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第2部
#43 愛の証明
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──地下室。ここは絨毯の敷かれた牢獄だ。灯りは頭の高さに規則正しく並べられた蝋燭のみで、視界は悪い。
『何故ダ、我が子よ……。僕は……忘れたく……ナ……』
「大丈夫ですよ、怖くありません」
「…………」
檻に閉じ込められた異型の怪物。その下には術式が敷かれている。転移術の中に忘却術を散りばめた、質の悪い術式だ。
『オオ……オオオオオオオオ!!!! 憎い、憎いぞ、悔しい、あの時殺すことができたら──アア嗚呼あaaaAAA!!!!』
肥大化した憎悪が、柵の隙間から手を伸ばし始める。
術式が開花するのが先か、化け物が檻を壊してしまうのが先か──。時は一刻を争う。
『許さない……ユルサナイ……』
魔物など、最初からここには居なかった。と言わんばかりの静寂が訪れる。悪魔等の父は、憎悪だけを背負って、最後の砦へと向かったのだ。
詠唱を済ませた白髪の童子と、執事服の青年が雑談を始める。
「……ふぅ、最後まで猫を被っていられたんじゃのう」
「何のことでしょうか。だって、僕たちは現にまごうことなき悪魔の子、父の子でしょう」
「……ケッ、狂ってやがる」
災いの種は、憎しみを背負って跡形もなく消え去られた。
ここで、さもたった今地下へと降りてきて、偶然の目撃者となった振りをしながら、早足に二人の間を割って入る。
「今のはどういうことだ?」
ここで逃げられても構わない。しかし逃げたところで、後になって追い詰められるだけだ。
真の目的を悟られないように、表の仮面を付けたままで。俺は執事の青年の手首を掴んで、肩のラインあたりまで掲げる。
「あ……ギルティさん。どうしてこちらに?」
「父さんは? ここにいたはずだ、君たちは何をしたんだ、説明してくれ」
「それは……あっ、んん?!」
向かい合わせに立っていたルドルフの左手首を、思い切りこちら側に引っ張る。
予想もしない動作に、彼の反動が遅れる。その隙をついて、後頭部を押さえながら唇を重ねた。
「…………」
「んっ……や、あ」
問い詰めたのは、ただこの男に接近するためだ。答えなど一切不要。
はじめは貪り食うように、舌を吸い上げながら、何一つ答えさせはしない。わざとらしく淫靡な音を立て、支配されていると実感させるように。
それから徐々にペースを落とす。けれど舌は絡ませ続ける。俺は気付かれないように、抑え込む手の動きを変えた。ロマンチックなキスを演じるために、右手で目を隠し、左手を腰に当てる。
そういうことなんだ、と青年の体に直接教え込むと、ルドルフの俺を拒む手が弱まって、なされるがままになっていく。
「儂がおるというに、お主こそ何をして……」
──もうそろそろ、表の皮も剥がれてきた頃だろう。横目で観客を睨みつけると、それは俺の意図したことに気づいたように黙り込む。
「はぁ……ん、ふ……」
低いトーンの喘ぎ声に色がつく。第三者の視線ですら、淫らに口元を濡らす男にとっては興奮の材料だ。
ルドルフが欲しがるように手を伸ばし始めたところで、唇に境界線を作る。めまいを起こしたように、後方へと倒れかけた青年の首元を支える。
「…………」
ただ静かにほくそ笑む不死鳥に、蠱惑的な青年の蕩けきった顔を見せつける。潤んだ目で続きを求める、ブラウンの髪が横に流れた。
「ルドルフ、一緒に来てくれるよね?」
「は……はいっ……」
吐息混じりの声が、呼吸を整えようと震える。
脇で見ていた幼い見た目の老人は、呆れたような声を上げた。
「ま、儂は忙しい。これからやる事がたんまりあるでのう。そいつは好きにすればあ?」
