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一章 神童
4.サイカイの生活 3+3=5
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彼女は好奇心旺盛である。自分の中である程度の解釈ができるほどに知識をつけている彼女は答えのわからないものが少ない。Qに対するAを瞬時に出せる物が数多く存在するようになった彼女にとって、好奇心を擽らせるものは珍しい。
だからこそ、彼女は彼に会いに行くのだ。
休憩の時間を前日に伝え、彼女は出来るだけ時間を伸ばせるように撮影を基本一発撮りで進める。彼と遊ぶことが、今の彼女にとって最も興味深いものであった。
結論、彼は彼女と真逆だった。
主演ドラマなど経験した彼女より劣っていると言うなら皆がそうなのだが、恐らく彼は普通の同年代より何もかもが劣っていたのだ。それはもう、彼女が出会った次の日に分かるほどに。
例えば、
「ぜぇ、ぜぇ、ま、待って、ストップ、マフユ! 無理、もう無理っ!」
「……もう疲れたの?」
「つ、疲れた、ダメこれ」
「まだ10分だよ……演技?」
「あ、そう! 演技演技! 僕ってば演技上手いからなぁ」
「……。」
「ごめんなさい嘘です。演技じゃないです、見栄を張りました」
この前出来なかった2人鬼ごっこ。15分逃げ切れば勝ちの一本目。その時点で鬼のイチは息を切らして大の字で倒れてしまった。それから数分休憩後ようやく走り出したと思えば5分もせず倒れる始末。この体力の無さが同い年の平均体力であるとはとても思えない。
例えば、
「今日は勉強会をします!」
「勉強?」
「そう、同い年くらいだろうし勉強してるところも一緒だったはず。勉強が好きだったなら思い出すかもしれないだろ。というわけで算数やります!」
とある日、集客の少ない喫茶店にて2人はテーブルを挟みノートを見る。ノートの四角の枠から外れて書かれた汚い文字を見ながら勉強を始めるのだが、
「いいか、1+1=2なんだよ」
「……どうして2なの?」
「え、そりゃお前。あの、えっと、1の次が2だから、だから、えっと」
「……。」
「う、うるさいうるさい! とにかく1+1=2なんだよ! だから3+3=5!」
「6だよ」
小学校1年生。今勉強中である足し算と引き算も彼は全く理解していなかった。覚えたてといってもここまで出来ないものかという目線を向けてしまい、終いには号泣されてしまった。
ただ、計算が不得意かと言われればそうではなく……
「マフユいいか。このコンビニのトッポは150円だけど、少し離れたスーパーは148円で売ってるんだ、だからスーパーまで走ります! あっスーパーは袋まで注文したら151円になるから注意しろよ!」
「スーパー、遠いよ?」
「距離はお金にならない! 安くなるなら走るのが人間だってばぁば言ってた! だから今日は走るぞマフユ!!」
「……ん。イチ、ちゃんとついて来てね」
「最初から僕が置いてかれる宣言するのやめてねっ!」
少年はお金に関わることとなると途端に計算高くなる。とにかくがめついとも言えるか。たった1円に相当の反応を見せ、目をくわっと開きスーパーのチラシを隅から隅まで見るのはまさに、本場で戦う専業主婦のようである。うぉぉおおおお! と最初は勢いよく走り出す彼に合わせて徐々にスピードを落とすことにも少しづつ慣れていったマフユであった。
他にも、
「ばぁばにお菓子買いなさいって50円貰ったぞ! 25円に半分こして買いなさいって!!」
「……イチ、手元に何か持ってる?」
「えぇ!? い、いや、何も持ってないよ。50円だけだよ、ほらだからこれを使ってお菓子買いに行くぞ!!」
「……ん、25円で何買えるかな」
「うんまい棒! 僕とマフユで4個も買えるな!」
当然、ばぁばに本来もらっていたであろう100円玉を隠したことはお見通しなのだが。
差し出した50円玉はおそらく元々持っていたものだろう。
ばぁばのルールによりお小遣いは2人で半分こと決まってから、彼はどのようにして自分の取り分を増やすかを無い頭で懸命に考えるのだ。そして咄嗟に持っていた50円とすり替えるという荒技を、物の見事にバレているとも知らずお菓子を買いに向かうのである。
悪知恵の働く少年であった。
金、金、金。少年を紹介するときは「とにかく金に関してめんどくさい人です」と伝えれば成り立つほどに、彼の金に対する執着は相当なものであった。
