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第5章
◇二人で一緒に
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翌朝。
「おはよう、依茉」
「おはよう、慧くん」
いつも通り家まで車で迎えに来てくれた慧くんに、わたしは挨拶をする。
「寺内さん、おはようございます」
「はい。おはようございます」
後部座席のドアを開けてくれる執事の寺内さんが、にこやかに微笑んでくれる。
「寺内さん、毎朝ありがとうございます。だけど、送迎は今日までで結構です」
「え? どうしてだよ、依茉」
後部座席に座る慧くんが、目をわずかに見開く。
先輩女子たちに呼び出さて、怪我をしたあの日から2週間。毎日学校の行き帰りに、こうして慧くんの実家の車で送迎してもらっていたけど。
「最近は、先輩たちに睨まれることもなくなったし。何より……慧くんのお母さんたちに交際を反対されているわたしが、この車に乗る資格はないなと思って」
「えっ。母さんたちが反対していること、なんで依茉が? 俺、依茉に話していないはずだけど……まさか」
わたしは慧くんに、昨日の一堂さんとのことを正直に話した。
「母さん、まさか依茉にまで俺と別れるように言うなんて……! だから、昨日の電話で依茉が元気なかったのか。自分の親とはいえ、許せねえ」
慧くんの顔が、怒りに満ち溢れる。
「だけど、わたし……慧くんとのことは諦めないよ。ご両親に認めてもらえるように、頑張るって決めたから……慧くんと一緒に」
「依茉……」
慧くんが、わたしの手をぎゅっと握ってくる。
「そうだな。俺も、依茉のことだけは絶対に諦めないって決めてるから。これから、二人で一緒に頑張ろう」
わたしは、慧くんとお互いの目を見ながら頷き合う。
「私は慧さまと依茉さんのこと、応援していますよ」
赤信号で車が停車し、運転席の寺内さんがこちらを振り向きニッコリと笑いかけてくれる。
「寺内さん、ありがとうございます」
中には、わたしたちのことを応援してくれる人がいて。大好きな慧くんとも一緒なら、この先どんなことがあってもきっと大丈夫だ。
学校に到着して、教室の自分の席にスクールバッグを置くと、わたしは慧くんの元へと向かう。
「ねぇ、慧くん。お願いがあるんだけど」
「なに?」
「あのね、わたしに英語を教えて欲しいの」
慧くんのお母さんたちに認めてもらうためには、どうすれば良いのかと昨日ひとりで考えた末に行きついたのは、勉強を頑張ることだった。
高校生の一番の仕事は、やはり勉強だと思うから。
慧くんのお見合い相手の、大越グループのご令嬢みたいに成績が学年首位にはなれなくても、まずは最も苦手な英語を頑張って少しでもテストで良い点をとりたい。
そのために、英語が得意な慧くんに勉強を教えてもらいたいと思った。
「出来れば、慧くんのバイトがない日に教えてもらえると助かるんだけど……ダメかな?」
「そんなの、もちろんいいに決まってるよ」
慧くんが、わたしの頭をわしゃわしゃと撫でてくる。
「俺はとりあえず、中間テストのときよりも成績の順位アップを目標にするよ」
慧くんは先月の中間テストのとき、成績が学年2位だったから……順位アップってことは、学年首位になるということ。
「親のことを抜きにしても、あいつに負けてばかりなのは嫌だしね」
慧くんが、友達と談笑している三原くんに目をやる。
中間テスト1位は、三原くんだったから。
「そうだ。英語以外にも、良かったら教えるけど」
「それじゃあ、数学も良い?」
「喜んで。さっそく、今日の放課後からやるか」
「ありがとう!」
こうして、わたしは慧くんに勉強を教えてもらうことになった。
慧くんに、勉強を教えてもらうようになって数日。
この日の放課後、慧くんはアルバイトがあるということで、彼と学校で別れたわたしは一人である場所へと向かった。
目的地は、学校の最寄り駅から電車に乗って2駅先にあるところ。
「相変わらず、すごいな」
高級住宅街の中でも、ひときわ大きな門構えの豪邸を目にしたわたしはゴクリと唾を飲み込む。
わたしがやって来たのは、慧くんの実家だった。
ここに来るのは、慧くんに誘われて初めて参加したあのパーティー以来だ。
