プルートーの胤裔

ゆさひろみ

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『晦冥会』

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「江口サダユキかあ、クサいなあの男」
 わたくしは大型SUVの助手席に座って大きく腕を組んだ。美咲の運転は女性とは思えないほど野生的で、ルームミラーに飾られたドリームキャッチャーが右へ左へ揺れて絡まった。
「いま一度、事実を整理します」
 美咲はピンクのスノーボードウェアにカウチンのニット帽をかぶって、大真面目にハンドルを握っていた。
「天道葵が岸本さんの経営するペンション『アルプホルン』に勤め始めたのが約一年半前。仕事の合間にゲレンデで倉石留美とスノーボードを楽しむなど、悠々自適な住み込みバイト生活を送っていた。そして一年半が過ぎた頃、十二月十日に彼女の恋人である木原正樹が客としてペンションにやって来た。天道と木原が交際していたという情報は、彼女の口から公言されており、それを聞いた高田さんから警察へ情報提供されたもの。そして十二月十三日の深夜、二人でペンションを出て行った後、近くの商店の前に車を停車させて焼身自殺を図った。天道葵の遺体の損傷は激しく、歯科診断結果やDNA鑑定などから天道葵本人と断定、木原は遺体の顔写真、目撃証言からペンション『アルプホルン』に宿泊していた木原正樹本人と断定し、カップルによる男女の心中事件として報道された」
 わたくしは規則的なワイパーの動きを眺めていた。美咲はハンドルを切りながら後を続けた。
「しかしペンションの経営者である岸本さんは、この報道に対して疑問を感じ、今から一週間前に宗村さんと敷島さんに連絡を入れた。岸本さんは天道葵と不倫関係にあり、天道と木原が交際していたという事実に納得がいかなかった。従業員の高田さんも、頭の良い天道葵が無益な自殺を図ったなど考えられないと警察の捜査に懐疑的だった。
 すると天道の心中から三週間が経過して、お笑い芸人の江口サダユキが天道の働いていたペンションに現れ、従業員の高田さんを待ち伏せして、天道葵についてあれこれ質問をした。そして天道の恋人であった木原と面識があるような口ぶりをした」
 わたくしは美咲に顔を戻した。
「そういう風に客観的に説明してもらうと、江口サダユキがやっている事って、結局俺たちのやっている事と大して変わらない気がする」
 長い髪の毛をニット帽から出して、胸の膨らみの辺りに垂らしていた。
「そうですね。案外、彼も私たちと同じ目的で宿泊しているのかもしれませんね」
 唇にミルキーピンクの口紅を塗っていた。鏡台の前にイヴサンローランのルージュが置いてあったのを見た。
「宗村さん?」
「あ、そうだね。江口もひょっとしたら、誰かに依頼さてやって来たクチかもしれない」
 それから美咲はしばらく黙ってハンドルに手を置いていた。どれくらい静かに走っただろうか。彼女は前を向いたまま満を持して口を開いた。
「宗村さん、晦冥会かいめいかいという名をご存じですか?」
 わたくしは腕組みを解いた。
「晦冥会? 何か聞き覚えはあるな。宗教団体だったっけ? 何度かニュースで聞いた事がある」
 降雪は強まり、美咲はワイパーのスピードを速くした。
「晦冥会は、神道系、仏教系、キリスト教系の何れにも分類されない諸教に該当し、活動実態不明の宗教法人です。宗教法人法に従い、宗教法人は活動実態を所轄庁へ報告する義務がありますが、晦冥会はここ数年無報告を続けています。河口湖の宗教施設で毎月儀式行事を行っているとの情報はありますが、暴力団員の出入りが度々目撃されるなど、近年では不穏な動きが見られます。最近では統主不破昂佑から長男の不破巽に統主が交代されたと大きく報道されました」
 急に車の中が静かに感じた。
「昔なんたら真理教という宗教団体が大きな事件を起こしたけど、それに近いやばい宗教団体だね。その晦冥会が、今回の件と何か関係があるの?」
 雪道の脇に停車して、前輪タイヤのチェーンを調整してる車に顔を向けた。
「江口サダユキは晦冥会の幹部です」
「え?」
 吹雪の薄暗い先にテールランプの赤い光が見えた。どうやらスキー場の駐車場まで車が列を連ねているらしい。
「そんなやばい奴が、天道葵の心中事件を嗅ぎ回っているってこと?」
「そういうことです」
 駐車場でトラブルがあったらしく、誘導員が一台の車と話し込んでいた。車の流れは完全に停止、美咲はギアをニュートラルにしてサイドブレーキを引いた。
 わたくしはシャウボーグの腕時計を上げて、九時二〇分を指す針の位置を確認した。
「その辺りはどうなの? SТGサーバーは何でも情報が手に入るっていうんだから、晦冥会だって例外じゃないはずだろう」
 美咲は真剣な横顔を見せた。
「晦冥会について何度検索をかけても、検索データはありません、と表示されるだけです。江口サダユキについては表向きのお笑い芸人の情報に加え、晦冥会の幹部とだけ表示されました」
「ハッキングまでしていて、晦冥会の情報は一つもないの?」
 わたくしは車内暖房の設定温度を1℃上げた。
「彼らがインターネット上の情報を操作しているのは間違いないです。SТGがネットの情報を収集するのに対して、晦冥会はネットの情報を操っているんです」
 目の前の車からウェア姿の男性が降りてきて、ワイパーの雪を叩いて落とし始めた。
「晦冥会は各界の優秀な人材をヘッドハンティングしていると聞きます。将来有望な人材を集めて何を企んでいるかは分かりませんが、数年前SТGのハッキングに気が付かれ、反対にSТGのサーバーを一時ダウンさせられた上、晦冥会に関する全データを破壊されたのも事実です」
「晦冥会はアノマニス以上だってこと?」
 意外に思った。
「そこまでは言いません。SТGも当時迂闊なハッキングを仕掛けたのも否定できません。下手を打てばただでは済まされない宗教団体なのは間違いないようです」
 美咲は前のめりになって、ルームミラーに自分の顔を映すと唇に指を当てた。
「あ、そうだ。天道葵や木原正樹についても、当然SТGサーバーに検索をかけているんだろう? どんな検索結果が出てるの?」
 わたくしは今さらながらの質問をした。
「今言った二人についても、検索データはありません、と表示されるだけです」
「はあ?」
「つまり今回カップルで心中した天道葵と木原正樹は、晦冥会によって消去された名前か、架空の名前という事になります。いずれにせよ二人は何らかの形で晦冥会と接点があった事は間違いなさそうです」
 美咲はシートに身体を預けて、不適な微笑みを浮かべた。
「多忙を極める敷島さんが、こんな地方の心中事件を気にかけて、那覇に同行していたわたしをも緊急で現地へ送り込んだその重大な意味が、少しはお分かり頂けましたか?」
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