「じゃあ、行こ」
無言で頷く青年に、再び唇を重ねる。そして容易な手品をして見せるように、その場をあとにした。
部屋を移ってからも、一人用の椅子に二人で座りながらキスをし続けた。
アンティークロココ調の椅子の肘掛けに、腕を乗せて座る俺の片足を、青年が跨ぐ。互いが互いを誘うように、極限まで上り詰めるために触れ合う。
「さっきから腰が動いているよ……」
「んー……。ふふっ……」
情欲を煽る男の腰の動作は、次第に快楽を求めるようになって自身をこすりつけるような運動に変わっていった。こうなると、もうあとには引けない。
「……もう十分かな」
「あっ……早く、貴方のここを触りたい、です……」
キスをやめ、噛み付くように口から溢れた糸をなすりつけると、男は喜んだ。それから首元に顔を埋めてきた。
スキンシップをしながら、女の匂い、メスの匂いを振りまいて誘惑するのがこの男のやり方だ。今まで何人に抱かれ、体を許したのだろう。
俺はルドルフという人を心底愛せるようにはなれない。この男を疑わず、一筋に愛そうとする男を一人しか知らない。
ルドルフの手が、相手の股間をズボンの上から弄ろうと伸びてくるのを寸前で妨害する。指を一本いっぽん絡めて抑制し、気をそらすため青年の耳朶にしゃぶりついた。
「……待って。ベッドに行こう」
「承知しました」
よくできました──と言わんばかりに、もう一度口吸を済ませると、ルドルフは足の上から退いた。
椅子から立ち上がり、マントと礼装を脱ぎ捨て、ラフなワイシャツとズボンだけになる。
「ああ、そうだ。……君も着替えてくれないか、ドレスを持っていただろう」
「……ふふ、部屋に隠しておいたのに。どうしてご存知なんでしょう」
──どうでもいいけれど。という意味を含ませながら、男は作り笑顔を浮かべて姿かたちを変えていった。
頭から足の先までを黒い蝶が埋め尽くす。蝶たちが一匹残らず姿を消すと、まるで別人のように形を変えた男が現れた。
「……良いよ、おいで」
「……はい」
ドレスは花嫁衣装のようだが、黒一色でどちらかというと喪服に近い。
薔薇のカチューシャから伸びるヴェールが、頭部を覆い尽くしていた。両肩を開き、肉付きの良い脚が腰から左側の素肌を魅せつけている。漆黒のハイヒールが前へと進むたびに音を立てた。まるでドレスがルドルフによく似合うよう、再構築されたようだ。
「君の母親みたいだ」
そう言うと、男は歩むのをためらった。
「……貴方がそこまで知っているのは、些か見過ごせないところではありますけれど」
「微塵も驚いていない癖に」
「ふふ、だって僕と母は似てませんもの。それより、さっきの続きを……」
深い意味まで勘ぐったような、それでいて上辺だけを掬い取ったような返答だった。
確かにルドルフは、母親とは似ても似つかなかった。しかし、それは外見だけの話であって、内面は完璧なまでに映し身のようだ。
男にだらしがなく、言うなれば遊び人。けれど魔に通じる力だけは本物で、存在こそが災いであるとまで謳われた家系を築いたのも事実。
そんな女のご令息だとは、一切思わせない。ルドルフもまた、一人の魔女として確立した。
「ああ、そうだね。俺がお前を抱くのは、これが最後だ」
*
「……っあ」
どれくらいの間かはわからない。だが、気を失っていたことはわかる。そしてここまで来てようやく、疑問が確信に変わった。
──俺の中に、もう一人いる。
どんな人なのかは知る由もない。意識を取り戻してから、見たり聞いたりした惨劇だけが、彼の人格を物語っていた。
「……ふ、はぁ……あはは……」
自室のベッドでうずくまっていた俺が顔をあげると、衝撃が過ぎるものがあった。
「え!? あ、ああ……!!」
黒いドレスに身を包んだ最愛の人が、俺の下で笑っていた。ベッドから離れようとするが、よからぬ所が彼と繋がっているせいで引き止められた。