それでも、
「おーいマフユ~! 今日も遊ぶぞ~!!」
「……ん、今日はなにするの?」
それでも、彼女は毎日訪れた。
体力が無いことも、不器用なことも、金にがめついことも、知能が限りなく少ないことも、知っていながら、それでも彼女は彼の元へ向かい、何のためにもならない遊びを続ける。
完璧な彼女にとって理解が出来なかったのだ。
元々全ての事象に関して彼女なりの答えが出せていたものが、この少年に関してだけは、全く理解ができない。
「マフユどうだ! 記憶は戻りそうか!?」
「……ん、まだ」
「うぉぉぉおおおやっぱり僕が勝てないからか!? マフユの記憶を取り戻すには勝つしかないのかっ!?」
「イチ、負けてばっかで楽しい?」
「楽しくない、だから手加減しろよ! 僕が手加減されてるって気づかない程度に手を抜いて僕に勝たせなさい!」
「……無茶ばっかり」
それでも、楽しかったのだと思う。新鮮なだけでなく、彼がマフユと呼んでくれる限りはきっと。彼と遊ぶ時間、場所、楽しいと思えることが彼女の閉ざしていたきつく締められた鎖を少しずつ、少しずつ開かせてくれるだろう。
そして、
「今度さ、僕の友達も公園に呼んでいい?」
「どうして?」
「昨日学校で急に話しかけられてさ~マフユと友達になりたいんだって。聞いてみるって言ったけど」
「……ともだち。ん、呼んでもいいよ」
「ほんとか! じゃあ明日連れてくるね!!」
「ん、でも帽子は被る」
「帽子? 別にいいけどなんで?」
友達も増えた。
既に公園の前で待機している子供たちの手前、傍に断りきれなかったマフユは事前に用意していた帽子を被り彼らの前へ。仕方がないと言う理由もあったが、何故か嬉しそうに頬を緩ませるイチに断ることができなかったのもある。
彼らには名前を伏せ遊んでも良いと伝えただけであったが、彼らも特に気にすることはなくマフユを受け入れてくれた。
このひと時の間で、彼女は初めての普通の遊びを体験した。毎日2時間程度の短い時間ではあったが、彼女はたまたま訪れた長崎での生活を心から楽しんでいた。
だからこそ、なのかもしれない。
「あ、木の上に猫がいる!」
「……それがどうしたの?」
「降りられなくて困ってるかもしれない、助けなきゃ!」
彼と出会い2週間ほどが経ち、少年と2人で遊んでいる時だった。いつものようにゲームをしながら記憶探しの遊びをしていた時、不意に少年が上を見上げた先にいたのは、木の上の猫である。
「イチ。猫は放っておいてもちゃんと降りられるよ?」
「そんなのわかんないじゃん。困ってるかもだし、助けないと!!」
才能のない少年。その行動原理や思考をようやく理解し始めていた頃にそれは見え始めた。彼は何かにつけて「困ってる、助けなきゃ!」と走っていく。わざわざ面倒ごとに首を突っ込むその態度、それだけはどうしても理解できなかった。
「よっしほらこっちおいで~助けてあげるからね~……あの、来て欲しいな~手が届かないんだけどあの、25円あげるから、お菓子あげるから!」
子猫のいる枝の真横まで登ったイチだったが、片手を伸ばしても後少しで届かない。体勢を変え、もう少しで捉えそうなところで猫はさらに枝の先へと進んでしまう。
その様子を見上げていたマフユは、ポツリと溢した。
「……ねぇイチ」
「なんだよ、今忙しいんだけどっ!」
「どうして助けようとしてるの?」
「え? なんでって、何?」
「……別に、猫なんて放っておけばいいと思う。自分でなんとかするし、わざわざイチが助ける必要ない」
「それ、今聞かなきゃだめ? 終わってからじゃダメ?」
「だめ」
何故か、苛立つ。前まではどんなことにも無関心で喜怒哀楽の欠けていた彼女だったが、まだ感情が残っていたのかと自身が驚くほどだ。初めの方はそうでもなかったが、友達と遊んだり、彼がこうやって何かにつけて助けようとするたびにイライラが募るのだ。
真下から見上げていた彼女は枝の上に乗りながら手を伸ばしているイチに伝えた。
「ヒーローなら、困ってる人をそのままになんてしないじゃんか」
「……ヒーローって、なに」
何度も同じ質問をした、どうして助けるのか、才能も無いのにと。別に彼を否定したいわけでは無い、合理性や効率を考えた上で彼女が導き出した結果である。そう聞くと彼はいつもその単語を口にするのだ。
「ただのヒーローじゃないんだぞ!すっごくすっごくカッコいいヒーローなんだ!
