しにして襲いかかってくる魔獣。身内の仇だといって、僕の命を狙う──悪魔。
「すみません、少し、考えさせてください。憶測でさえうまく纏まりません。言葉にするのがためらわれます」
「君も……か。まぁ、こんなこと突然言われてもって感じだよね」
「…………」
レイセン君は、僕とほとんど同じようなことを考えていた。
壁に突き当たることがあれば、手探りで先に進もうとするのが普段の僕たち──ならば、今回だけは否定をしたい。
僕は目隠しされた状態で、広大な迷路の真ん中に落とされたような孤独感に苛まれていた。更に、この迷路から自力で出口まで辿り着け、というような無理難題を押し付けられてしまったような気分だ。
このままでは、永遠に迷路から抜け出すことなんてできない。最悪の場合、出口なんて用意されていないのかもしれないし、あったはずなのに誰かの手によって塞がれる、なんてことが起こり得るかもしれない。
「えぇっと、ヴェーダはここから持ち出しちゃ……だめ、だよねえ。きっと」
「やめておいたほうが懸命です。本来ならば、至聖所に入ることすら許されません。そのうえ身勝手にも宝座の上にある物を持ち出そうとすれば……何が起きるかわかりません」
望みは薄いが、僕はこの聖典を宿に持ち帰り、そこでゆっくり時間をかけて読むことを提案する。が、やはり断固として拒否されてしまった。
理由は、立って読むより座って見るほうがいいとか、宿にいるノアが心配になってきたとか、聖典とはかけ離れたものだった。
けれど尤もらしい理由が一つ。
この神殿から一刻も早く出たい。
神殿の入口をくぐった瞬間から、胸の内に巣食うものが、この建物の在り方をひどく拒んでいる。精神的な拒絶が体にも反映されて、今にも気を失いそうなのだ。
至聖所という場所に入ってからはなおさら顕著で、これ以上文字を読むことさえ億劫で仕方がないという気分に侵されている。
「そう、だよね……」
「ご主人様、本当に大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
「う、うんちょっと……。少し、外に出てくるよ」
「承知しました。私はこの部屋を調べています」
僕は額に手をあてがい足元を見たりしながら、ようやく来た道を辿ることができた。
「うーん、外に出てもあまり変わらないなあ」
頭痛がする。頭の奥がまるで自然災害のように激しく揺れている。
焦点も定まらない。視界がぼやけて、半歩先ですらよく見えていないような気がする。
「ん……? なんか……いる」
神殿の階段を降りた先で、黒い物体が僕の目の前でゆらゆらと漂っている。
──否、その物体はきっと静止しているのだろう。おかしいのは僕の目のほうだ。
黒く細長い糸のようなものが何であるのか、今の僕には判断できそうにない。
これは一体なんだろう。
目を細めて、その正体を確認しようとした刹那────。
「え……?」
おかしい、どうして僕は浮いているのだろう。
一体何が起きたんだ、想像もつかない。それでも、わかることが一つだけある。
胸の真ん中を、何かが貫通している。
「あ────」
青い二つの光が僕を見つめながら、笑うこともなくただ無表情でいた。
赤く飛び散る液体は、僕の血なのかもしれない。こんなに出血したら、いくら何でも死んでしまうのではないだろうか。
言葉も浮かばない。ただ、僕を貫いた黒いものが、言葉を発している。
『やはり、心臓はない……か』
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