「あは、やっと起き、た……」
「ルド、ル……俺は……。いま、抜くから──」
「だめ、ですっ……あぁ」
後ろに引き抜こうとした所を締め付けられると同時に、両腰を掴まれてそのまま押し戻された。
「……ッ!? そんな、良くない、こんな……事」
締め付けがより強くなっていき、搾り取るような肉壁の動きに悶える。額からは水滴のような汗が落ちてきた。
うつ伏せで寝ていたルドルフの乱れた前髪からは汗がにじみ出て、頬にヴェールが張り付いてしまっていた。それでも、彼は微笑みながら俺を見つめている。
「なん、でぇ? ……良いじゃないです、か。たまには、ちゃんと発散させないと……」
「ちが、違う……そうじゃなくて……。君と、こんな形では、したくなかった……」
「じゃあ……どんな形なら、いいんですか? だって貴方、こうでもしなければ僕を抱けないんでしょう」
「うっ……ぐ……はぁ、駄目だ、何もつけてない……」
すると、繋がっていた入口の端から、精液がこぼれてきたのだ。
「あぁ……フフッ、そういうことです。だから、貴方も思う存分、骨の髄まで──」
「どうして君は……ッ!! どうして、そこまでして……自分を捨てるんだ……」
泣きそうだった。声は喋れば喋るほど震えて掠れ、正常を保てない。早急にするべきことでもないのに、ルドルフがなぜ俺と体の関係を持ちたがっているのか、それだけが腑に落ちない。
俺は少し戸惑いを見せたルドルフの頬を、両手で包むように抑え、問い質した。
「貴方は……あなたは、僕のことを……傷物だからと、乱暴に扱いはしないのですね」
「当たり前だ! ……君は、俺の大事な人なんだ。傷つけたくないに決まってるだろう!!」
ルドルフは黙り込んでしまった。俺は、好意を寄せた相手さえ困らせて、何がしたいのだろう──と自問自答するしか他にない。
「なら、僕のことを抱いてください……」
「え……? ま、まて、待つんだ──っああ!!」
ルドルフのしっかりとした長い脚が、俺の体に絡みつく。腰を引っ張る力と相まって、俺自身はより一層奥に入ったような気がした。
「貴方が動かないなら、僕が動きますっから……あっ、あ」
「ルドルフ……ッ、やめるんだ、やめて……くれ……」
愛する人の律動は、治まるどころかだんだんと早く、求める動きになっていく。包まれた性器の隅々を余すことなく愛撫して──離さない。
理性を失ってはいけないと、何度も心の中で叫んだ。しかし、快感は真っ当な感情を良しとせず、体は欲望のままに動き始める。
「じっ、実は……っ。さっきまで、もう一人の貴方にいっ、抱かれていたんです……!! それから、四、五回はイキましたっ……こんなふしだらな男でも、貴方は許してくれると、いうのですか!?」
「……っう、ふうっ……ぐ……」
それ以上は声にさえならなかった。腰の動きは、快楽を求めて真っ直ぐに突き上げ、最奥に打ち付ける本能的な獣に豹変していた。
頭ではわかっていても、簡単に止められるものではない。
喘ぐ声、出し入れするたびに鳴る卑猥な音、熱い吐息──。
脳みそも体も、繋がっていた境界さえもぐちゃぐちゃになって、終いには好きな人の中で果てた。
「あっ、あー……っ…………」
「はぁ……はっ……」
ルドルフは背中を反らせて絶頂を迎えた。性器からは、薄い精液が数滴──腹の上に零れた。
自分が情けないと思う。きっとこの先一生、俺は今夜のことを忘れないし、自分自身を許さないだろう。冷静になった今だからこそ、考えられる事だった。
「ふふ……僕、貴方のような優しい方に出会ったのは初めてです」
ずるずると自身を引き抜いて、ルドルフの体を起こすと、きつく抱きしめた。醜くて穢れた俺でも、この愛だけは今伝えなければいけないという衝動に駆られたのだ。
