イケメン御曹司は、親友の妹を溺愛して離さない

藤永ゆいか

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第5章

◆スタートライン〜慧side〜②

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 俺は、家でだけでなく学校やバイトの休憩時間と、時間のあるときはひたすら勉強するようになった。

「ねぇ、慧くん。この問題が分からないんだけど……」

 期末テストまで1週間を切った、ある日の放課後。
 学校の空き教室で、俺の隣で数学の問題集に取り組んでいた依茉が声をかけてくる。

「ああ、これはこの公式に当てはめて……」
「なるほど。こう解くんだ! ほんと、慧くんの説明は分かりやすいね」

 依茉に微笑まれ、鼓動が小さく音を立てる。

「いや。俺じゃなく、依茉の飲み込みが良いんだよ」

 俺は少し照れながら、依茉の頭をくしゃっと撫でる。

 依茉の笑った顔を見ると、心が穏やかになる。
 依茉がただ隣にいてくれるだけで、俺はいつも癒されるんだ。

「あのさ、依茉。親に手紙を書いてくれてありがとう」
「え。手紙のことを知ってるってことは、慧くん……あれから実家に行ったの?」

 依茉に聞かれて、俺は頷く。

「良かった。わたしのお母さんがね、毎日のように『今日は学校どうだった?』って聞いてくるの。たまに、ちょっと鬱陶しいなって思うときもあるけど。『親は、子どものことが気になるものなのよ』って言われて……」

 依茉が、小さく笑う。

「だから、もしかしたら慧くんのご両親もそうなのかな? って思って。慧くんが、最近ご両親と会ってないって聞いて。それで、慧くんのことを手紙に書いたんだ」

 そうだったんだ。

「あっ、でも……ごめんね? 勝手なことをしてしまって。慧くんのお母さんにもきっと、迷惑に思われてるよね」

 依茉が、しょんぼりとする。

「ううん。嬉しいって言って、珍しく笑っていたよ」
「うそ。一堂さんが?」

 依茉が目を丸くする。依茉は、驚いた顔ですら可愛いな。

「ああ。母さん、今では依茉の手紙が楽しみだって言ってたよ」
「そっかぁ。そうなんだ……嬉しいな」

 依茉の顔が、パッと花が咲いたように明るくなる。

「ねぇ、慧くん。来週の期末テスト頑張ろうね」
「うん。頑張ろう」

 俺たちは微笑み合うと、止まっていたペンを再び走らせる。

 諦めたら、そこで終わりだから。明けない夜はないように、両親にもきっと彼女とのことを認めてもらえる日が来ると信じて。
 俺は、諦めずにこれからも依茉と共に努力し続ける。


 こうして、期末テストまでの日々は過ぎていき……。
 7月上旬。期末テストが終了し、返却されたテストの答案用紙を持って、俺は学校終わりに久しぶりに実家へとやって来た。

 雨上がりの空の下で俺は一度深呼吸すると、実家の大きな門をくぐった。

「ただいま」
「慧さん、おかえりなさい」

 俺がドアを開けると、さっそく母が玄関で出迎えてくれた。

「今日は、お父さんも待ってるわ」
「はい」

 社長で多忙を極める父と顔を合わせるのは、依茉と参加したパーティーのあの日以来だ。

「失礼します」
「久しぶりだな、慧」

 相変わらずニコリともしない父を前に、少し緊張しながら俺は、父の向かいのソファに腰をおろす。

「それで、慧。期末テストはどうだったんだ?」

 父に言われ、俺はさっそく期末テストの答案用紙をテーブルに並べる。

「全教科98点以上で、俺は今回成績が学年首位になることができました」

 そう言って俺が父に手渡した、期末テストの成績表には『学年順位 : 1位』と記載されている。

「慧、お前1位をとったのか。高校に進学してからは初めてじゃないか!?」
「慧さん、よくやったわ」

 両親の声音が、珍しく普段よりも高くなるのが分かった。

 俺が定期テストで学年首位になるのは、高校生になってからだと去年の一学期の中間テスト以来、正確には二度目だけれど。父さんに初めてだと言われるくらい、久しぶりってことだな。

「慧、お前もやればできるじゃないか」
「俺が今回頑張ることができたのは、依茉のお陰なんだ」
「依茉って。またそのお嬢さんの話か。彼女とは、別れなさいと言ってるだろう」

 顔をしかめた父が、ソファから立ち上がろうとする。

「待って、父さん。俺の話を聞いて欲しい……!」

 俺は、父に向かって思わず叫ぶ。

「依茉がいなかったら俺は……未だに学校もサボってただろうし、女にもだらしなくてダメなままだったと思う。それに、こうして実家に来ることもきっとなかった。多分、俺はずっと親から逃げていたに違いない」