慧くんの母である一堂さんと車の中で話したとき『今後もう二度と、私の前に現れないでちょうだい』と言われてしまったけれど。
もう一度ちゃんと話したいと思ったわたしは、こうして実家までやって来た。
──ピンポーン。
プルプルと震える手でインターホンを押し、ドキドキしながらわたしは応答を待つ。
「……はい?」
お手伝いさんだろうか。慧くんのお母さんとは違う女性の声がして、胸がドキッと跳ねる。
「突然お伺いしてすみません。わたし、慧くんと同じクラスの西森という者ですが。慧くんのお母様はおられますか?」
「ただ今奥様は、外出しておられます」
「そうですか……」
常識的にもやっぱり、いきなりの訪問はまずかったかな。でも、こうしてせっかく来たからにはお会いしたい。
迷惑じゃない範囲で、しばらく外で待たせてもらってもいいかな。30分だけ待って、それまでに一堂さんが帰って来られなかったら家に帰ろう。
そう思ったわたしは家の端っこに立ち、スクールバッグの中から英語の単語帳を取り出し音読する。
最近のわたしはスマホを見る時間を減らして、その時間を勉強に充てるようにしている。
今は、少しの時間も無駄にはしたくない。
「えっと、benefitの意味は利益。difficultyは、困難……」
困難……今のわたしと同じだ。そう思いながら、しばらく小声で英単語の暗記をしていたとき。
「ちょっと、あなた。そんなところに立たれていたら、邪魔なんだけど?」
背後から刺々しい声がし、わたしが単語帳から顔を上げると、顔をしかめた一堂さんが立っていた。
「こっ、こんにちは……一堂さん」
一堂さんを前にするとどうしても声が震え、心臓が早鐘を打つ。
「こんなところで何をしているの? この間、もう二度と私の前には現れないでって、あなたに言ったわよね?」
「はっ、はい。ですが、一堂さんともう一度話がしたくて」
一堂さんの眉間には、皺が寄る。
「あなたと話すことは何もないわ。口を利くつもりもないから」
「だったら、せめてこの手紙だけでも……」
こうなることを想定していたわたしは、一堂さんに手紙を書いてきていた。
「そんなもの、受け取れるわけがないでしょう」
わたしが白い封筒を差し出すも、一堂さんにパシッと払いのけられる。
「あ……」
払いのけられたそれは、午前中に降り続いた雨でできた水溜まりに落ちて濡れてしまった。
やっぱり、そう簡単にはいかないよね。
わたしは唇を噛み締め、一堂さんの背中を見据える。
「でも、わたし……慧くんのことは、本当に好きなので。ご両親に認めてもらえるまでは、絶対に諦めませんから」
一堂さんはこちらを一切見ることなく、家へと入ってしまった。
それから数日後。
「西森!」
英語の授業で、前回の小テストが返却された。
「うそ、やった……!」
先生から渡された答案用紙を見て、わたしは思わず声をあげてしまった。
答案用紙に書かれた数字は、80。
今まで英語の小テストや定期試験では、60点が最高得点だったから。80点は凄く嬉しい。
慧くんに週3回のペースで、勉強を教えてもらっているお陰だなぁ。
答案用紙を見て、わたしは微笑む。
あれから後日、もう一度改めて一堂家に伺ったが、案の定門前払いされてしまった。
一堂さんに全く相手にされなくて、正直かなり落ち込むけれど。
今回、苦手な英語で初めて80点をとれて、努力がこうして目に見える形で現れて。
何事も諦めずにコツコツやっていれば、きっと報われるときが来ると、今日の小テストの結果を見て思うことができた。
だから……慧くんのご両親のことも、いつか必ず分かってもらえるときが来るはず。だってあの方たちは、わたしが好きになった人のお父さんとお母さんだから。
昼休み。
この日もわたしは、慧くんといつものように空き教室で昼食を摂っていた。
「慧くんのお陰で、英語の小テストで良い点がとれたよ。ありがとう」
「それは、依茉が頑張ったからだろ?」
慧くんは微笑みながら、サンドウィッチを頬張る。
「慧くん、最近はトマトも食べられるようになったんだね」
サンドウィッチのトマトも、慧くんは残さずにちゃんと食べている。
「あの慧くんが、凄い」
「まあ、トマト単体ではまだちょっとアレだけど。サンドウィッチとかだと、普通に食えるようになった」
トマトが苦手だった慧くんが、わたしの好きなトマトを嫌な顔ひとつせずに食べている姿は、見ていてなんか感動する。