「ルドルフ、俺は……愛してるよ……本当に、心の底から……愛してる」
最愛の人は、耳元で囁いた。
「……貴方は、悪魔なんかじゃない」
『何故ダ、我が子よ……。僕は……忘れたく……ナ……』
「大丈夫ですよ、怖くありません」
「…………」
檻に閉じ込められた異型の怪物。その下には術式が敷かれている。転移術の中に忘却術を散りばめた、質の悪い術式だ。
『オオ……オオオオオオオオ!!!! 憎い、憎いぞ、悔しい、あの時殺すことができたら──アア嗚呼あaaaAAA!!!!』
肥大化した憎悪が、柵の隙間から手を伸ばし始める。
術式が開花するのが先か、化け物が檻を壊してしまうのが先か──。時は一刻を争う。
『許さない……ユルサナイ……』
魔物など、最初からここには居なかった。と言わんばかりの静寂が訪れる。悪魔等の父は、憎悪だけを背負って、最後の砦へと向かったのだ。
詠唱を済ませた白髪の童子と、執事服の青年が雑談を始める。
「……ふぅ、最後まで猫を被っていられたんじゃのう」
「何のことでしょうか。だって、僕たちは現にまごうことなき悪魔の子、父の子でしょう」
「……ケッ、狂ってやがる」
災いの種は、憎しみを背負って跡形もなく消え去られた。
ここで、さもたった今地下へと降りてきて、偶然の目撃者となった振りをしながら、早足に二人の間を割って入る。
「今のはどういうことだ?」
ここで逃げられても構わない。しかし逃げたところで、後になって追い詰められるだけだ。
真の目的を悟られないように、表の仮面を付けたままで。俺は執事の青年の手首を掴んで、肩のラインあたりまで掲げる。
「あ……ギルティさん。どうしてこちらに?」
「父さんは? ここにいたはずだ、君たちは何をしたんだ、説明してくれ」
「それは……あっ、んん?!」
向かい合わせに立っていたルドルフの左手首を、思い切りこちら側に引っ張る。
予想もしない動作に、彼の反動が遅れる。その隙をついて、後頭部を押さえながら唇を重ねた。
「…………」
「んっ……や、あ」
問い詰めたのは、ただこの男に接近するためだ。答えなど一切不要。
はじめは貪り食うように、舌を吸い上げながら、何一つ答えさせはしない。わざとらしく淫靡な音を立て、支配されていると実感させるように。
それから徐々にペースを落とす。けれど舌は絡ませ続ける。俺は気付かれないように、抑え込む手の動きを変えた。ロマンチックなキスを演じるために、右手で目を隠し、左手を腰に当てる。
そういうことなんだ、と青年の体に直接教え込むと、ルドルフの俺を拒む手が弱まって、なされるがままになっていく。
「儂がおるというに、お主こそ何をして……」
──もうそろそろ、表の皮も剥がれてきた頃だろう。横目で観客を睨みつけると、それは俺の意図したことに気づいたように黙り込む。
「はぁ……ん、ふ……」
低いトーンの喘ぎ声に色がつく。第三者の視線ですら、淫らに口元を濡らす男にとっては興奮の材料だ。
ルドルフが欲しがるように手を伸ばし始めたところで、唇に境界線を作る。めまいを起こしたように、後方へと倒れかけた青年の首元を支える。
「…………」
ただ静かにほくそ笑む不死鳥に、蠱惑的な青年の蕩けきった顔を見せつける。潤んだ目で続きを求める、ブラウンの髪が横に流れた。
「ルドルフ、一緒に来てくれるよね?」
「は……はいっ……」
吐息混じりの声が、呼吸を整えようと震える。
脇で見ていた幼い見た目の老人は、呆れたような声を上げた。
「ま、儂は忙しい。これからやる事がたんまりあるでのう。そいつは好きにすればあ?」
「じゃあ、行こ」
無言で頷く青年に、再び唇を重ねる。そして容易な手品をして見せるように、その場をあとにした。
部屋を移ってからも、一人用の椅子に二人で座りながらキスをし続けた。