 父は渋々といった様子でソファに座り直し、母は俺の話を黙って聞いている。

「だけど、それじゃダメだって依茉が気づかせてくれた。依茉が……俺を変えてくれたんだ。俺は、そんな彼女とこの先も一緒にいたい。依茉が隣にいてくれたら、俺は今後どんなことだって頑張れる」

 重い空気に、つい親から目をそらしそうになるが、俺は真っ直ぐ彼らを見つめる。

「もう依茉のいない人生なんて考えられない。高校生でそう思えるくらいの人に、俺は出会えたんだ。だから……父さんたちに、依茉との交際をどうか認めて欲しい。お願いします」

 俺は立ち上がり、両親に向かって深々と頭を下げる。

「……まったく。いつからお前は、そんな聞き分けの悪い奴になったのか」

 しばらく沈黙が続いたあと父が口を開き、大きくため息をついた。

「私や母さんがいくら彼女と別れるようにと言っても、慧がこんなにも譲らないなんてことは初めてだな。一体どこで教育を間違えたのか……」

 父さんのこの口ぶり……やっぱり、今回もまたダメなのか。

「いや、慧もそれだけ大人になったというべきか」

 え?

「お前のことだから、私や母さんが何度交際を反対しても……あのお嬢さんとは絶対に別れないんだろう?」

 父の言葉に、俺は俯いていた顔を上げる。

「まあ、あの何通かの手紙を読んだ感じだと、依茉さんは悪い人ではなさそうだしな」
「えっ。まさか、父さんも依茉からの手紙を読んで……?」

 俺の問いかけに、父の唇が弧を描く。

「ほんと、初めてよね。私たちが何を言っても、慧さんが自分の意志をここまで貫くのは。それだけ慧さんにとって依茉さんは、大切な存在なのね」
「そうだよ。俺は依茉と、互いに支え合っていきたい。そして学校のことも……将来的には、家や会社のこともしっかりとやっていきたい」

 俺は、両親を真っ直ぐ見据える。

「ねぇ、あなた……」
「……ああ」

 両親が、それぞれ頷き合っている。

「慧」
「はい」

 厳しい顔つきの父に名前を呼ばれ、俺は肩が跳ねる。

「お前と彼女の交際を……認めよう」
「えっ。父さん……ほ、本当に!?」

 てっきりまた反対されるのだとばかり思っていた俺は、開いた口が塞がらない。

「ああ。とりあえず、現時点では認める」

『認める』という、父からずっと欲しかった言葉を聞けた俺は胸がじんと熱くなる。

「慧さんはひとりっ子で、会社の跡取りだから。慧さんのためだと思って、これまで人よりも厳しくしてきたつもりだけど。私たちが厳しくしすぎたせいで、慧さんが反抗して髪の毛を派手に染めたり、留年したのかもって思ったら……ちょっとやり過ぎたかしらって、お父さんと反省していたのよね」

 まさか、母さんたちがそんなふうに思っていたなんて意外だった。

「また私たちが反対して、慧に一堂家から出て行くなんてことを言われたら困るしな。お前は私と母さんにとって、たったひとりの大事な息子だから」

 父さん……。

「私たち夫婦は家のためにと、親の決めた人と結婚したから、それが普通だと思っていたけど……。大切な息子の幸せを願うなら、本当に好きな人と一緒にさせてあげないといけないわね」

 母さんも……っ。
 初めて聞く両親の言葉の数々に、俺は目頭が熱くなる。

「父さん、母さん……ありがとうございます」
「ただし……」

 父の目が、鋭く光る。

「この先、もし慧の成績が落ちたりだとか、私たちが手を焼くようなことがあったら……次はないぞ? そのときは依茉さんと別れて、私たちが決めた相手と結婚してもらうからな」
「分かった。絶対にそんなことにはならないように、これからも努力します」

 俺は、背筋がピンと伸びた。

「慧さん。学校で依茉さんに会ったら、これを渡してくれる?」

 母が俺に、白い封筒を渡してきた。

「母さん、これは?」
「依茉さんへの手紙のお返事。送ってもらってばかりじゃ悪いと思って、私も書いたのよ」
「きっと、依茉も喜ぶよ」
「今度は依茉さんを連れて、家に遊びに来なさい。美味しいケーキをごちそうするわ」

 俺は、両親に向かって微笑む。

 両親に依茉との交際を認めてもらえて、ようやくスタートラインに立てた気がする。
 俺たちの待ち望んだこれからが、今日から始まるんだ。

 俺は親に認めてもらえたことを早く依茉に伝えたくて、スマホの通話ボタンを押した。
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