アイドルと七人の子羊たち

ゆさひろみ

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禁じられた遊び

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 パーライトの照明が一斉に会場へ向けられ、その光が交錯をくり返しながら 次つぎと超満員の観客を明らかにして行く。
「すげー客の数、あんな上の方まで人でいっぱい」
 天井近くのスタンド席を見上げる金田、倉木アイスの圧倒的な人気ぶりを肌で感じる。
「車椅子エリアもすごい人、こんなに車椅子の人がいるんだ」
 黄色いペンライトを手にした里子が、三十台はある車椅子の列を見回す。
「お、こっちに来た、近い、近い、倉木アイスがそこまで来ている!」
「すごい! 目が合いそう! 倉木さーん!」
 車椅子ではしゃぐ里子が前席で、健常者として金田がその後ろに立っていた。
 プリンセスのような青いドレスを着た倉木が、ステージの上を所せましと走り回り、セカンドシングル『零時いっぷん』を全力で歌い切った所で、ふわっとステージが明るくなる。歓声に包まれる会場に向い、倉木が大きくマイクを振る。
「みなさん、こんばんはー!」
 地響きのような こんばんはー の返事が会場を覆う。
「ホントにね、もー、お久しぶりです! みなさんお元気してましたかー!」
 三曲連続で歌い切った後の 息を切らした笑顔が ピンスポットライトに照らされる。
「えー、休養宣言をね、今年の四月に出してから、もうかれこれ半年以上経とうとしています。みなさん私のコト忘れちゃったかなーって、心配していたんですけど」
 そこで 絶対に忘れないー! と怒号に近い男の声が聞こえ、さざなみのような笑いが会場に起こる。
「あ、ありがとうございます。その思い、しっかりと伝わりました」
 胸に手を当ててオーバーなリアクションを取る倉木。
「そうですね、休養宣言中の、しかも単独ライブという事で、こんな大きな会場をお客さんで埋められるのか、みなさんが私の事を覚えていてくれているのか、少し不安な所もありましたが、倉木アイスのデビュー三周年記念という事で、思い切ってプレミアムコンサートを開催しちゃいましたー!」
 うおーと会場に割れんばかりの歓声がうずまき、ペンライトを振った里子が金田と笑い合う。
「今回のチケットも、なんとありがたい事に数分で完売と、おかげさまで大、大、大盛況で、ホント嬉しい限りです。ありがとうございまーす!」
 すべての観客に向かって手を振る倉木、その笑顔がオーロラビジョンに映し出される。
「休養宣言なんですけれども、あともう少ししたら、来年の春頃には宣言の期間が終わりますので、引き続き応援の方をよろしくお願いしまーす!」
 会場から一斉にペンライトが振られ、少し寂しそうな金田の顔が赤や青に染まる。
「そうかー、あと少しでこの奇跡のような学園生活も終わるのかー。泣いても笑ってもあと数ヵ月」
 そこで不思議そうな顔をした里子がふり返る。
「あーなんでもない、こっちの話」
 ステージの左右から二人のミュージシャンが歩いて来て、会場に向かって笑顔で手を振る。
「それではさっそく、次の曲へ行って見たいと思います。今日はですね、一時間という短い時間のコンサートとなっていますので、少し駆け足で進行して行きたいと思います。
 次は近々リリースされる予定の新曲となります。十二月といえば、みなさんお待ちかねのクリスマスシーズンですね、きっとみなさんも素敵な人と素敵な時間を過ごすのではないでしょうか。はい、それでは聴いて下さい、『もう一度サイレントナイトに戻れたら』」
 アコースティックギターを手にした男性と、カホンという箱型打楽器を持った女性が 無言のカウントを取って、息の合ったイントロを奏でる。しっとりとしたギターのアルペジオを聴きながら、倉木はマイクを上げてスイーツのような甘いメロディーを歌い出す。
「うわーなにこれ、めちゃくちゃいい曲、これ絶対売れる」
 頭を抱えて興奮する金田、それをふり返りながら里子が体を左右に揺らす。
 倉木は歌いながら目を閉じたり、そのまま遊ぶように歩いたり、ステージの先端で屈んでファンに手を振ったり、トップシンガーの一人として大いにオーディエンスを楽しませた。
 曲が間奏に入り、ギタリストが気持ち良さそうにソロパートを弾き始めると、倉木は後ろ手に組んで車椅子エリアへ向う。
「わ、こっちに来た。里子、ほら手 振って」
 車椅子の観客に向かって倉木が手を振っていると、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ彼女の笑顔が凍り付いた。しかしそのすぐ後には何事もなかったかのように体の向きを変え、倉木は反対側のアリーナ席に向かって歩いて行く。
「な、な、一瞬だけこっちを見たよな? 目、合ったよな?」
 里子が何度も目を擦る。
「分からない、あそこのライトが眩しすぎて、一番いい所で前が見えなくなった」
 金田が腕を組んで仏頂面を見せる。
「あれなー、俺もさっきからあのライトにやられている」
 曲が終わって拍手が起きると、歓声と共にステージが暗転する。
 金田は里子の肩に手を置いて、
「あんなに近くで倉木アイスが観られて、きょうは来て良かったな」
「うん!」