アンティークロココ調の椅子の肘掛けに、腕を乗せて座る俺の片足を、青年が跨ぐ。互いが互いを誘うように、極限まで上り詰めるために触れ合う。
「さっきから腰が動いているよ……」
「んー……。ふふっ……」
情欲を煽る男の腰の動作は、次第に快楽を求めるようになって自身をこすりつけるような運動に変わっていった。こうなると、もうあとには引けない。
「……もう十分かな」
「あっ……早く、貴方のここを触りたい、です……」
キスをやめ、噛み付くように口から溢れた糸をなすりつけると、男は喜んだ。それから首元に顔を埋めてきた。
スキンシップをしながら、女の匂い、メスの匂いを振りまいて誘惑するのがこの男のやり方だ。今まで何人に抱かれ、体を許したのだろう。
俺はルドルフという人を心底愛せるようにはなれない。この男を疑わず、一筋に愛そうとする男を一人しか知らない。
ルドルフの手が、相手の股間をズボンの上から弄ろうと伸びてくるのを寸前で妨害する。指を一本いっぽん絡めて抑制し、気をそらすため青年の耳朶にしゃぶりついた。
「……待って。ベッドに行こう」
「承知しました」
よくできました──と言わんばかりに、もう一度口吸を済ませると、ルドルフは足の上から退いた。
椅子から立ち上がり、マントと礼装を脱ぎ捨て、ラフなワイシャツとズボンだけになる。
「ああ、そうだ。……君も着替えてくれないか、ドレスを持っていただろう」
「……ふふ、部屋に隠しておいたのに。どうしてご存知なんでしょう」
──どうでもいいけれど。という意味を含ませながら、男は作り笑顔を浮かべて姿かたちを変えていった。
頭から足の先までを黒い蝶が埋め尽くす。蝶たちが一匹残らず姿を消すと、まるで別人のように形を変えた男が現れた。
「……良いよ、おいで」
「……はい」
ドレスは花嫁衣装のようだが、黒一色でどちらかというと喪服に近い。
薔薇のカチューシャから伸びるヴェールが、頭部を覆い尽くしていた。両肩を開き、肉付きの良い脚が腰から左側の素肌を魅せつけている。漆黒のハイヒールが前へと進むたびに音を立てた。まるでドレスがルドルフによく似合うよう、再構築されたようだ。
「君の母親みたいだ」
そう言うと、男は歩むのをためらった。
「……貴方がそこまで知っているのは、些か見過ごせないところではありますけれど」
「微塵も驚いていない癖に」
「ふふ、だって僕と母は似てませんもの。それより、さっきの続きを……」
深い意味まで勘ぐったような、それでいて上辺だけを掬い取ったような返答だった。
確かにルドルフは、母親とは似ても似つかなかった。しかし、それは外見だけの話であって、内面は完璧なまでに映し身のようだ。
男にだらしがなく、言うなれば遊び人。けれど魔に通じる力だけは本物で、存在こそが災いであるとまで謳われた家系を築いたのも事実。
そんな女のご令息だとは、一切思わせない。ルドルフもまた、一人の魔女として確立した。
「ああ、そうだね。俺がお前を抱くのは、これが最後だ」
*
「……っあ」
どれくらいの間かはわからない。だが、気を失っていたことはわかる。そしてここまで来てようやく、疑問が確信に変わった。
──俺の中に、もう一人いる。
どんな人なのかは知る由もない。意識を取り戻してから、見たり聞いたりした惨劇だけが、彼の人格を物語っていた。
「……ふ、はぁ……あはは……」
自室のベッドでうずくまっていた俺が顔をあげると、衝撃が過ぎるものがあった。
「え!? あ、ああ……!!」
黒いドレスに身を包んだ最愛の人が、俺の下で笑っていた。ベッドから離れようとするが、よからぬ所が彼と繋がっているせいで引き止められた。
「あは、やっと起き、た……」
「ルド、ル……俺は……。いま、抜くから──」
「だめ、ですっ……あぁ」
後ろに引き抜こうとした所を締め付けられると同時に、両腰を掴まれてそのまま押し戻された。
