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第5章
◇七夕の約束①
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今日は、七夕。
日曜日で、学校が休みのこの日。小雨が降るなか、わたしは傘を差しながらとある場所へとやって来た。
──カランコロン。
ドアを開けると、コーヒーの良い香りが鼻を掠める。
「いらっしゃいませ」
わたしに気づいた髪をひとつに束ねた女性の店員さんが、笑顔で声をかけてくれる。
「あら。あなたは確か、慧くんの……」
「はい。こんにちは」
わたしが一人でやって来たのは、慧くんのバイト先の古民家カフェだった。
ここへ来るのは、慧くんと初めてデートをしたあの日以来だけど。まさか、店長さんがわたしの顔を覚えてくれていたなんて……。
「お席に案内するわね。こちらへどうぞ」
店長さんに案内され、わたしは窓際の二人掛けの席に着く。
「ご注文はお決まりですか?」
「カフェラテをひとつ。この前来たときに頂いて、すごく美味しかったので」
「まあ、嬉しい。お待ちくださいね」
店長さんが去っていくと、わたしは店内をぐるりと見渡す。すると大好きな人の姿を発見し、胸がドキッと高鳴る。
わたしの目線の先にいるのは、もちろん慧くん。
慧くんは白シャツに、黒のソムリエエプロンを身につけていて。彼は今、お客様のオーダーをとっている。
初めて見る慧くんの働いている姿はすごくかっこよくて、わたしは無意識に彼を目で追ってしまう。
今日、慧くんは13時までバイトで。そのあと、わたしとデートする予定になっている。
だけど、慧くんが働いているところを以前から一度見てみたかったのと、何より……わたしが慧くんに少しでも早く会いたくて。
約束の時刻の1時間も前に、こうしてバイト先にお邪魔してしまったというわけだ。
「あの、すいません」
オーダーをとり終えた慧くんは、またすぐに別の女性客に声をかけられ、足を止める。
どうやら女性のお客さんはみんな、慧くんに注文をとって欲しいらしい。
みんな、ちらちらと慧くんのほうを見ている。
そりゃあ、あれだけかっこいい店員さんがいたら……ねぇ。そう思っちゃうよね。
ああ、店長さんももちろん良いんだけど。どうせならわたしも、慧くんに注文を聞いてもらいたかったなぁ。
「ああ、ほんとかっこいいよぉ」
わたしが両目を手で覆っていると。
「……誰がかっこいいって?」
「へ?」
頭上から声がして顔を上げると、わたしのそばには慧くんが立っていた。
「けっ、慧くん!」
い、いつの間に!?
「ねぇ、依茉。誰のことを、かっこいいって言ってたの?」
「う……」
これはきっと、わたしに意地でも言わせるつもりだ。
「そ、それはもちろん……慧くんだよ」
「えー、嬉しいなぁ」
わたしが素直に言うと、慧くんは満面の笑みを浮かべ、彼の薄い唇がわたしの耳元へと近づく。
「依茉も、すごく可愛いよ」
他の皆には内緒とばかりに囁かれ、心臓が大きな音を立てる。
「けっ、慧くんったら、バイト中にそんなことを!」
一瞬でわたしは、頬が熱を帯びるのが分かる。
「すみません。俺の彼女が、あまりにも素敵だったものでつい……」
店員さんモードの慧くんが、わたしの前に先ほど注文したカフェラテと……ガトーショコラがのったお皿を置いてくれた。
「あれ? 慧くん、わたし……ケーキは頼んでないよ?」
「そのケーキは、可愛い依茉ちゃんに俺から特別にサービス」
え……!