「ていうか、依茉。俺とのあの約束、ちゃんと覚えてくれる?」
「あの約束……?」
「俺がトマトを克服したら、依茉の好きなトマト料理を俺のために作ってくれるっていう約束」
そういえば、慧くんと初めて中庭で一緒にランチをした日にそんな話をしたなぁ。
「もちろん作るよ。約束したトマトの甘酢漬けも、この前電話で話したオムライスも。他にもいろいろ!」
彼の目を真っ直ぐ見ながら言うと、慧くんは、わたしの頭を慈しむように撫でた。
「それじゃあ夏休みに、依茉の手料理をごちそうしてもらおうかな」
「うん、いいよ」
「そのためにも今、頑張らないとな。ちょっとでも、事が良い方向に進むように」
「そうだね」
6月中旬。外は、今日も相変わらずの雨模様。
気づけば、1学期の期末テストまであと2週間を切っていた。
お昼ご飯を食べ終えると、わたしは机の上に英語の問題集を広げる。
「そういえば、慧くん。あれから実家には顔を出してるの?」
わたしの質問に、慧くんの顔が曇る。
「……いや。ただでさえ、親から電話でしょっちゅうお見合いしろとか、依茉とはまだ別れないのかって言われるから。家に帰りたくない」
「そっか……」
話によると慧くんは、わたしとご両親が初めて会ったあのパーティー以来、実家には一度も帰っていないらしい。
「それに、依茉とのことを親に認めてもらうまでは、あの人たちとはなるべく会わないでおこうと思ってて。自分の彼女のことを悪く言われたら、いくら相手が親でも許せないだろ」
もし、わたしのせいで慧くんにそんなことを言わせてしまっているのだとしたら……すごく悲しい。
「でも、そう言わずに……たまには実家に帰って、ご両親に慧くんの元気な顔を見せてあげてね? わたしは……父親に会いたくても、もう会えないから」
わたしがそう言うと、慧くんがハッとした顔になる。
「依茉が母に門前払いされたって聞いてからは、余計に腹が立ってしまって。実家になんか帰るもんか! って、思っていたけど。やっぱり、それじゃダメだよな」
慧くんが、少し悲しげに笑う。
「分かった。近いうちに一度帰るよ。それで俺からも依茉とのことを、親にもう一度ちゃんと話してみる」
「うん」
慧くんに微笑むと、わたしは英語の問題集に取り組み始めた。
「おはよう、依茉」
「おはよう、慧くん」
いつも通り家まで車で迎えに来てくれた慧くんに、わたしは挨拶をする。
「寺内さん、おはようございます」
「はい。おはようございます」
後部座席のドアを開けてくれる執事の寺内さんが、にこやかに微笑んでくれる。
「寺内さん、毎朝ありがとうございます。だけど、送迎は今日までで結構です」
「え? どうしてだよ、依茉」
後部座席に座る慧くんが、目をわずかに見開く。
先輩女子たちに呼び出さて、怪我をしたあの日から2週間。毎日学校の行き帰りに、こうして慧くんの実家の車で送迎してもらっていたけど。
「最近は、先輩たちに睨まれることもなくなったし。何より……慧くんのお母さんたちに交際を反対されているわたしが、この車に乗る資格はないなと思って」
「えっ。母さんたちが反対していること、なんで依茉が? 俺、依茉に話していないはずだけど……まさか」
わたしは慧くんに、昨日の一堂さんとのことを正直に話した。
「母さん、まさか依茉にまで俺と別れるように言うなんて……! だから、昨日の電話で依茉が元気なかったのか。自分の親とはいえ、許せねえ」
慧くんの顔が、怒りに満ち溢れる。
「だけど、わたし……慧くんとのことは諦めないよ。ご両親に認めてもらえるように、頑張るって決めたから……慧くんと一緒に」
「依茉……」
慧くんが、わたしの手をぎゅっと握ってくる。
「そうだな。俺も、依茉のことだけは絶対に諦めないって決めてるから。これから、二人で一緒に頑張ろう」
わたしは、慧くんとお互いの目を見ながら頷き合う。
「私は慧さまと依茉さんのこと、応援していますよ」
赤信号で車が停車し、運転席の寺内さんがこちらを振り向きニッコリと笑いかけてくれる。
「寺内さん、ありがとうございます」
中には、わたしたちのことを応援してくれる人がいて。大好きな慧くんとも一緒なら、この先どんなことがあってもきっと大丈夫だ。
学校に到着して、教室の自分の席にスクールバッグを置くと、わたしは慧くんの元へと向かう。