自分の拳と力だけで戦って、正々堂々と敵に立ち向かう!仲間のことは絶対に裏切らないし、その人が来ただけでみんなを安心させて、敵をすぐに倒しちゃう! 自分もキズつかないで帰ってくるヒーロー! その人がいるだけで全員を安心させられるヒーロー!
カッコいい、カッコいいよな!そんなヒーローに僕はなりたいの!」
「イチには無理だよ」
「ま、まだわかんない、じゃん」
「イチにはその才能がない。やるだけ無駄」
彼は助けられることはあったとしても助けることはできない。計算も、運動神経も、何もかもが足りない。誰が見ても明らかだった。彼女はぶっきらぼうに否定し、
タンッと跳躍すると、猫の首根っこを掴みそのまま着地した。木の上に残されたイチを見上げる。
「……無駄だよ」
「お、おぅ、サンキューな。また助けられちゃった」
実際、彼が助けたいと言い向った先の事象を解決しているのは紛れもなく彼女である。結論、ヒーローとしての活動をこの少年に出来るなんて思えない。
猫を下に下ろし、走り去る猫を横目に彼女はイチを見る。木の上でただ立っている状態となったイチは苦笑いと共にヘラヘラと笑う。
「その、なんだ。わかってるよ。助けようとして、結局マフユに助けてもらってるって」
「それ迷惑」
「う、ごめん」
「イチと遊ぶのは楽しい。でも勝手に助けようとして失敗して、泣くのは嫌。楽しく遊んでたのに、そうなっちゃうなら助ける必要ない」
「で、でも、困ってる人がいたらーー」
「別にイチに助けてもらわなくても何とかする人は沢山いる。子供に出来ることなんて少ない、むしろ迷惑かけてる」
ーーだから、遊ぼう?
彼女の想いは、相変わらず言葉にはならない。だから伝わらない。自分と遊んで欲しいと、ゲームをして欲しいと思うが、口には出ない。言いたい言葉が重なるほどに出てくる言葉は皮肉や苛立ち。自分でも、止められなかった。
「でも」
シンと静まり返った公園で、しかしイチは伏せた頭をぐいっと上げダンッと枝を踏みしめ宣言するかのように彼女を見てこう言った。
「僕はやっぱり人を助けてそれでーーあえっ!?」
あえっ。木の上でぐいっと体を動かしたのが不幸だった。彼の体重を支えきれなくなった枝は、木を離れ、重力に従い落下する。
もちろん、その上にいたイチもろとも。
「ーーイチっ!!」
背を向けていた彼女は反応が遅れてしまった。下で受け止めることもできず、ドサッと落ちた彼のもとに向かい倒れた彼を起こす。
「だ、大丈夫?」
「痛たた……ははっ失敗した失敗した。大丈夫大丈夫。ちょっと落ちた程度でイチさんは全然ーーあり?」
またヘラヘラと笑う彼に、少し安心したかと思えば、彼の目線は自身の足に向けられた。
なにやら様子がおかしい。
「あ、あれ? あ、足の感覚がじわーってして、なんだろ、ふわふわしてるんだけど」
「……ば、ばぁば呼んでくるっ!」
プラプラと、動かす足に力がない。膝の部分は青く染まり次第と状況が理解してきた彼が絶叫した。
その日、少年は右足を骨折した。
だからこそ、彼女は彼に会いに行くのだ。
休憩の時間を前日に伝え、彼女は出来るだけ時間を伸ばせるように撮影を基本一発撮りで進める。彼と遊ぶことが、今の彼女にとって最も興味深いものであった。
結論、彼は彼女と真逆だった。
主演ドラマなど経験した彼女より劣っていると言うなら皆がそうなのだが、恐らく彼は普通の同年代より何もかもが劣っていたのだ。それはもう、彼女が出会った次の日に分かるほどに。
例えば、
「ぜぇ、ぜぇ、ま、待って、ストップ、マフユ! 無理、もう無理っ!」
「……もう疲れたの?」
「つ、疲れた、ダメこれ」
「まだ10分だよ……演技?」
「あ、そう! 演技演技! 僕ってば演技上手いからなぁ」
「……。」
「ごめんなさい嘘です。演技じゃないです、見栄を張りました」
