イケメン御曹司は、親友の妹を溺愛して離さない

藤永ゆいか

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第5章

◆スタートライン〜慧side〜

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 翌日の昼。この日は週末で学校が休みのため、俺はさっそく実家へとやって来た。

 まだ昼過ぎだというのに暗くどんよりとした空は、まるで俺の今の心を表しているかのようだ。せめて青空だったなら、少しは気分も晴れるのに。

「ただいま……」

 実家の門をくぐり、重厚な扉を開けて俺が中に入ると、執事の寺内が一番に出迎えてくれた。

「慧さま、おかえりなさいませ。奥さまは、リビングにおられます」
「ああ」

 寺内に言われて俺がリビングに入ると、母はソファに座って何かを読んでいた。

「母さん、ただいま」
「けっ、慧さん!? お、おかえりなさい。思ったよりも早かったのね」

 俺の顔を見るなり、テーブルの上に置かれた数枚の便箋を慌ててしまう母。
 だが、便箋の1枚が母の手から滑り落ち、俺はそれを拾った。

「何これ、手紙?」
「そっ、それは……!」

 珍しく焦った様子の母を変に思った俺は、拾った便箋に目を通す。
 その内容を見た瞬間、俺は目を大きく見開く。

 その便箋に記された筆跡は、俺が世界で一番愛しい人のものだった。

【今日は、学校の体育の授業で50m走があり、慧くんがクラスでトップのタイムでした。一生懸命走ってる姿は、誰よりもかっこよかったです。】

【今日、英語が分からないと言っているクラスメイトに、慧くんは嫌な顔ひとつせず、その子が理解するまで丁寧に教えてあげていました。
彼は、わたしにもいつも勉強を教えてくれて。そんな優しい慧くんのことが、わたしは本当に好きです。】


「何だこれ。ここに書いてあるの、俺のことばっかりじゃないか」
「依茉さんがここ最近、毎日のように手紙を家に送ってくるのよ。ほんと、迷惑だわ」

 そういえば依茉が少し前に、学校で俺に話していた。

 ──『ねぇ、慧くん。わたしの大切な人への手紙に、慧くんのことを書いても良い?』
『え? 俺のことを?』
『うん。ちょっと訳があって、わたしはその人と会うことができないから。せめて、手紙で慧くんのことを話せたらなと思って。ほら、慧くんはわたしの大切な彼氏だから』
『うん。いいよ』

 あのときは特に疑いもせず、依茉の言う大切な人は彼女の親戚や友達のことかな? くらいに思って了承したけど……まさか、その相手が俺の親だったなんて。

 初めて実家のパーティーで両親と対面したときも、母親が依茉に俺と別れるよう言ったときも。
 依茉は、俺の親からの心ない言葉に沢山傷ついたはずなのに。
 そんな両親のことを『大切な人』と言える依茉は、すごいな。

【慧くんのお父さんとお母さんがいなかったら、わたしは今頃慧くんと出会えていなかったと思うと、一堂さんたちには感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます!】

 こんなふうに感謝の気持ちを伝えられる依茉は、本当にすごい。
 依茉の手紙を読み、俺は目を細める。

「ていうか母さん。迷惑って言いながらも、依茉からの手紙、捨てずに置いてあるんだ?」
「えっ、ええ。最初は全く目を通さなかったんだけど。彼女が、あまりにもしつこく手紙を送ってくるものだから。仕方なく読んでみたら、私やお父さんの知らない慧さんのことがたくさん書かれていて……」

 母が、依茉の手紙に視線を落とす。

「一度それを見てしまったら、手紙を捨てるなんてことは出来なかった。ここ数年は、慧さんから学校の話を聞くこともすっかりなくなっていたから。手紙で慧さんの様子を知れるのは、親としては嬉しくて。いつしか、依茉さんからの手紙が楽しみになっていたわ」

 母さん……。

「若いのに、今どき手紙だなんて……ほんと珍しい子ね」

 便箋を手に、母が微笑む。

 依茉のことで母が笑うところは、初めて見たかもしれない。

「母さん。依茉は、俺が一堂グループの跡継ぎだからって寄ってくるような女子とは違うんだ」
「まあ、彼女はお金目当てとかではないってことは分かったわ。多分、良い子なんでしょうね」
「ああ、本当に良い子だよ。俺は依茉となら、この先自分も成長していけると思う。こんなふうに思える子は、依茉が初めてなんだ」

 母が、黙って俺のことを見てくる。

「俺は、これからもずっと依茉と一緒にいたい。だから、どうか分かって欲しい」

 俺は、母に頭を下げる。

「……慧さんの気持ちは分かったわ。でも、さすがにこの手紙だけで、依茉さんとのことが許されると思ったら大間違いよ」

 そうだよな。やっぱりダメか……。
 壁はまだまだ高いと分かり、俺は肩を落とす。

「いいよ。何度母さんたちにダメだと言われても、俺も簡単には諦めない。今日は、時間をとってくれてありがとう。また来るから」

 そう言うと、俺は実家をあとにする。

 今日の母との会話で、以前と比べて依茉の印象が少し良くなっている気がした。それだけでも、俺たちにとっては大きな進歩だ。

 空を見上げると、灰色の雲の隙間からはわずかに光が差していた。
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