「ねぇ、慧くん。お願いがあるんだけど」
「なに?」
「あのね、わたしに英語を教えて欲しいの」
慧くんのお母さんたちに認めてもらうためには、どうすれば良いのかと昨日ひとりで考えた末に行きついたのは、勉強を頑張ることだった。
高校生の一番の仕事は、やはり勉強だと思うから。
慧くんのお見合い相手の、大越グループのご令嬢みたいに成績が学年首位にはなれなくても、まずは最も苦手な英語を頑張って少しでもテストで良い点をとりたい。
そのために、英語が得意な慧くんに勉強を教えてもらいたいと思った。
「出来れば、慧くんのバイトがない日に教えてもらえると助かるんだけど……ダメかな?」
「そんなの、もちろんいいに決まってるよ」
慧くんが、わたしの頭をわしゃわしゃと撫でてくる。
「俺はとりあえず、中間テストのときよりも成績の順位アップを目標にするよ」
慧くんは先月の中間テストのとき、成績が学年2位だったから……順位アップってことは、学年首位になるということ。
「親のことを抜きにしても、あいつに負けてばかりなのは嫌だしね」
慧くんが、友達と談笑している三原くんに目をやる。
中間テスト1位は、三原くんだったから。
「そうだ。英語以外にも、良かったら教えるけど」
「それじゃあ、数学も良い?」
「喜んで。さっそく、今日の放課後からやるか」
「ありがとう!」
こうして、わたしは慧くんに勉強を教えてもらうことになった。
慧くんに、勉強を教えてもらうようになって数日。
この日の放課後、慧くんはアルバイトがあるということで、彼と学校で別れたわたしは一人である場所へと向かった。
目的地は、学校の最寄り駅から電車に乗って2駅先にあるところ。
「相変わらず、すごいな」
高級住宅街の中でも、ひときわ大きな門構えの豪邸を目にしたわたしはゴクリと唾を飲み込む。
わたしがやって来たのは、慧くんの実家だった。
ここに来るのは、慧くんに誘われて初めて参加したあのパーティー以来だ。
慧くんの母である一堂さんと車の中で話したとき『今後もう二度と、私の前に現れないでちょうだい』と言われてしまったけれど。
もう一度ちゃんと話したいと思ったわたしは、こうして実家までやって来た。
──ピンポーン。
プルプルと震える手でインターホンを押し、ドキドキしながらわたしは応答を待つ。
「……はい?」
お手伝いさんだろうか。慧くんのお母さんとは違う女性の声がして、胸がドキッと跳ねる。
「突然お伺いしてすみません。わたし、慧くんと同じクラスの西森という者ですが。慧くんのお母様はおられますか?」
「ただ今奥様は、外出しておられます」
「そうですか……」
常識的にもやっぱり、いきなりの訪問はまずかったかな。でも、こうしてせっかく来たからにはお会いしたい。
迷惑じゃない範囲で、しばらく外で待たせてもらってもいいかな。30分だけ待って、それまでに一堂さんが帰って来られなかったら家に帰ろう。
そう思ったわたしは家の端っこに立ち、スクールバッグの中から英語の単語帳を取り出し音読する。
最近のわたしはスマホを見る時間を減らして、その時間を勉強に充てるようにしている。
今は、少しの時間も無駄にはしたくない。
「えっと、benefitの意味は利益。difficultyは、困難……」
困難……今のわたしと同じだ。そう思いながら、しばらく小声で英単語の暗記をしていたとき。
「ちょっと、あなた。そんなところに立たれていたら、邪魔なんだけど?」
背後から刺々しい声がし、わたしが単語帳から顔を上げると、顔をしかめた一堂さんが立っていた。
「こっ、こんにちは……一堂さん」
一堂さんを前にするとどうしても声が震え、心臓が早鐘を打つ。
「こんなところで何をしているの? この間、もう二度と私の前には現れないでって、あなたに言ったわよね?」
「はっ、はい。ですが、一堂さんともう一度話がしたくて」
一堂さんの眉間には、皺が寄る。
「あなたと話すことは何もないわ。口を利くつもりもないから」
「だったら、せめてこの手紙だけでも……」
こうなることを想定していたわたしは、一堂さんに手紙を書いてきていた。
「そんなもの、受け取れるわけがないでしょう」
わたしが白い封筒を差し出すも、一堂さんにパシッと払いのけられる。
「あ……」
払いのけられたそれは、午前中に降り続いた雨でできた水溜まりに落ちて濡れてしまった。
