プルートーの胤裔

ゆさひろみ

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遅めのディナー

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 岸本が経営する、ペンション〝アルプホルン〟は、ただいまシーズン真っただ中とあって、本日の宿泊客は四組。最近では、空室を埋める事が出来なくなったという、岸本の悩みは、自らをへりくだって言ったものか、今夜は中々のにぎわいだった。
「おいしい!」
 食堂で一人、ディナーに向かうわたくし。
「お肉は神戸産で、お野菜は自家菜園のものを使用しています」
 高田という、小太りの女性従業員が、付きっ切りでわたくしの給仕をしてくれる。
「チキンブイヨンと野菜の甘みが合っている、いや、本当においしい」
「良かったあ。一度冷えたものは難しくって」
 赤いカウチンセーターに、エプロン姿という、いかにもシフト外の服装に見えた。
 最後にチュイル・ダンテルという、オレンジ風味の焼き菓子を頂き、わたくしは、ゆっくりと口を拭いた。
「え? あの事件の事ですか?」
 食器を片づけながら、迷惑そうに振り返る高田。厚化粧で、年齢不詳に見えたが、手の甲のシワから、五十前後と推察された。
「自殺した従業員というのは、どんな女性だったのでしょうか?」
 これは敷島の指示で。先ずはペンションの従業員から聞き込みをせよとの事。
「お客さんは警察の方ですか? でしたら もう、お伝えしてありますが」
 さも困惑した表情で、遠くの時計に視線を投げる。時計の針は夜の九時を回っていた。
「ああ、俺はその、なんていうか、簡単にいえば私立探偵のようなものでして。岸本に頼まれて、今回この件を調べているのです」
 適当に言って、誤魔化した。
「オーナーから?」
「そうです。岸本と 俺は、学生時代からの友人です。昔からの仲なのです。だから今回の件も、電話で相談を受けて」
「はあ」
「どうも彼は、今回の心中自殺について、警察の捜査に不満を抱いているようでして」
 大きな体を揺すって、向かいの席に座る高田。
「実はあたしもそう思っていたところなんです」
「え?」
 わたくしはテーブルの上に手を置く。
「警察の人は、始めから、捜査なんてする気がなかったんです」
 顔を近づけて、ヒソヒソ声を使う。
「あたし、(天道さんの)事情聴取を受けていて、つくづくそう思いました。刑事さんは、形だけの事情聴取をやっているんだな、って」
 どっかりと腰を据えて、腕を組む高田。
「そりゃまたなぜそう思うのですか?」
「決めつけです」
 人差し指を立てて、こちらへ顔を近づけて来る。
「これは心中事件だ、それを立証する証言を集めているんだ、余計な事は言うな、こんな具合に、一方的に事情聴取を進めるんです」
 わたくしはオーバーなリアクションを取って、
「高田さんはこれが、平凡な心中事件ではないと、そうおっしゃるんですか?」
「それは……それはよく分かりません。でも、警察って、その道のプロなんですから、もっと色々な可能性を考えた上で、捜査するべきだと思うんです」
 このとき厨房から、ひょっこり岸本が顔を出した。こちらの様子を見て、「オッ」という表情を見せて、またすぐ引っ込んだ。
「何か思い当たる節があるように聞こえますが」
 高田は二重あごを潰すように頬杖を突いて、
「天道さんは、何ていうか、もっと頭の良い人だったと思うんです」
 天道とは、四週間前に心中した、女性の名前だ。
「宿泊の支払から、売店の販売まで、勘定といえばすべて暗算です。計算間違いなんて、見た事がありません。電化製品の故障だって、自分で直しちゃうし。いちばん驚いたのが、スノーモービルの運転です。オーナーが、マシンの説明を終わらない内から、雪の上を走り出しちゃったんです、彼女。
 そんな優秀な人が、自殺だなんて、そんな無益な行動を取るとは、あたしやっぱり思えません」
 目の前に灰皿はあったが、一応煙草を吸っていいか、煙草のジェスチャーを見せてから、わたくしは煙草に火をつけた。
「なるほど。その天道という女性は、交際相手と安易に心中を考えるような、そんな浅はかな女性ではなかったと、高田さんはそうお考えなのですね?」
 そこで深くうなずくのがとても印象的だった。
「そうです。だって、どんな理由があったにせよ、今どき一緒になれないからって、心中なんてしますか? 木原って男、一緒に彼女と亡くなった人ですが、あたしチェックインの時に顔を見ました。痩せこけていて、何かにおびえた感じで、少なくとも命をかけるほど魅力のある男性には思えなかったです」
「その辺りの話は、警察に伝えましたか?」
 彼女はぶ厚い唇をへの字に曲げて、
「言ってません。だって、あたしの意見なんて全然必要ないって感じでしたから。だからあたし、一緒に死んだ二人は恋人だったと伝えただけです」
「それは、天道さん本人が、そう言ったのですか? 恋人だって」
 高田も煙草を取り出して、横を向いてそれをくわえた。おいおい。
「そうですよ。天道さんって、プライベートの事はいっさい口にしない人でした。だけどあの時だけは、なぜか、木原さんは私の恋人だって、聞いてもないのに言って来たんです。めずらしいと思いました。だからあの時の事をよく覚えているんです。こっちも社交辞令で、その相手についていくつか質問したんですけど、それっきり、口も利かないんです。何なの? て思いました。それから気にするようになって、二人の様子を見ていましたけど、何だかよそよそしい感じでした、あの二人」
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