この前出来なかった2人鬼ごっこ。15分逃げ切れば勝ちの一本目。その時点で鬼のイチは息を切らして大の字で倒れてしまった。それから数分休憩後ようやく走り出したと思えば5分もせず倒れる始末。この体力の無さが同い年の平均体力であるとはとても思えない。
例えば、
「今日は勉強会をします!」
「勉強?」
「そう、同い年くらいだろうし勉強してるところも一緒だったはず。勉強が好きだったなら思い出すかもしれないだろ。というわけで算数やります!」
とある日、集客の少ない喫茶店にて2人はテーブルを挟みノートを見る。ノートの四角の枠から外れて書かれた汚い文字を見ながら勉強を始めるのだが、
「いいか、1+1=2なんだよ」
「……どうして2なの?」
「え、そりゃお前。あの、えっと、1の次が2だから、だから、えっと」
「……。」
「う、うるさいうるさい! とにかく1+1=2なんだよ! だから3+3=5!」
「6だよ」
小学校1年生。今勉強中である足し算と引き算も彼は全く理解していなかった。覚えたてといってもここまで出来ないものかという目線を向けてしまい、終いには号泣されてしまった。
ただ、計算が不得意かと言われればそうではなく……
「マフユいいか。このコンビニのトッポは150円だけど、少し離れたスーパーは148円で売ってるんだ、だからスーパーまで走ります! あっスーパーは袋まで注文したら151円になるから注意しろよ!」
「スーパー、遠いよ?」
「距離はお金にならない! 安くなるなら走るのが人間だってばぁば言ってた! だから今日は走るぞマフユ!!」
「……ん。イチ、ちゃんとついて来てね」
「最初から僕が置いてかれる宣言するのやめてねっ!」
少年はお金に関わることとなると途端に計算高くなる。とにかくがめついとも言えるか。たった1円に相当の反応を見せ、目をくわっと開きスーパーのチラシを隅から隅まで見るのはまさに、本場で戦う専業主婦のようである。うぉぉおおおお! と最初は勢いよく走り出す彼に合わせて徐々にスピードを落とすことにも少しづつ慣れていったマフユであった。
他にも、
「ばぁばにお菓子買いなさいって50円貰ったぞ! 25円に半分こして買いなさいって!!」
「……イチ、手元に何か持ってる?」
「えぇ!? い、いや、何も持ってないよ。50円だけだよ、ほらだからこれを使ってお菓子買いに行くぞ!!」
「……ん、25円で何買えるかな」
「うんまい棒! 僕とマフユで4個も買えるな!」
当然、ばぁばに本来もらっていたであろう100円玉を隠したことはお見通しなのだが。
差し出した50円玉はおそらく元々持っていたものだろう。
ばぁばのルールによりお小遣いは2人で半分こと決まってから、彼はどのようにして自分の取り分を増やすかを無い頭で懸命に考えるのだ。そして咄嗟に持っていた50円とすり替えるという荒技を、物の見事にバレているとも知らずお菓子を買いに向かうのである。
悪知恵の働く少年であった。
金、金、金。少年を紹介するときは「とにかく金に関してめんどくさい人です」と伝えれば成り立つほどに、彼の金に対する執着は相当なものであった。
それでも、
「おーいマフユ~! 今日も遊ぶぞ~!!」
「……ん、今日はなにするの?」
それでも、彼女は毎日訪れた。
体力が無いことも、不器用なことも、金にがめついことも、知能が限りなく少ないことも、知っていながら、それでも彼女は彼の元へ向かい、何のためにもならない遊びを続ける。
完璧な彼女にとって理解が出来なかったのだ。
元々全ての事象に関して彼女なりの答えが出せていたものが、この少年に関してだけは、全く理解ができない。
「マフユどうだ! 記憶は戻りそうか!?」
「……ん、まだ」