「俺が仕事終わるまで、それ食べていい子で待ってて」
慧くんが唇に人差し指を添え、パチンと片目を閉じる。
い、いい子って……! ケーキなんてなくても、慧くんのためならわたしは、2時間でも3時間でもいくらでも待てるのに。
だけど、慧くんのその気持ちが嬉しい。
「慧くん、ありがとう」
「いいえ。それでは、失礼します」
慧くんはわたしに一礼すると、颯爽と仕事へと戻っていった。
「んー、美味しい」
わたしは、慧くんがサービスしてくれたガトーショコラを口にし、優しい甘さにほっぺが落ちそうになる。
今日初めて、カフェでバイトする慧くんの姿を見ることができて。彼のかっこよさや優しさを、改めて感じて。
この短時間で、わたしの中で慧くんへの好きって気持ちが、また一段と大きくなった。
日曜日で、学校が休みのこの日。小雨が降るなか、わたしは傘を差しながらとある場所へとやって来た。
──カランコロン。
ドアを開けると、コーヒーの良い香りが鼻を掠める。
「いらっしゃいませ」
わたしに気づいた髪をひとつに束ねた女性の店員さんが、笑顔で声をかけてくれる。
「あら。あなたは確か、慧くんの……」
「はい。こんにちは」
わたしが一人でやって来たのは、慧くんのバイト先の古民家カフェだった。
ここへ来るのは、慧くんと初めてデートをしたあの日以来だけど。まさか、店長さんがわたしの顔を覚えてくれていたなんて……。
「お席に案内するわね。こちらへどうぞ」
店長さんに案内され、わたしは窓際の二人掛けの席に着く。
「ご注文はお決まりですか?」
「カフェラテをひとつ。この前来たときに頂いて、すごく美味しかったので」
「まあ、嬉しい。お待ちくださいね」
店長さんが去っていくと、わたしは店内をぐるりと見渡す。すると大好きな人の姿を発見し、胸がドキッと高鳴る。
わたしの目線の先にいるのは、もちろん慧くん。
慧くんは白シャツに、黒のソムリエエプロンを身につけていて。彼は今、お客様のオーダーをとっている。
初めて見る慧くんの働いている姿はすごくかっこよくて、わたしは無意識に彼を目で追ってしまう。
今日、慧くんは13時までバイトで。そのあと、わたしとデートする予定になっている。
だけど、慧くんが働いているところを以前から一度見てみたかったのと、何より……わたしが慧くんに少しでも早く会いたくて。
約束の時刻の1時間も前に、こうしてバイト先にお邪魔してしまったというわけだ。
「あの、すいません」
オーダーをとり終えた慧くんは、またすぐに別の女性客に声をかけられ、足を止める。
どうやら女性のお客さんはみんな、慧くんに注文をとって欲しいらしい。
みんな、ちらちらと慧くんのほうを見ている。
そりゃあ、あれだけかっこいい店員さんがいたら……ねぇ。そう思っちゃうよね。
ああ、店長さんももちろん良いんだけど。どうせならわたしも、慧くんに注文を聞いてもらいたかったなぁ。
「ああ、ほんとかっこいいよぉ」
わたしが両目を手で覆っていると。
「……誰がかっこいいって?」
「へ?」
頭上から声がして顔を上げると、わたしのそばには慧くんが立っていた。
「けっ、慧くん!」
い、いつの間に!?
「ねぇ、依茉。誰のことを、かっこいいって言ってたの?」
「う……」
これはきっと、わたしに意地でも言わせるつもりだ。
「そ、それはもちろん……慧くんだよ」
「えー、嬉しいなぁ」
わたしが素直に言うと、慧くんは満面の笑みを浮かべ、彼の薄い唇がわたしの耳元へと近づく。
「依茉も、すごく可愛いよ」
他の皆には内緒とばかりに囁かれ、心臓が大きな音を立てる。
「けっ、慧くんったら、バイト中にそんなことを!」
一瞬でわたしは、頬が熱を帯びるのが分かる。
「すみません。俺の彼女が、あまりにも素敵だったものでつい……」
店員さんモードの慧くんが、わたしの前に先ほど注文したカフェラテと……ガトーショコラがのったお皿を置いてくれた。
「あれ? 慧くん、わたし……ケーキは頼んでないよ?」
「そのケーキは、可愛い依茉ちゃんに俺から特別にサービス」
え……!
「俺が仕事終わるまで、それ食べていい子で待ってて」
慧くんが唇に人差し指を添え、パチンと片目を閉じる。
い、いい子って……! ケーキなんてなくても、慧くんのためならわたしは、2時間でも3時間でもいくらでも待てるのに。
だけど、慧くんのその気持ちが嬉しい。
「慧くん、ありがとう」
「いいえ。それでは、失礼します」
慧くんはわたしに一礼すると、颯爽と仕事へと戻っていった。
「んー、美味しい」
わたしは、慧くんがサービスしてくれたガトーショコラを口にし、優しい甘さにほっぺが落ちそうになる。
今日初めて、カフェでバイトする慧くんの姿を見ることができて。彼のかっこよさや優しさを、改めて感じて。
この短時間で、わたしの中で慧くんへの好きって気持ちが、また一段と大きくなった。
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