 アンコールで熱唱したデビュー曲、『夏色のアイスクリーム』も歌い終わり、気が付けばあっという間にコンサートは終演を迎えた。金田と里子はコンサートの余韻にひたりながら、ゆっくりと会場の外を歩く。
「いやー、休養宣言中とは言え、一時間はちょっと短かったなー。もう少し倉木さんを観ていたかった。俺の好きな『ギミック・ファンタジー』も歌わなかったし」
 金田が長いスロープに沿って車椅子を押して行く。
「でも、大満足。生で聴いたけど、やっぱり倉木さんって歌が上手」
「だよなー、おっとごめん、段差があった。あんなに動き回って、肩で息をしているのに、歌声はそのままだもんなー、やっぱ倉木アイスは一流アイドルだよ。新曲だってめちゃくちゃ良かったし、さっそく発売日チェックしなくちゃ」
 遠くに観覧車が見える会場の外を 大勢の観客たちが縦横無尽に歩く。
「えーと、帰りの電車は、と。おーヤベー、あと十分で到着だ」
 携帯電話の明かりで金田の顔が闇に浮かぶ。
「どうしようかなー、これだけの人がみんな十分後の電車に乗るのかな。超満員になるのなら一本電車を遅らせて、余裕を持って次の電車にしようか、どうする?」
 里子は額に汗を滲ませて、明るい笑顔を上げる。
「どっちでもいいよ。金田くんに任せる」
「あ、じゃーさ、あそこにあるハンバーグ屋でちょっと時間でもつぶす? 何も食べてなくて、俺 腹ペコペコ」
「いいよ」と答えた所で、とうとう耐えられなくなった里子が胸を押さえる。
「? おい、大丈夫か? おい!」
 寒空の下、里子は苦悶の表情を浮かべる。
「く、苦しい」
「大丈夫か! とにかく深呼吸、深呼吸! どうしよう、タクシーでも呼ぶか」
 そう言って金田が大通りの方を覗き込むと、カツカツと激しいヒールの音が近づいて来る。
「里子ちゃん!」
 レンズカラー入りのボストンメガネに、黒のベンチコートを着た女性が飛んで来て、金田を突き飛ばす形で車椅子に駆け寄る。
「どうしたの! 体の具合が悪いの⁉ 大丈夫⁉」
「胸が……苦しい」
 里子の苦しむ姿を見て、とっさに懐から携帯電話を取り出す女性、そのまま一一九と押して髪を振ってディスプレイを耳に当てる。
「もしもし、救急車をお願いします。はい、S市のハイパーシティーホールの東口付近です。はい、知り合いの女性です、十七歳です。いえ、現在入院中の患者で、外出中に持病が悪化したようです」
「え」
 金田は一歩後ろに下がって目の前の女性に目を見張る。
「名前? 私の、名前ですか?」
 そこでボストンメガネはちらりと金田を見上げてから、
「倉木、愛珠(あんじゅ)です」
「!」
 両手両足を開いて、金田は腰を抜かしそうになる。倉木愛珠とは、倉木アイスの本名だった。
「倉木……さん?」


 救急車の赤色灯が周囲の樹々や建物を高速で赤く照らす。
 青い救急服を着た救急隊員らが、酸素マスクをつけた里子をストレッチャーに乗せ、手際よく彼女を車内へ搬入して行く。その手前で倉木が隊員に里子の病状について詳しく説明している。
「私も付き添います。入院している病院は、S区の北城総合病院です」
「お願いします」
 そこで倉木は少し時間をもらい、急いで金田の所へ戻って来る。そして右手を高く上げ、思いっきり金田の頬を引っ叩く。
「なに考えているの金田くん! 里子ちゃんは重い病気なのよ⁉ それをこんな夜遅くまで連れ回して、どういうつもりよ!」
 ぶたれた頬を押さえ、金田が大きくよろめく。
「だって、里子もコンサートに行きたいって、病気の方は大丈夫だって」
「これのどこが大丈夫なの! 一歩間違えば取り返しのつかない事になっていたのよ⁉」
 二人の不穏なやり取りに、救急隊がお互いの顔を見る。
「だって、来年には退院できるって、先生も回復に向かっているって」
 相手を激しく睨んだ後、倉木はぐっと怒りをこらえて金田に背中を見せる。
「そんなのウソよ、ぜーんぶウソ! あの子は無理をして、一生懸命 金田くんに合わせて、ギリッギリの所でいい顔をしていたの。そんな事も分からないで、自分勝手にあの子を連れ回して、緊急搬送までさせて。あなたいい加減にしなさい!」
 そのまま走って行って倉木が救急車に飛び乗ると、ほぼ同時にハッチが閉められ、続いてバタン、バタンと運転席側のドアが閉まる。そして再び会場の外にサイレンが鳴り響く。
 ざわざわと、その様子を遠巻きに見ていた通行人たち、その視線の先でぴゅーと金田は木枯らしに吹かれる。
「なんでだよー、なんでこうなるんだよー、軽い病気だって言っていたじゃないかー。俺はただ、里子の喜ぶ顔が見たかっただけなのにー」
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