「うぉぉぉおおおやっぱり僕が勝てないからか!? マフユの記憶を取り戻すには勝つしかないのかっ!?」
「イチ、負けてばっかで楽しい?」
「楽しくない、だから手加減しろよ! 僕が手加減されてるって気づかない程度に手を抜いて僕に勝たせなさい!」
「……無茶ばっかり」
それでも、楽しかったのだと思う。新鮮なだけでなく、彼がマフユと呼んでくれる限りはきっと。彼と遊ぶ時間、場所、楽しいと思えることが彼女の閉ざしていたきつく締められた鎖を少しずつ、少しずつ開かせてくれるだろう。
そして、
「今度さ、僕の友達も公園に呼んでいい?」
「どうして?」
「昨日学校で急に話しかけられてさ~マフユと友達になりたいんだって。聞いてみるって言ったけど」
「……ともだち。ん、呼んでもいいよ」
「ほんとか! じゃあ明日連れてくるね!!」
「ん、でも帽子は被る」
「帽子? 別にいいけどなんで?」
友達も増えた。
既に公園の前で待機している子供たちの手前、傍に断りきれなかったマフユは事前に用意していた帽子を被り彼らの前へ。仕方がないと言う理由もあったが、何故か嬉しそうに頬を緩ませるイチに断ることができなかったのもある。
彼らには名前を伏せ遊んでも良いと伝えただけであったが、彼らも特に気にすることはなくマフユを受け入れてくれた。
このひと時の間で、彼女は初めての普通の遊びを体験した。毎日2時間程度の短い時間ではあったが、彼女はたまたま訪れた長崎での生活を心から楽しんでいた。
だからこそ、なのかもしれない。
「あ、木の上に猫がいる!」
「……それがどうしたの?」
「降りられなくて困ってるかもしれない、助けなきゃ!」
彼と出会い2週間ほどが経ち、少年と2人で遊んでいる時だった。いつものようにゲームをしながら記憶探しの遊びをしていた時、不意に少年が上を見上げた先にいたのは、木の上の猫である。
「イチ。猫は放っておいてもちゃんと降りられるよ?」
「そんなのわかんないじゃん。困ってるかもだし、助けないと!!」
才能のない少年。その行動原理や思考をようやく理解し始めていた頃にそれは見え始めた。彼は何かにつけて「困ってる、助けなきゃ!」と走っていく。わざわざ面倒ごとに首を突っ込むその態度、それだけはどうしても理解できなかった。
「よっしほらこっちおいで~助けてあげるからね~……あの、来て欲しいな~手が届かないんだけどあの、25円あげるから、お菓子あげるから!」
子猫のいる枝の真横まで登ったイチだったが、片手を伸ばしても後少しで届かない。体勢を変え、もう少しで捉えそうなところで猫はさらに枝の先へと進んでしまう。
その様子を見上げていたマフユは、ポツリと溢した。
「……ねぇイチ」
「なんだよ、今忙しいんだけどっ!」
「どうして助けようとしてるの?」
「え? なんでって、何?」
「……別に、猫なんて放っておけばいいと思う。自分でなんとかするし、わざわざイチが助ける必要ない」
「それ、今聞かなきゃだめ? 終わってからじゃダメ?」
「だめ」
何故か、苛立つ。前まではどんなことにも無関心で喜怒哀楽の欠けていた彼女だったが、まだ感情が残っていたのかと自身が驚くほどだ。初めの方はそうでもなかったが、友達と遊んだり、彼がこうやって何かにつけて助けようとするたびにイライラが募るのだ。
真下から見上げていた彼女は枝の上に乗りながら手を伸ばしているイチに伝えた。
「ヒーローなら、困ってる人をそのままになんてしないじゃんか」
「……ヒーローって、なに」
何度も同じ質問をした、どうして助けるのか、才能も無いのにと。別に彼を否定したいわけでは無い、合理性や効率を考えた上で彼女が導き出した結果である。そう聞くと彼はいつもその単語を口にするのだ。
「ただのヒーローじゃないんだぞ!すっごくすっごくカッコいいヒーローなんだ!
