イケメン御曹司は、親友の妹を溺愛して離さない

藤永ゆいか

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第1章

◇ファーストキス

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 カラオケルームから少し廊下を歩いて階段をのぼり、上の階のドリンクバーのところまでやって来た。

「えっと。山瀬くんがジンジャーエールで、真織がオレンジジュース」

 わたしは、頼まれていた飲み物を順番にグラスに入れていく。

「あとは、杏奈がココアで尾上くんがコーヒーだったっけ。あっ、ココアとコーヒーってホットとアイスがあるのか。え、どっちがいいんだろう……」

 2人に聞くの忘れてた。どうしよう。
 わたしがドリンクバーの前でじっと考え込んでいると、背後から足音が聞こえてきた。

「あはは。でさー」

 廊下の向こうからは、学ランの男子2人が歩いてくるのが見える。

 まずい。早く入れてどけないと、ずっとここにいたら邪魔になるよね。
 よし。4月といっても今日はかなり暑いし、両方ともアイスでいいかな。
 グラスを機械にセットし、わたしがアイスコーヒーのボタンを押したとき。

「あれ、キミ……」

 背後から声をかけられ、振り向くと。

「うわっ」

 わたしの後ろには、今一番会いたくない人が立っていた。

「一堂先輩……」
「やっぱり思ったとおり、依茉ちゃんだ。やあやあ、さっきぶりだねー!」

「なんで先輩がここにいるんですか?」
「なんでって。いま彼女とデートでカラオケに来てて。俺は飲み物を入れにきたんだけど」

 彼女とデート……ねぇ。
 わたしの脳裏には、今日教室で一堂先輩と話していた2年生の巻き髪先輩の顔が浮かんだ。

「依茉ちゃんは? 友達とカラオケ?」
「……」

 一堂先輩が人懐っこい笑みを浮かべて話しかけてくるけど、わたしは無視して杏奈の分のココアを入れる。

「依茉ちゃん、なんで無視すんの~?」
「そんなの、先輩と関わりたくないからに決まってるじゃないですか」
「えっ、“ 依茉ちゃん ” ってもしかして……西森さん?!」

 うそ。この声は……。

 先輩と話していると名前を呼ばれ、恐る恐るそちらに目をやると。

「こ、小林くん!」

 ドリンクバーの近くに、わたしが中学3年間ずっと片想いしていた小林くんが立っていた。

 学ランの男子が2人、こっちに向かって歩いてくるなとは思っていたけど。まさか、そのうちの1人が小林くんだったなんて。

 小林くんは中学卒業後、わたしとは違う高校に進学することが決まっていたから。小林くんと会うのは、わたしが春休みに彼に告白して振られたあの日以来だ。

 別々の高校に進学したら、もう会うこともないだろうと思っていたけど。まさか、こんなすぐに再会するなんて。

「うわ、やっべー」

 わたしの顔を見るなり、気まずそうにわたしから顔をそらす小林くん。そんな彼の様子に、胸がズキッと痛む。

『悪いけど……俺、西森さんのことは正直そんなふうに見たことがなくて。だから、ごめん』

 彼を前にすると、振られたあの日のことを鮮明に思い出してしまってまた泣きそうになる。わたし、失恋からまだ全然吹っ切れてない。

「なあ。どうしたんだよ、辰樹。急に暗い顔して……」
「いや、ちょっと……俺、部屋に戻ろうかな」
「は? ドリンクいらないのかよ?」

 ドリンクバーに来たところだというのに、小林くんが飲み物も入れずにカラオケルームに戻ろうとする。

 きっと、わたしのせいだよね。
 さっきから小林くんの表情は、ずっと暗くて。彼にそんな顔をさせてしまうくらいなら、告白なんてしなきゃ良かったかな。

 ごめんなさい、小林くん。告白してしまって、本当にごめんなさい……。


「あっ! そうか、分かった。辰樹のその態度! この子が、辰樹が春休みに告白されて振ったっていう子なんだろ?」
「えっ? あっ、ああ」
「へぇーっ。やっぱり……」

 小林くんの隣にいる男子が、ニヤニヤしながらわたしのほうを見てくる。

 何? この人……。

「つーかこの子、けっこう可愛いじゃん。なんで振ったんだよ? もったいない」
「別にいいだろ」
「まあ、いいや。辰樹が振ったんなら、俺が狙っちゃおうかなー? ねぇ、西森さんだっけ? もし良ければ俺と連絡先交換しない?」
「えっ、連絡先!?」