「……ッ!? そんな、良くない、こんな……事」
締め付けがより強くなっていき、搾り取るような肉壁の動きに悶える。額からは水滴のような汗が落ちてきた。
うつ伏せで寝ていたルドルフの乱れた前髪からは汗がにじみ出て、頬にヴェールが張り付いてしまっていた。それでも、彼は微笑みながら俺を見つめている。
「なん、でぇ? ……良いじゃないです、か。たまには、ちゃんと発散させないと……」
「ちが、違う……そうじゃなくて……。君と、こんな形では、したくなかった……」
「じゃあ……どんな形なら、いいんですか? だって貴方、こうでもしなければ僕を抱けないんでしょう」
「うっ……ぐ……はぁ、駄目だ、何もつけてない……」
すると、繋がっていた入口の端から、精液がこぼれてきたのだ。
「あぁ……フフッ、そういうことです。だから、貴方も思う存分、骨の髄まで──」
「どうして君は……ッ!! どうして、そこまでして……自分を捨てるんだ……」
泣きそうだった。声は喋れば喋るほど震えて掠れ、正常を保てない。早急にするべきことでもないのに、ルドルフがなぜ俺と体の関係を持ちたがっているのか、それだけが腑に落ちない。
俺は少し戸惑いを見せたルドルフの頬を、両手で包むように抑え、問い質した。
「貴方は……あなたは、僕のことを……傷物だからと、乱暴に扱いはしないのですね」
「当たり前だ! ……君は、俺の大事な人なんだ。傷つけたくないに決まってるだろう!!」
ルドルフは黙り込んでしまった。俺は、好意を寄せた相手さえ困らせて、何がしたいのだろう──と自問自答するしか他にない。
「なら、僕のことを抱いてください……」
「え……? ま、まて、待つんだ──っああ!!」
ルドルフのしっかりとした長い脚が、俺の体に絡みつく。腰を引っ張る力と相まって、俺自身はより一層奥に入ったような気がした。
「貴方が動かないなら、僕が動きますっから……あっ、あ」
「ルドルフ……ッ、やめるんだ、やめて……くれ……」
愛する人の律動は、治まるどころかだんだんと早く、求める動きになっていく。包まれた性器の隅々を余すことなく愛撫して──離さない。
理性を失ってはいけないと、何度も心の中で叫んだ。しかし、快感は真っ当な感情を良しとせず、体は欲望のままに動き始める。
「じっ、実は……っ。さっきまで、もう一人の貴方にいっ、抱かれていたんです……!! それから、四、五回はイキましたっ……こんなふしだらな男でも、貴方は許してくれると、いうのですか!?」
「……っう、ふうっ……ぐ……」
それ以上は声にさえならなかった。腰の動きは、快楽を求めて真っ直ぐに突き上げ、最奥に打ち付ける本能的な獣に豹変していた。
頭ではわかっていても、簡単に止められるものではない。
喘ぐ声、出し入れするたびに鳴る卑猥な音、熱い吐息──。
脳みそも体も、繋がっていた境界さえもぐちゃぐちゃになって、終いには好きな人の中で果てた。
「あっ、あー……っ…………」
「はぁ……はっ……」
ルドルフは背中を反らせて絶頂を迎えた。性器からは、薄い精液が数滴──腹の上に零れた。
自分が情けないと思う。きっとこの先一生、俺は今夜のことを忘れないし、自分自身を許さないだろう。冷静になった今だからこそ、考えられる事だった。
「ふふ……僕、貴方のような優しい方に出会ったのは初めてです」
ずるずると自身を引き抜いて、ルドルフの体を起こすと、きつく抱きしめた。醜くて穢れた俺でも、この愛だけは今伝えなければいけないという衝動に駆られたのだ。
「ルドルフ、俺は……愛してるよ……本当に、心の底から……愛してる」
最愛の人は、耳元で囁いた。
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