自分の拳と力だけで戦って、正々堂々と敵に立ち向かう!仲間のことは絶対に裏切らないし、その人が来ただけでみんなを安心させて、敵をすぐに倒しちゃう! 自分もキズつかないで帰ってくるヒーロー! その人がいるだけで全員を安心させられるヒーロー!
カッコいい、カッコいいよな!そんなヒーローに僕はなりたいの!」
「イチには無理だよ」
「ま、まだわかんない、じゃん」
「イチにはその才能がない。やるだけ無駄」
彼は助けられることはあったとしても助けることはできない。計算も、運動神経も、何もかもが足りない。誰が見ても明らかだった。彼女はぶっきらぼうに否定し、
タンッと跳躍すると、猫の首根っこを掴みそのまま着地した。木の上に残されたイチを見上げる。
「……無駄だよ」
「お、おぅ、サンキューな。また助けられちゃった」
実際、彼が助けたいと言い向った先の事象を解決しているのは紛れもなく彼女である。結論、ヒーローとしての活動をこの少年に出来るなんて思えない。
猫を下に下ろし、走り去る猫を横目に彼女はイチを見る。木の上でただ立っている状態となったイチは苦笑いと共にヘラヘラと笑う。
「その、なんだ。わかってるよ。助けようとして、結局マフユに助けてもらってるって」
「それ迷惑」
「う、ごめん」
「イチと遊ぶのは楽しい。でも勝手に助けようとして失敗して、泣くのは嫌。楽しく遊んでたのに、そうなっちゃうなら助ける必要ない」
「で、でも、困ってる人がいたらーー」
「別にイチに助けてもらわなくても何とかする人は沢山いる。子供に出来ることなんて少ない、むしろ迷惑かけてる」
ーーだから、遊ぼう?
彼女の想いは、相変わらず言葉にはならない。だから伝わらない。自分と遊んで欲しいと、ゲームをして欲しいと思うが、口には出ない。言いたい言葉が重なるほどに出てくる言葉は皮肉や苛立ち。自分でも、止められなかった。
「でも」
シンと静まり返った公園で、しかしイチは伏せた頭をぐいっと上げダンッと枝を踏みしめ宣言するかのように彼女を見てこう言った。
「僕はやっぱり人を助けてそれでーーあえっ!?」
あえっ。木の上でぐいっと体を動かしたのが不幸だった。彼の体重を支えきれなくなった枝は、木を離れ、重力に従い落下する。
もちろん、その上にいたイチもろとも。
「ーーイチっ!!」
背を向けていた彼女は反応が遅れてしまった。下で受け止めることもできず、ドサッと落ちた彼のもとに向かい倒れた彼を起こす。
「だ、大丈夫?」
「痛たた……ははっ失敗した失敗した。大丈夫大丈夫。ちょっと落ちた程度でイチさんは全然ーーあり?」
またヘラヘラと笑う彼に、少し安心したかと思えば、彼の目線は自身の足に向けられた。
なにやら様子がおかしい。
「あ、あれ? あ、足の感覚がじわーってして、なんだろ、ふわふわしてるんだけど」
「……ば、ばぁば呼んでくるっ!」
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