 自分のことを振った人の友達と、連絡先の交換だなんて、正直気が進まない。

「それは、ちょっと……」

 わたしが断ろうとしたとき。

「……ダメだよ」

 わたしは、一堂先輩にいきなり肩を抱き寄せられた。

「依茉ちゃんは、俺の彼女だから。俺以外の男と連絡先の交換なんて、絶対にダメ」

 はい!?

「彼女……?」

 小林くんの眉が、ぴくりと動く。

「ちょっと、先輩!? 彼女ってさっきから何を……んっ」

 わたしは、一堂先輩に言葉を奪われるかのように口づけられてしまった。

 え、うそ。わたし今、先輩と……。

 先輩とのキスは、ほんの一瞬だったけど。触れた唇は柔らかくて、シトラス系の爽やかな香りがした。

「うわ。こんなところでキスするなんて。見せつけてくれるねぇ。彼氏持ちなら、連絡先は別にいいや」
「……へぇ。失恋して間もないのに、もう新しい彼氏だなんて。西森さんって、切り替え早いんだね」

 冷たくそう言うと、飲み物も入れずに小林くんは友達と歩いて行ってしまった。

「ちょっ、ちょっと小林く……」
「あーあ。行ってしまったね、小林クン」

 どこか他人事のような一堂先輩を、わたしはきつく睨みつける。

「なんで彼女だなんて、あんなウソ言ったんですか!? しかも、いきなりキスするなんてひどい」

 わたしは、唇を手で何度も拭う。

 好きでもない人に、初めてのキスを奪われた上に、小林くんに切り替えが早い女だって思われてしまった。

「わたし、さっきのがファーストキスだったのに……」

 よりによって、苦手な人と……。わたしの目には、薄らと涙が浮かぶ。

「ごめん、ごめん。依茉ちゃんが連絡先を聞かれて、困ってそうだったから。俺としては、人助けのつもりだったんだけど」

 人助けって……。

「もしかして依茉ちゃん、あいつと連絡先交換したかった? だったら俺、責任もって今から聞いてくるけど」
「いえ。聞かなくていいです」

 一堂先輩と、これ以上は話したくなくて。
 わたしはドリンクバーで自分用のウーロン茶を入れると、トレイに5つグラスをのせて早足で歩き始める。


 さっきのキスは、なかったことにしよう。ていうか、グラス5つをまとめて運ぶのって、意外と重くて大変だな。

「依茉ちゃん、待って」

 先輩に呼ばれたけど、わたしは聞こえていないフリをする。

「ねぇ。コップ、たくさん持つの大変そうだね。手伝おうか?」
「結構です。先輩といると、ろくな事がないので」
「ひどいなぁ、依茉ちゃん。だけど……」
「あっ」

 先輩は、わたしの持っているトレイからグラスをふたつ、奪うようにして取った。

「こんな俺でも、ふらつきながら前を歩いていくクラスメイトを、見て見ぬふりはできないから」

 そう言って先輩は左右の手でひとつずつグラスを持ち、わたしの隣を歩く。

「俺の部屋も、依茉ちゃんと同じ方向なんだ」

 それから先輩は、わたしと一緒にカラオケルームまでグラスを運んでくれた。

「依茉ちゃん、ドリンクありがとう……ってあれ。一堂先輩じゃないですか!」
「良かったら、あたしたちと一緒に歌いませんか?」
「せっかくだけど、また今度ね。俺、今日は彼女と来てるから」

 グラスを部屋のテーブルに置き、真織たちの誘いを断ると、先輩は階段のほうへと戻り、急いで上へとのぼっていった。

「先輩……部屋が同じ方向だなんて、嘘じゃない」

 それなのに、わざわざグラスを一緒に運んでくれるなんて。
 最低な人だとばかり思っていたけど……優しいところもあるのかな。

「ありがとうございます」

 わたしは一人、小声で先輩にお礼を言ったのだった。
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