やっぱり、そう簡単にはいかないよね。
わたしは唇を噛み締め、一堂さんの背中を見据える。
「でも、わたし……慧くんのことは、本当に好きなので。ご両親に認めてもらえるまでは、絶対に諦めませんから」
一堂さんはこちらを一切見ることなく、家へと入ってしまった。
それから数日後。
「西森!」
英語の授業で、前回の小テストが返却された。
「うそ、やった……!」
先生から渡された答案用紙を見て、わたしは思わず声をあげてしまった。
答案用紙に書かれた数字は、80。
今まで英語の小テストや定期試験では、60点が最高得点だったから。80点は凄く嬉しい。
慧くんに週3回のペースで、勉強を教えてもらっているお陰だなぁ。
答案用紙を見て、わたしは微笑む。
あれから後日、もう一度改めて一堂家に伺ったが、案の定門前払いされてしまった。
一堂さんに全く相手にされなくて、正直かなり落ち込むけれど。
今回、苦手な英語で初めて80点をとれて、努力がこうして目に見える形で現れて。
何事も諦めずにコツコツやっていれば、きっと報われるときが来ると、今日の小テストの結果を見て思うことができた。
だから……慧くんのご両親のことも、いつか必ず分かってもらえるときが来るはず。だってあの方たちは、わたしが好きになった人のお父さんとお母さんだから。
昼休み。
この日もわたしは、慧くんといつものように空き教室で昼食を摂っていた。
「慧くんのお陰で、英語の小テストで良い点がとれたよ。ありがとう」
「それは、依茉が頑張ったからだろ?」
慧くんは微笑みながら、サンドウィッチを頬張る。
「慧くん、最近はトマトも食べられるようになったんだね」
サンドウィッチのトマトも、慧くんは残さずにちゃんと食べている。
「あの慧くんが、凄い」
「まあ、トマト単体ではまだちょっとアレだけど。サンドウィッチとかだと、普通に食えるようになった」
トマトが苦手だった慧くんが、わたしの好きなトマトを嫌な顔ひとつせずに食べている姿は、見ていてなんか感動する。
「ていうか、依茉。俺とのあの約束、ちゃんと覚えてくれる?」
「あの約束……?」
「俺がトマトを克服したら、依茉の好きなトマト料理を俺のために作ってくれるっていう約束」
そういえば、慧くんと初めて中庭で一緒にランチをした日にそんな話をしたなぁ。
「もちろん作るよ。約束したトマトの甘酢漬けも、この前電話で話したオムライスも。他にもいろいろ!」
彼の目を真っ直ぐ見ながら言うと、慧くんは、わたしの頭を慈しむように撫でた。
「それじゃあ夏休みに、依茉の手料理をごちそうしてもらおうかな」
「うん、いいよ」
「そのためにも今、頑張らないとな。ちょっとでも、事が良い方向に進むように」
「そうだね」
6月中旬。外は、今日も相変わらずの雨模様。
気づけば、1学期の期末テストまであと2週間を切っていた。
お昼ご飯を食べ終えると、わたしは机の上に英語の問題集を広げる。
「そういえば、慧くん。あれから実家には顔を出してるの?」
わたしの質問に、慧くんの顔が曇る。
「……いや。ただでさえ、親から電話でしょっちゅうお見合いしろとか、依茉とはまだ別れないのかって言われるから。家に帰りたくない」
「そっか……」
話によると慧くんは、わたしとご両親が初めて会ったあのパーティー以来、実家には一度も帰っていないらしい。
「それに、依茉とのことを親に認めてもらうまでは、あの人たちとはなるべく会わないでおこうと思ってて。自分の彼女のことを悪く言われたら、いくら相手が親でも許せないだろ」
もし、わたしのせいで慧くんにそんなことを言わせてしまっているのだとしたら……すごく悲しい。
「でも、そう言わずに……たまには実家に帰って、ご両親に慧くんの元気な顔を見せてあげてね? わたしは……父親に会いたくても、もう会えないから」
わたしがそう言うと、慧くんがハッとした顔になる。
「依茉が母に門前払いされたって聞いてからは、余計に腹が立ってしまって。実家になんか帰るもんか! って、思っていたけど。やっぱり、それじゃダメだよな」
慧くんが、少し悲しげに笑う。
「分かった。近いうちに一度帰るよ。それで俺からも依茉とのことを、親にもう一度ちゃんと話してみる」
「うん」
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